軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

350 天使のつばさ(アーシュ視点)2

その声が脳裏に響いた瞬間、私たちがそれまで魔力で懸命に崩壊を止めていた王城の建物がまばゆい銀色の光を放ってサラサラと消えていった。

「「「――――!!」」」

さらに、ふわりと風が吹いた。そして逃げ遅れていた者たちが球体に包まれ風によって運ばれてきたのだ。

……皆気を失っているようだが、無事のようだ。

私たちは、瞬く間に消え去った王城を呆然と見た。

いや消えたのだから、王城跡と言えばいいのか。

土台やら何やらもすべて、見事に何もなくなったのだ。

どんな魔術師だとて、あれだけの大きな建造物を無にすることは不可能だ。

こんなことができるのは、やはり――――。

私たちは目の前に突然できた更地に……そして突然訪れた終わりに、ただ言葉もなく、呆然としていた。

その沈黙を破ったのは陛下だった。

「フフッ、さすがはアーシェラだ。まさか神獣様からご助力を賜れるとは思わなかったぞ」

その言葉で皆の顔に笑みが浮かんだ。「ははは」とクリスウィン公爵が笑う。

「ええ、おかげで私たち全員が助けられました。この銀色の聖布のフクロウはアーシュ殿の無事を願い、アーシェラちゃんが作ってセーリアの神様と神獣様に捧げたものだったのだな」

「『おとうしゃまをまもってくだしゃい』って、あれ本当に可愛かったよな。俺も娘が欲しくなったぞ」

「その前にお前は妻を迎えなくてはな」

あの光景は私だけでなくここにいる皆の脳裏に映ったらしい。ああ、私の娘は可愛いだろう?

「ふふふ。アーシュさん、いつまで泣いてるんですか」

そうクロムが言う。

クロムの言うように、私は涙が止まらなかった。

銀色の聖布で作られた小さなフクロウ。

神々や神獣様は『心からの純粋な願い』に応えるという。

アーシェラは心から私の無事を願ってくれたのだ。

そのことが感じられて、本当に心の底から嬉しかった。

私は涙を拭うと、小さなフクロウを両手で持ち、高く掲げた。

「神獣様、可愛いフクロウをお返しいたします。私たちの危機をお救い下さり、心より感謝申し上げます」

すると、小さなフクロウは、私の手からふわりと浮かび上がった。

私たちは全員跪いて深々と頭を下げ、改めて皆で感謝の意を捧げる。

「お救い下さり心より感謝申し上げます」と。

そしてメルドは小さなフクロウを通して、この場を視ておられるだろう方々へ宣言した。

「この場をご覧になられておられるでしょう、二柱のセーリア神様、フクロウの神獣様、獅子の神獣様。私ガイル・メルドはアンベール国を代表して、これまでの筆舌に尽くしがたい不忠に対し、深く深くお詫び申し上げます」

かつて三国の祖先はセーリア大陸へ幾度も侵攻し、その罪により放逐された。セーリア神の慈悲により少数の者はやり直しの機会をあたえられたものの、結局はその恩も忘れ、セーリア神にもアースクリスの女神様にも不義理の限りを尽くしたのだ。

セーリア神は三国の民に三度やり直しの機会を与えた。けれど、アースクリスの女神様は一度きりだ。

もう後はない。

だから、メルドは決めていたのだ。このアンベール国がアースクリス大陸に根付き、アースクリス国と手を取り合って永続的に共生していける方法を。

それは、ウルド国やジェンド国の新しい国主が誓約したものと同じ。『二度と戦争を仕掛けない』という誓約だった。

それを破り、侵攻すれば、アンベール国は今度こそ滅ぶ。事実上の属国宣言なのだ。

さらにウルド国とジェンド国は『アースクリス人との混血を迫害しない』と定めた。

これまで三国は異常なまでの純血主義で、三国以外の国との混血を嫌い、排除してきた。アンベール国はその風潮が一番強い。

それを許していては、決してこのアースクリス大陸に溶け込んでいくことはできず、またもや愚かな選択をするだろう。それはアンベール国が滅ぶことを意味するのだ。

このアースクリス大陸に今度こそ間違いなく調和していくためには、アンベール人の中に潜む好戦的な因子を薄めていくことが不可欠。

アースクリス人との混血児は、おおむねアースクリス人の特徴を持って生まれ、それが子々孫々受け継がれていくことが知られている。

それなら、代を重ね、長い長い時間をかけていけば、三国の好戦的な因子が少しずつ薄まり……やがて本当の意味でアースクリス大陸に同化していくことができるだろう。

「私たちは女神様がくださったやり直しの機会を無駄にすることなく、今度こそこのアースクリス大陸に調和して行くべく、 一(・) か(・) ら(・) や(・) り(・) 直(・) す(・) 所存でございます。そして今度こそ正しき信仰をしていくことをここに御誓い申し上げます」

メルドは、そう宣言した。

すると、小さなフクロウはスーッと上空に飛び上がると、白銀の大きな翼へと変化し、視界を奪われるほどの大きな光を放ったのだ。

しばらくして、光が消え去った後……周りを見渡したところで、誰もが、目を瞠った。

先程まであった、塔や後宮の建物の瓦礫が、そしてあちこち崩れつつも立っていた城壁が、すべて消え去っていたのだ。

――数百年前、このアースクリス大陸の東側の地を安住の地として選んだアンベールの民が、この土地に王城を建てようとした、その時の、何もない原初の姿にこの地は戻ったようだった。

『新しき門出の 寿(ことほ) ぎよ。――その誓い、ゆめゆめ忘れるでない』

姿は視えずとも、脳裏に響く不思議な声。

それが誰からのものかは言わずとも分かった。

アーシェラに応えた声と同じだったのだから。

フクロウの神獣様は、メルドの『一からやり直す』という言葉に応えたのだろう。

これまでのアンベール国は罪を重ねすぎた。その傲慢さにより、邪神の種を宿した闇の魔術師と手を組み、最後には国を象徴する王城を凶悪な闇で染め上げた。

やり直すのならば、罪と闇に 塗(まみ) れたかつての王城はひとかけらも必要ない。

それゆえに、すべてを消した。

まさに一から……いや、何もなくなったのだからゼロからの再出発ということである。

メルドは、神様がそして神獣様が見ておられるだろう空に向かって、力強く言った。

「ありがとう存じます。はい、今度こそ必ず」

そう答えると、辺りに満ちていた幻想的な白銀の光は、すうっと消えていった。

残ったのは、かつて王城があった広大な更地と、大勢の人たち。

「人が無事なら何とかなるさ。さあ、ここから、一から始めよう」

とメルドは笑った。

アンベール国はここから新しい国づくりを始めることになったのだった。

◇◇◇

「では私は戻る」

女神様の神殿に戻った私たちは、陛下を見送るべく女神像の前にいた。

陛下は今日、アンベールのこの神殿に導かれてきた。

帰る時は、来た時に着いた場所にいれば戻る道が開かれるのだ。

どうやって陛下が来たかというと、日課である神殿での礼拝時に、突然王宮内の大神殿の奥にある転移門が作動したからである。

はるか昔、世界のあちこちにあった転移門は、神々がこの世界を去った後に悪用する者が現れたため、神々の意思によって破壊されたという経緯がある。

わずかに残された転移門は秘されているのだが、その一つがアースクリス王宮内の大神殿にあるのだ。

基本的には邪神の種による緊急時の際に陛下の裁量によって開くのだが、今回は女神様の御心により陛下が転移されてきた。

陛下がアンベール国に飛ばされてきた理由は言わずもがな、『二十年来の因縁を自分の手で解消しろ』ということだったのだろう。

まあ、アンベール王の独白から、完全なる逆恨みと責任転嫁だったと分かったのだが。それで暗殺者を送られたり戦争を仕掛けられたとはどこか釈然としない。

それでも陛下はアンベール王の口からそれを聞き、これまでの疑問を解消した。そして渾身の一発をお見舞いしたことでとりあえずの区切りはつけられたようだ。

もうアンベール王はどこにもいない。魂が消滅したため生まれ変わることもない。

最後の生では、死んだ後でも私たちの手を煩わせたのだが。

「アーシュ、やっと帰ってこれるな」

「はい、陛下」

私がこのアンベール国に来て六年半がたった。

本当はすぐに帰るつもりだったのに、こんなに経ってしまった。

「そなたはすぐに帰国の準備をして戻ってこい。デイン辺境伯に指示をしておく。できるだけ秘かに、そして速やかにな」

そして陛下はクリスウィン公爵へと振り向く。

「クリスウィン公爵、悪いが後を頼む。復興支援のための人員はすぐに派遣する」

「分かっています。アンベール戦が終結したとなればすぐにリヒャルトが動き出すでしょうからな」

そう、三国との戦争が終わった。

そしてそれを合図にまたもう一つの戦いが幕を開けるのだ。

ローズ、アーシェラ、今から帰るよ。

帰ったら二人をぎゅっと抱きしめよう。

そしてアーシェラに、私が本当のお父さんだと伝えよう。

それまでは、あと少し。

その日が来るのが楽しみだ。