軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

650 決着の一振り

六百五十

「もう大丈夫そうだね」

「うむ、この通りぴんぴんじゃよ」

魔王の主因子を移し替えてから、十数分後。慈愛の女神のお陰もあって、倦怠感も疲労感もさっぱり晴れたミラ。むしろここ最近で一番に絶好調と言えるくらい全身に活力が漲っているほどだ。

「しかし今回は、いつも以上にごちゃごちゃしておるのぅ」

アンドロメダの隣に立ったミラは、周囲に並ぶ多くの機材を見回しながら眉をしかめる。何がどういったものかはわからないが、それにしても三神が住む神域にこんなものをこんなに持ち込むなんてと呆れ顔だ。

「最初はもっと少なかったんだけど、あれもこれもと言っている間に気づいたらこうなっていたんだよね──」

アンドロメダも、ちょっと多過ぎた、引き受け過ぎたという気持ちはあるようだ。いわく、ここまでは必要ないだろうと思えるものまで網羅されているらしい。

ただ、未知に対する好奇心に対し、そこに踏み入る事が出来ない苦悩もわかるからこそ、とりあえず全部引き受けてきたとの事だ。

「難儀じゃのぅ」

奴らに付き合っていたらきりがないと知るミラは、けれどどこか楽しそうでもあるアンドロメダに苦笑しながら準備を始めた。

とはいえ、やる事といえば神器を手に構える事くらいだ。

「こちらはいつでもいけそうじゃが。そっちはどうじゃ?」

「これと、これ……よし、大丈夫。好きなタイミングでいいよ」

神器を構えたミラを三神が慣れたように支えたところで準備は完了。アンドロメダもまた全ての測定装置が起動した事を確認すると、いつでもと答えた。

「それでは、まず封印を解くぞ」

魔物を統べる神の胴は今、強固な封印が施されたままの状態だ。このままでは神器の効果も半減してしまうため、処理の直前に封印を解除する事になっている。

正義の神が一つ目を解除、勇気の神が二つ目を解除、慈愛の女神が三つ目を解除。そうして何重にもなっている結界を解いていったところで、いよいよ魔物を統べる神の胴が露わとなる。

「見てくれからして禍々しいのぅ」

骸は一見しただけならば、不気味な肉塊として映っただろう。けれどそれが胴体だと知っている今は見え方も違ってくる。

四肢を切り落とされ、更には頭すら失ってなお、その骸は鼓動を響かせて脈動しているのだ。

一目で嫌悪感を抱き、そこにあるだけで恐怖を覚えるようなおぞましさに満ちていた。

「しかし、これで大きく前進じゃな」

魔王の主因子と、魔物を統べる神の胴。この二つをまとめて処理したとなれば、人類側の勝利が大きく近づく。

そうしていざ神器を振り上げようとした、その直後──。

「なんじゃと!?」

「これは!?」

何が起きたというのか、動くはずのない依代が突然跳び上がり骸に張り付いたではないか。

「本体の気配に呼応したとでもいうのか」

直ぐに依代を引き剥がした勇気の神は、それをそのまま台の上に光の鎖で括りつける。

主因子は力の塊のようなものであり、肉体に宿ってこそ能力が発現する。その恐ろしいところは、人格にまで影響を与える事だ。

だが作り物の依代には、そもそも影響を受ける人格や肉体が存在しない。また封じるための仕組みが施してあるため、主因子だけで動き回る事など不可能なはずなのだ。

だが実際に動いたところを見るに、もしかすると魔王の主因子には、まだ明らかになっていない別の力が備わっているのかもしれない。

「とりあえず、早めに済ませるに越した事はなさそうじゃな」

どうであれ神器の力で消滅させてしまえば、それで終わりだ。

そう思った矢先の事──。

「ハハハハハ! 遂に身体を手に入れたぞ! これでこの身体は私のものだ!」

気味の悪い風が吹き荒んだかとおもえば、そんな笑い声が響いた。

見れば、その声の主は骸であった。いや、正確には骸から生えた黒い淀みのようなものから発せられているとわかる。

「これは、どうなっておる!?」

驚愕するミラの目の前で、更に続けて四肢の部分からも黒い淀みが溢れ出し、それはまるで人のように立ち上がった。

その直後だ。ミラの隣にいた正義の神が、有無を言わさずに飛び出していた。そして勇気の神もそれに合わせるように動き骸へと迫る。

「ん? ここは、どこだ!? っと、ようやく身体を奪えたんだ。捕まるわけにはいかないな!」

本能的なものか。反射的に動いた骸は周囲に黒い淀みをぶちまけると、次の瞬間には遠くへと逃げ出していた。

「面倒な事になった」

「だが、ここから逃げられるはずもない」

黒い淀みを振り払った正義の神と勇気の神は、そのまま直ぐに追いかけていった。そして軽く振り払われた黒い淀みは、そのまま神気に呑み込まれるようにして跡形もなく消えていく。

「流石じゃのぅ……」

何事もなく追跡を開始するその後ろ姿を見やりながら、ミラはちらりと隣を窺った。

「あー、皆が頑張って作ってくれた傑作が!」

そこには、飛び散った黒い淀みの一滴を受けた機材があった。しかし今はドロドロに溶けてしまっており、アンドロメダの嘆く声が虚しく響く。

「っと、こうしてはおれんな!」

ここには三神がいて、今は慈愛の女神に抱かれたまま。ついつい安心安全感を抱いてしまう状態だが、骸が逃げ出したなんて一大事だ。

状況をしっかり理解したミラは、捕まえるために追跡しようとする。

「ここで待っていれば大丈夫よ。どこにも逃げ場はないのだから」

飛び出そうとするミラの肩にそっと手を置いた慈愛の女神は、追いかけていった正義の神と勇気の神に任せておけばいいと諭す。

なんといってもここは、神域。つまりは三神の庭のような場所だ。たとえ魔王といえど、骸の力を使ったとしても三神を相手にどうにか出来るはずもないわけだ。

「おのれ、おのれ、おのれ! 神だと!? どういう事だ!」

事実、少ししたところで逃げ回る骸の姿が確認出来た。途中で幾らか抵抗してはいたが講じる手段の全てを三神が無効化するものだから、今は逃げる事に専念しているようだ。

どことなく必死さが伝わってくるその姿。だからこそか存外に逃げ足が速く、かろうじて神々による攻撃を躱せていた。

「貴様のせいで……こんなところに連れてこられたせいで──!」

魔王も、いざという時のプランを色々考えていたのだろう。きっと今回のは、封印の解かれた骸を使ってどうにかするような策だったのかもしれない。

だが、さしもの魔王も神域にまで連れてこられたうえ、三神が目の前にいるなんて状況までは予想出来なかったようだ。

この神域において、もはや逃げ場などどこにもない。全ての予定を、全ての策を打ち崩された魔王は、その恨みの全てをミラに向けた。

直後、目の前を覆い尽くすほどの黒い濁流が広がる。ありったけの憎しみと呪いが込められた、黒い淀みの波だ。

「おお!?」

一滴でも触れれば死に至りそうなそれが目の前に迫る。その迫力と恐ろしさといったら相当だが、ミラは驚いたものの恐怖は感じていなかった。

なぜなら、それは慈愛の女神によって瞬く間に振り払われたからだ。

「くっ……!」

悔しげに唸る魔王は、逃げ去ろうと方向を変える。

「そろそろ大人しくせんか!」

僅かに目を離した瞬間だった。《縮地》でその傍に迫ったミラは、瞬時に手にした聖剣サンクティアを魔王の背に振り落とした。

この時、魔王は最も脅威となる三神だけにしか注意していなかった。だからこそミラの一撃は降って湧いた災難のようなもので、警戒する間もなく見事に直撃する。

「ぐぉっ──!」

必死に逃走しているが、相手は魔物を統べる神の胴に憑依した魔王。まともに相対した場合は、ミラ一人でどうにかなるようなものではない。けれど全力の不意打ちは、幾らか怯ませるだけの効果があった。

魔王がよろけた瞬間、正義の神と勇気の神が一気に追い付き押さえ込む事に成功した。

「くっ……!」

逃れようともがき暴れる魔王だが、三神の力で厳重に拘束されてしまった今は、どうにもならない。

そうして今度こそ逃げられないよう固定された魔王と骸。ミラは再び神器を手に向かい合った。

「そうか……なるほど、そういう事か。つまり、それが切り札というわけだ」

ミラが三神にしっかり支えられながら神器を構えたところで、魔王は疑問が晴れたといった顔で言う。

完全に滅ぼす事が出来なかったため封印せざるを得なかった、魔物を統べる神の骸。それが消滅させられていったのには、どういったカラクリがあったのか。

今、こうしてその場に置かれた事で理解した魔王は、神器を睨みながらくつくつと笑い出した。

「そんなもので、この俺の野望がぁぁ!」

瞬間、怒号を響かせた魔王から黒い淀みが滲み始めた。三神による拘束によって全て封じ込められるが、それでもなお勢いを増していく。

「では、ミラ殿」

「うむ」

早く済ませてしまおう。そう正義の神が言えばミラは直ぐに頷き、神器を大きく振り上げた。そして秘められた力を解放すると共に渾身の力で振り下ろす。

その威力と規模は、やはり別格だ。溢れる光が目の前の全てを覆い尽くしていった。

「おのれおのれおのれぇぇぇぇぇ!」

光の中から魔王の断末魔が響いた。同時に、その存在が消えていく手応えが伝わってくる。

と、不意に光の中から黒い淀みが滲み出てミラに襲い掛かってきた。死の間際、魔王が苦し紛れに放ったようだ。

けれど三神によって強固に護られたミラにそれが届く事はない。容易く防ぐと、神器の力も最大にまで達する。そして膨大なエネルギーに呑み込まれるように、骸と魔王の主因子が完全に消滅していった。

「一先ず、魔王の件は落着といったところじゃな」

無事に任務達成を確認したミラは、神器をアイテムボックスに収納して清々しく笑う。

決戦の前に、大きな障害となり得た魔王を先に討伐出来たというのは非常に大きな成果と言っていい。これで魔王の動きに左右されず、じっくりと準備を整える事が出来るようになったわけだ。

「そうね。もう一つも処理出来たら、残りは頭だけ」

三神も構えを解き、この先の動き方についての話を始めた。

そうして、誰もが一息ついたところだ──。突如、ミラの傍で黒い淀みが不意に弾けた。

それは、魔王が最後に飛ばしてきたものの一部だった。そして、これまで通りに、直ぐ神気に呑み込まれて消えていたはずのものだった。

「な……──」

これで終わったと気を緩めた瞬間の油断。ミラは、その一瞬の隙を突かれた。

「まだ残っていたか!」

回避も防御も間に合わない。抗う手段も模索する間もなかったその刹那、これに直ぐ気づいた正義の神が、弾けた飛沫の全てを振り払った。

より重厚で強烈な神気の一振りだ。そこに怨念が籠っていようが、これの前にはもはや無力。黒い淀みの飛沫は、今度こそ跡形もなく消え去った。

「弾けた時、強い怨念を感じたぞ」

「ああ、どういう事か。もしや死に際の怨念か? だとしたら、ますます奇怪だ」

正義の神と勇気の神は、直ぐにその状況の分析を始めた。

特に際立って気になった部分は、神気に呑まれず残っていた点だ。

これについて勇気の神は、魔王が消滅する直前、それこそ死の間際に放った事で極めて強い怨念が宿ったからだと予想する。その結果、直ぐには消えずに残ったのだと。

「そもそも主因子は、ただの力の塊だからな」

「ああ。怨念を生み出すには、そのための感情が必要になる。そして感情は人格より生まれるもの」

「つまり現状を踏まえると、魔王の主因子には借り物や模倣ではない、確固たる人格が備わっていたわけか」

「あの日見たものは、確かに宿主の人格を浸食する類だったが。封印している間に、何か変質したのかもしれない」

正義の神と勇気の神は、ここまでの出来事をまとめながら考察していく。

三神が観測した魔王の主因子とは、宿主の人格を浸食し乗っ取ってしまうようなものだったらしい。だが、そうして操られた人格では感情の動きが緩く、怨念を生み出すほどの力はないそうだ。

しかし先ほどの黒い淀みには、明確な怨念が込められていた。

「どこかで魔王独自の自我が芽生えた、という事になるか」

「そうだな」

ゆえに正義の神と勇気の神は、最終的にそのような結論を出した。

「もう、直ぐに難しい事を考え始めるんだから。ほら、ミラさん。大丈夫だった?」

怨念が込められた黒い淀み。真っ先にその謎の考察を始めた両名を横目に、呆れながら歩み寄る慈愛の女神は、ミラの身体に影響はなかったかと心配し確かめる。

「うむ、一瞬の出来事じゃったが、その一瞬で振り払ってくれたお陰で、この通りじゃよ」

ミラ自身は反応出来なかった。けれど正義の神が最速で対処してくれたため、なんて事もない。

と、そうミラが答えたところだ。

「え、これは──」

それこそ目に見えぬほどの黒い点が巫女服の裾より、急激に広がり始めた。完全に防げたと思った飛沫が、ほんの僅かながらも届いてしまっていたのだ。

「なんじゃと!?」

直ぐに気づいた慈愛の女神は、まだそれが指先程の大きさになったところで消し去った。けれど、もとより繊細なバランスで作られていた巫女服だ。その僅かなほつれは全体にまで広がり、そのままボロボロに破れてしまったではないか。

「ちょっと、それって!?」

機材の再調整をしていたアンドロメダだが、その状況に気づくや否や血相を変えて駆けてくる。

「これはどうした事だ!」

「まさか、こんな──!」

あまりにも突然の出来事に驚き慌てるミラ。だがそれ以上に慌てたのは三神の方だ。深く考え込んでいた事に加え、僅かな気配も感じられなかったからこそ、その危機的状況を呑み込むのに理解が追い付かなかった。

「あ……ぅ……──っ!」

直後、ミラが苦悶にあえぎ倒れ込む。この濃密な神気に満ちた神域は、生身で入るのが自殺行為とされる場所だ。

これまでミラが無事だったのは、精霊王達が丹精込めて作ってくれた巫女服があったからこそ。ゆえに今のミラは、その濃密な神気の中で無防備に晒されている状態。いうなれば、生身で深海に放り出されたようなものだ。

「ミラ殿、しっかりするんだ──!」

「──まずいぞ、早く外に!」

「ミラさん──ミラさん──!」

極めて危険な状態だと慌てた三神はミラの保護を最優先として、あらゆる手段を講じる。けれど神気に満ちたこの場所では、完全に防ぐ事も護る事も難しい。

そもそも、住む世界が違うのだから。

「とにかく地上に!」

アンドロメダが叫ぶと、ミラを抱えた三神が地上に戻そうと急ぐ。けれどその最中で限界を迎えたミラは、神気に溺れ意識を失ってしまうのだった。