作品タイトル不明
349 天使のつばさ(アーシュ視点)1
アンベール王城に足を踏み入れた私たちは、そこでアンベール王と対峙し、そしてその命の最後を見届けた。
陛下は私の分の思いも込めて強烈な一発をアンベール王に食らわせてくれた。
もっとアンベール王にぶつけたい思いはあるが、奴は今生を最後に魂は消滅するのだ。これ以上の罰はないだろう。
アンベール王の魂は今、身体を離れ、呆然としていた。
私はその魂に思念で話しかけた。
「アンベール国王、サルア・サマール・アンベール」
魂の状態になると生きている人間との意思の疎通はほとんど不可能となる。それゆえに私に話しかけられたことでアンベール王は目を見開いた。
『貴様は、私が見えているのか!?』
「ええ、視えています。ですがもうすぐあなたは消えるので視えなくなりますが」
彼は驚き『私が消えるだと?』とさらに目を見開いた。
「あなたには死の結界を用いて数多の命を犠牲にしたという拭えぬ罪がある。それゆえに魂は輪廻転生を赦されず消え去るのです。ほら、その片鱗が見えてきたでしょう」
『ふざけたことを! 私はまたアンベール国王として……復……かつ、す、る、の、だ…………あ……?』
魂に綻びが生じ、形を成していた魂が外側から崩れていく。
――もうアンベール国王だった魂に残された時間は僅かだった。
彼はサラサラと崩れていく自らの姿に目を瞠った。
さらに言葉を紡ぎたくとも、そうできないことに慄いている。
「こうなる前に引き返す機会はいくらでもあった。その選択をせずこの結果を引き寄せたのはあなた自身です。最後までのわずかな時間、せいぜい反省するがいい」
アンベール王は、崩れていく我が身を見て……その時になって初めて自らが消滅するということに考えが至ったようだ。とてつもない恐怖に目を見開き、もう誰の耳にも届かない魂の叫び声をあげた。
……やがて形をなくした魂は最後に一つの光になり――空中で霧散した。
◇◇◇
アンベール国王の魂が消滅した次の瞬間、アンベール王城に奇妙な振動が走った。
「やはり城の崩壊の話は事実だったようですな。死なばもろともということでしょう」
「あいつは最後の最後まで面倒なことをしやがって!」
カリマー公爵とメルド、そしてクロムは反乱軍の仲間たちに通信用の結晶石で「とにかく今すぐ建物から離れろ!」と指示した。
私は床に手をつき、崩壊の要となった場所を探る。
建物にアンベール王の命と連動するモノがそこに仕掛けられていたはずだ。
やがて視えてきた光景。
建物は無数の柱によって支えられている。その柱が次々と音を立てて崩れ落ちていくのが視えた。
アンベール国王の死によって、彼の命と紐づけられていた柱がいくつも崩壊し、その柱を失ったことによって、建物は荷重に耐えられずに崩壊をし始めていたのだ。
しかも王宮だけでなく、後宮や他のすべての建物が崩壊するようになっていたことに驚きを隠せない。
アンベール王が『自分が死ぬ時はこの城全ての命を道連れにしてやる』と思っていた証拠だ。
ただ、幸いだったのは後宮がすでに無人だったこと。
そして、少し前に王宮のあちこちに仕掛けられていた闇の魔術陣が、雷によって破壊されたことだった。
破壊された魔術陣は、 人(・) が(・) 多(・) く(・) 集(・) ま(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) 場(・) 所(・) に仕掛けられていたものだった。アンベール国王は後宮以外にもあちこちに、闇の魔術をしかけていたのだ。
その魔術陣は、発動の直前に天から落ちてきた雷によって木っ端微塵にされた。
その雷を放ったのは、まぎれもなく王妃フィーネ様とリュードベリー侯爵である。
王妃様たちは『これまでの礼をさせてもらう』と言っていたが、アンベール城のあちこちに仕掛けられていた魔術陣の存在からアンベール王の思惑と切り札を見抜き、発動の兆候を感じとった瞬間、魔術陣を粉みじんに砕いたのだ。
何の前触れもなく、アンベール王城の複数個所に次々と落ちた雷は、人々を震え上がらせた。
建物の中にいた者たちは、轟音と立っていられないほどの凄まじい揺れに慄き、大わらわで逃げ出した。そしてその直後アンベール王の死による崩壊が始まったのだ。
つまり彼らは王妃様とリュードベリー侯爵による、アンベール王の思惑を叩き潰した『御礼参り』の雷撃により、闇の魔術陣に命を絡めとられることも、アンベール王の死と連動した建物の崩壊に巻き込まれることもなく命拾いしたということである。
残るは王城の本宮であるここだけだが、一度崩壊を始めたものは止まらない。せめてこの建物内の者たちが脱出できる時間を稼がなければ。とはいえ、崩壊を止められる時間はそう長くない。もって数十分だ。
私と陛下、クリスウィン公爵は王城の中を駆けまわり、魔力で崩壊を一時的に止めたり脱出路を作ったりと、王城の者たちが脱出するまでの時間稼ぎをしていた。
「急げ! 長くはもたない!」とメルドが叫び、城内の人間を避難させていく。
メルドとカリマー公爵、そしてクロムも私たちと一緒に城の崩壊を遅らせようと必死だ。
すでにこの本宮を除くすべての建物が倒壊した。
この本宮でも大半の者は脱出したが、まだ上階にいた者たちが残っているのだ。その者たちが脱出するまで倒壊しないように魔力で押さえている状態だ。
気を抜くと一瞬で崩壊してしまうだろう。
ズシリと重さが身体にのしかかる。
「くっ……キツイ」
アンベール王城の死の結界を破るための浄化魔法を構築し、さらにはアンベール国一国分の大地を浄化するという大技をしてきたばかりだ。お世辞にも体調は万全とは言い難い状態だった。さらにここにきて王城の崩壊を防いでいるため、魔力が底をつきかけている。
それはさっき私と一緒にアンベール国の大地を浄化していた陛下も同じだろう。
クリスウィン公爵が率先して崩壊を防いでくれているが、いつまでもつか。
残りわずかだった魔力が容赦なく削られていく。
まずい。このままだと魔力切れになる。魔力は生命力に繋がっているのだ。魔力が空になってしまうと指一本も動かすこともできなくなる。つまりは動けなくなって逃げることもできずに、最悪城の倒壊に巻き込まれてしまうだろう。
やっと、ここまできたのだ――死んでたまるか!
――と。ふいにキラキラと光る白い何かが、私の手元にいくつも落ちてきた。
雪? まさか。今は初夏だというのに?
思わず見上げると白銀の光がサラサラと音もなく降ってくる。そしてそれは私たちの身体に触れたかと思うと、すっと染み込んでいく。
「「「え?」」」
この感覚には覚えがあった。
北の森で金色とプラチナの光が私たちに降りそそぎ、闇の魔術師にかけられていた魔力封じの枷がほどけ、癒された時と同じ感覚。
白銀の光が身体に触れ、染み込むたびに、さっきまで底をつきそうになっていた魔力が、満ちていく。
そして魔力の低下に引きずられて重く感じられていた身体が瞬く間に軽くなり、明らかに回復していったのだ。
「……一体何が……」
手の周りにキラキラと光って視えるのは白銀の光。
陛下も己の手を見ている。クリスウィン公爵とメルドたちも同様だ。
「え? 何あれ?」
クロムの声にその方向へと視線を向けると、建物がひび割れて裂け、空が見える天井の隙間から、銀色の小さな何かがふわふわと飛んで降りてくるのが見えた。
「え? 鳥……って感じじゃないよね。羽ばたいてないし」
その小さな何かは、ふわふわと私の元へと降りてきた。
「これは……」
私の左の手のひらにちょこんと乗ったそれは、銀色の聖布で作られた奇妙な形のものだった。
「あ」
それに残っていた魔力で分かった。これを作ったのはアーシェラだ。
アーシェラの力は私から受け継いだもの。銀色の聖布に残っていた魔力を私が間違えるはずがない。
でもどうしてこれがここに?
裏返しになっていたそれをひっくり返すと、それが何の形か分かった。
「フクロウ……」
その形を認識すると、突然、脳裏にアーシェラの姿が映し出された。
『ふくろうさんは、しかくにおって~、ひらいて、またしかくにおって~』
『いおんのは、たてがみとかおを、がったいさせて~』
そこには、小さな手で一枚の聖布を複雑な形に折っていく一生懸命な姿があった。
銀色の聖布でつくった鳥型のそれに最後に可愛い目を書き入れて、『かんしぇい!』と笑うその笑顔が、その仕草が、なんて可愛いのだろう。まるで天使のようではないか。
『あ、ねがいごと、こめるんだった。ええと。ええと。「かみしゃま。しんじゅうしゃま。どうかおとうしゃまをまもってくだしゃい!」』
――そして、それに応える声があった。
『ええ、私が承りましょう。可愛いフクロウを作ってくれた御礼に、ね』――と。