作品タイトル不明
盟約 ⑳
「「・・・・・・」」
チラリと隣を見れば、興奮状態で目をキラキラさせているルナリアと、心配そうな表情で食い入るように模擬戦を見つめているケイナちゃんの姿がある。
お父様とテツさんに視線を戻せば、逃げ場をなくして右半身になったテツさんに向けて、お父様が上段から剣を振り下ろすところだった。
テツさんはどう見ても右利きだし、利き腕が前に出ていては強い打撃を放てないんじゃ。
「ふっ!」
誰もが「勝負有った!」と思っただろう瞬間、鋭い呼気と共にテツさんの右の裏拳が、ガンッ! と硬い音を響かせて剣の腹に叩き込まれた。
直線運動は横方向からの干渉に影響を受けやすい。
側面からの打撃で強引に軌道を外された剣がテツさんを捉えられずに逸れる。
泳ぎそうになる体を踏み込んだ右足で強引に支え、返す剣で右斬り上げに移ろうとしたお父様の右手首を、テツさんの左手が掴み取っていた。
「―――くっ!」
抑え込まれたお父様の右腕は斬り上げることが出来ずに体の側面を滑って後方へと押し流される。
裏拳から引き戻した右手にお父様の右手首を持ち換え、離した左腕を畳んだテツさんは左肘でお父様の背中を押した。
テツさんの体重を掛けられたお父様は右足だけで体を支えることが出来ずに、後ろから押し倒される格好になる。
自由が利かない状態で押し倒されれば、自由になる左腕で転倒の衝撃を殺そうとしてしまうのが人間の防衛本能というものだろう。
結果、剣を握る右腕を後ろ手に拘束されたお父様は、テツさんの巨体にのし掛かられて、地面に抑え込まれる形になった。
こんなの、どこかの軍隊の格闘術か何かを教える動画で見たこと有るな。
関節の可動域を超えようとする形で伸ばした腕を背中側へ押し上げられて、肩関節を極められた状態だよ。
「痛たたたたたっ!!」
お父様の口から悲鳴が上がって右手から剣がポロリと落ちる。
まさかの大逆転だった。
一瞬で体の位置が入れ替わって、攻撃した側のお父様が取り押さえられちゃったよ。
「スッゴ―――い!! お父様も負けちゃったわ!!」
「ふぅ・・・」
ルナリアの歓声とケイナちゃんが安堵する溜息が同時に聞こえた。
まだお父様は敗北を認めていなかったのに、ルナリアが早々に勝負有りと判定しちゃったものだから、お父様の体から力が抜けて撃沈してしまった。
あ~あ。酷いことするなぁ。後で慰めに行ってあげないと。
「立てるかい?」
「ああ。済まない」
ガックリと落ち込んでいるお父様に手を貸して立たせたテツさんも、微妙そうな表情になっている。
ハインズお爺様とお父様が立て続けに敗北して、観衆もどう反応すれば良いのか困惑顔で静まり返っている。
お爺様は兎も角、お父様はヤキモチを焼いての強引な緊急参戦だったしね。
何とも気まずい空気だなぁ、なんて考えていたら、早くも次の行動に移った人がいる。
「ヨシ。次は私だ」
「ええ・・・?」
3戦目の相手に名乗りを上げたのはお母様だ。
露骨に嫌そうな声を上げたテツさんに、お母様が首を傾げてみせる。
「何だ? 私では相手に不足だとでも?」
「いや。そういうわけじゃねえけどよ」
「だったら付き合え。後が支えてるんだ」
目線で「支えている」辺りを示し、言うだけ言ったお母様が背中を向けた。
サササと近付いていったミセラさんがお母様に訓練用の剣を届け、代わりにサーベルを預かっている。
「マジかー・・・」
お母様が示した先へ視線を向けたテツさんが絶望的な顔をする。
「支えている」のはエゼリアさんたちで、互いに牽制し合い、物理的にも押し合いへし合いして順番を取り合っていた。
まあ、いつもの感じだね。
エゼリアさんたち全員の相手を終えるまでテツさんは解放されないのだろう。
相手が女性なことも有るし、実力的にもエゼリアさんたちの方が上だから、男性の騎士様たちや兵士さんたちがあの押し合いへし合いに参戦しに行くことはない。
混ぜて貰えるならテツさんに挑みたい人たちはたくさん居るのだろうけど、今日のところは、また今度って感じになるのだろうね。
仕方なさそうにテツさんがお母様の背中を追って訓練場の真ん中へ歩み出す。
「なあ。何でそんなに模擬戦なんてしたがるんだ?」
「追い込まれたときにこそ、あるいは優位に立ったときにこそ、その人間の本質が見える。違うか?」
「あー・・・。そりゃあ確かに」
少し考えたテツさんが納得の表情になった。
私も納得した。
ウォーレス領の模擬戦好きって、そんな意味が有ったんだ?
そう言えば、アンリカさんがアリアナさんを評価するときに、「戦闘力で人間を測りがち」と言ってたね。
追い付いてきたテツさんを待っているお母様は、まだ移動する気じゃないかな。
ここでお爺様たちとの模擬戦とは違うのが、お母様が向かおうとしている場所なんだよ。
普段、お母様たちが模擬戦をした後、訓練場に残っている穴ぼこの跡や焼け焦げの跡は、こんなに手前の辺りじゃないもの。
絶対に行くだろうと思っていたら、案の定、お母様はさらなる移動先を指す。
「もう少し真ん中まで行くぞ」
「ええ? 何でまた?」
お母様が手にした剣の先で指し示したのは、観衆が人垣を作っている領主館に近い辺りじゃなく、本当に訓練場の真ん中なんだよ。
「私は魔法術師だぞ?」
「はあ」
分かっていなさそうな返事をしたテツさんに、お母様が掘り下げた答えを口にする。
「術式有りの模擬戦なのに、観衆が近くては危なかろう?」
「それ、観衆が近くにいねえと、俺の身が危なそうなんだが?」
即座に返ってきたテツさんの答えに、お母様がニヤリと口角を引き上げた。
「イエーティと殴り合って無事な硬さなら問題あるまいよ」
「うへぇ・・・」
呻き声を上げるだけで抵抗を諦めたらしいテツさんが、お母様にドナドナされて行った。
結構離れたから声が聞こえなくなったけど、2人は歩きながらまだ何やら話している。
これだけ観衆から離れたってことは、かなり激しい模擬戦になると予想しているのかな?
普通なら心配するところだけど、テツさんだしね。
実際、よほどの術式じゃなければ、テツさんが大怪我をすることなんてないだろうし、もしも大怪我をしたって、お母様も私も治癒術式を使えるから怪我は治せるし、大丈夫だろう。