軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

屋根裏部屋

しかしそんな日々は続かなかった。その声が静かな宿の食堂に響いた。

夕方というにはまだ早い宿には、宿屋の親父、ショウとハルとリクにレオン、それからうっかり紛れ込んでしまったロビン、そしてファルコとサイラスしかいなかった。

こんな個人的な話を、ここで自分たちが聞くべきではないかもしれない。その場にいた誰もがそう思ったことだろう。しかし、いつもファルコと一緒のショウにも、いつもサイラスと一緒のリクにも、今この場で思いを語らなければ、一生その思いを呑み込んでしまうだろうということも、なんとなくわかっていたのだった。

「ライラが憂い顔をする日が増え、お前に小さい木の剣を作って与えた。俺と一緒に荒れ地を駆け回っていたのに、家にいて、お前につきっきりで剣を教え始めた。何かが手をすり抜けていくようで、でもその何かがわからなくて……」

ファルコの手が、サイラスの背中でぎゅっと握られた。

「やがてライラが出ていくと言った。俺は行くなと言った。せめて子どもが成人するまではと。そうでなければお前を置いて行けと」

置いていけと。そう言ったのだとサイラスがつぶやいた。ファルコは思わずと言うように顔を上げ、天井を見た。

「しかしライラは、平原で育てたらこの子の狩人の素質を伸ばせないと言った。ならば、どうしても深森に戻るならば、俺も行くと。妻と子どもと離れるくらいなら、俺もついて行くとそう言ったのに」

ファルコの肩に、額を埋めるようにして、そう訥々と語るサイラスは、まるで迷子の子どものようだった。

「お前のために作りかけていた屋根裏部屋も、やりかけていた荒れ地を整える仕事も、お前と離れるくらいなら、どうでもよかったんだ」

ショウはサイラスの仕事を知らない。漠然と農業をやっているだろうなと思っているだけだ。だがリクは、サイラスの話を聞くとハッと顔を上げた。何か心当たりがあるのだろう。

「だが、ライラは、あなたは深森ではやっていけないと言った。できる仕事がないでしょうと。男が生きようと思ったら、どんな仕事でもできるさ。深森にだって農地はあると聞いた。町に行けばどんな仕事でもある」

ファルコの目がショウをとらえた。その目には迷いはなかった。それからファルコは、サイラスに目を戻した。

「俺も、ショウと離れるくらいなら狩人をやめてもいい」

「ファルコ、お前」

あっけにとられたのはレオンだ。しかし、レオンが続ける前に、サイラスが口を開いた。

「だが、ある日仕事から帰ったら、お前たちはいなくなっていた。半狂乱で家の周りを探して、まさかと思い町に行ったら、ライラがお前を連れて出て行ったと。追いかけようと思った。だが、ライラは戻ってくるつもりがないこともわかっていたんだ。とぼとぼ家に戻ってきて、初めて置き手紙に気づいて」

この場にジーナがいたらどんなに怒ったことだろう。

「そうやって、母さんはいつも話を聞かずに人の気持ちを決めつけるんだ。変わってなかったんだな」

「今でもそうか」

サイラスはやっとファルコを離し、その目を覗き込んだ。泣いてはいなかった。でも目の周りは何かに耐えるように赤くなっていた。

「今は、ちょっと違う。やっと、人の気持ちを考えようとし始めたよ」

「やっとか」

「やっとだ」

まるで兄弟のように、よく似た二人がおかしそうに笑った。ショウは胸が熱くなる思いだった。

「なあ、あんた、ファルコ」

リクがどうしても言わなければというように声をかけた。

「小さい剣、覚えてないか。小さい木の剣と、それから青と、青と緑の、変な形の馬のぬいぐるみ」

「木の剣、は小さいころライラに振らされたから。年を取るにつれて大きいものになり、やがて本物の剣を持つようになって捨てた。だが、ぬいぐるみ? そんなもの持ってたことないな」

「縫い目ががたがたで、真ん中から持ったらくたっと半分に折れるような」

リクがまるでそのぬいぐるみを手で持つように、握って見せた。ファルコもつられて何かをつかんでみている。

「青と緑、青と緑は昔から好きだけど、だが男の子は皆好きな色だろ。手で持って、真ん中から折れる……」

ファルコがふと眉をひそめた。

「いつも真ん中で持つから、そこから折れてしまって、それでもぶんぶん振りまわすから、ライラが大事にしなさいって」

そのまま両手で頭を押さえた。

「青と緑のしましまだった。名前は、ハク。父さんの馬の名前……だった」

サイラスの目が大きく開いた。

「大きな馬で、もちろん自分では乗れないから、いつも母さんが抱き上げて誰かに、俺は、誰かに手を伸ばして」

「いつも俺が抱き上げて、鞍の前に座らせて。初代のハクは、小さい馬だったんだぞ」

「俺には大きかったんだ。いつもより高い所から見る景色が大好きで……そうだ、あれが俺たちの家だぞって、後ろから声がして」

ファルコは懐かしそうに目を細めた。

「俺にも、ちゃんと家があったんだな」

「そうだ。いつ戻ってきてもいいように、ちゃんと屋根裏部屋も完成させたぞ」

「梯子が登れるようになったらなって、そうだ。俺、いつ戻るのって、母さんに聞いたけど、母さんが戻らないわって。二度と聞いちゃいけないんだって思って」

それで思い出さないようにしてたのだと、そのうち忘れてしまったのだとショウは思った。

「屋根裏部屋は今はリクが住んでる」

サイラスは後ろを振り向き、リクを指さした。

「リク」

「冬の夜に拾った。俺の養い子だ」

「冬の夜」

ファルコは思わずショウを見た。ショウは頷く。

「じゃあお前が三人目か」

リクは強く頷いた。

「三人目が、俺の弟とはな」

「お、おとうと?」

ファルコのつぶやきに皆が驚いたが、一番驚いたのはリクだったかもしれない。

「父さんの子どもなんだろ。なら、俺の弟だろう」

「そうだな」

ファルコが当たり前だろうというように言うと、サイラスも頷いた。ライラを間に挟んだはずなのに、この二人、そっくりだ。ショウはおかしくなった。

「じゃあ、リクは私の叔父さんってこと?」

「おおお、おじさん? 俺が? 待て待て、ショウお前、俺と同い年だよな?」

「やー、叔父さんか。リクおじさん。なかなかいいんじゃない」

「からかうなよ……」

リクがガクリとし、食堂にはやっと笑いが戻ってきた。

「ライバルかと思ってたのに、兄さんだったってわけか」

「ライバルって、リク、お前」

サイラスが驚いてリクを見た。

「あの屋根裏部屋にはさ、父さんの、その、なくした子どもへの愛が詰まってただろ。俺、代わりでもイイかなって思ってて、でも代わりだって一度も感じたことはなくて、幸せで、でも、いつか本物の子どもが帰ってきたらって、そう思ってて」

「ファルコはファルコ。リクはリクだ」

「そうだな。うん、父さん。そうだな」

そんなサイラスはやっぱりファルコとそっくりだとショウは思うのだった。