作品タイトル不明
348 ランタンのひかり(アーシュ視点)2
このアンベール国全体を外側から覆い始めた蜘蛛の巣のような魔術陣。闇の魔術師は『人が多くいる場所』である砦に魔術陣を隠していた。
『アンベール王城の死の結界が破られる』ということは、アンベール国王の敗北を意味する。それを機にアンベールを見限り数多の民の命を手に入れてから出ていくつもりだったのだろう。
国境の砦には多くの兵が常駐している。彼らの命を糧にして魔術陣を構築し、巨大な死神の鎌をふるうつもりなのだ。
闇の魔術陣は命を喰らうたびに力を得て大きくなり触手を伸ばしていくのだ。まるで蜘蛛が巨大な蜘蛛の巣を作っていくかのように。
ならば私がやることは、魔術陣そのものを消し去ることだ。
魔術陣は遠方の砦に刻まれている。
「――では、始めます」
私は大地に両手をつき、光の魔力を流し込む。薄緑色の瞳を持つクリステーア公爵家の者は大地に親和性がある。それゆえに大地からその力を借りることができるのだ。
辺境の砦へ即座に駆け付けることはできないが、大地は繋がっている。王都を起点とし、内側から外側へと向かって闇色の触手を光の魔力で消していく。
光の魔力は地脈に結び付き、一気に駆け始めた。
左肩から陛下の力が、そして右肩からは父アーネストの力が私に流れ込んできて助力をしてくれている。さらには地脈の所々に存在する菊の花の光が道筋を作り、私の力を導いてくれる。
三人分の光の魔力、そして女神様の花の助力をもってアンベール国一国を覆う闇の魔術を消し去るのだ。
これほどの大規模な浄化をしたことは今までないが……それでも、やらなければ、と焦りを感じていた時、父アーネストが『アーシュ、胸元に手をやれ』と言った。
「はい?」
その言葉に首を傾げながらも胸に手をやると、指先に硬い感触を感じた。
これは、ローズが私と婚約した時にくれた、バーティアの結晶石で作った御守り。そして、その中には娘アーシェラが金色の聖布で作ってくれた折り鶴が入っている。
そう思い至った瞬間、御守りから『私と同じ力』が放たれて身体中に浸透してきたのだ。
「!」
その力は私の手を通して大地に流れ込み、何十倍もの光となってものすごい勢いで地を駆け始めた。
それもただ駆けていくだけではなく、途中にあった闇の傷跡をも一気に消しながら。
『すごいだろう。アーシェラが女神様から頂いた 祝福(ギフト) の力は、必要な者に光の魔力を分け与えることなのだ』
そのことは聞いて知ってはいたが、体感したことでその力のすごさに驚いた。これが祝福の恩恵なのだと。
「ええ、本当に。それに……同じ魔力なので何の違和感も不調も感じません。……アーシェラが私の娘であることを感じられて嬉しいです」
本来魔力は血で受け継がれるもの。だからアーシェラの魔力は私から受け継がれたものであり、同種のものだ。だから何の違和感も感じず、己の魔力として容易く制御できる。さらに金色とプラチナの光を纏った力は私の浄化の力を高めてくれている。それも私に何の負担もなく。それができるのは直系の血縁者の証……アーシェラが真実私の娘であることの証なのだ。
アーシェラが私の娘であることをこれでもかと感じられて、嬉しくて仕方ない。
金色の聖布で作られた折り鶴は私の胸元で、服の下にあるにもかかわらず、金色とプラチナの光を放っていた。
その光を見ていて、もう一つアーシェラから貰ったものを思い出した。
私は魔法鞄から大事にしまっていたものを取り出した。
ところどころに穴が開いた、布で作られた筒状のランタンである。
アースクリス国軍がアンベール国に到着した冬のある日のこと。
クロムが反乱軍の砦の木に引っかかっていたそれを『魔力を帯びたものを見つけた』と言って持ってきた。
クロムは、敵の通信手段として使われたランタンかと疑って回収してきたのだが、そのランタンの布地にはいくつもの穴が開いていて、さらには小さな子供の手形が押されていた。
それを手に取って見たところ、それには『私と同じ魔力』が残されていた。
前述したように、魔力は血で受け継がれるという特性がある。
今私と同じ魔力を持つ者は、私の父アーネストと大叔母メイリーヌ、そして私の娘のアーシェラだけ。
つまりランタンに小さな手形が残せる子供は、アーシェラだけなのだ。
アースクリス国で、アンベール国へ出征する家族の無事を願って飛ばされた願いのランタン。それが国を越えて飛んできて私の元に奇跡的に届いたのだ。
ランタンに押されているアーシェラの小さな手形がとてつもなく愛おしくて、そして私のために飛ばしてくれたことが嬉しくて、このランタンは私にとってかけがえのない宝物となったのだった。
そしてランタンにはもう一つ仕掛けがあった。ランタンを受け取ったあの時、強い光が私の中に入ってきたのだ。……それは金色とプラチナの光だった。
あの時のランタンから放たれた金色とプラチナの光を思い出し、手形が押されたランタンをぎゅっと握り、胸のペンダントに押し当てる。
すると、それが鍵であったかのように、ランタンから金色とプラチナの光が迸った。
同時に、その輝かしい光は、光の奔流となって凄まじい勢いで大地を駆け、数瞬で国境の砦へと到達すると――――怪しげな闇を放つ魔術陣を一瞬で粉砕した。
それも闇の魔術師が仕掛けていた、北西のアースクリス国との国境の砦、北東から東南にかかる海岸線の砦、そして西側のジェンド国側の国境の砦……と、すべての闇の魔術陣が一気に光の力で侵食され、ガラスのように粉々に弾け飛んで、消えたのだ。
――本当にあっという間の出来事だった。
その光の奔流は瞬く間に闇の魔術師によりボロボロになっていたアンベールの大地を癒した。
秘かに闇の魔術陣を仕込まれていた国境の砦は、闇の魔術陣の発動により、昼間にも関わらずあたりは夜のように暗闇に覆われていた。
突然闇に飲まれた人々がパニック状態になっていた時、突如光が奔流となって砦を覆いつくしたのである。
その光は誰の目にも見えた。そしてその光により大地に刻まれた闇の魔術陣が浮かび上がり、金色とプラチナの光に侵食されて弾け飛び、跡形もなく消えていくのが見えたのだ。
さらに金色とプラチナの光を放つ光の玉は大地から空中に放たれてふわふわと上空へと舞い上がっていく。
まるで星の数ほどのランタンが広大な空を埋め尽くしていくようだった。
その光の玉はそれまで上空を覆いつくしていた闇色の蜘蛛の巣のような魔術陣を侵食し、魔術陣はパキパキと音を立てて形を失い消えていく……。
――そして光の玉が消え去った後には、暗闇が取り払われ、雲一つない青空がそこにはあったのだった。
◇◇◇
「ああ、仕掛けられていた魔術陣はすべて消え去ったな。アーシュ、よくやった」
このアースクリス大陸と繋がりを持つ陛下は魔術陣の消滅を感じ、そう言った。
「……いいえ陛下。アーシェラの助力がなければできませんでした。私の手柄ではないのです」
私の力を数倍どころか何百倍にも増幅したのは私の可愛い娘だ。
「それでも、その助力はそなただからこそ得られたのだ。アーシェラは無意識なれど、気まぐれに力を渡すわけではない。必要だからこそそなたに渡されたもので、その力はそなたにしか扱えない。そなたはそれを正しく使いアンベール国一国の民の命を救い、大地を癒したのだ。誇っても良い」
「はい」
「では、私はアンベール城に向かう。そなたは立て続けに大きな力を使ったばかりだが行けるか?」
確かに、先ほどは意識の状態でアンベール王城の闇の結界を破り、たった今、アンベール国の大地を浄化したばかりだ。疲れていないとはお世辞にも言えない。だが。
「もちろん私も行きます。私はアンベールのこれからの行く先を見届けなければならないのです。それにできればアンベール国王を一発殴りたいので」
いわれのない罪を着せられて殺されかけた。そのせいで五年もの間北の森に封じ込まれ、家族とばらばらになり、娘が生まれていたことも知らなかったのだ。
さらにはローズとアーシェラに悲しい思いをさせ続けてしまった。この怒り、一発奴に食らわせてやりたい。
「それは私も同感だな。こういう機会はもうないだろうからな」
ああ、陛下も二十年もの間、アンベール王にいわれのない罪をきせられて暗殺者を送られ続けてきたのだった。さらに王妃様や王子様にもその刃は向いている。そして侵略戦争を仕掛けられ、アースクリス国の数多の民の命が犠牲となった。
陛下も私と同じ、いやそれ以上にアンベール国王に対して許せない気持ちが強いだろう。
「……では、陛下。私の分もお願いします。やはり先ほど立て続けに力を行使したせいで無理はできそうにないので」
そう言うと、陛下は力強く頷いた。
「ああ、任せておけ。そなたの分も込めてあやつに渾身の一発を食らわせてやることにしよう」
「ええ、お願いします」
『では、陛下御武運をお祈りいたします。アーシュ、無理はするな。立て続けに大きな力を行使したのだからな』
「クリステーア公爵、アーシュ殿は私がサポートする。案じなさるな。戻ってゆっくりと休んでくれ」
意識の状態で王城の浄化魔法を構築し、さらには先ほどの大地の浄化で魔力を消費した父アーネストはそろそろ自分の身体に戻る時間だった。
同じく意識の状態でいる王妃様とリュードベリー侯爵は、
『浄化魔法みたいな強力な魔術を使ったわけじゃないからまだ余裕よ~』
『神殿の柱を運んだだけだしね』
と言っていたので、もう少しいるらしい。
父が戻ったのを見届けて、私たちはアンベール城へと向かった。