作品タイトル不明
679 星空温泉
六百七十九
新たな霊獣ウィーヴィーと召喚契約を結んだ後、まずは仲間達を順番に召喚して新入りを紹介していった。
一度に沢山の友達が出来て、ウィーヴィーも嬉しそうだ。中でも同じ鳥類として感じるところがあったのだろう、ガルーダへの憧れを強く抱いたようだ。
また仲間達の方もウィーヴィーがミラに大きく貢献したという事で、それはもう快く彼女を迎えてくれた。
「ご機嫌じゃのぅ」
そろそろ里に戻ろうとしたところ、ウィーヴィーも行ってみたいという事で今は一緒にガルーダの背の上だ。
飛ぶ事は不慣れゆえに、こうして空を飛ぶのは初体験となるウィーヴィーだが、不安や恐れは何もない。気持ちよさそうにはしゃいでいる。
そうして里の前に到着し、里長の家に向かっていたところだった。
「あ、ミラ様。こちらです」
着陸するガルーダを見て気づいたのだろう。大通りを行く途中で、迎えるようにマリアナが駆けてくる。
「なにやら随分と賑やかじゃのぅ」
見れば大通りの先にある広場には、多くの人が集まっていた。その中には、先程出会ったハルカの姿もある。
既に魔獣を倒した事については、周知されているとみてよさそうだ。
「皆さんお待ちですよ」
どうやらあの集まりは、魔獣を倒した事に起因するらしい。そのお祝いだとはしゃいでいるようだ。
「ところで、あちらの大きな鳥は……もしかしてウィーヴィーでしょうか? ですがなんだか不思議な感じが」
ミラと一緒に来たものの、落ち着きなく物珍しそうに里を走り回っているウィーヴィー。姿形はウィーヴィーだが、その色合いと雰囲気は霊獣化した事で大きく変わっている。
「うむ、先ほど知り合ってのぅ。しかも目の前で霊獣に変わるオマケ付きじゃ。更にそれだけではないぞ──」
とてもご機嫌なウィーヴィーに微笑むマリアナに、ミラは先ほどまでの出来事などを掻い摘んで説明した。
魔獣との遭遇。威嚇するウィーヴィー。そして、その巣に貯め込まれていたものなどを。
「そんな事があったのですか……。なんだか、とても運命的です」
子供の頃に見たウィーヴィーの巣が、巡り巡って今に繋がっていた。ダンブルフとマリアナが出会ったのは、そして今のミラとマリアナがあるのは必然だったのかもしれない。
つまり運命によって結ばれた二人などと感じたのだろう、マリアナは嬉し恥ずかしそうに微笑んでいた。
「やあやあ、貴女が精霊女王さんですね。いやぁ、助かりました」
と、大通りの途中でマリアナと話し込んでいたからか、なかなか広場まで来ないのであちらからやってきたようだ。迷彩マントに身を包んだ長身の女性が、そう声を掛けてきた。
その後ろには、更に五人の女性が並んでいる。皆、同じような迷彩を纏っている他、その一人はハルカ。
どうやら長身の彼女こそが、この冒険者チームのリーダーのようだ。
「仕事を横取りしたようで、すまんかったな」
「いえ、早期解決出来た事が何よりです。私達だけでは、後一、二週間ほどかかっていたでしょうから」
公式に派遣されてきた冒険者達を蔑ろにしたような状況だが、リーダーはまったく問題ないといった顔で笑い、状況が状況であったため体面だなんだを気にする必要などないと言い切った。
重要なのは、被害が大きくなる前に解決する事。その点、ミラの仕事は迅速で理想的だったと称賛する。
「ともあれ、精霊女王さんのお陰で一番の脅威は去った。残るは統率を失い残された魔物だけ。私達は、そちらで働かせてもらうよ」
「そうそう、後は任せちゃって」
リーダーが安心したように言うと、ハルカも残りは楽な仕事だと笑う。
南側については、大半の魔物の始末が終わっている。だが北側は、もう暫くかかるようだ。彼女達は残党狩りで稼ぐから大丈夫らしく、お陰で休暇が増えそうだと嬉しそうでもあった。
それから多くの者達が集まる広場に行けば、里を救った英雄だなんだと大盛り上がりだ。
「怖い魔獣を圧倒したんだって? 凄いねぇ、まるでダンブルフ様みたいだ」
「見た事もない術だったって聞いたけど、もしかしてダンブルフ様直伝の奥義か何かなのかな?」
「師匠がダンブルフ様になると、やっぱりその弟子もただ者じゃあないんだね!」
この里ではダンブルフの名が最上位に君臨している。見事な功績を挙げたミラは、いつものように精霊女王としてではなく英雄ダンブルフの弟子として大いに持て囃される。
「ダンブルフ様に続き、そのお弟子のミラ様にも危機を救っていただくとは、何やら運命的なものを感じますな」
そう口にしてガハハと笑う里長。里の者達もまた、不思議な縁があるものだと感慨深げだ。
なおマリアナは、その運命的という部分に反応したのか、どこか浮かれた様子だった。
魔獣騒動が解決した翌日。ミラは里長の家の客室で目を覚ました。
「昨日は随分と騒いだものじゃな……」
昨夜はあのまま飲めや歌えやの大騒ぎとなり、気付けば翌日の朝だ。
途中までの記憶しか残っていないが、見れば身なりはしっかり整えられてベッドにいた。酔ったまま眠った後に、マリアナが世話してくれたのだろう。
「ん……っと、そういえば送還もしておらんかったな」
ベッドには団員一号の姿もあった。折角の宴を前に送還なんてご無体なという要望もあり、団員一号もまた随分とはしゃいでいたものだ。そしてミラと同様に、ぐっすりというわけだ。
眠ったまま送還したら驚くだろうと、彼が起きるのを待つ事にしたミラはベッドの脇に用意されていた服を手に取った。
いつもとは少し違ったその服は、フラウティア皇湖の名産品である星屑織布で仕立てられたワンピースだった。光の角度で星空のように煌めく特上品だ。
まだ酔いの残る身体を起こしてワンピースに着替えたミラは、少しだけぼんやりしてからアイテムボックスを漁る。
「ふぅ。とりあえず数日はのんびりするとしようかのぅ」
酔い覚ましの薬を一気に呷って二日酔いを解消したミラは、すっきりとした気持ちで部屋を出る。
「ミラさん、おはよう!」
妖精族だからか、それとも単純に屈強な体格ゆえか。里長のバッホンは朝から元気そうだ。しかもリビングのテーブルに広げられた書類を、てきぱきと処理している。
昨日の魔獣に関係する報告書など、彼の仕事はこれからまた忙しくなるのだろう。だが頭脳労働もお手の物といった様子である。
「うむ、おはよう」
そう挨拶を返したミラは、リビングを見回してからキッチンへと目を向ける。だが、そこにマリアナの姿はなかった。
「マリアナならば、裏の馬小屋だろう。ミラさんが連れて来た、あのウィーヴィーに朝食を持っていったところだ」
ミラの仕草から察したようだ。バッホンは、そう口にしながらキッチン奥にある勝手口を指し示してみせる。
「おお、そうじゃったか。いやはや、すまんのぅ。連れてきておいて、面倒をみる前に潰れてしもうた」
「いやいや、聞けば決戦のために多大な貢献をしたというじゃないか。存分に歓迎させてもらおう」
大陸の未来を左右する一大決戦。その勝敗にかかわる大事な任をやり遂げたウィーヴィー。どうやらそのような話で伝わっているようだ。
事実、ウィーヴィーの成し遂げた成果は極めて重大だ。けれどそのためにウィーヴィーは、数十年もの孤独を生きてきた。
面倒をみておいてくれた事に礼を言ったミラは、キッチンの勝手口から馬小屋に向かう。
里長だけあってか馬小屋と言っても、ちょっとした戸建てより立派なものだった。
その戸を開き中へ入ってみれば馬小屋らしい動物の臭いが鼻先を擽る。見れば、立派な馬が三頭。広々とした内部に柵はなく、悠々とした態度で寛いでいるのがわかる。
(なんじゃろうか。丁重にもてなされておるのか?)
そして、そんな三頭の中心にウィーヴィーの姿があった。霊獣になったためか、動物から一目置かれているようだ。ウィーヴィーもまた馬小屋の中心で女王様のように寛いでいる。しかもマリアナからご飯をもらい、とても嬉しそうだ。
なお、ウィーヴィーがご飯に夢中になったところで、マリアナがその羽毛たっぷりなお腹に頭から突っ込んでいった。
ふわっふわなウィーヴィーの羽毛だ。見れば誰もがそうしたくなるところである。
「キィウ、キィ!」
と、そうしたところでミラに気づいたウィーヴィーが嬉しそうに立ち上がる。するとどうだ。突然動いた事でマリアナが、ぽんとお腹に弾かれたようにひっくり返った。
「急にどうし──あ……ミラ様!? ……おはようございます」
「……うむ、おはよう」
少しばかりドジなところを見られたからだろう。慌てながらも取り繕ったマリアナだが、その視線は恥ずかしげにどこかを彷徨ったままだった。
皆で朝食を済ませた後、ハルカ達が魔物の残党狩りに出かけていくのを見送ったミラは、今日をのんびりと過ごした。
マリアナとルナ、そしてウィーヴィーと団員一号も一緒に里を巡って、その牧歌的な風景に癒される。
見晴らしの良いところで弁当を食べ、広い草原で遊び回るウィーヴィーとルナ、そして団員一号を穏やかに眺めた。
「こういうのも、よいものじゃな」
「はい、とっても好きな時間です」
決戦に向けての準備に加え研究だ実験だと、ほぼ休まずに駆け抜けてきた半年間。思えば何でもない日常を忘れていた気がすると思い返したミラは、こんな時間は久しぶりだと何気なく言葉にした。
するとマリアナはそれをじっくり噛みしめるように答えた。
「絶対に守らねばな」
「きっと出来ると信じています」
この時間が続くかどうかは、半年後の決戦次第だ。
ミラがその勝利を強く願い想い描いたところ、マリアナは明るくそう言って笑った。
そっとマリアナの横顔を覗きみれば、落ち着いたその笑顔には一抹の不安すらも浮かんではいなかった。今の平和が続くと、心の底から信じているようだ。
着々と準備を進める大陸全土の国々。そして決戦に挑む勇者達。何より、ミラへの信頼がその言葉と顔に表れていた。
「うむ、もう勝ち筋しか見えんからのぅ!」
どのような戦況になっても戦えるよう、様々な策を準備してある。サポート体制もばっちりだ。多くの研究や実験を重ね、余程のイレギュラーが起きようと対応出来るという自信もあった。
ここまでの努力は無駄にならない。そして何よりマリアナとの幸せな未来のためにと、ミラは改めて奮起する。
とはいえ、今日はこのままのんびりモード継続だ。
里を見て回り、遊び、食べる。そして夜には目的の一つだった温泉も堪能した。
「おおー、これは最高じゃな」
冬の寒い夜空の下で星を見上げながら浸かる温泉といったら、この上ない。ミラは両手両足を存分に伸ばして、その贅沢な一時を存分に堪能する。
「はい、とっても気持ちいいですね」
そしてその隣には、当たり前のようにマリアナの姿もあった。
ダンブルフのままであったなら温泉で離ればなれになっていたところだが、ミラならばいつでも一緒にいられる。その利点を存分に享受する彼女は、とても幸せそうだ。
「きゅい、きゅいー!」
「キィ……キィウ……」
二人で寛いでいると、何とも騒がしい鳴き声が聞こえてくる。
見れば慣れたように湯面に浮かぶルナが、岩風呂の縁で立ち往生しているウィーヴィーに何か言っているようであった。
はて、どういった状況だろうか。玩具で遊んでいる傍の団員一号を突いてみれば、直ぐに察してくれたようだ。団員一号は、両名の会話を翻訳してくれた。
いわく、温泉に入るのを躊躇っているウィーヴィーを、体が冷たくなるから早く入った方がいいとルナが呼んでいるところだそうだ。
「ふむ、それは確かにそうじゃな」
「ですね」
温泉に来たところで、まずは皆で全身を湯で流して綺麗にした。マリアナが言うにウィーヴィーは綺麗好きだそうで、水浴びなどもよくしているらしい。だからこそ温泉にも連れて来たわけだが、どうしたのだろうか。
「なんじゃ、どうした。何か心配でもあるのか?」
立ち上がってウィーヴィ-に歩み寄ったミラは、そう問いかける。それを団員一号が伝えたところ、ウィーヴィーはその理由を答えてくれた。
「水浴びしようと飛び込んだら、とっても熱い湯だまりだった事があったそうですにゃ──」
通訳の団員一号から語られた、ウィーヴィーの失敗談。過去に熱い温泉に入ってしまった事によるトラウマで、こういった湯だまりに入る事に抵抗があるそうだ。
「なるほどのぅ……」
トラウマというのならば無理強いは出来ない。一緒に入るのは諦めた方がよさそうだ。そう思ったミラは、まず濡れたままのウィーヴィーを乾かしてやろうと手を伸ばす。
ただ、そうしたところだ。
「今はこの通り、小生達が入っているから大丈夫だにゃ。それにこういうのは一緒に楽しむのが友達というやつだにゃ!」
団員一号としては、それでも挑戦してほしかったようだ。そう力強く語り掛け、さあこいと手を広げる。
するとどうだ。友達という言葉が特に響いたのか、ウィーヴィーの目に輝きが宿った。そして湯舟と皆を交互に見てから「キィウ!」と鳴いた。
「な、ちょ、待たんか!?」
羽毛を乾かすため正面に立っていたミラは、だからこそそんなウィーヴィーの跳躍を全身で受け止める事になった。
勇気を出したウィーヴィーの豪快な跳躍。それは見事にミラを巻き込み着水する。
「あ、ミラ様!」
「にゃにゃ、団長!」
「きゅい!?」
「キィ、キィウ!」
「ゴボゴボゴボゴボゴボ──……」
マリアナに救出されるまでの間、トラウマを克服出来てご機嫌なウィーヴィーに頬ずりされながら水面で揺らぐ夜空を見上げるミラは、突進禁止を団員一号に伝えてもらおうと決心するのだった。