軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

614 魔王

六百十四

「お主が、魔王か?」

顔は確認出来る。けれど 調べる(・・・) 事は出来なかった。という事は、やはり元プレイヤーか。それとも規格外の存在か。どちらにしても、確信を確定させるために出来る簡単な方法は、一つ。

ミラは何者なのかと実に直球な質問を投げかけていた。

「ああ、その通り。しかしまあ、その事も既に把握済みか。まあいい、予想の内だ」

特に隠す必要などないのだろう。その者はあっさりと、己が魔王であると認めた。

つまり配下に任せたままにせず、いっそ魔王本人が直接この場に乗り込んできたというわけだ。

「しかし、鮮やかなものだな。神にでも教わったか? 厄介な封印だったが、それを解いてくれた事には感謝しよう。さあ、ではそれを置いて去りたまえ。大人しく従えば、命までは取らずにいてあげよう」

まさかの大ボスの登場とあって、ミラは必死に事態を打開する方法を模索する。そんなミラに魔王は悠々と告げる。魔物を統べる神の骸を置いて行けと。そして、次の封印を解いておく事を期待するかのような目で、去れと告げる。

どうやら、ここで魔王と遭遇したのは偶然ではなかったようだ。

魔王側が持つ手段では、この封印を解除するために長い時間と労力がかかる。だがこれまでのミラ達の動き方で、こちら側が正式な封印の解除方法を知っていると気づいたようだ。

ゆえに魔王の配下達が見当たらなくなっていたのは、先行しているからでも霧で迷っているからでもなかった。

こうしてミラを誘い込み、直ぐに封印を解くのを待っていたからだったわけだ。

「そう言われてものぅ。その約束を守る保証など、どこにもないじゃろう?」

まさか魔王が直々にやってくるなんて。そう驚くが、同時にその可能性は十分にあると予想はしていた。ここまで相手の出鼻を幾度となくくじいてきたのだ。とすれば痺れを切らして魔王が出てくる事も十分にあった。

そして今、背中を向けたらグサリなんて事も十分に有り得た。

幾つもの展開を思い浮かべつつ、ミラはこの窮地を脱出する策を並べていく。

「まあ、そうだね。君の言う通りだ。けれど従うにしても従わないにしても、その命は今、この私の手の上にある。それだけはわかるだろう? それともこの場で私の疑問に答えてくれるつもりか? どうやって、その骸を消してしまったのかという疑問に」

得てして、魔王側の作戦を幾つも潰す事には成功していたようだ。魔王の言葉には確かな重みに加え、随分な苛立ちも垣間見えた。

『さて、どうしたものじゃろうか』

『見た限り、そして感じた限りから言えば、今ここで戦うのは得策ではないぞ』

『そうね。ミラさんを通して感じられるマナと気配は、それこそ桁違いよ。だから今は逃げる事だけを考えた方がいいわ』

ここで、魔王をどうにかする事が出来たなら。そんな僅かな可能性に賭けて精霊王達に聞いてみたが、やはり取るべき選択肢は逃走一択との事だ。両名の言葉には、張りつめるほどの緊張感が込められていた。

魔王フォーセシアが秘めた力は、絶大。今のミラの実力を以てしても、勝ち筋はまったく見えないという。

精霊王とマーテルが言うのなら間違いない。何よりも、『ブレッシング・エンプレス』が発動した事が今の危機的状況を物語っている。

では、問題は、どうやって逃げるかだ。

リーズレインの助力を得れば、ここからの逃走も十分に可能である。むしろそれが一番確実であり、裏ではリーズレインも既にスタンバイを完了しているそうだ。

けれど問題が一つある。リーズレインの力を利用した転移は、異空間を経由する。ゆえにその異空間への汚染を避けるためには、骸をここに置いていかなくてはいけないのだ。

まだ幾重かの封印が施されているものの、霊脈を利用した最も強力で強大な封印は解除済み。よって魔王の手に渡れば、そうかからず解かれてしまうだろう。

「カグラよ。あれを持って代われるじゃろうか?」

『ううん……無理。大き過ぎる。それより、今は無事に逃げる方法を考えて。こんな状況になったら、どうにもならないってわかるでしょ』

封印された胴体の大きさは、ミラよりも大きい。ここまでの大きさになると、カグラの入れ替えの術で持って帰ってもらうという手段も使えないようだ。

ただ状況は非常に芳しくないためか、答えるカグラの声には緊張と多大な不安が込められていた。

(となれば、つまり──)

ゆえに、ここから胴体を持ち帰るとしたら、どうにかして魔王を退ける必要があるわけだ。

けれど現時点において、それは不可能に近い。

「おや、待っていてあげたのに、答えもせず逃げる相談かな」

対策を考えていたところだ。不意に凍てつくような声が響くと同時に、周囲の気配が一気にざわつき始めた。

そして直後、怖気立つような何かが正面に膨らむのを感じ取ったミラは、咄嗟にホーリーフレームを纏い両手を構え、そこに塔盾を握った。

その刹那だ。不気味な輝きを放つ光の奔流が周囲一帯を貫いていく。

巨大な岩でも衝突したような衝撃が響き、爆風のような突風が吹き抜ける。音すらもかき消すほどの力の奔流に呑まれ、何もかもが消し飛んでいくようにも感じられた。

「こいつはまた……なんという威力じゃ!」

塔盾の強化と修復を同時に実行しながら、どうにかこうにか耐えるミラ。だが自身を守るだけで手いっぱいとなり、骸を運んでいたダークナイトが、たちどころに消し飛ばされていく事については何の対応も出来なかった。

『あ──!』

今は耐える事しか出来ない。その時に、それは起きた。僅かにひび割れた塔盾の隙間から差し込んだ破壊の光がピー助を貫いたのだ。

たったそれだけの被弾だ。けれど小鳥形態だった事に加え、その光が秘めた威力も尋常なものではなかった。そのためにピー助は瞬く間に消し飛ばされて、元の式符に戻ってしまっていた。

「……これで完全に単騎となってしまったわけじゃな。まったく、どうしようもないのぅ」

この一撃で魔王の強さの一端を知る事が出来た。だからこそ、このまま意地になって戦ったところで勝ち目はないと悟るにも十分な一撃だった。

ミラは、ひらりと舞い落ちた式符を手に取り、そこに残る焦げ跡を見つめながらカグラの言葉を思い返す。

今は、無事に逃げる方法を考える。その通りだと実感したミラは幾つも並べた対抗手段を全て破棄して、この場からの退散に集中する。

「あれに耐えるか。ならば、これならどうだ?」

と、ミラが考えを切り替えたその時だ。真正面──構えた塔盾の直ぐ向こう側から、低く凍てつくような声が聞こえてきた。

これはまずい。全身が危険を覚えて怖気立つ中、ミラは直感的にその場から飛び退いた。

けれど僅かの差で、ミラの全身に強烈な衝撃が走る。

「ぐぅっ……!」

堪らず苦悶の声が口から零れ落ちる。一体何をされたというのか、その瞬間に塔盾のみならずホーリーフレームまでも砕かれていた。

武装召喚がここまで破壊されたのは初めてだ。ミラは、魔王が秘める恐ろしい力を前に驚く。だが同時に、微かな笑みを湛えていた。

どの程度で破壊されるかが明確にわかったからだ。

「また耐えたか。面白い。では、次はどうかな」

相応の力を込めたからだろう、魔王の顔には微かな感心が浮かんでいた。けれどそれも束の間。その両手を中空に向けると、そこに真っ黒な闇が無数の点を作り始めた。

「あれは、無理じゃろうな!」

そこから放たれる攻撃がどのようなものになるのかは見てわかる。その先の惨状までも予想したミラは、咄嗟に走った。

ノインならばともかく、今の自分にあれを防ぐまともな手段はない。だからこそ向かう先は、封印された胴体のあるところだ。

「なるほど、それを盾にするつもりだな。ふざけた真似を考えるものだ!」

ミラの行動から、その狙いを素早く察した魔王は苛立たし気に叫び、その勢いのまま手を振りかざした。

すると中空より、黒い点が破壊の力を秘めた礫となって無数に降り注ぐ。

「間に合わんか!」

相手の感情を逆撫でし過ぎたようだ。完全とはいえないが、十分な力を蓄えた闇の礫がミラを目掛けて殺到する。

ここからでは、封印された胴体のところに到達する前に被弾してしまう。そう直感したミラは、即座に防御の姿勢を取った。

セイクリッドフレームを身に纏い、更には無数の塔盾を重ねるように部分召喚した。

そして一切の余裕もなく、闇の礫が次々と塔盾に着弾し炸裂する。

その衝撃と威力は圧倒的。一枚、また一枚と塔盾が砕けていく。

「これはもう仕方がないじゃろうか……!」

降り注ぐ闇の雨は止む気配がない。対して砕ける端から再び部分召喚を継ぎ足していくミラ。けれどもふと見上げてみれば、闇の点が徐々に範囲を広げつつあった。このまま全方位を囲まれてしまったら、もはや逃げ場も何もなくなる。

今のままでは、じり貧だ。足止めされたまま動く事も出来ず、いずれは飽和した闇の礫によって四方八方から撃ち貫かれてしまうだろう。

ならばここが潮時か。

出来れば、魔王側にこちらの手の内は多く見せたくないところだが、切り札の一つであるリーズレインに緊急避難を要請するしかないか。

それとも……と、ミラが次の手を考えていたところだ──。

「なんだ、これは……?」

闇の礫が炸裂する中、魔王の困惑した声が微かに響いた。

そしてその理由については、ミラもまた直ぐに把握出来た。何が起きているのか、見れば周辺一帯がみるみるうちに霧で覆われ始めていたではないか。

しかもその霧は、ただの霧ではなさそうだ。塔盾の消耗が一気に減少した事から、闇の礫に干渉して、その威力を大きく減退させているのがわかる。

「この霧……もしや!?」

ただ事ではないその霧からは、霊脈の影響を受けた、あの特殊な霧に似た不思議な力が感じられた。

けれど、まったく同じというわけではない。そこには、微かに精霊の気配が交じっていたのだ。だからこそミラは、直ぐに気づく事が出来た。

「ミラちゃん、こっちこっち」

振り向けば、やはり予想通り。真っ白な濃霧に埋め尽くされたその先からミスティが駆け付けてくれたのだ。

「やはりお主じゃったか! こんな危険なところにどうして来た──と言いたいところじゃが、正直助かった!」

ミスティの案内で直ぐにその場から退避したミラは、危険に身を晒した彼女の事を案じつつも、助けに来てくれたその勇気に感謝する。

「なんだか凄く危なそうな人が来てたね。でも、これで直ぐには見つからないはずだから早く逃げよ」

ミスティも、かなり頑張ってきてくれたようだ。そう捲し立てるように告げると、こっちが安全だとミラの手を引く。

だがそこで、ミラは不意に足を止めた。

「いや、そうしたいところじゃが、むしろ今こそ好機じゃ。少しだけ仕掛けておきたい」

「え、大丈夫なの!?」

「ちょっとした意地みたいなものじゃがな。このまま撤退すれば、相手に塩を送っただけになってしまうからのぅ!」

深い深い霧の中。これはただの霧ではなく、ミスティが作り出した特別な霧だ。そのためか魔王もこちらを見失った様子である。ミスティに触れていると、苛立たしげな魔王の様子までも確認出来た。

だからこそ、一矢くらいは報いる事が出来そうだ。

魔王の場所を明確に見据えたミラは、続けてその目に《仙呪眼》を宿した。そして周囲から膨大なマナを集めていく。

「これは……流石は霊脈の近くじゃな!」

気づけば普段よりも更に膨大なマナを瞬く間に集める事が出来た。これに気をよくしたミラは、それを思う存分に活用する。

【召喚術:ダークナイトアーチャー】

念のために魔王と相対しながらも設置しておいた無数の召喚地点。数千にも及ぶそれら全てを利用したミラは、ここに弓を携えたダークナイトの軍勢──いや、大軍勢を召喚した。

「なんだ、この気配は……」

全方位を囲む数千規模のダークナイト。濃霧の中でも、それらを感じ取ったのか。魔王に僅かな動揺が浮かぶのが見えた。

だが、そのまま待ってくれはしないようだ。所かまわずに、闇の奔流で薙ぎ払い始めた。

「よし、今じゃ!」

一度に多くのダークナイトが消し飛ばされたものの、まだまだ圧倒的な数が残っている。また何よりも魔王からこちらは、まだ認識されていない。

対してミスティと共にいるミラは、全てが見通せる状態だ。

よってその一点を狙い撃つのは、そう難しい事ではない。

矢を番えたダークナイトは、闇の奔流が荒れ狂う中でも一切の誤差なく構えると、霧の先に向けて一斉に矢を放った。

数千本もの矢が一度に殺到する様といったら、迫力がどうこうどころではない。その光景は処刑のそれに近い。

けれども、それらの矢は魔王の身体を穿つ事はなかった。何かしらの魔法で身体を覆っているのだろうか。直撃した矢は次から次へと弾かれていく。

「鬱陶しい真似をしてくれる……!」

とはいえ、まったくの無意味というわけでもなさそうだ。この反撃には魔王もそれなりに驚いた様子である。次々に飛来する矢から逃れるように、素早くその場から飛び退いて、忌々し気に周囲を睨みつけていた。

(よし、今じゃ!)

逃がすものかと狙いを再設定したミラは、続けて矢の嵐に翻弄される魔王を確認してから魔物を統べる神の胴体がある場所へミスティと共に向かう。

無数に立ち並ぶダークナイトの隙間を縫うように駆け抜けていくミラとミスティ。そしていよいよ胴体の傍にまで駆け付けたところ──。

「逃げるか……でなければ、きっとそこだろうな!」

更に上へと飛び上がった魔王は、にまりと微笑みながら右手を頭上に掲げた。

するとそこに、禍々しく渦巻く闇の球が生み出される。魔王は周辺一帯を濃霧に埋め尽くされた状態にあっても、それを迷いなく放った。

「なんか飛んでくるよ!?」

「流石に予想出来るか……!」

霧に隠れて胴体を狙う事を読まれていたようだ。ミラはミスティと共に胴体を盾にする形でその裏側へと身を隠した。

直後、闇の球が封印された胴体に直撃する。とはいえ胴体に施された封印は公爵級の攻撃であろうと微塵の傷もつけられないほどに強固な代物だ。また魔王がその解除に苦戦していた事実もある。よってどのような攻撃であろうとも十分に盾としても機能するだろう。

(これで、よし)

だがこちらの場所に気づかれている以上、長居は出来ない。ミラは封印された胴体から手を離すと、そのままミスティに退路はあるかと問うた。

その直後の事──。

「回り込んできているよ!」

「なんじゃと!?」

見ると闇の球が、いつの間にか形を変えていた。そしてそれは、封印された胴体を覆い尽くすように広がり、その後ろに隠れていたミラとミスティまでをも呑み込もうとしていたのだ。

それに気づいた瞬間には、もうそこから動くだけの時間はなかった。その僅かの後、闇の球はそこにある全てを呑み込む。

そしてそれから数十秒もしたところで、辺りを覆い尽くしていた霧が全て晴れた。また、その霧に隠れていたダークナイトの姿も今は形跡一つも残らず消えていた。

この場に残ったのは、中空にて不敵に微笑む魔王と封印された胴体のみだ。

「出来れば恐怖に染まった叫び声が聞きたかったのだが、まあいい。随分と面倒な事をしてくれたものだが、精霊王の気配がした事からすると、きっと奴が選ばれた者か。それをここで始末出来たと思えば、十分な対価といえそうだ」

くつくつと笑う魔王は封印された胴体を伴い、どこかへと去っていくのだった。