作品タイトル不明
血のチカラ ⑤
「フィオレ! 掛かってるわ!」
「本当! すごいわ!」
「・・・うん」
ルナリアとテレサのテンションが一瞬でMAXにまで跳ね上がり、二人の勢いに押されつつ私は頷いた。このワナは、昨日ルナリアとテレサが四苦八苦して仕掛けたものだから、余計に成果が出て嬉しいのだろう。
ククリに高く前脚を取られた大きなシカが、横たわったまま威嚇してくる。
いつものシカよりも立派な角が生えているから、珍しく牡ジカだよね? 胴体だけでも2メートルぐらいある。今までに掛かった獲物の中でも一番の大物じゃないかな。
ワナから逃れようと、ずいぶんと暴れたらしく、周りの地面が荒れ果てている。
「ヨシ! フィオレ、やって見せろ!」
「・・・はい」
トドメ用に貸してもらった槍を手にした私は、蹴り脚や角が届かない距離を測りながらシカへと接近する。
今日はお師様の指示で、複数の獲物が掛かっていたら、テレサも含めた子供たち3人が交代でトドメを刺すことになっている。
ハインズ様がトップバッターに直孫を差し置いて私を指名したのは、私が何頭もトドメを刺していることは周知の事実だから、経験者としてお手本を見せてやれって意味かな。
愛用の槍を肩に乗せたディーナさんが私の後ろに控えているけれど、お爺様たちや騎士様たちは静観の構えだ。
私が手にしている槍の長さは1.5メートルほどで、 投擲(とうてき) 用の短いものらしいのだけれど、身体が小さな私が構えると普通の長さの槍に見えるだろうね。
さて、喉を狙うか、腹を狙うか。シカの心臓は前脚の間、胸骨に守られた辺りに有る。
いつものシカと違って、蹴り脚だけじゃなく角の攻撃範囲が広いから気を付けないと。
前足を高く吊り上げられているから、喉よりも腹のほうが狙いやすいね。
でも、喉と違って腹は上手く肋骨を避けて心臓を突き通せないと、失血死するまでトドメに時間が掛かって、 却(かえ) って危険なんじゃないかな。
じりじりと摺り足で、牡鹿との間合いを詰める。
「・・・フッ!」
タイミングを計って突き出した槍の穂先は、狙い通りに牡鹿の喉笛を捉えた。
真っ直ぐに刺さった穂先は、私の予想よりも深々と肉を貫く。
「―――っ!?」
頸動脈が傷付いたのか、ぱっと鮮血が地面を濡らす。
研ぎ上げられた両刃型の穂先から伝わる抵抗感に、生命の脈動が感じ取れる。
暴れるだろうと予想していた私は、サッと穂先を引き抜いて数歩下がった。
「ほう」
ハインズ様が唸ったけれど、私はシカから目を離さない。
窮鼠猫を噛む、じゃないけど、草食動物でも危険が迫れば大暴れして非常に凶暴になるものだ。
特に 牡(オス) は、繁殖期には父子で群れを取り合っての殺し合いが起こることが有るぐらい野生の本能に忠実で、草食動物ののんびりとした温厚なイメージとは懸け離れていたりするのだ。
30センチメートルほどの長さがある鋭い穂先には、べったりと血脂が付いている。
折れた剣の槍と違って、ちゃんとした槍は切れ味が鋭くて、十分な手応えが有った。
自由にならない身体を捩り、動く脚で地面を掻いて牡ジカが暴れる。
角のある頸を振る度に、周囲に血が飛び散っているので、やはり頸動脈を傷つけることが出来たようだ。
狙った通り上手く気管を突けていたなら、程なくして窒息死するはず。
編み上げブーツや乗馬服、顔にまで飛んできた鮮血が掛かるけど、私は意に介さない。
追撃を入れるべきかを探りながら、反撃を食らわない距離を意識して槍を構え続ける。
2分・・・、3分間は暴れただろうか、牡ジカの蹴り脚が、蹴るというよりも宙を掻くように鈍くなり、頸の動きも、ゆるゆると遅く、かなり億劫そうになってきた。
「お見事です」
私の傍まで来たディーナさんが、片手で槍を振るった。
どうやら、牡ジカと私の直接対決に勝負あったと判断したらしい。
勝負がついたのなら、必要以上に苦しませる必要は無いという判断なのかな。
私が付けた傷と同じ場所を穂先が通過し、大きく首を裂かれた牡ジカが、今度こそ、ぐったりと横たわった。
詰めていた息を、私は大きく吐き出す。
今まで何十頭も殺してきたはずなのに、結構、緊張していたんだね。
「僅か5歳の身で、大したものよ!」
目を細めたハインズ様が大きく頷き、歩み寄ってきたマルキオお爺様に、私はヒョイと抱き上げられた。
ククリを外された牡ジカは、松の大木まで騎士様たちに担がれて行く。
テレサが、ぐっと拳を握る。
「では、次はわたくしの番ですわね!」
「行くわよ! テレサ!」
ルナリアたちも次のワナの場所を把握しているから、慌てて追随する騎士様たちを引き連れて駆け出して行った。
駆けて行く後ろ姿を見送った私は、お爺様の目が私に向けられていることに気付いた。
「フィオレよ。腹の方が突き易かっただろうに、なぜ、腹を突かなかったのだ?」
「・・・立派な牡ジカだったので、最初に急所を突けないと却って危険だと判断しました」
ルナリアたちの後を追って歩き出したお爺様が、満足そうに私の頭を撫でる。