作品タイトル不明
盟約 ⑩
「やれやれ。今度の戦はヒマなことになりそうだ」
「忙しいよりもマシだろうが」
「そうだな。有事に忙しくなる場合などロクな結果にならん」
ハインズお爺様の軽口に、お母様とお父様から即座にツッコミが入った。
「分かっておるわい」
渋い表情でハインズお爺様がパタパタと手を振る。
だろうね。お母様たちの意見も分かる。
まさに正論と言って良い。
これだけ普段から戦争に備えているウォーレス領において有事に「忙しくなる」ということは、予測を裏切る何らかのイレギュラーが起こった場合になるんじゃないだろうか。
そういった場合に起こることと言えば、得てして悪い方向の事態だろうから。
でも、ハインズお爺様の言うことも間違ってはいないと思うんだよね。
内戦のときは2正面作戦でウォーレス領の戦力が分断されて万全とは言えなかったけど、今度は家族全員が揃っている。
これほどの安心感が有るだろうか。
話題に一段落が付いたと見て取ったらしく、今まで黙って聞き役に徹していたテツさんが確認を入れてくる。
「敵が攻めてくるのか?」
「む? まあ、油断せずば敵と言うほどの敵ではないのだがな」
ハインズお爺様が大したことではないといった感じに肩を竦めて見せる。
夜中に採掘場の食堂でお婆様たちと話していたとき、テツさんたちは別のテーブルで話し込んでいたから聞いていなかったんだっけ。
ウォーレス領の戦争を見たことがないんだし、エルフ族の去就に並々ならない真剣さで取り組んでいたテツさんが気にしないわけはないよね。
「油断しなければ?」
「ああ。一昔前の話だが、ルナリアの兄が初陣で戦死してな」
テツさんの質問にお母様が淡々と答えた。
酸っぱい顔になったのはテツさんの方だった。
「済まねえ。余計なことを訊いちまったみてえだ」
「構わぬ。儂のコレも油断した結果でな」
ハインズお爺様がご自分の潰れた左目を親指で指した。
ハーヴェイお兄さんのことを引き摺っていないわけではないのだろうけど、お爺様はお兄さんのことに触れなかった。
きっと、お爺様たちにとって酷いトラウマを残す大事件だったはずだから。
それでもウォーレス家は、国家レベルの欲望と策略から多くの人々を守るために最前線で居座る一族だもの。
自己保身や過保護に走らず、家族を失った悲しみにも一歩も退かず、国防の要として敵の前に立ち塞がり続けている。
私もまた、その勇気と覚悟に守られている1人。
救われた恩を返すためにも、私も家族の一員としてみんなを守るよ。
「誰もが通る道でも有ろうが、如何に弱兵といえど、侮れば噛み付かれるという教訓だ」
ハインズお爺様の代わりに、ということではないのだろうけど、マルキオお爺様がルナリアと私に視線を向けてくる。
勝てると思って調子に乗るなよ? って意味かな。
大丈夫だよ。ルナリアは私が守るんだから、油断も手加減もしない。
お父様もまた、ハーヴェイお兄さんの話題に触れず、テツさんたちに目を向ける。
お爺様たちの目もテツさんたちに向いている。
お父様たちの目に在るのは揺るぎない自信だ。
驕り高ぶることもない静かな自信は、そうなのだろうな、と信じさせるに十分なものだった。
「ま。心配するな。1国を相手取ってもウォーレス領が戦争に負けることなどない」
「良い機会だ。私たちの戦い方を見ておけ」
堂々としたお父様の宣言に、好戦的な笑みを浮かべたお母様が乗っかる。
「了解した」
非戦闘員の裏方を務めるお婆様たちに至るまで、誰1人として揺るがないウォーレス家の人々の姿に、テツさんとレイクスさんが顔を見合わせて頷き合った。
それで終わりかと思えば、テツさんは再びお父様へと顔を向け直した。
「開戦の予測はいつ頃なんだ?」
「ドネルク殿が王都へ帰り着くのが、ここ2~3日の内だろう。そこから国王陛下に届けられた建白書による領有宣言が公布されるのに2~3日といったところか」
日程を予測するお父様の後をお母様が引き継ぐ。
「宣言書は近隣諸国にも届けられる。隣国へ届くのに1週間、すでに出兵の準備を進めている隣国がナーガ川の対岸へ着陣するのに1週間。そのぐらいだろう?」
「そうだな。前回もそのぐらいだった」
お母様に同意を求められたお爺様たちが揃って追認した。
「ほーん。合計で3週間ってところか」
「何か有るのか?」
何やら計算しているらしいテツさんの反応にお母様が怪訝な表情になっている。
「いいや。残った仕事が1件有ってな。ギルドから借りた荷馬車も返却しなきゃならねえ。仕事を終わらせて1度王都へ戻ってから、再びウォーレス領へ来るには、3週間も有れば十分か」
ああ。テツさんはちゃんと開戦前に戻ってくるつもりでスケジュールを考えていたのか。
テツさんの返事に、お父様が何かを思い出したようにテツさんを見た。
「そう言えば、変わった荷馬車だそうだな」
「車体の部品に魔獣の素材を使っているらしい。普通よりも車体が軽いと聞いてるぞ」
「魔法道具かと期待したのに、違ったけどね」
テツさんとレイクスさんが情報を明かしてくれた。
へぇ。冒険者ギルドが作った、魔獣素材を使った軽量な荷馬車?
それを量産したら領民や馬たちが楽にならないかな。
私たちが魔法道具に関する情報漏洩を危ぶむように、荷馬車も機密情報かも知れないから勝手に量産はしないけどね。
通すべき筋は通しておかないと、今後、魔法道具で同じことをやり返されたときに文句も言えなくなっちゃう。
ただ、今後のために、解析して描き起こした図面ぐらいは残しておきたいな。
お父様たちも荷馬車に使われている技術は気になっていたようで顔を見合わせる。
「ほう。見せて貰って参考にするか?」
「そうだな。素材次第だろうが、領民たちの助けになるやも知れぬ」
お父様とハインズお爺様の顔を見比べたテツさんが目を丸くする。
「一番に領民のためを考えるんだな」
「それが為政者というものだ。直接的な利益を貪る者など二流に過ぎぬ」
「兵力も生産力も民草あってのものよ。民が潤うことで、回り回って儂らも恩恵を受けるのだから、民草を思うのは当然であろう?」
男臭く笑うハインズお爺様の弁を、マルキオお爺様が誇らしそうに胸を張って補足した。
マルキオお爺様も、「領民に仕事を与えるのも為政者の仕事だ」と言っていたからね。
この考え方はウォーレス血統の全てに共通する認識のようで、傍系のオジサンたちが集まったときに私も岩塩鉱山や狩猟方法や干し肉の製造方法のことで褒められまくっている。
それを聞いたテツさんは本当に驚いたようで、感嘆の息を吐いた。