作品タイトル不明
盟約 ㉟
「また精霊術式を使われたのですか?」
「・・・ああうん。この木が病気になったり虫に食われたりしないようにってお願いしただけだよ」
うっし! 気が済んだよ!
さあ! お仕事の続き、続き!
胸の中の熱も元に戻りつつ有るし、本当にヘーキ、ヘーキ!
いつも使っていた水場と洞の間を私が行き来したことで出来上がっていた獣道は、降り積もった落ち葉に埋もれかけているね。
こういうのを目にしてしまうと月日の経過を感じてしまう。
「大切にされているのですね」
「・・・そりゃあね。私の命を繋いでくれた恩人―――、恩木? だもの」
気遣わしげな声色になったミセラさんに苦笑しながら答えつつ、獣道を斜めに横断して水場よりも下流側の小川へ向かう。
今の私にとって森で暮らしていたのは過去の話だし、その事実に何の負い目も持っていない。
何なら、生死の境界線ギリギリだったフレーリアの体を死なせずに済んだことを誇りにさえ感じている。
お母さんのオルレーシア様が殺された暗殺現場から攫われて、奴隷に落とされた身の上から逃げ出したのがフレーリアの意地だったとするなら、食べられるものを見付けお肉を確保して命を繋いだのは私の意地だ。
フレーリアと私、2人の意地を貫いた結果が今の私だとするなら、1ミリだって恥じることなんてない。
まあ、別に私が笑われる分には構わないよ。勝手に笑えば良い。
笑った結果がどうなるかは保証できないけどね。
でも、フレーリアを笑う奴が居るなら私が許さない。
この子はルナリアと同じぐらい大切な子だもの。
ほんと、大切なものがずいぶんと増えたものだよ。
そんなことを考えながらも、ドスン。
あと30メートルほどで小川の河岸に出ようかという辺りで行く手を大きな岩に阻まれた。
「・・・むっ。嫌なところに有るなぁ」
私の生活圏だった範囲から少し外れるだけで、こんな大岩が有ったとは知らなかったよ。
大木と大木の間に挟まり込む形でマイクロバスほどもある大岩が鎮座している。
百年以上は生きていそうな大木の方が大岩を避けるように生えているところを見ると、この大岩は百年以上も大昔からこの場所に有ったのだろうね。
退けてしまおうと魔力の手でワシッと掴んで持ち上げようとしたら、大木の幹に食い込んでいて動かない。
「・・・仕方ないな」
手抜き工事では無理そうだ、と魔力の手を大岩に浸透させて形状を確かめてみた。
あれ? この岩、地上に見えているよりもデッカいじゃん。
どうやら地下深くまで突き刺さっている巨岩の頭が地上に覗いているだけだったらしい。
しかも、両側の大木は巨岩の上に凭れ掛かるような形で根っこを張っていて、巨岩を退けると大木も倒れるのは確実だ。
巨岩と大木が抜けた後に残るのは大穴だよね。
小川から少しだけ入った森をルンルンと歩いていて、いきなり10メートル以上もの深さが有る落とし穴に落ちるとか、何というデストラップ。
殺意はないのに殺意が高すぎる。
「・・・無理して退ける必要はないか」
背中にミセラさんたちの視線を感じながら、一旦、魔力の手を消して、もう1度、巨岩にズコッと魔力の手を突っ込み直す。
用水路の高さに合わせた位置で、“手”の内側に存在する岩石に圧力を掛けてゴシャッと粉砕する。
砂礫を内包した“手”をスポッと引き抜けば、巨岩の岩肌に直径1メートルほどのトンネルが空いた。
しゃがみ込んでトンネルの内側を覗いてみれば、巨岩の向こう側の景色が見えている。
内壁に光が反射しているんだけど、これ、どうなってるんだろう?
「・・・ほほう」
トンネルの内壁に本物の手を伸ばして触れてみると、鋭い刃物で刳り抜かれたようにツルッツルな仕上がりだった。
エアコンの配管穴をコンクリート壁に空ける電動ドリルの 穿孔(コア抜き) だって、ここまでツルッツルじゃないよ。
「・・・良い仕事してますねぇ」
「綺麗に空くものですね」
「・・・だよねー」
一緒に穴を覗き込んでいるミセラさんたちも感心している。
ふぅん? 崖の奥から地下水を抜き出すための“水道管”も、内側はこんな仕上がりってことだよね?
硬い岩でも刳り抜けるのだったら、もっと柔らかい甲冑や人体は―――、まあ待て考えるな。
それ以上はいけない。
そういう可能性も有るってことだけ覚えておけば良い。
「・・・さ、さあ、あと一息だよー」
恐ろしい必殺技誕生の可能性から目を逸らして水路建設作業を再開する。
こんなの教えたら、ルナリアやピーシーズが通った後には死屍累々の地獄絵図が・・・。
あれ? 別に構わないのか。
スポスポと穴だらけにされるのは敵なんだし、木を伐るのにも使えそう。
まさかの風ジェットカッター、お払い箱かも。
これはもう、実験するしか無いな。
ほどなく、無事に用水路は小川に接続されて、私の土木工事は竣工した。
まだ農業排水は流れてきていないけど、溢れ返って水浸しになることはないだろう。
ただ、用水路は森の中を抜けてくるから、いくらかの落ち葉は用水路に落ちて小川へ流出するかも知れない。
それもまた、「小川にゴミを流した」と言われてしまうと反論のしようがないな。
でも、落ち葉の流出を避けようとすれば、用水路の周りの木々を伐採するしかなくなるんじゃないかな。
森の木を伐ることに私は躊躇いを感じていないけど、それは、その必要が有ってしていることで、私だって意味もなく環境破壊をするつもりはない。
明らかに人工の用水路を見付ければ、用水路を遡って試験農園に侵入してくる人が現れるかも知れないしね。
その人に悪意がなくてもトラブルを呼び込むことになるのだろうから、それも私の本意ではない。
たぶん、このぐらいで良いんだよ。
「お疲れさまでした」
「・・・ミセラさんたちも、付き合わせちゃってゴメンね」
「いいえ。お気になさらず」
仕事も終わったし、みんなのところへ帰るかー、なんて暢気に考えていたら、アクティブソナーに違和感を感じた。