作品タイトル不明
678 孤独な霊獣
六百七十八
「まさか一人で片付けちゃうなんてね……」
老焔暗児と一帯の魔物退治が終わって一段落したところだ。木々の奥から一人の女性が姿を現した。
周辺の景色に紛れるように草木を模したマントを羽織ったその女性は、完全に息絶えた老焔暗児を見つめ、どこか呆れたように笑う。
「お主はもしや……派遣されてきたという冒険者じゃろうか?」
まるで隠密かスナイパーのような姿をした彼女は何者か。僅かに疑問を抱いたミラは、けれど直ぐに心当たりを思い出す。そう、冒険者総合組合から派遣されてきたという冒険者達だ。
魔獣の調査のため北側に行ったという話であったが、かなり騒がしい戦いだったため、こうして様子を見に来たのだろう。
「そう、私は月影一団っていう偵察チームのハルカ。で、貴女は……多分なんとなくだけど、精霊女王さんで合ってる?」
やはりその通りだったようだ。直ぐに名乗った女性──ハルカは、死屍累々とした周囲を若干引き気味に見回しながら歩み寄ってくる。
「ほぅ、よくわかったのぅ。その通りじゃよ」
興味深そうに見つめてくるハルカに対し、ミラは堂々と答える。更に一目でわかるとは、ますます有名になったものだと調子づく。
「まあ、こんなでたらめな事が出来る銀髪少女なんていったらね。規格外で有名な精霊女王さんしかいないし」
流れてくる噂と容姿の情報を合わせれば、だいたい予想がつく。そう明るく笑うハルカは、実際に目の当たりにすると噂以上にでたらめだったと遠い目で苦笑した。
「とにかく、これで私達の仕事も完了か。久しぶりの依頼だったのに」
「そうじゃったか。それはすまんかったのぅ」
活躍する間もなかったとため息をつくハルカ。思えば確かに、彼女達も仕事で来ているのだ。やり合う前に一声かけておくべきだったか。
そう思うミラであったが、ハルカはというと老焔暗児の姿をその目に映しながら「ううん、いいのいいの」と笑い飛ばす。
精霊女王が来ていなければ、それと死闘を繰り広げる事になっていたのは彼女達だ。危険と労働力とコストと対価を秤に掛けた結果、これが最善だったという答えに落ち着いたようだ。
「とりあえず、この件は私が報告しておくね。片づけとかも大変そうだし。そっちで活躍する事にするよ」
それがせめてもの仕事だと申し出たハルカは、そう言って素早く木々の奥へと消えていった。
思った通り、相当に凄腕のようだ。音もなく、あっという間に姿が見えなくなる。
「キィウ、キィキィ!」
と、そんなハルカの背を見送っていたところだ。ふと背後から鳴き声が響いてきた。
きっとウィーヴィーだ。老焔暗児を威嚇していた時に比べ、随分と明るく高い鳴き声である。危険がなくなったので、出てきたのだろう。
「ぬぉう!?」
そういえばウィーヴィーに怪我はなかっただろうか。様子を見るため振り返った直後、ドンと重い衝撃がミラを襲った。
まさかの体当たりだ。この状況で敵にでも間違えられたのだろうかと、そんな可能性が頭を過ぎったが、次の瞬間にはまったく違ったとわかる。
お礼でも言っているのだろうか。ウィーヴィーは「キィキィ」と、とても嬉しそうに喉を鳴らしながら頭を摺り寄せて来ていた。
「その図体で突進するのは、やめてほしいのじゃがな。まったく」
武装召喚をしていたため被害はゼロだ。だが生身だったら、擦り傷打撲くらいは負ったかもしれない。
どうにも、こういった手合いの動物の愛情表現というのは激しいところがある。
ミラが、わかったわかったと撫で返したところ、ウィーヴィーはますます嬉しそうに喉を鳴らして喜んだ。
その元気いっぱいな様子からすると、どうやら怪我もないようだ。
と、問題無しと思っていたところ、一体何がどうしたというのか。不意にウィーヴィーが輝き始めたではないか。
「な、なんじゃ、何事じゃ!?」
もしや自爆の前兆か。そんな演出に近い状態だからこそ、そんな予感が頭を過ぎったのだが、直ぐにそんなものではないとわかる。
ウィーヴィーを包み込む輝きが、優しさを秘めた温かい光であったからだ。
そして光はその全身を包み込んでいき、僅かの後に強く輝いた。
「なんと……これはどうした事じゃ」
何が起きたのだろうか。先ほどまでは茶褐色の羽毛だったウィーヴィーが、今は色鮮やかに変わっていたのだ。
しかも、変化はそれだけではなかった。
『おお、霊獣化か。これは珍しい場面に立ち会えたものだな』
『あら、とっても綺麗に変わったわね』
余程の事だったらしい。堪らずといった調子で、精霊王達の声も届いた。
そう、見た目だけではない。先ほどまでは普通の大きくて丸っこい鳥だったのだが、今は霊獣としての力をその身に宿らせているのだ。
「これまた、びっくりじゃのぅ……」
召喚術士として霊獣や聖獣についての知識も深いミラだが、流石に霊獣へと至る瞬間には立ち会った事がなかった。だからこそ、驚くと共に喜びもひとしおだ。
また、同時に推測する。
なぜウィーヴィーが、このタイミングで霊獣になったのか。もしや先ほどの玉響の聖域の力が、何かしら影響を及ぼしたのではないか。そうであったなら──。
めくるめく可能性に、不敵な笑いが止まらないミラ。
「……ん、なんじゃ?」
無限大の可能性を垣間見て、妄想を広げていたところだ。霊獣となったウィーヴィーが、くいくいとミラの服の袖を咥えて引っ張っていた。そしてミラが気付いたところで、とてとてと歩いては「キィ」と振り返った。
「もしや、ついてこいという事かのぅ」
「そう言っているですにゃ」
動きから何となく予想してみれば、いつの間にか隣に立っていた団員一号が、その通りだと答える。
あの大乱戦を無事に乗り切っていたらしい。ウィーヴィーは見せたいものがあるようだと続けた団員一号は、お宝の予感がすると意気揚々に歩き出した。
正しく伝わった事を喜んでか、ウィーヴィーも嬉しそうに歩き出した。
霊獣になりたてのウィーヴィーに案内された場所は、ウィーヴィーの巣だった。沢山の枝葉で組み上げられたそれは、大きくしっかりとした造りで見た目よりずっと頑丈そうだ。
ウィーヴィーは『待ってて』といったように一声鳴くと、その巣の奥に入っていった。そして数秒程度で出てくると、口に咥えていた石をミラの前に置いた。
「ん、なんじゃ。くれるというのか? ……って、なんとこれはもしや!?」
拾い上げたその石は、黒く薄汚れていた。一見しただけでは、これといった価値も見出せないような石だ。
けれど、そんな特徴があったからこそ、ミラはこの石がどういったものなのかという可能性に気づく。
石にアイテム化の無形術をかけてから調べてみれば、その正体が判明する。
探していたシンギナライトだ。つまり、このウィーヴィーこそがマリアナの見た巣の主という事なのだろう。
「何故、わしにこれを……?」
求めていたものをくれるとは、なんという偶然か。けれどどうしてウィーヴィーは、これを差し出してきたというのか。
溜め込んだ石を誰かに渡すなんて習性があるとは、マリアナからも聞いてはいない。
不思議なウィーヴィーの行動が気になったミラは、団員一号に対話するよう頼んだ。
「お任せくださいですにゃ!」
朝飯前だと請け負った団員一号は、そんなミラの疑問を伝えウィーヴィーと話し始めた。
そうして幾度とやり取りを終えた結果、このウィーヴィーの数奇な人生──鳥生までも明らかとなった。
「彼女は、こう言っていましたにゃ──」
「彼女、じゃったのか!?」
ついでにメスだと判明したが、それはそれ。団員一号は、ウィーヴィーが語っていた内容をそのまま話し始めた。
ウィーヴィーがいうに、これが自分の使命であったという。
石の力で僅かな未来を覗き見る事が出来るウィーヴィー。ただ目の前のウィーヴィーは、ある日に不思議な未来を垣間見たそうだ。
それは、数十年も先の未来で、この薄汚れた石が必要になるといったものだったらしい。
そしてその時の体験は、強く記憶に残った。また同時に、とても大切な事であると心に深く刻まれたという。
いつもと違うそんな未来が見えたのは、何かの運命かもしれない。そう感じたからこそ、ウィーヴィーはシンギナライトをひたすら集め始めた。
それから数十年の今日。ウィーヴィー自身にもなぜだかわからないが、不思議と今日がその時だと直感したとの事だった。
『なるほど。他とは違い、その者は遠い未来を見たわけか』
『他とは違う、特別な力。だから霊獣にも至ったって事ね』
その話を聞き終えたところで精霊王とマーテルの、どこか納得したような声が響く。
大陸の行く末にも関係してくるような、未来の分岐点。それを見る事が出来た力を持っていた事もまた霊獣化した要因だったらしい。
「摩訶不思議な因果も、あったものじゃな」
子供の頃にマリアナが発見していたからこそ、必要になった今に、こうしてここへとやってきた。それで、このウィーヴィーと出会う事になった。
これは偶然だったのか、それとも必然だったのか。
このような出会い方もあるのかと驚くミラであったが、ウィーヴィーの方はというと、その数十年待った時が遂にやってきたからだろう。見えた未来の通りだと嬉しそうにはしゃいでいる。
先ほどから「あげる、あげる」と、巣に溜め込んでいたシンギナライトを次から次へと運んできていた。
「これは、とんでもない量じゃな……」
これだけ集めるのに、いったいどれだけの時間と労力をかけたのだろうか。どんどんと積まれていくシンギナライトは、既に必要数を上回っていた。
それでいて、もはや押し付けるくらいの勢いで、まだまだ持ってくるウィーヴィー。
「キィウ、キィウ? キィ、キキィ」
「いっぱい集めた、役に立った? いっぱい使って、と言っていますにゃ!」
嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるウィーヴィーは、窺うようにミラを見やる。
数十年も、このために頑張ってきたのだ。だからこそ、その目には期待の色が浮かんでいた。
「うむ、これ以上ないほどのお手柄じゃ! お主のお陰でわしらの勝利は揺るぎないものになった。礼を言うぞ!」
素晴らしいとミラが答えれば、それに安心したのかウィーヴィーは目を輝かせて、ますます喜んだ。そしてまたも突進してくると、喉を鳴らしながら頭を摺り寄せてくる。
「これこれ、まったく。しかし……これだけ集めるのは苦労したじゃろう」
今回、ウィーヴィーがしてくれた事は、それこそ計り知れないほどのお手柄だ。
緊急転移用の指環が人数分揃えば、それだけ迅速に治療と戦線復帰が可能になる。つまり戦力を欠かす事なく、最終決戦を進める事が出来るわけだ。
不安要素の多い敵を前にリカバリーの最適なルートが確定したのは極めて重大なポイントとなる。
だからこそ、その決定打となったウィーヴィーには礼を尽くす必要があるというものだ。
では、はたしてウィーヴィーが喜んでくれるものとはなんだろう。その習性的に、精錬用に集めておいた宝石を全てプレゼントするのが的確か。それともそれ以上の何かがあるだろうか。
「是非ともお主の努力に報いたいのじゃが、何か望みはあるじゃろうか。わしに出来る事ならば全力で叶えてみせよう!」
他のウィーヴィーとは、また違っているという話だ。ゆえに宝石も実際はどうなのだろう。と、あまり予想が出来ないミラは、団員一号を通して今欲しいものは何かと直接聞く事にした。
「キィ、キィウ!」
「にゃんと……。そうだったのかにゃ」
少しだけ首を傾げた後に、その望みを口にしたウィーヴィー。するとそれを聞いた団員一号は驚くと共に、ウィーヴィーの肩にぽんと手を置いて感慨深げに頷いた。
「彼女は、お友達がほしいと言っていますにゃ」
そのように伝えた団員一号の顔には、珍しく悲哀が浮かんでいた。そしてミラもまた、その言葉の意味するところをなんとなく察した。
他とは違うウィーヴィー。綺麗な石ではなく、薄汚れた石ばかりを拾っていたウィーヴィー。それゆえ同種の仲間達からも忌避されており、この数十年の間、ずっと孤独に暮らしてきたのだ。
そして今日、その使命を終えたわけだが、かといって戻りたいと思える仲間も友もいない。だからこそウィーヴィーは、これからの友達を欲したわけだ。
「あいわかった! ならばまずは召喚契約じゃ。さっき見ておったじゃろう。あの聖獣と精霊達がお主の最初の友達じゃ!」
この生まれたばかりの霊獣ウィーヴィーを、絶対に幸せにしてやる。そう強く決意したミラは、その誓いの証としての召喚契約を申し出た。
新しい霊獣だという気持ちも僅かにあるが、召喚契約は絆を結ぶ事が出来る。それだけでも孤独感は吹き飛ばせるはずだ。
「キィウ!」
雄大で頼もしいミラの仲間達をしっかり見ていたようだ。跳び上がるほど喜んだウィーヴィーが今一度突進してくる。
ミラはそれを全身で受け止めると、そのまま召喚契約に移行して、これを無事に完了させた。
大きな輝きを放ち絆が結ばれる。するとウィーヴィーも、その繋がりを感じ取ったようだ。少しだけ驚くも直ぐにその繋がりの先にミラを見つけ、猛烈な勢いで頭を擦りつけて来たのだった。