作品タイトル不明
盟約 ㊾
私がこの墓地に来るのは2度目だね。
高さ1メートルちょっとの石柱が無数に立ち並ぶ通路を奥へ入って行くと、正面に巨大な遺灰槽が見えてきて、その手前の脇にウォーレス家歴代の一角がある。
ハインズお爺様が先導してレティア様の墓碑へ向かおうとすると、族長さんがハタと足を止めた。
「閣下?」
「そちらに居られるのか」
ハインズお爺様が振り返っても、族長さんの目は真っ直ぐに遺灰槽に向けられていた。
迷いのない足取りで歩いて行った族長さんが遺灰槽の前でスッと片膝を突いた。
「久しいですな。レティア姫」
族長さんが静かな声でレティア様に話し掛けられている。
呆気には取られていたけど、再起動したお爺様たちは墓碑の方から戻って来て族長さんの隣で片膝を突く。
お婆様たちもお母様たちもお爺様たちに続いて、私たちもお母様たちの隣で遺灰槽に向かって片膝を突いた。
正直、「そっちかー!」って思いは有ったけど、賢明な私は口には出さない。
そりゃまあ、故人の魂が宿るとすれば、生前の名前が彫ってあるだけの墓碑よりも遺灰の方だよね。
すごく納得した。
「始祖レティア様。我らは新たな盟約を結びましたぞ」
「我らは同胞として同じ道を歩むこととなりました。許してくださいますかな?」
ハインズお爺様の報告に族長さんも続く。
「む・・・?」
お母様の小さな声が耳に届いて目を向けると、しんみりとした空気が流れている最中だというのに、お母様は自分の大きな胸を見下ろしている。
デカ過ぎてブラのホックでも壊れたのかと一瞬考えたけど、こっちの世界に地球的なブラはまだ存在しないことを直ぐに思い出した。
今起こった思考の迷走は絶対に口に出してはならない。
迂闊に口に出したら、キュッとシメられること間違いないしだ。
キチッとするべきときにはキチッとするお母様が、大事な場面で他のことに気を逸らすなんて珍しいね、なんて考えていたら、私の胸の中で魔力がモゾッと動いた。
「ふぇっ!?」
私が驚く前に、隣で片膝を突いているルナリアも変な声を上げた。
モゾモゾが止まらない自分の胸をもう1度見下ろす。
このパターン、前にも有ったよね。
お母様もルナリアも、未だ自分の胸を見下ろしたままだ。
何となく察した。
何が原因かは分からないけど、お母様もルナリアも、精霊が騒いでいることを察知したんだろう。
お母様は大丈夫だろうけど、ルナリアには耳打ちしておく。
「・・・後で教えるけど、その感覚をしっかりと覚えておくんだよ」
「えっ? ああ、うん」
さあ、どこから来る?
心の準備は出来てるからバッチコイだよ。
私の経験上、精霊が騒ぐときには何かが起こる。
あっちこっちに残してきた大穴が、その産物だからね。
精霊はただ報せてくれているのか、それとも精霊が現象を起こすのか、原因の在処は定かじゃないけど騒ぎになることだけは間違いない。
ご祈祷のときみたいに私のせいにされるのは御免被りたいから全力で警戒する。
今は丁度、日没ぐらいなのだろう。
西の空は朱く燃え上がっていて頭上は青紫色に染まっている。
そろそろ光の術式を灯しても良いかな~と考え始めるぐらいには薄暗くなってきている。
う~ん? 数十秒間経ってもモゾモゾするだけで何も起こりそうにない? と油断したときだった。
「これは・・・!」
「おお・・・」
族長さんたちの声に釣られて遺灰槽へ視線を戻すと、例の光の粒が舞い上がり始めていた。
風はないに等しいと思うけど、当然のことながら墓地は屋外で完全な無風ではない。
漂うように上昇していく光の粒は徐々に数を増し、あれは魔力が集まったものだと頭では理解していても幻想的な光景に目を奪われる。
やっぱり来たか。
居住中の住宅が少ないブロックではあるけど町中だよ?
何が原因で―――、何が切っ掛けになって発光体現象に繋がったのかはサッパリ分からない。
ただし、私にとっては、原因不明、正体不明な発光体現象でも、今、この場において族長さんたちにとっては重要な意味を持つ。
舞い上がっていく光を見上げて、族長さんははらはらと涙を流している。
護衛さんたちも目元に腕を当てて涙を拭っている。
ハインズお爺様たちも滂沱と涙を流していて、お婆様たちもさめざめとハンカチで涙を拭いている。
くっ・・・。お母様たちやルナリアでさえ涙ぐんで洟を啜っているというのに私ときたら。
突発性のハプニングには対応しきれずに慌てるくせに、一旦、正体が分かってしまえば一粒の涙も出て来ない。
今、泣いていないのって私とアスクレーくんぐらいだよね。
私って薄情なんだろうか?
アスクレーくんは間近で起こった発光体現象そのものに興味津々で、食い入るように観察しているしノーカウントだろう。
発光体現象の継続時間は10分間―――、いやぁ。15分間ぐらいかな?
スマホなりストップウォッチなりが手元にあれば、継続時間を計測していただろうってほどに私は冷静だった。
そんなことよりも、ヤバい。
足が痺れてきた。
「始祖レティア様は、きっとお許しになられたのでしょう」
「儂らはもっと早くに友を頼るべきでしたな」
立ち上がったお爺様たちは良い感じで纏めに掛かっているし、感動のビッグウェーブに私が乗れなかった程度、どうってことないって。うん。
片膝の体勢を維持したままでは足が痺れてきて私が途中で足を入れ替えていたことだって、みんなが発光体現象に夢中だったんだから誰も気付いていないだろう。
バレていなければ世は全てこともなしだ。
さあ、領主館へ帰ろうか、という空気になって、みんなが馬車へと向かい始める。
私が完全犯罪の完成を確信した瞬間、ガシッと後頭部を鷲掴みにされた。
「・・・ピッ!?」
「で? 初代様への報告そっちのけで観察した結果は?」
「・・・おおおおおおお母様!?」
び、ビックリした! これもアイアンクローだよね!?
掴む向きがプロレス技とは違う気がするけど、お母様の握力は強くて逃れられそうにない。
顔を覗き込んでくるお母様の左手の中に私の頭はスッポリと収まっている。
そして、お母様の右手にはアスクレーくんの後頭部が鷲掴みにされている。
「アスクレー。お前もだ」
「はははははい・・・」
鷲掴みされることに慣れて居ないせいで、アスクレーくんは青くなってガクブルと震えている。
恐怖心に負けたのか、それとも男気を見せたのか、私よりも先にアスクレーくんが口を開いた。