作品タイトル不明
盟約 ㊸
「ほう。魔素の発光現象が発生すると同時にバイコーンが分裂を、か」
「・・・ええ。本当に驚きました」
レイクスさんが語るシカの観察結果を聞いたお爺様は興味深そうに頷いた。
「“魔獣は魔素から生まれる”という文献の記述を眉唾だと考えていたけど、あれは本当にそうとしか言いようがない光景だったよ」
「レイクスの“目”でそう見えたのなら間違いなかろうな」
食堂でお昼ご飯をご一緒した後、兵士さんたちや採掘作業員さんたちと入れ替わりに食堂を出た私たちは、屋外に出したテーブルで食休みのお茶を飲んでいる。
大事なお客様を町へご案内しなきゃいけないのに何を暢気な、と思われるかも知れないけど、すでに領主館のお父様たちへ伝令は走らせて有るからね。
こうやって、のんびりお茶を飲んでいるのは、領主館が受け入れ体勢を整えるための時間稼ぎでも有るんだよ。
私では採掘場を出発すべきタイミングが分からないから、そのタイミングが来たらGOサインを出して貰えるように、ミセラさんにお願いしてある。
「無数に現れた光の粒は魔素が集まったもので間違いないよ。なぜ光るのかは分からないけど、漂っている魔素が濃くなったところから光の粒が生まれていた。バイコーンが増えたときも同じだね」
魔素の濃度か・・・。
レイクスさんの言葉に、目撃したシカの分裂を思い出す。
あのとき分裂したシカは1頭だった個体が2頭に複製されたように―――、コピーされたように、そっくりだった。
ん? なんか、最近そんな話を聞いたよね・・・。
何だっけ? 幽霊?
あれは死んだ人の魂が魔力に転写されたものって話だったけど、構図は同じな気がする。
幽霊のメカニズムが事実だとするなら、仮説としては有り得るレベルなんじゃ?
せっかくお爺様がいるのだから、ぶつけてみようか。
「・・・濃くなった魔力に転写された魔獣の情報が実体を持つ、とか? 幽霊もそうなんですよね?」
「魔素への転写ですか。確かに、そう言われていますな」
およ? あんまりピンと来ない感じ?
肯定しつつも、お爺様の見解は出て来なかった。
「・・・通商路の迷宮では、どうだったのですか?」
「魔獣や魔物が生まれ出る瞬間を目撃した者は居なかったのですよ」
は? 目撃者が居ない?
私の隣で大人しく聞いていたルナリアも私と同じ疑問を覚えたようで、そのまま疑問を口にする。
「えっ? でも、文献に書き残した学者がいたのよね?」
「・・・そうそう。文献に残っているのですから、誰かが目撃したんじゃ?」
まさか、根拠もなく空想したものを、語り継いだってことはないでしょ。
私たちの意見にお爺様は苦笑する。
「そうなのですが、迷宮の中に小屋を建てて住み込むような変り者だったようでしてな。検証できた者が1人もいないことから、公には認められていない俗説に留められたのです」
「・・・検証できなかった?」
検証―――、いや。反証? まあ、検証で良いや。
地球の学術界でも、新たな論文が発表されると、その論文に記載された実験条件や実験手順に沿って検証実験は普通に行われる。
論文発表者と全く利害関係のない他の研究者の手で行われた検証実験で事実だと認定されたものしか、公には認められないものだ。
新たにもたらされた情報を咀嚼するようにしたお爺様が1つの仮説を提示する。
「今思えば、人間が居る目の前では生まれないものなのかも知れませんな」
「あ~。有るかも。“嘆きの祠”でも、離れた場所から移動してきた個体ばかりだったよ。だよね?」
レイクスさんに同意を求められたテツさんも記憶を探るような様子を見せた。
「そういや、そうだったな。突然、湧き出すように幽霊の反応が現れていたんだが、全部、壁の向こう側だったぞ」
「・・・へぇ。そういうものなんだ?」
「突然湧き出す」というのは「幽霊らしい」で片付けられるけど、「壁の向こう側」というのは新しい情報だね。
「俺の場合は、“危険なモノ”にならねえと分かんねえから、幽霊が生まれた瞬間なのか、元々そこに居た奴なのか分かんねえんだがな」
「・・・そっか。納得した」
現状では情報不足ってことだ。
シカは私たちが見ている前で分裂したし、幽霊が「見ないで~!」とか人目を避けて発生するとも思えないから、偶然なのか観測範囲が狭かっただけと考える方が自然だろう。
テツさんのいう「”危険なモノ”にならないと」というのは、テツさんに幽霊の敵意が向いたかどうかで、敵意が向かないとテツさんの”勘”が働かないからじゃないかな。
そこでルナリアの目が私へ向く。
「フィオレなら分かるんじゃないの?」
「・・・私・・・? ああ。魔力が濃い場所で幽霊が発生するのなら、確かに私の方が分かるのかも」
私のアクティブソナーは魔力の強弱を判別できるし、視界外でも探知できるものね。
テツさんがポンと手を打つ。
「ヨシ。次に幽霊のダンジョンへ行くときには嬢ちゃんを連れて行こう」
「・・・私は構わないし、むしろ行きたいけど、お母様たちの許可が出れば、だね」
私も行ってみたいと思っていたし、行ったことの有る人たちが同行する方が許可も下りやすいだろう。
「そのときは、わたしも行くわ!」
「では、そのときには誘いますね」
同行を申し出たルナリアにケイナちゃんも承諾を返し、口頭契約は成った。
事前に許可を貰っておかないとな。キリが良いな、と思っているところへミセラさんがGOサインを出してくる。
「フィオレ様。そろそろ」
「・・・あ。うん。―――お腹も落ち着かれたでしょうし、そろそろレティアの町へ向かいましょうか」
お爺様たちエルフ族の一団を乗せた荷馬車を護衛するような馬列は、ルナリアと私を先頭に採掘場を出て直線道路を踏破し、レティアの町の北門を素通りして領主館の敷地内へ入った。
厩舎前の広場で荷馬車を下りたお爺様は、出迎えに出てきていたお母様の顔を見て、ピタリとフリーズする。
「レティア姫・・・?」
「「―――!?」」
お爺様の口から漏れた呟きに、ルナリアと私も目を真ん丸にしてフリーズする。
えっ? マジで?