作品タイトル不明
680 準備完了
六百八十
「さて、これ以上ゆっくりしておったら皆に何と言われるかわからんからのぅ」
フラウティア皇湖にて、ちょっとした休暇を楽しむ事数日。ハルカ達のチームの活躍によって魔獣の老焔暗児が率いてきた魔物は、ほぼ壊滅。
これといった問題もなかったという事で、休暇も兼ねてもしもに備えての待機をしていたミラは、そろそろ帰ろうかと支度を始める。
「またいつでも来てくれ。歓迎しよう。お前も元気でな。次は三十年なんて空けず、たまには顔を見せに来い」
「うむ、世話になった」
「次はもう大丈夫ですから!」
時折、温泉を堪能しにくるのもよさそうだと頷き応えるミラ。そしてマリアナはというと、余計な事をといった態度で返していた。
マリアナが三十年もの間、里に帰らなかったのは毎日ダンブルフの帰りを待っていたからだ。
「……すまんかったのぅ」
「いえ、今は幸せですから」
その三十年の意味をミラが察すれば、そう思わせるつもりなどなかったマリアナは、もう大丈夫だと笑い次にはバッホンをキッと睨みつけた。
そうして準備も整えバッホンと挨拶を交わし、里の外にまで出たところだ。
「キィウ……」
別れの気配に気づいたのか、ウィーヴィーが不安そうに身を寄せてきた。離れたくないと、ミラの胸に頭をぐいぐいと擦りつける。
「一緒に行きたい、と言っていますにゃ──」
ウィーヴィーの気持ちを団員一号が伝える。もっと友達と一緒にいたいと、そう繰り返しているそうだ。
思えば、ウィーヴィーが暮らしていた森に友達はいない。だが霊獣となった今、待遇などは大きく変わるだろう。これまで仲間外れにしてきた者達が、霊獣だと敬ってくれる事になるはずだ。
けれど数十年の孤独は、彼女の心に根深い遺恨を残していた。それは本当に、友達といえるのかと。
だからこそウィーヴィーは、この数十年を終わりにして新しい場所で新しい暮らしを始めたいらしい。
「ふーむ……」
ウィーヴィーの思いもわからなくはない。ずっと爪弾きにされてきた輪に入ったところで、居心地がよいとは限らないだろう。
ならば、この里に居ついてもらうという手もある。このまま塔に連れて帰るという手もある。
だがどちらも大勢の人が暮らす場所だ。この大きなウィーヴィーが何の気兼ねもなく暮らしていける環境かどうか、心配が残る。
「よし、ならば開発中の聖域というのはどうじゃろうか。発展途上で、これから多くのもの達が集まって来る。友達も作り放題じゃぞ」
色々と考えた末に、ミラはこれだという妙案を閃いた。
かつて『彩霊の黄金樹海』と呼ばれていた跡地を再び当時のように、またそれ以上の聖地にするために復興を進めている。
「それに、わしとしてもお主がいてくれると助かる」
最終的に目指す規模は、そこらの聖域の比ではない。ただ、それゆえに広がれば広がるほど管理の目が行き届かなくなってしまう。
先日、霊獣のタロジローを迎えたところだが、今後も考えれば早いうちから霊獣が揃っている方が管理もしやすくなるわけだ。
「キィ、キィウ、キィウ!」
「楽しそう、行ってみたいと言っていますにゃ」
どうやらミラの希望とウィーヴィーの希望が綺麗に重なったようだ。嬉しそうに飛跳ねたウィーヴィーは、そのまま勢いよくミラに──飛び込もうとするも手前で止まり、そのままゆっくり押し倒すように全身を擦り付け喜びを表した。
「おおぅ……そ、そうか。来てくれるか……」
説得した事で突進はなくなったが、どちらにしても最終的な状態に変化はない。ミラは地面とウィーヴィーに挟まれながらも、彼女の聖域入りを歓迎した。
「さて、次は移送手段じゃな──」
どうにかこうにか這いずり出て身を起こしたミラは、次の問題について考える。
なお、霊獣を生息域から勝手に移動させる行為は大陸法で禁止されているが、霊獣自身がそれを望んでいるのだから問題ないというのがミラ達の主張だ。
「ちょっと入りそうにないですね」
体が大きいため、入り口を通らずワゴンに乗せるのは難しい。ならばガルーダの背に乗ってもらうのが一番か。
と、あれこれ考えていたところだった。
「私に任せてもらおう」
なんと、そんな言葉と共にリーズレインがやってきてくれた。話したところ、それならば今すぐにでもとリーシャが希望しているそうだ。
リーシャの手助けになれば聖域の復興を早め、より確実に決戦へと備えられる。ゆえに転移の力を使う許可をくれたわけだ。
「それはありがたい!」
最高の手段の登場に諸手を挙げて喜ぶミラ。なによりリーズレインの力を借りられれば、たまたまどこかで誰かに霊獣を移送している場面を見られる心配もない。
「ほれ、ウィーヴィーや。この者は、なんと異空間の始祖精霊リーズレイン殿じゃ! お主を直ぐ目的地へと連れて行ってくれるぞ」
「キィ、キィ、キィウ!」
少し戸惑っていたウィーヴィーだが、そう紹介すれば彼がミラの仲間だと認識したようだ。それなら安心といった態度で、頭をすり寄せる。
「任せておけ。直ぐに連れて行ってやる」
ウィーヴィーの頭をそっと撫でつけるリーズレイン。長い孤独にあった彼女に共感したのか、優しげに微笑んだ彼はミラに小さく頷いてから転移していった。
「これでもう大丈夫、ですよね?」
「うむ、大丈夫じゃ。あの押しの強さじゃからのぅ。向こうの皆達とも直ぐに仲良くなれるじゃろう」
「そうですにゃ。心配いりませんにゃ」
全身で好意を表現するウィーヴィーの熱烈振りは相手にすると大変だが、その真っすぐさは好感の持てるものでもある。
孤独にありながらも捻くれる事のなかったウィーヴィーならば、きっとうまく解け込んでいけるだろう。
ミラ達は、そんな彼女の門出を祝いながら帰路につくのだった。
シンギナライトの不足問題も解決し、決戦に向けての憂いはなくなった。
そうして各国各自で準備を進めていく事、更に数ヶ月。いよいよ最終決戦の日までもう少しという時期がやってきた。
大陸全土を巻き込む事になる聖戦。月日が経つごとに緊張感も膨らんでおり、街のところどころでは不安の声もちらほらと上がっている。
三神によるお告げと精霊王の言葉を以てしても、全ての者達を納得させる事は出来なかった。
けれど不安で止まり暴動までに至らないのも、やはり三神と精霊王の存在があるからこそ。また、何よりも決戦の地に向かう英雄達の名声が皆の心に勇気を与えていた。
「城門封鎖確認。補強作業開始。物資の点検も完了しました」
「プロティアンドールと防衛用ゴーレム起動。映像出ます」
最終決戦の準備も最終段階。今はどの国でも最終点検にとりかかっているところだ。
都市から離れた小さな村や集落などで暮らす民達も、避難所への移動が始まっている。
全ての準備が完了する頃には、いよいよ最終決戦の直前になっているだろう。そしていよいよ、大陸の未来を決定する運命の日となるわけだ。
「まさか、ここでも役に立つとはのぅ」
「えっへん」
時期も時期だからか、ここ最近は会議で九賢者が集まる事も多く、ミラもまたアルカイト城の会議室で一同と会していた。
決戦のための準備というが大陸全土を巻き込む事になるため、当然ながら全てが順調というわけでもなかった。特に非戦闘員の避難は、戦闘準備の数倍も大変だ。
教会の地下のみならず貴族屋敷や王城など、防衛力の高い建造物を全て活用する必要があり、中には最終決戦のために建造されたシェルターもある。
だが大国になってくると、定員以上に詰め込んでもまだ収容しきれないのが現実だ。
そんな状況で役に立ったのが、何といってもフローネが開発設計した空飛ぶ島の技術であった。
かの天空城には、避難場所から溢れたアルカイト王国民の全てが収容されている。
また幾つかの国の幾つかの街では、街を大地ごと浮かせていた。だがそれは天空城程のものではなく、どちらかといえば隆起させるという言い方の方が近いかもしれない。
街全体を切り取るようにして、三百メートルほど持ち上げた形だ。つまり街の外から見ると、三百メートルの崖の上に街がある状態となる。
これによって、少なくとも地上からの魔物の侵攻は遮断する事が出来るだろう。地上戦力を削減して対空に割り振れば、より防衛もし易くなるというもの。その即席の断崖防壁のための、フローネによる技術供与だ。
「それにしても随分と大盤振る舞いしたもんだな」
ルミナリアは無数にある書類の中から、各国の準備進行度を表にしたものを手にしていた。
フローネの天空城の技術のみならず、ソウルハウルが開発した死霊術での即席防壁術やカグラによる囮術、ヴァレンティンとっておきの退魔結界など。最終決戦のために様々な技術が多くの国に提供されていた。
使いようによっては、戦争にも十分に転用出来てしまう技術ばかり。どれもこれもアルカイト王国のみに留めておけば、より国防面を万全にしておけただろう。または交渉や取引の材料にも活用出来たはずだ。
「まあ提供する相手については、しっかり吟味しているし、多分大丈夫だと思うよ。それに三神国と教皇さんにも、これらの情報は共有しているんだ。もしも何かしでかしたら、一番怖いところに睨まれる事になるっていうのも向こうは承知済みさ」
利を追求する事も国主としては大事な仕事だ。けれど今は大陸に住む民達を第一に考える時であり、そのためにはこれが最善手だった。そう確信しているソロモンは、けれど問題になったなら、その時に考えようと言って笑った。
「それもそうじゃな」
今一番大事な事は、皆で無事に最終決戦を乗り切る事。それこそが最優先事項だというソロモンの言葉は、誰の胸にも納得をもたらした。
「しかし……」
むしろそれこそが、この術技の総本山との呼び声の高いアルカイト王国の正道であろう。正しくと頷くミラは、けれど次にどことなく不満げな顔で進行表を睨んでいた。
九賢者による技術供与。その項目は他にも複数に及んでおり、その中にはミラが開発した武装召喚も含まれていた。
しかしながら、精霊女王の活躍によって召喚術士の人気は飛躍的に上昇し、その数も増えたが、今はまだその大半が見習いレベル。
武装召喚の基礎は武具精霊という初級の術だが、それを扱うための技術は上級のそれに匹敵する。
そのため絶対的な召喚術士不足である現状において、この武装召喚を実用レベルで扱える者は一握りしかいなかった。戦闘員の一部に利用出来ればいいというのが現状だ。
「大国は、なかなかなのじゃがのぅ……。もっとこう、見習いくらいでも使えそうなものを見繕うべきだったじゃろうか」
三神国やアトランティスにニルヴァーナといった国には、優秀な召喚術士がそれなりに揃っている。そのため武装召喚による戦力の底上げで、より防衛力が高まりそうだ。
しかし小国は厳しい。この一年の間に精霊女王として各国を回り、ダンブルフの弟子という立場のもとで武装召喚の手ほどきなどもしてきたが、やはり人数不足は否めない状況だ。
最も危険な最前線に配るまでで精一杯といった様子であった。
「気にすんなって。それでもあると無いとでは大違いなんだ。数が少なくても、確実に意味はあるんだからな」
ミラが気にしている事に気づいたようだ。ルミナリアは召喚術士の数が問題なだけで、十分に役立っていると笑い飛ばす。
技術の難易度という面では他に提供されたものだって、なかなかの代物だ。どれも熟練の技術を必要とするものばかりである。そして最終決戦という場面においては、ちょっとした小手先の技などではなく、そういった確かな技術によるものこそが必要になる。
「いざって時には、魔術で巻き込んでも大丈夫っていうのが特にいいよな」
武装召喚は、間違いなく誰かを救う。そう力強く口にしたルミナリアは、しかし同時ににんまりと笑ってみせた。
「まったく、お主という奴は……」
事実、そういった活用方法もあると苦笑したミラは、けれどそれを前提にはするんじゃないぞと釘を刺した。
それから更に慌ただしい日々が過ぎ去っていったところで、いよいよ出発の時がやってきた。
「では、行ってくる」
「はい、ミラ様。どうか、ご無事で」
「きゅぃ……」
「うむ。マリアナ、そしてルナや。お主達も安全第一じゃからな。決して無理をするでないぞ」
召喚術の塔の一室で、ミラ達は強く抱きしめ合いながらお互いの無事を祈っていた。
これから大陸全土での大戦が始まる事になる。そして次にここへ戻ってくる時は、全てに決着がついた時だ。
その時は、またこうして抱き合い勝利を祝おう。そう約束を交わしたミラは、数歩だけ下がってから黒い指環を右手の指に嵌めた。
「わしを、わし達を信じて待っておれ!」
「はい……!」
「きゅい!」
ミラは勇ましく微笑みながら、右手を掲げた。すると微かに指環は光り、次の瞬間にはミラの姿が霧のように掻き消えていた。
「ミラ様……どうか、どうか……」
マリアナは僅かに残るミラの温もりを胸に抱きながら、もう一度再会出来る事を何度も何度も願い祈るのだった。