軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親子

サイラスはちょっとだけ悩む様子を見せたが、ごく普通の調子で返事をしている。

「すまん、この宿は初めてなんだ。息子と二人分、部屋を取りたい。同じ部屋でお願いする」

「息子ってあんた。養い子はかわいい女の子だろう。え?」

宿の親父はまだちょっと混乱している。ショウはおかしいのと同時に、複雑な気持ちになった。

さっきうっかり口にしてしまったが、ショウはファルコから父親の話を聞いたことがない。

「あれ、よく考えたら、ライラの話も聞いたことないや」

ファルコは、まあ、家事はいまひとつだったが成人としてきちんと活躍しており、ごく普通の、いや、外側から見たらごく普通の大人だ。そして深森では、家の仕事を継ぐ者以外は、同じ町に住んでいてもたいてい親からは独立している。

だから一人で生活を立てているファルコは別に変でも何でもなかった。ライラが現れるまで、ファルコが親に対して複雑な気持ちを持っているとはわからなかったし、ファルコ自身でさえそんな自分の気持ちに気づいていなかった。

そもそも、なぜファルコがそんな状況になったかも、本人から聞いたことはない。ただ、ショウのもう一組の親代わりであるジーナに、ジーナから見たファルコの子ども時代を聞いただけだ。その時ゴルドは何と言っていたか。

「ジーナ、あまり話してやるな。いつかファルコが話したければ自分で話すだろ」

そんな感じだ。逆に、ショウが自分の子ども時代をファルコに話したかと言うと、ほとんど話していない。それはハルとレオンも同じだ。

ショウとハルが、違う世界から来たということを聞いた時でさえ、ファルコもレオンも必要なこと以外は聞こうとしなかった。

レオンはお気楽で、今が大切という気持ちがそうさせたのかもしれないけれど、ファルコはおそらく違う。やっと手に入れた家族を、やっと手に入れた自分だけの大切なショウを失いたくないのだ。前の世界の記憶を思い出すことで、この世界から、つまりファルコから気持ちが離れてしまうのを恐れているのだとショウは思っている。

そんなことはあり得ないのに。

結局は何事も本人に任せるしかないのだ。

混乱している宿の親父とサイラスがさすがにかわいそうになって、ショウが説明しようと一歩出ようとしたところで、宿のドアがバタンと開いた。

「ファルコ」

「レオン」

ショウとハルが同時につぶやいた。

短いが少しぼさぼさした髪を無造作にかき上げるファルコの腰には、なじんだ剣とポーション、そして狩人のポーチが付いているベルトがしっかりと巻かれている。

それは宿の受付をしようとしてうまくいっていないサイラスとは似ていても明らかに別人だった。

かき上げた髪を下ろそうとして、ファルコはショウに気が付いた。

「ショウ!」

無表情な顔がふっと緩み、ほんの数歩でショウに駆け寄ってきたファルコは、ショウをすっと抱き上げた。

「恥ずかしいから外ではやめてって言ってるのに……」

ぶつぶつ言うショウには慣れているのか何も言わず、縦抱きにしたショウの顔を嬉しそうにファルコが見上げている。

「この時間に帰ってきてるとは思わなかった。何かあったのか」

「うん、まあ」

「なんだと」

ファルコはショウを慌てて下ろすと、ショウを上から下まで見て、その後くるりと回して後ろも確認した。

「怪我はしてねえか」

「そもそも治癒師だよ、私は」

「よかった」

そう言ってまた抱き上げた。

「欧米か」

あきれたような、だが笑いを含んだ少年の声がした。

「ふふっ」

とかわいいハルの声と共に。周りをまったく見ていなかったファルコははっとしてショウを下ろすとショウの斜め前に立った。平和な平原で、しかも少年から守る必要はないのに。しかしファルコは、声がしたほうを見、少年に目を留め、瞬時に危険はないと判断し、そして少年の横の大人に目を移した。

そして目を見開いた。困ったような、どこを見ていいのかわからないという戸惑った顔をしたその男の顔は、鏡でたまに見る自分そのままのように思えたからだろう。その男は、少し迷って口を開いた。

「ファルコ、か」

「あんた、なんで俺の名前を」

何を間抜けなことを言っているのか。ショウはファルコの服を後ろから引っ張った。

「ファルコ。ここは平原だよ」

「そんなこと知ってるが。ああ」

ショウを振り返った目に、何かに気づいた光が灯った。ファルコは改めてまっすぐその男を見た。

「あんた、もしかして父さんか。母さんと結婚してた」

「そうだ」

全員ががくっとなったことだろう。どこから突っ込んでいいのかわからないほどだ。

「ふはっ、あんた、やっぱり親子だよな。その、言葉の足りないところとか間抜けなところとか、本当にサイラスにそっくりだよ」

まず笑い出したのがリクだった。

「リク、お前……。俺のことそんなふうに思ってたのか」

「ははっ、ふっ、だって、いかにもサイラスの言いそうなことだろ」

「いや、俺は」

リクが笑い転げているが、ショウだってちょっと言いたいことがあった。

「ちょっとリク、ファルコが言葉が足りないとか間抜けだって言ってるけど、サイラスの返事だってかなり間抜けだからね。母さんと結婚してた父さんかって質問に、そうだって返事するのだって、ちょっと変なんだから!」

ショウが少し憤慨して返事をすると、サイラスとファルコはお互いにそっぽを向き、部屋は爆笑に包まれ、そしてショウはレオンに肩を叩かれた。

「ショウ、とどめを刺すなよ。結局二人とも間抜けだって話になってるだろ」

「ご、ごめん」

しかしさすがサイラスは大人だった。少し気持ちが落ち着くと、つかつかとファルコに歩み寄ってくると、ファルコの目の前に立った。ファルコがすこし見下ろし、サイラスが少し見上げる。

「ファルコ、大きくなった」

「そうか。悪いが、小さかった時のことは覚えてねえんだ」

「いい。俺が覚えてる」

大きくなったファルコに、幼いファルコの面影を重ねているのだろう。

「その、ファルコ」

「なんだ、父さん」

ファルコはさらりと父さんと呼んだ。そう言えばさっきもだ。

「その、ファルコ」

「なんだ、父さん」

何度繰り返すつもりだ。

「抱いてもいいか」

「俺をか? 別にいいぞ」

ファルコは俺なんかを抱いてどうするという顔をしたが、腕を大きく広げた。

サイラスは一瞬ためらって、その後がっしりとファルコを抱き込んだ。ファルコのほうがすこし大きい。でも、サイラスはまるで小さくて大切なものをその腕に包み込むようだった。

「どんなふうに大きくなったんだろうな」

「俺にもわからん」

「小さい時から、お前は無口で」

「そうか」

「家の中でも外でもライラが一人でしゃべって笑って、そして俺たちはそれをいつも並んで聞いていて」

「それはわかる」

ショウにもその様子が目に見えるようだった。

「そんな日が何時までも続くと思っていたんだ」