作品タイトル不明
血のチカラ ⑩ ※アンサンブルキャスト面
「ふぃっ、フィオレ様!?」
銀髪の 旋毛(つむじ) を見下ろしながら様子を見守っていたディーナは、マグカップを煽った姿勢のまま、ばったりと後ろへと倒れ込んで来た小さな体を、危ういところで受け止めた。
自分の命を預けるものだとディーナが普段から手入れを怠らず大切にしている長槍を、放り出してまでフィオレの体をキャッチしたのだから、彼女が相当に慌てていたことは、彼女との付き合いが長い者ほど見て取れた。
「フィオレ様! フィオレ様!」
声を掛けながら軽く頬を叩くが、反応が無い。
わけが分からなくて、焦りは有るが、努めて冷静に対処しようと己を律する。
戦場では緊急事態など数秒ごとに起こるものだし、慌てては救える命も救えない。
マグカップの中に残っていた血液が僅かだけだったお陰で、口の周りしか汚れていないが、指先でサッと汚れを拭い、折れそうなくらいに細い頸筋に汚れていない指先で触れる。
毒か!? と、咄嗟に疑ったが、頸動脈から感じる脈動も、呼吸も穏やかなもので、毒を盛られたような状況とは思えない。
ただ、白目を剥いていて、意識が無い。
本能的な受け身を取ろうとする素振りすら無かった様子から、マグカップを口に付けた状態で、突然、気を失ったのは明白だった。
「ちょっ! どうしたの!?」
「エゼリア様! マルキオ様!」
異変に気付いて駆け寄ってきたルナリアに構う余裕も無く、部隊長と身内の長を呼ぶ。
「どうした!?」
「何!? 何が有ったの!?」
横たわるフィオレの傍へと、血相を変えたエゼリアと前子爵閣下が駆け寄ってくる。
「鹿の血を飲んだ瞬間、フィオレ様が意識を失ってしまって・・・!」
「毒ではないのか!?」
やはり、考えることは同じだ。
フィオレの顔色は―――、蒼褪める感じではなく、むしろ上気している?
ディーナの中の冷静な部分が、自分の指先にべったりと付いている鹿の血に目を止める。
「お待ちください」
マルキオに断りを入れて、ディーナは指先の血を舐めた。
錆臭い味が口の中に広がり臭いが鼻に抜けるが、それだけだ。
毒物に多い苦みや、舌先に感じることが多い刺激は無い。
小さく首を捻ったディーナは、毒を疑われた血液を吐き出さず覚悟を決めて嚥下した。
高級な酒をストレートで飲んだような熱さが食道から胃へと広がる。
「うわ・・・」
「どうしたの!?」
心配顔で凝視するエゼリアを手で制して、胃の腑を焼く熱の他には自分の体に異変が無いことを確かめる。
本当に毒であれば、体の小さい少女が倒れる程度でも即効性が有るのなら、自分の体に悪い意味での異変が起こって然るべきなのだ。
呼吸にも鼓動にも変化は起こらない。
しかしだ。
「何でしょう? 強い酒を飲んだように、少し身体がホカホカしてきました」
「酒? 獣の血だろう?」
「お待ちください、閣下」
フィオレが手にしていたであろうマグカップに手を伸ばしかけたマルキオを制して、エゼリアがマグカップを拾い上げる。
未だ、毒物による影響が見られないディーナを確認して、エゼリアはマグカップの中に貼り付いている血液を指先で掬い、舐めた。
口の中で転がして、首を捻りながら嚥下する。
自分の体に起こる変化を探しているエゼリアが首の角度を深くした。
「血ね」
「それだけですか?」
「酒のような感じはしないわよ」
「え? そんなはずは無いです」
否定されたディーナは、エゼリアの手からマグカップを受け取って、内側に残っている血液を指先で掬って再び口に含んだ。
食道から胃へと流れ落ちる血が、再び燃えるような熱を発する。
「やっぱり、胃に酒焼けみたいな熱さを感じますけど」
「ふぅん? そうなのね」
サラリと流されたディーナが拳を握りしめる。
「ちょっとぉ! 信じてくださいよ!」
「はいはい」
疑わし気な目を向けられたディーナは色めき立つが、エゼリアは軽く受け流す。
最悪の事態では無いと見たか、ルナリアが腕組みの仁王立ちになった。