作品タイトル不明
プリンセス強襲 ① ※ハロルド面
「入れ」
執務机で書類を手にしていたハロルドは、ノックの音に目を上げ、端的に命じた。
「王家より、先触れの使者が到着されました」
来たか。
「通せ」
「承知いたしました」
一礼した執事のワールターが音も無く扉を閉めて使者を迎えに赴く。
程なくして、ガシャガシャと金属甲冑の足音が聞こえてくる。
再びのノックの後、ワールターが扉を開くや否や、一歩目よりも先に怒声が執務室へ飛び込んで来た。
「ハロルド! 王家の剣たるお前が同胞を攻め落とすとは、どういう料簡だ!?」
「私が必要だと判断した。文句があるなら私に言え」
ハロルドが答えるよりも先に、ソファーにお行儀悪く寝そべっていた従妹が、むくりと体を起こした。
「ぴ、ピーシス卿!?」
ハロルド以外に人が居ると思っていなかったのか、使者の任を仰せつかってきた王国騎士は、文字通り、飛び上がって驚いた。
「なんだ? 私が居ては都合が悪いか?」
「そ、そういうわけでは・・・」
深緑色の双眸にギロリと睨み据えられて壮年の騎士がタジタジになる。
コイツは美人に弱いからなあ、と、自身が王都に居た頃と変わらぬ同期の様子に、ハロルドの目元が緩む。
どこぞの男爵家御令嬢を妻に迎えて以降は落ち着いて、酒場通いも控えていると聞いているが、昔は夜ごと騎士団の宿舎からフラフラと飲みに出ては、酒場で出逢った美人に、良いように奢らされていた。
若かった頃のハロルドとしては、酔いが覚めてシラフに戻った同期の友人の愚痴と自己嫌悪に付き合わされるのは面倒で有り、同時に、馬鹿話のネタとして楽しんだものだ。
従妹と友人の遣り取りを眺めながら、気を引き締める。
それなりの立場に出世した友人が先触れの使者などという雑用を引き受けたのだから、先触れを出した当人は、それなりの地位であることは確実だ。
それとも、執務室へ飛び込んできたときの剣幕から測って、ハロルドの処遇を心配してくれたのか。
「久しいな、べルーサー。今は南部方面隊、副長様だったか?」
「お、おう」
「まあ、座れ」
執務机から腰を上げたハロルドに促されて、短く刈り上げたブラウンの髪の騎士は、フレイアの向かい側へと腰を下ろした。
フレイアはと言えば、いつものようにベンチソファーの真ん中に、デンと座っているので、ハロルドはいつもの通りフレイアの隣に座る。
領主であるはずのハロルドが添え物扱いを平然と受け入れている姿を目の当たりにして、べルーサーは微妙な顔になった。
「ワールター。遠路はるばる来たんだ。ウォーレス特産の 林檎酒(シードル) でも出してやれ」
フレイアはウォーレス家の傍系当主のはずだが、我が物顔で執事に指示を出す。
「よろしいので?」
「い、いや。折角だが、あと鐘一つも経たないうちに殿下が到着されるのだ。残念だが、今は遠慮しておこう」
仕事中だろ? と言わんばかりの執事に問われて、べルーサーは首を振った。
「では、お茶をお持ちいたします」
「有難い」
執事の方もフレイアの態度を日常として受け入れているらしい、と見て取れる。
どうなっているんだ、ウォーレス家? というベルーサーの心情は、礼を述べながらも表情から隠し切れていなかった。
「殿下、と言ったな?」
「うむ。アリストテレジア殿下が騎馬200騎を率いてご到着なされる」
ハロルドとフレイアの目付きが同時に鋭くなった。
「200騎だと? 少な過ぎるだろう」
「迎えを出そう。万一が無いとは言い切れん」
「私が行く」
「ま、待たれよ、ピーシス卿」
片手を挙げたべルーサーの制止に、腰を上げたフレイアが動きを止める。
「バルトロイ閣下が随伴されておられるのだ。増援は不要だ」
「うえ・・・。魔法術師団団長のくせに自分で来たのか。面倒くさい」
盛大に顔を顰めたフレイアは、腰を下ろし直して、どすんと背もたれに身を預けた。
ハロルドとべルーサーは同時に溜息を吐いた。
名目上の直属の上司にして公爵家次期当主でもある、王家直属魔法術師団の団長に対しても、この態度である。
侯爵家は他人だが、王家の傍系である公爵家は国王陛下の親戚なのだ。
「親戚」と言うならウォーレス家も王家の傍系では有るのだが、血縁の近さで言えば公爵家の方が上位だ。
次期公爵閣下ご本人を目の前にしてもフレイアは態度を変えないことが易々と想像できてしまうだけに、ハロルドにもべルーサーにも言葉が無かった。
ハロルドもべルーサーも、フレイアが所属する魔法術師団と同じく王家直属組織である王都騎士団の元・正騎士と現役正騎士だが、別の組織だから魔法術士団内部でどの程度の自由が許されているのかを測りかねて、言動を咎めていいものか戸惑わざるを得ない。
「まあ良い。殿下が到着される前に、事の顛末を聞かせてくれ」
良くはないけどな! と考えつつ、戸惑いを棚上げしたべルーサーは居住まいを正した。
ハロルドから、そして、国王陛下から直々の密命により、魔法術師団団長も同意の上で“融和派”の動向を探るべく動いていたというフレイアの口から語られる状況に、べルーサーも表情を険しくするしか無かった。
「そうか・・・。マークスがな」
「行方が分からなくなって、もう、2年も経っている。諦めては居たさ」
軽く肩を竦めて見せるハロルドの目には、隠しようが無い悲しみが見える。
ハロルドの次男が生まれたのは、ハロルドがまだ王都の騎士団に所属していた頃だ。
長男のときも次男のときも騎士団の連中で祝杯を挙げて大騒ぎしたし、マークスは奥方に連れられて長男と一緒に騎士団の訓練場へ顔を出したことも有る。
べルーサーにとっても、友人の子息で、見知らぬ子供では無かったのだ。
「読むか?」
「特務の報告書か」
フレイアから手渡されたのは、魔法術師団団長経由で国王陛下へ提出されるであろう、数十枚の紙を綴じた冊子だ。
特務魔法術師であるフレイアから上奏される極秘任務に類するであろう情報に触れるとなれば、王都騎士団も無関係では無くなるということだ。
それをべルーサーに見せるということは、騎士団長閣下へ伝えろ、という意味だろう。
躊躇いが無いわけでは無かったが、この二人が騎士団長閣下へ伝えるべきだと判断したのなら、自分も把握しておくべきだと考えて冊子を受け取った。
紙を捲って読み進めるうちに、噛みしめられたベルーサーの奥歯がギリリと鳴った。
「確度は?」
「ムーアだけでなく、コーニッツが吐いた。宰相までは繋がらなかったが、王国西部国境周辺の“融和派”は軒並み“黒”だな」
「他国の人身売買網に加担するとは、馬鹿げた真似を・・・」
ページを捲るべルーサーの眉間の皴が深くなる。
どうやら、フレイアが命じられていた極秘任務とは、国内に流通し始めたという“禁制品”の噂を探ることだったようだが、その“禁制品”が人間だった、ともなれば、奴隷制を認めていない王国として、座視は出来ない。
亜人種族を含めた“人間”を貴重な労働力と考える王国において、人身売買は貴族家の取り潰しも有り得るほどの重罪である。
陛下が直々に命じられた調査で実行犯の供述に名前が挙がった“融和派”は、粛清処分にまで至らなくとも表舞台からの失脚は免れまい。
失脚に不満を持って挙兵に至るとなれば、如何に陛下が争いを望まなくとも“保守派”を抑えきれるわけが無い。
結果的に国内貴族の大粛清が始まるのは必至だ。
これは大きな戦が起こりそうだと、べルーサーは溜息を吐いた。