作品タイトル不明
プリンセス強襲 ⑱ ※ベルーサー面
「バルトロイ」
「フレイアか」
領主執務室へと続く廊下で、べルーサーと二人で難しい顔をしていたバルトロイは、凛とした女声に眼差しを投げた。
「尋問の進捗はどうなっている?」
「王宮貴族の名前を新たに数人吐いたが、密売・密輸ルートの全容をまだ吐かん」
ふん、と、フレイアは鼻で笑った。
「 手緩(てぬる) いのではないのか?」
「お前が、やり過ぎなのだ」
呆れ顔で部下を見るバルトロイを、べルーサーもまた、呆れ顔で見た。
いや、部下と言うのは正しくないな、と、べルーサーは自分の認識を修正する。
バルトロイは王国魔法術師の長であり、フレイアは形式上、バルトロイの指揮下という扱いだが、実際には、フレイアに対する命令権をバルトロイは持っていない。
特務魔法術師は国王直属であり、フレイアに命令を下せるのは国王陛下だけだからだ。
立場で言えば、フレイアはバルトロイだけでなく、べルーサーの上司である王都騎士団の長、騎士団長閣下と同格なのだ。
職務の性質上、ある種の特権を与えられている事実を勘案すれば、バルトロイや騎士団長閣下よりも権限は強いかもしれない。
何せ、特務魔法術師は国王陛下の裁可を受けずに貴族家当主を捕縛し、尋問という名の拷問に掛けることすら許されているのだから。
小さな犯罪の摘発に関わることは無いが、騎士団でも簡単に手を出せない貴族家の犯罪など、貴族階級の特権的な権力を笠に着て行われる王国の治安に関わる大きな犯罪などを調査し、必要とあれば強権と武力をもって検挙する。
王国に属する貴族家諸家も、特務魔法術師に協力する義務を課されている。
王国貴族からすれば、国王陛下と並んで、最も怖い存在だ。
他国を回し見ても、フレイアのような特殊な特権を持っている者は居ないだろう。
なぜ、フレイアのような者が存在するのか?
リテルダニア王国は古い国家だ。
かつて、大陸の黒龍山脈以南を統一していた大国が倒れ、“魔の森”の脅威から人類棲息圏を守るために、大国から分離した勢力の一部が一人の王に率いられ“魔の森”の真際に一つの王国を建てた。
建国以来、1000年もの永きにわたって、“魔の森”に対する防御壁として存在し続けてきた、その王国こそがリテルダニアだ。
神教会と西方の大国どもの共謀により、大陸内最古の国家だったエルフ族の国が最初に滅ぼされた。
その後も、国家間の謀略と神教会の暗躍により、いくつもの国が滅びた。
人類に対する覇権の野望を持ったことがない王国を、他国は人類棲息圏のための肉壁だと見做しており、王国を他国が攻め滅ぼそうとしたことは数えるほどしか無かったが、国家存亡の危機が無かったわけでは無い。
その最たる例がカリーク公王国の建国だ。
他国からの分断工作に乗った一つの公爵家がリテルダニア南部一帯の国土を割ってカリーク公王国を建てた経緯をリテルダニアの民は忘れておらず、その結果、王国は必要以上に他国と接触しなくなった。
他国が王国に干渉出来なくなった後も、王国以外の人類棲息圏では各国が互いに勢力争いの末に滅ぼし合い、殺し合ってきた末に、リテルダニアよりも古い国家は大陸から 悉(ことごと) く消え去った。
かつては人類が総力を結集して黒龍山脈の向こう側にある魔族国家と存亡を賭けて争った時代もあったが、それも、もう500年以上、昔の話だ。
500年という時間の流れは長い。祖先たちが力を合わせて外敵と戦った歴史を忘れて互いに殺し合いを始める程度には、長い。その時間の長さは、王国内においても同じ。
そう言えば、このレティアの町を王家の庶子だったレティア卿が建てたのが、その500年前だったかと思い出す。
幾度もの政争で国内が荒れることも屡々(しばしば)有ったが、王国が国体を維持し続けて来られた理由が、時の国王本人にしか動かせない特務魔法術師という存在なのだ。
王国は他国の干渉を嫌う。
特務魔法術師とは我が身の病巣を殺す劇薬である。
初代国王の時代に国内引き締めのために制度を定め、他国からの干渉によって引き起こされたカリーク公王国の分離独立騒ぎで特務魔法術師の強権がさらに強化された。
時代時代で、当時の最強にして最高の魔法術師が任命され、王国内部に生じた闇を暴き、貴族家当主であろうとも、特務魔法術師という劇薬が、その実力と強権をもって断罪の場へと引き摺り出してきたからこそ、王国は存続し続けられた。
王国に属する貴族家、国民にとっても、特務魔法術師は騎士団と並んで正義の象徴だ。
誰よりも強く、心正しいと、時の国王が選んだ者だけに、疚しいところが無い貴族家も特務魔法術師を支持し、協力を惜しまない。
ゆえに、フレイアのように傍若無人な「王国の正義」を体現する存在が許される。
王国の存続を維持するためならば、特務魔法術師は手段を選ばない。
間違えてはいけないのは、国王直属の特務魔法術師が目的とするのが「現国王統治下による王国の存続」であって、「国内安定の維持」では無いことだ。
多少、国内が荒れたとしても、他国との戦端を開くことになろうとも、特務魔法術師は現国王統治下の国体維持のために強権を振るい、実力をもって障害を排除する。
慌てるのは周囲だけだ。
今代の国王陛下が凡庸だと有力貴族家から侮られている現状においては、特務魔法術師ほど恐ろしい存在は王国内に居ない。
現に、べルーサー自身も嫡男ではないが中堅貴族家の子息で、実家の父や兄から「特務殿だけは絶対に怒らせるな」と繰り返し言いつけられている。
その特務魔法術師フレイアを、バルトロイもまた平然と罵倒する。
貴族家最高位の公爵家次期当主とはいえ、恐れ知らずというか、このお二方の関係性も良く分からない。
友人同士でも侮辱と受け取られかねない言葉が飛び交い、互いに気にした様子も無い。
「すでに殿下の布告書はお書きいただいたのに、ちゃんと吐かせられるのか?」
「王都から陛下のご指示が届く前には吐かせてみせる」
「手を貸して欲しければ、いつでも言え」
ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべるフレイアを、バルトロイは恨みがましい目で睨む。
コーニッツ・ムーア両家残党の暴発を禁じる布告書は、今朝方、両領地で発布された。
この時点で王家が“融和派”の罪を認定したと受け取られ、両家にとってウォーレス領に留まっている王女殿下が明確な「敵」となり、いつ暴発が起こってもおかしくない状況が生まれたわけだ。