作品タイトル不明
盟約 ⑤
「・・・うはぁ」
目の前5センチメートルほどの距離に空いた幅2センチメートルもないバイザーのスリットを通して見る視界は、小さな覗き穴から外を覗いているようなものだから、予想していた以上に周りが見えにくい。
自分の足元さえ、顔を真下に向けないと見えないよ。
バイク用のフルフェイスヘルメットを基準に考えていたけど、ぜんぜん違う。
魔法の照準を定めるように重たい右手を掲げてみるけど、ずいぶんと感覚が違うね。
左右はもちろん、上下の視野も狭くて手元が視界に入らないから距離感が掴みにくいんだな。
何をするにも、視界の端に比較対象物が見えていることが重要なのだと思い知らされた。
「体を動かしてみて、おかしなところがないか確認してください」
「・・・ああ。うん」
音が聞こえるようにヘルムの耳の辺りには小さな穴が空けられているから、くぐもっては居るけど外の音は聞こえるね。
ヘルムの中で反響した自分の声の方がメッチャ大きく聞こえるけど。
ベンテールに空けられた空気穴やバイザーのスリットだけでは換気が足りず、自分の吐息のせいでヘルムの中に籠もった湿気がすごい。
結露した湿気がゴージットやブレストプレートの中まで涎みたいに垂れてきたりしない?
籠もるといえば、聞いていた通り甲冑の中に自分の体温が籠もって暑くなってきた。
“着るお布団”を着た上から“鉄のお布団”を頭まで被っているようなものなんだから、暖かい室内だと暑くないわけがないよね。
いや、待てよ? 「暖かい室内だと」ってことは、屋外ならそこまで暑くはないのだろうか?
いやいや。夏は暑くて大変だと、みんな言ってるじゃん。
脱水症状を起こさないように気を付けておかないと熱中症へ一直線だよ。
雪が積もって草木も凍る極寒地だと、素手で触ると皮膚が貼り付いちゃって危ないぐらいに甲冑も凍るのかも。
今まで考えたことがなかったけど、甲冑ってメチャクチャ扱いにくくない?
ともあれ、指示された通り体を動かしてみるか。
「・・・むむっ」
重石を括り付けられた状態とも言える体は、どこを動かしても重くて動きづらい。
私の筋力やスタミナでは、何度も剣を振り上げたり歩いたりするだけで体力を使い果たしてしまいそう。
それでも、今の私に課せられたミッションは、各部の動作に不具合がないかを確かめる作業だ。
腕を上げたり足踏みしてみたりと体の可動範囲を確かめてみる。
肩のポールドロンが邪魔になって水平ぐらいまでしか上腕が上がらないな。
両手で剣の柄を握って敵に斬り付けると考えてシミュレーションしてみよう。
この状態で剣を振れる?
極めて怪しい気がするなぁ。
日本の剣術や剣道だと、剣を振るときは脇を締めろと指導されるらしいんだよ。
どこかのネット記事で見た知識だから、ネット掲示板の書き込みよりは信憑性は高いはずだ。
実際に鉄アレイでも持って両腕を振り下ろしてみれば分かるけど、脇を締めた方がブレずに腕を振れるからね。
「・・・おっと」
脇を締めて剣道の竹刀を振り下ろすようにシャドー素振りをしてみれば、リアーブレスの脇側がブレストプレートに支えた。
脇を締められないとなれば、腕の力だけで腕の振りをコントロールしなきゃならなくなる。
これ、どうすんの?
剣ってものは、1.5キログラム前後の重量が有る。
西洋剣は日本刀よりも、ほんの少しだけ重たいんだっけ。
数百グラムとか、その程度の差だったはず。
一般的な鉄アレイといえば2キログラムだけど、刃渡りだけで60センチメートル以上も有る鉄の棒を振る場合、体感重量は2キログラムの鉄アレイよりも、ずっと重く感じるものだよ。
そんなものを腕の力だけで振り下ろして敵を斬る?
これは違うな。
上腕の狭い可動範囲を加味するなら、体重を乗せて押し斬らないと人体なんて斬れる気がしない。
あれ? 押し斬る?
西洋剣は「押し斬るもの」なんだよね?
「・・・ふむ?」
キーワードの一致に、どこか一貫したドクトリンのようなものを感じざるを得ないな。
剣の形状や、その振り方と、そうせざるを得ないような甲冑の形状。
不要な部分を削ぎ落として必要な部分を残した結果がこの形状?
「どんな感じですか?」
「・・・えっ? ああ。予想していたよりも動きにくいな、と思って」
フィッティングの具合を訊かれて現実へ引き戻された。
「そこは慣れですね」
「そのうち慣れますよ」
エゼリアさんたちはお気楽に返してくるけど、私はルナリアを守らなきゃいけないのに身動きすら難しいのでは困る。
「・・・そうなんだろうけど、重すぎてまともに動けないし、何より、思った以上に距離感が掴みにくくて魔法が使えそうにないよ」
「お前に甲冑はまだ早かったな」
むー。お母様まで一緒に笑ってるけど、私は本気でルナリアを守るつもりで居るんだよ。
目の前に有る手段で目的が達成できないのなら、他の方法論を探すべきだ。
敵はこっちの都合に合わせてはくれない。
敵の不都合を突くのが戦争ってものじゃないの?
お母様だって、「敵に不都合を強いるのが戦争というものだ」って言ってたじゃん。
「・・・私の場合、剣や槍を振るよりも、魔力の手で叩いた方が早くない? “蒼焔”なんて距離感が分からないと使いにくくて仕方がないだろうし」
絶対にポロリする、と断言できる。
“蒼焔”は超絶大質量の核を魔力の手の上に載せて生み出すものだもの。
距離感の把握が未熟だった頃は、ポロポロと核を取り落としまくって森の中を穴だらけにしたしね。
そして、私の距離感の把握は視覚的情報に依存するところが大きい。
視覚的に見えなくなった途端にポロポロと落としていたのが、その事実を証明している。
視覚情報を制限されて攻撃手段に足枷が付くなら、防御よりも攻撃を優先して敵を倒すべきじゃないだろうか?
「攻撃は最大の防御」と最初に言ったのは、前髪だけが長い特徴的な髪型のボクシング選手だったとか。
ノーガード戦法を使った実在のプロボクサーがモデルの漫画キャラクターで、あの特徴的な前髪もモデルのプロボクサーの特徴的な髪型をオマージュしたものだとネット掲示板の書き込みで見た気がする。
あの髪型は―――、って、髪型はどうでも良いや。
そうだよ。攻撃は最大の防御。
殺られる前に殺る。
肉弾戦で戦う相手が居なければ万事解決するんじゃないの?
私がルナリアを守るにも、1発撃たれて誰かが犠牲になってからじゃないと撃てない専守防衛なんて愚かな制約を踏襲するつもりなんてさらさら無いんだから、先手必勝でブチかませば甲冑を着る必要もないはずだ。
先手必勝に徹する戦略的判断も有りだろう。