作品タイトル不明
盟約 ㉞
「この水、最終的には水路から溢れ出ませんか?」
気付いたレヴィアさんの心配は正しい。
現状、用水路の終端は尻切れ蜻蛉で終わっていて、水を逃がせる先が無いからね。
「・・・だろうね。だから、小川まで繋げに行くよ」
「そこまでお考えでしたか。失礼しました」
私の答えにレヴィアさんが頭を下げた。
謝られるようなことじゃないんだけどな。
むしろ、私は感謝している。
「・・・ううん。ありがとうね。見落としが有るかも知れないから、レヴィアさんたちが指摘してくれるのは嬉しいよ」
素直に思いを伝えれば、レヴィアさんだけでなくミセラさんたち3人が揃ってフフッと嬉しそうな笑みを浮かべた。
ミセラさんが胸元で小川の方角を指す。
「では、参りましょうか」
「・・・うん。行こう」
ミセラさんたちを引き連れて歩きながら、頭の中で位置関係を地図に起こしてみる。
真北を地図の上とした場合、方角で言えば、採掘場の崖は北西から南東へ45度の角度で走っている。
崖に対して概ね90度の角度で交差するのが小川だ。
森の奥を上流として、北東から南西方向へ向けて流れていて、小川を下っていけば旧コーニッツ領と旧ムーア領の境目に出る。
ピーシス家が新領地として王様から与えられるまでは、この小川が領境とされていた。
採掘場から崖に沿って最短コースで小川を目指せば北東方面へ向かうことになるんだけど、私は真西へと足を向けた。
崖から概ね45度の角度で離れて行くルートを取ったことで、マーシュさんが首を傾げる。
「真っ直ぐに小川を目指さないのですか?」
「・・・非常時の野営場所が有るからね。その上流に用水路の排水口が有るのは良くないかと思ってね」
ある程度進んでは、太くした魔力の手でドスンと用水路を延長する。
何のことを指しているかに気付いたミセラさんが、確認するように小さく首を傾げた。
「例の大木ですね?」
「・・・そうだよ」
採掘場が拠点化したことで意味合いは薄れてしまったけど、お母様とお父様が領軍に通達を回した“非常時の野営場所”は撤回されていない。
すぐ近くにもっと便利で安全性が高い拠点が出来ただけのことだ。
お母様たちも通達を撤回するつもりはないだろうし、ルナリアと私が居る限り、松の大木は“非常時の野営場所”で在り続ける。
その松の大木は採掘場から見て南西方向に有って、私が水場に使っていた小川の河岸は松の大木から最短コースの場所だった。
つまりは、私が用水路を真西に向けて引いていけば、松の大木と水場の最短コースと交差することになる。
なぜ、わざわざそんなことをするのか?
ミセラさんは、その疑問に行き着いたらしい。
「下流なら構わないのですか?」
「・・・別に汚れているとは限らないけど、畑を流れてきた水を飲みたい?」
私の答えに、ミセラさんたちがハタと気付いた表情になる。
「あ~。畑には堆肥を使うことが有りますからね」
「気分的には、よろしくないですね」
そうそう。堆肥の材料には馬糞が使われている。
幸いなことに、王国ではおトイレに掴まえてきたスライムを使うのが一般的で、人糞が堆肥に使われることはないんだけどね。
馬は草食動物だけど、馬糞が排泄物であることには違いがない。
比喩表現に過ぎないけれど、よほど特殊な性癖を持った人でもなければ、熟成されて畑から漏れ出してきたウ〇コ汁を飲みたいとは思わないよね。
そりゃあ、気分的によろしくないだろう。
私だって、そんな性癖は持っていない。
「・・・だから、避難場所の水場になっている辺りよりも下流で繋げようと思ってね」
「フィオレ様らしい気遣いですね」
ミセラさんたちが褒めてくれるけど、私が農業汚水混じりの水を飲みたくないだけだからね?
別段、褒められるようなことじゃないよ。
そんな話をしながら魔力の手でドスン。
何度か用水路を延長しているうちに、松の大木の近くへ差し掛かる。
かつての私が木と木の間に蔓を渡して干し肉を干していた辺りだ。
誰も集めなくなったものだから、松ぼっくりがポツポツと地面に落ちてるね。
「・・・あ。ちょっと待ってて」
ミセラさんたちに言い残すと、松の大木に駆け寄ってぶっとい幹にハッシと抱き付く。
久しぶり!
お母様が土魔法で塞いでくれた洞の入口も異状ナシ!
毎日のように採掘場までは来るけど、護衛に就いてくれている誰かを付き合わせることになるせいで、用事がなければ松の大木までは来ないからね。
うんうん。今日も松の大木は元気そう。
そこで、ふと思い付いた。
「・・・そうだ。精霊」
ねえねえ。ちょっと良い?
自分の平たい胸を見下ろして、心の中で話し掛ける。
話し掛けた相手は、ケイナちゃんが「植物の子」と呼んでいる“松の木の精霊”だよ。
胸の中で魔力がモゾリと動いて、呼ばれたことに気付いてくれた精霊がヒョコッと出てくる。
あのねぇ。お願いが有るんだよ。
「・・・うはっ」
お願いした瞬間、体内保有魔力がゴソッと減って胸の中の熱が温度を下げた。
急激な魔力量の変化に頭がクラッと来たけど両足を踏ん張って耐える。
「足元がフラつかれているようですが、大丈夫ですか?」
「・・・ヘーキ、ヘーキ。ちょっと魔力を持って行かれただけ」
心配顔で私を支えに来てくれたミセラさんを手で制する。
どうってことないよ。
今の私はちょっとぐらい魔力を持って行かれたぐらいでは、へばったりしない。