軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

651 新たな目覚め

六百五十一

日之本委員会の研究所にある医療薬学技術研究開発部。その隣に併設された医療棟にミラの姿はあった。

(ん……なんじゃろうか。見覚えのない天井じゃのぅ……)

ベッドの上で目を覚ましたミラは、機械でごちゃごちゃしたそれを見ながら、ふと考える。はて、ここはどこだろうかと。

「あ、目が覚めた!? よかったー!」

何か情報になるものはないかと、首を左右に動かして見回した時だ。すぐそこにカシオペヤの姿があった。傍の機材を見つめていた彼女は、ふと動いたミラに気づくや否や驚きと喜びの入り混じった声を上げて直ぐに駆け寄ってきた。

「ここは、どこじゃろうか? わしは……」

「ここは研究所にある医療棟ですよ」

そう答えつつ、カシオペヤはミラの目を見ながら身体のあちらこちらを調べるように触れていく。

「医療棟……じゃと?」

どうにも記憶が曖昧なミラは、はてどうしてそんなところにいるのだろうかと首を傾げる。

「身体の調子はどうですか?」

「調子は……」

まだ状況も掴み切れないまま、ゆっくりと身体を起こす。だが、その途中だ。身体を少し起こしたところでカシオペヤにそっと支えられると、そのまま寝ているようにとベッドに戻された。

「何があったのか覚えていますか?」

「何が……? うーむ……」

続くカシオペヤの質問に考え込む。そこが問題なのだ。いったい何がどうして、医療棟なんかで眠っていたのだろうか。

「骸と魔王の主因子を処理するために、神域に行った事までは覚えていますか?」

「あ、あー。うむ、覚えておるぞ。それで確か──」

確認するようなカシオペヤの言葉。それによって、朧気に揺蕩っていた記憶が徐々に繋がり始める。

そしてミラは神域での出来事について、一つまた一つと思い出していった。

「ああ、そうじゃったそうじゃった。処理が終わったところで、服が破れてしもうたんじゃ!」

意識を失う直前について、ようやく思い出す事が出来た。だが、頭がすっきりしていくのを感じながらも、同時に押し寄せる不安に苛まれながらカシオペヤを見る。

「わしは、無事に戻れた、という事じゃろうか?」

思い出すほど、そして事態が明確になるほどに危険な状態だった事にまで理解が及び、恐る恐るといった顔で確認する。

状況的には死んでいてもおかしくないどころか、もう死んでいたようなものだ。それでもまだ生きているのは、はたして奇跡か。はたまた何か大きな代償を支払った結果か。

「そうですね。もう本当に奇跡というか、なんというか。こうして目を覚ましてくれたので、私もようやく心から安心出来ました──」

カシオペヤは不安をめいっぱい顔に浮かべたミラに優しく微笑みかけながら、ミラが昏倒してから後について知る限りの事を教えてくれた。

「──という事なんです。先週ぐらいからは落ち着いて、検査の結果も良好で問題はありません。奇跡だったのか必然だったのかは、まだはっきりとは言えませんが、今はもう心配ないかと思います」

ミラの身に起きていた事。わかりやすくまとめると、主因子を捕まえるために用意していた神の器が、ミラの身体を浸食していく神気を全て吸い込んでくれた、というものだった。

神域を満たす濃密な神気。それは人の身で耐えられるものではなく、また到底扱いきれもしない力だ。

だからこそ、それを全身で受ける事になったミラは、その莫大な力に押し潰されて意識を失った。しかもそのままだったら、命を落とす事になっていた可能性が高い。

ただ、ミラの中に神が創り出した器が存在していた事で、その結果が大きく変化した。

神造だからこそ神気耐性も十分。ミラに合わせて造られたものなので安定性も抜群。そして何より親和性が非常に高かったため、その器が自然とミラの身体を侵す神気の受け皿になったわけだ。

ただ、そうして一命はとりとめたものの、神気に溺れた事による影響は甚大で意識も戻らないまま。身体と器の経過観察も兼ねて、ここでこうしてカシオペヤがつきっきりで診てくれていた、というわけだった。

「なるほどのぅ……三神様様じゃな」

「死にかけた理由も三神なんですけどね。まあ、無事だったからよしとしましょうか」

神の器。魔王の主因子を封じるためだったが、まさかこんなところで窮地を救ってくれるなんてと三神に感謝するミラ。だがカシオペヤはというと、人には危険なところなのだから、もっとしっかりしてほしいと三神に対して不満げであった。

「身体についても、概ね回復しています。ただ器の方ですが……」

カシオペヤいわく、甚大な被害が出る前に器が機能したため身体への目立ったダメージはなく、今は十分に回復したそうだ。だがそう告げた次には、どうにも言い辛そうに、また悩み困惑した様子で視線を泳がせ始めた。

「な、なんじゃろう。何か起きておるのか……?」

膨大な神気を受け止めてくれたという神の器。だからこそ、もしかしたらとんでもない状態に──それこそいつ爆発するかわからないなんて事になってしまっているのではと震えるミラ。

「ああ、すみません。大丈夫です、不安に思うような事ではありませんので。ただ……」

「ただ……ただ何じゃ!?」

命にかかわる事ではない。そう明言するカシオペヤだが、彼女が難しい顔をしているためミラの不安はまったく払拭されず、だからこそ早く言ってくれと懇願する。

「何と言いますか、一度、全身が神気に侵されたからでしょうか、耐性がついたのか、器が馴染み始めてしまっているんです──」

カシオペヤは、ここまで観察を続けてきた結果、その兆候が随所に見て取れると口にした。

神気で満ちた器だが、そのまま神気を封じてくれているという状態ではないそうだ。むしろ神気を得た事で変質し始め、ミラの身体にそのまま定着する準備を進めている様子だというのだ。

「つまり、それは……どうなってしまうんじゃ!?」

莫大な神気の詰まった器が身体に残ってしまったらどうなるのか。やはり爆発するのか、溢れる神気に全身を引き裂かれるのか。

死にかけた事実もあって、恐ろしい未来ばかりを想定するミラ。だがそこでカシオペヤが返したのは、ミラにとっては予想外になる言葉だった。

「亜神と言いますか、半神と言いますか。今とはちょっと違った存在になる、かもしれません」

「なん……じゃと」

また後々に訪れる命の危機かと思いきや、カシオペヤが提示したのは、とんでもない可能性に行き着く未来だった。

「こればかりは私も、まったく未知の領域ですので予想ぐらいしか出来ないのですが、状態から考えるとそうなる可能性が一番高いかな、と」

カシオペヤにとって、また三神や精霊王にとっても、このような事態と症状は初めてだそうだ。しかもその変化は侵食ではなく融和であるため、観察を続けるほどに神気への耐性と親和性の向上が確認出来たという。

そして、このまま融和が続くようならば、膨大な神気がミラの魔力の一部を取り込んで神力へと変化させるかもしれない、との事だった。

「それは、何と言うか……色々と大丈夫なのじゃろうか?」

ミラが真っ先に浮かべた感情は、困惑だった。

将来、亜神か半神になる。急にそのような事を言われても、どうすればいいのか判断に困るというもの。

また、そうなった時の変化というのも想像が出来ない。だからこそミラは、何となく凄そうだが何となく厄介そうな気もして考え込んだ。

「前代未聞なので絶対とは言えませんが、ミラさんという存在自体が変化するような事にはならないはずです。ただこれまでに加え、扱えるものに神力が加わるかもしれません。その力もミラさんが基準となるので、暴走とかそういった心配もないと思いますよ」

カシオペヤが言うに、これまで人として魔力を扱い術を行使してきたが、亜神や半神になったら神力によって新たな能力が開花し、それを扱えるようになるだろうとの事だった。

「他にも何と言うか、こう怒られたりとか……そこまで心配するような事態にはならないわけじゃな?」

「その点についても話はついているのでご安心ください」

カシオペヤの言葉には、大きな不安が残るような部分はなかった。自らの神力に押しつぶされたり、異端の神などと呼ばれ迫害されたり、人の身で神に至ろうなど罰当たりなと断罪されたりといった問題はなさそうだった。

「あまり実感は湧かぬが、とにもかくにも助かったわけじゃな」

自分の身に起きた事について一通りの話を聞き終えたミラ。細かく気になる点はあるものの、一先ず落ち着きそれらの情報を呑み込んだ。

そして検めるように、自分の身体を確認しながら次に気になった事について触れる。

「ところで、わしはどのくらい眠っておったのじゃろうか?」

気分や身体の調子といった面は、これといって問題はないように感じられた。だがちょっと見てみれば、身体のあちらこちらから管やら何やらが伸びているのがわかる。

それは病院などで覚えのある、重篤な患者のそれに似た状態だった。

「えっと、だいたい二週間くらいです」

ミラが横になっているベッドの隣にある机。カシオペヤは、そこに置かれたファイルを確認しながら答える。そこにはミラの今日までの容態が細かく記載されていた。

「なんと……」

朧気ではあるものの、感覚的には一日二日程度の気分だ。けれど神気の影響は極めて甚大だったようだ。あの日から半月も昏睡していたという。

「して、この二週間で状況はどのように推移しておるのじゃろうか──」

その事実に驚きつつも、同時に幸運だったと感じるミラ。何と言っても神気に溺れて死にかけたのだ。それが二週間で目覚めたのなら、むしろ早いくらいだ。

そのように自らを納得させたら、次に気になるのは二週間の出来事だ。

魔王は、きっちり倒した。そしてその主因子と胴の骸も処理出来たはずだ。となれば残る問題は、未回収の骸二つのみである。

「それも気になると思いますが、長くなるので続きは後にしましょう。まずは先に確認させてくださいね」

その点にミラが触れたところ、カシオペヤは一旦説明は終わりだと手を鳴らし、手際よくミラの身体の状態を確かめながら繋がれたコードや管を外していく。

「おおぅ……」

かなり念入りに面倒を看られていたようだ。そんなところにまで管が入れられていたのかと、ミラはこれまで感じた事のない感覚に顔を引きつらせながら、ぞくりと身を震わせた。

「特に問題はなさそうですね」

ミラの身体の隅々まで診断を済ませたカシオペヤは、嬉しそうにそう言った。

神気に溺れて生死を彷徨い二週間も寝たきり状態だったが、目覚めた今の状態は良好。まったくの健康体だそうだ。

「……もっとこう色々ありそうじゃが、びっくりじゃな」

死にかけておきながら、その影響は特になし。あえて挙げるとしたら神という存在に一歩近づいたといったものだが、現時点においては目立ったデメリットは確認していない。

そして何より二週間ぶりに目覚めたというのに身体の衰えや倦怠感はなく、それどころか全身には元気が満ちていた。病み上がりとは思えないと、ミラ自身も困惑気味だ。

「もしかしたら、これのお陰かもしれませんね」

後遺症はともかく、元気な方の理由については予想がついているそうだ。カシオペヤは傍の箱から一つの果実を取り出してみせた。

「おお、それはもしや──!」

赤くて丸いそれには、ミラも見覚えがあった。だからこそ、ここまですこぶる健康で元気なのかと察した直後──。

「おはよう、ミラさん。目が覚めたみたいね!」

不意に気配がしたと思ったら、そこに突然マーテルが現れたではないか。また、その隣にリーズレインの姿もある事から何となく状況も把握出来る。

どうやらミラが目覚めた事に気づき、急いでここに転移してきた、というような次第であろう。

「本当によかったわ。どこか痛いところとか残っていない? もう大丈夫?」

転移と同時に駆け寄ってきたマーテル。ずっと心配していたのだろう、何か異変が起きていやしないかとミラの身体を隅々まで確認し始める。

「こちらで検査しておいたので、その点は大丈夫ですよ。あと、いただいた果物のお陰で経過も良好でした」

「そうなのね、よかったわ!」

もうすっかり大丈夫だとカシオペヤが説明すれば、マーテルは嬉しそうにミラを抱きしめた。

やはり見た通り、カシオペヤが手にしているのはマーテル産の果物だった。昏睡状態だった二週間、すり潰した果実を与えられ続けていたそうだ。

道理で二週間ぶりに目覚めても元気いっぱいなわけである。

と、そうミラが自分の状態に納得していたところだ。

「丁度いいので、そのままミラさんの事頼みますね。私は目が覚めた事を皆さんに伝えてきますので」

コードや管などを片付け終えたカシオペヤは、そうマーテルに告げて部屋を出ていった。

「精霊ネットワークの繋がりが戻ったと思ったら調子が悪くて、心配で見にきたら倒れているんだもの。本当に心配したわ」

ミラがここに緊急搬送された時は、もう居ても立ってもいられなかった。と、マーテルはミラを抱いたまま、その存在をしっかり確かめるように撫でて安心したように微笑む。

マーテルが言うに、その時は緊迫した空気の中、誰も彼もが大慌てだったそうだ。

大急ぎでアンドロメダの秘密基地にまで運び出す中、緊急連絡を受けた精霊王が研究所のミスティに状況を説明。ミスティが研究所の者達に話を伝え受け入れ態勢を整え、アンドロメダが秘密基地から連れ出して直ぐに研究所の医療棟へと運んだ。

そして皆が見守る中、心配だったマーテルもリーズレインに頼んでこの場に転移。

それからカシオペヤが容態の確認と緊急措置をしていたところで神の器に変化が表れ、一番危険な状態を脱したというわけだ。

「皆にも心配をかけてしまったようじゃな」

どうして無事だったのかはカシオペヤに聞いていたが、昏睡した直後は随分な騒ぎになっていたとわかる。

「こうして起きてくれて、安心したわ。皆、見た事もないくらい慌てていたんだから」

面倒をかけたとミラが苦笑すると、マーテルは優しく微笑みながらリーズレインに目を向ける。

すると彼もまた、ゆっくり静かに頷き返した。

『心配したなんて言葉では言い表せないくらいだったぞ。それこそ恐怖すら感じたほどだ』

次には心底安堵した様子の精霊王の声が響いた。更に、目が覚めて本当によかったと何度も繰り返す精霊王は、もっと正確に今の状態を確かめたいから、近いうちに精霊宮殿まで来て欲しいとも続けた。

これについては、ミラもまたそうしようと考えていたところである。では近いうちにと約束を交わした。

「ほらミラさん。お腹空いたでしょう。幾らでも食べていいからね」

色々と話し落ち着いたところで、マーテルが真っ赤な果実を生み出した。赤くて丸々としたそれは、どうやらこれまで以上に特別仕様のようだ。甘くて芳醇な香りが一気に広がっていく。

するとどうだ。言われて気づけば空腹であったミラのお腹が、きゅるりと鳴った。

「うむ、いただこう!」

空腹であろうとなかろうと、その果実を前にして我慢するなど出来るはずもない。ミラはそれを有難く受け取り、そのまま頬張った。

途端に、その究極の美味しさが口いっぱいに広がっていく。甘みと酸味、そして香り。その全てが、もはや人知も理解も超えるほどの領域にまで達しており、これまでに味わった事のない未知の衝撃がミラの全身を駆け抜けていく。

「おっふ……!」

ただ、その別次元の味覚は、まだ人の身には過剰だったようだ。もはや絶頂にも似た美味さの波に呑まれたミラは瞬間に意識を飛ばしかけた。

「これは絶品じゃな!」

けれど直後に覚醒した後は、もう夢中になってその果実を腹に流し込んでいった。