作品タイトル不明
盟約 ③
「軍服がシワになりますからお手伝いしますね」
「・・・お願いします!」
私の着付けに慣れているマーシュさんかササッと取り付いてきて、あっという間に下着姿に剥かれる。
ルナリアが着せられているものと同じ鎧下の上下を着せられただけで着膨れした感じになるんだけど、“着るお布団”だけ有って甲冑を着る前からモコモコで暖かい。
大事なことだからもう1度言うけど、甲冑を着る前から暖かいんだよ。
さて。ここから甲冑を着せられていくわけだけど、甲冑というものは人体にピッタリと貼り付くようなサイズで薄い鉄板を板金加工した装甲なわけで、鉄板が隙間なく重ねていくことで刃や矢が入り込む隙間を無くすんだよ。
つまり、爪先から順に頭の天辺まで鉄板で覆っていくことになる。
ブーツもいつもの編み上げブーツじゃダメなようで、ちょっとだけ薄手の革ブーツが用意されていた。
ブーツを履き替えて、 鉄靴(サバトン) と呼ばれるパーツの中へブーツの爪先を突っ込む。
このサバトンはハーフ丈のバスケットボールシューズの底以外を鉄板で覆うような形状で、足の甲に装甲を乗っける格好になる。
内側のブーツとサバトンを固定するのは、爪先と土踏まずの辺りにピンと張ってある革ベルトだけだよ。
踵部分に鉄板の繋ぎ目が有って、繋ぎ目をグッと押し広げて足を突っ込んだら繋ぎ目を閉じて金具で固定する。
このサバトンの装甲は爬虫類のお腹のような横長の鱗が重なり合った構造で、ちゃんと爪先や足首が曲げられるるようになっていた。
「ガタガタはしていないようですが、くるぶしが痛かったりはしませんか?」
「・・・大丈夫だと思う」
隙間に指先を突っ込んで窮屈さを確かめてくれているマーシュさんに頷いて返す。
そうは言っても、丁度良い具合なんて甲冑初心者の私に分かるわけがないからね。
キツ過ぎずユル過ぎず辺りが丁度良いんじゃないかと想像する。
「締め付けられると痛くなりますから、動いてみて痛みが有るようなら調整させましょう」
「・・・はい」
サバトンの上に重ねて 脛当て(グリーブ) を装着される。
このパーツは文字通り、脛―――、足首から膝下までを覆う装甲で、ふくらはぎの内側に蝶番が、外側に繋ぎ目が有って、パカッと二つに割った間に足を突っ込む構造。
革が分厚いブーツだと窮屈になるから、薄手のブーツに履き替えさせられたんだね。
続いて 膝当て(ポレイン) と連なった 腿当て(クイス) を装着するんだけど、自重でサバトンと密着させるグリーブと違って、クイスはギャンベゾンの上着の裾に革紐で吊り下げる構造になっている。
クイスに引っ張られたギャンベゾンがグッと両肩に食い込んで、思わず声が出る。
「・・・うっ。重っ」
「まだまだ、こんなものじゃないですよ?」
「・・・ううっ。はい・・・」
鞍や椅子に座れるようにか、クイスは腿の前面から外側の半周だけを覆うようになっていて、腿の後ろ側でベルトを締めて腿にピッタリと貼り付かせる。
半周分だけとはいえクイスの重量が掛かって上着が下へ引っ張られる形になるから、鉄板を両肩に吊しているのと同じだよね。
人によっては、装甲が無い部分に鎖帷子を張ったりするというのだから、重さはさらに増す。
怪我から自分自身を守るためとはいえ、重量と安全をトレードオフにする代価は筋力で補うしかないのだろう。
そりゃあ、みんな脳筋になるわけだよ。
膝の上からカポッと被せてクイスとグリーブの隙間を埋める格好で、ポレインを装着する。
このポレインはクイスの下端と噛み合わさって連結されているから、ズリ落ちたりはしない。
内股から膝裏にかけては装甲がないけど、ポレインの外側には、膝裏を狙われたときに邪魔するような格好で防御板のような張り出しが付いている。
こうやって可動部を確保しつつ膝裏を守ってるんだね。
お股から膝裏までだけがスースーすると思いつつ、ふと思い出す。
剣術の型を練習しているときに、下段から上段へ逆袈裟に剣で切り上げた次の動きに、クルッと手首を返して足元へ剣を叩き付けるような動きが有るんだよね。
アレって、腿や膝の内側、あるいは膝裏の装甲が無い部分を狙う動きだったのだと気付いた。
実際に甲冑を着てみないと、剣術の型も、その動きにどんな意味が有るのか本当の意味では理解できないんだね。
参考になったし剣術への理解が深まったよ。
理解できたからと言って、それが出来るのかと言えば別問題なんだけどね。
西洋剣は直線的に振り下ろした剣の重さで押し斬るんだっけ?
対して、日本刀は円の動きで剣を振って引き斬るのだとか。
貧弱な私の筋力で西洋剣を振り回せるのかと言えば極めて怪しいから、ロブウッドさんにでもお母様のようなサーベルを打って貰うべきだろうか?
まあ、サーベルなら私に振れるのかといえば、ぜんぜんそんなことはないんだけど。
「・・・ふう」
ともあれ、これで一応、両足がスッポリと装甲で覆われた格好になるらしい。
この時点でドッと疲れたと思って溜息を吐いているのに、マーシュさんは容赦がない。
「ここからが本番ですよ」
「・・・ええ・・・」
息つく暇もなく「次だ」と宣言されて、早くも泣き言を吐きそうになる。
ドデンと出てきたのは 胸当て(ブレストプレート) だよ。
鉄板で出来たノンスリーブシャツみたいなパーツは甲冑一式の中でも最大サイズのもので、前面側には両足の付け根を守る 腰当て(タス) と 草摺(タシット) まで一体化している。
ついでに言えば、股間とお尻を守る 鎖帷子(チェーンメイル) まで部分的に一体化してるんだよ。
読んで字のごとくチェーンメイルというものは針金で編まれた網―――、鎖の鎧だからね。
剣先で突かれても突き抜けないように、それなりに針金も太いし、頑丈ってことは重いってことだ。
当然のことながら、鎖の材料も鉄。
人体の最重要部分を守るブレストプレートも、もちろんペラペラなものではない。
見るからに重たそうなブレストプレートの構造は、王都での襲撃事件でアンリカさんの救急救命治療に当たった私はよく知っている。
胴体のお腹側と背中側で2分割されたパーツは、片側の脇を蝶番で繋いでいて、もう片側の脇に留め金が付いているんだよ。
パカッと割ったブレストプレートで前後からサンドイッチにされる。
「・・・グハァッ!」
「重―――っ!」
ブレストプレートからマーシュさんが手を離した途端、両足に掛かる重量が一気に増えて、ノーアを負んぶするよりも大きな負荷に、私の隣でルナリアでさえ悲鳴を上げている。
想像以上に重かった!
こんなのを着て戦争するの!?
ムリムリムリムリ!
これ一体、何キログラム有るの!?