軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

613 霧の先

六百十三

現地で出会った精霊の案内に従って洞窟の奥へと踏み込んでいくミラ。

その道中にて、二人は共に自己紹介をした。

まず、彼女の名前はミスティオーネ。霧の精霊だそうだ。なお場所柄といえるだろうか、人間の知り合いが出来たのは初めてであるため、とても嬉しいとの事だ。

「ミスティや。あとどのくらいじゃろうか」

ちなみに、仲良しっぽく呼んで欲しいと期待されたので、彼女を呼ぶ時はミスティと愛称で呼ぶ事に決まった。

「もう少しで抜けるはずだよ!」

現在は辺り一帯に深い霧が立ち込めていた。この周辺一帯の地下深くには、この濃霧層が広がっているそうだ。しかも、近くを流れる霊脈の影響によって、たびたび不思議な現象を引き起こすという。だからこそ下手にここに入り込んだら、精霊ですら迷って出られなくなってしまう事があるらしい。

だが、霧の精霊であるミスティは別だ。むしろ彼女が霧の精霊だったからこそ、ここを抜けた先の封印場所にまで辿り着けたともいえる。

ゆえにミラは今、一寸先も見えない中で彼女に手を引かれながら歩いている状態だ。

「ほら抜けた!」

深い霧の中であっても自信満々に進み続けたミスティは霧からミラを引っ張り出すと、その先に広がる光景を背に満面の笑みを浮かべた。その顔には、まるで大切な宝物を紹介するような、そんな表情が浮かんでいた。

「これはまた……とんでもないロマンが隠されておったものじゃな!」

『……すっごい』

霧を抜けた先にあったのは、地下にありながらもずっと遠くにまで続く大空洞だった。

岩壁の半分は水晶に覆われており、しかもところどころから突き出たそれらは、不思議と光り輝いて大空洞全体を照らし出している。

だからこそ深い地下の空間でありながら、遠くまでも見通せた。

地中を流れる川。青々と苔むした地面の他に、真っ白な木々が立ち並んでいるのも見える。またそこら中の岩肌をカラフルに染めているのは宝石だろうか。

今、ミラ達の目の前には、地上では決して見られないだろう神秘が溢れており、同時に冒険心を掻き立てられる光景で満ちていた。

それらを前にして、当然のように冒険心を高まらせていくミラ。またカグラも、その絶景に思わず目を奪われたようだ。ピー助から、まるで何かに魅入られたかのように、うっとりした声が零れる。

「宝石ばかり見ておらんじゃろうな?」

『そ……そんなわけないじゃない』

ミラがぼそりと指摘したところ、どことなく誤魔化すように目を泳がせ始めたピー助。どうやら当たりだったようだ。

「やっぱり! 誰かの声が聞こえると思ったら、魔法の鳥さんが話していたんですね」

と、ミラとカグラとでそんな言葉を交わしていると、興味津々といった様子でミスティが迫ってきた。熱のこもったその目は、ミラの頭の上に向けられている。

「あー、うむ。これは式神のピー助じゃ。そしてカグラという娘がこれを遠くで操っておるのじゃよ」

『えっと、驚かせちゃったかな? よろしくね、ミスティ』

特に隠す様な事ではないため、ありのままを伝えるミラ。続けてカグラが、そのように挨拶したところだ。

「ピー助さん、カグラさん、よろしくお願いします。またお知り合いが増えて嬉しいです!」

ミスティの暮らしの基準からすると、誰かと知り合えるのは極めて珍しい事のようだ。しかもそれが一日で複数になると奇跡に近いらしく、その喜びようといったら尚更だった。

「さあさあ、こちらです!」

更に輪をかけて元気になったミスティは、実に軽やかな足取りで案内を再開する。そして振り返っては、後でお気に入りの場所を紹介するからねと楽しげに笑った。

秘境の地下には、更に驚くべき秘境が広がっていた。そんな現実を目の当たりにしながらミラ達は大空洞を行く。

案内人のミスティはというと、もうここには随分と慣れているようだ。それこそ我が庭のように軽快に先を進む。

彼女とはぐれたら、きっと迷子になってしまうだろう。ところどころで景色に目を奪われつつも、ミラはどうにかこうにか彼女の後を追いかけていった。

そうして地底の大秘境を進み続ける事、数時間。大きな水晶の壁を背にミスティが立ち止まった。

「あの白い柱があったのは、ここを曲がって真っすぐいったところだよ」

そう説明しながら、ちらりと向こう側を覗き込んだミスティは「今は誰の姿も見えないみたい」と報告する。この大空洞のプロフェッショナルという自負でもあるのか、彼女は道中にも怪しい痕跡はなかったと付け加えた。

「ふむ、好都合と読むべきか。それとも罠と警戒するべきか」

ミスティと同じように先を覗き込んだところ、より開けた空洞の奥には確かに白い柱が見て取れた。実に目立つそれを目印に目算すると、だいたい距離にしてあと数百メートルといったところだ。

またミスティの言っていた通り、その途中に敵影らしき存在は確認出来ない。またピー助による調査の結果、魔法による痕跡なども見受けられなかったとの事だ。

とはいえ、相手は悪魔だ。油断は出来ない。

「ミスティ殿、ここまでの案内感謝する。これから先は悪魔が何を企んでおるのかわからんのでな。どこかに隠れておいてくれるじゃろうか」

もしも戦闘にでもなってしまったら危険だ。そう考えたミラは、ミスティの安全を一番に考える。

なお、帰ってもらうのが一番ではあるものの彼女がいなければ帰り道も覚束ないというのが悩ましいところだ。

「そっか……うん、わかったよ。気を付けてね」

ともあれ、戦闘面においては自信がないのだろう。素直に頷き応えたミスティは、それでいてちょっと心配そうにしながらも大秘境に紛れ込み霧の中に姿を消した。

「……見事な隠れっぷりじゃのぅ」

その姿を見送っていたミラは、その瞬間で完全にミスティの気配から何から全てを見失い苦笑する。

霧の精霊の技は、ワーズランベールにも迫るのではないかというくらいの隠れっぷりであった。

「こ……これは本当に大秘境ですにゃー!」

まずは偵察からという事で適任猫を召喚したところ、団員一号は周囲に広がる光景を前に大興奮だった。

何といっても、これまでにもそれっぽい場所は多々見てきたが今回ばかりは格が違う。正にここは秘境そのものなのだ。

「団長、ここはどこですかにゃ!? お宝がいっぱいですにゃ!」

そう言って目を輝かせる団員一号は、これだけのお宝の輝きがあれば、きっと気になるあの子も振り向いてくれるはず。と、喜び勇んで足元に転がっていた綺麗な石を拾い上げる。だが直後、綺麗な石から手足が生えたところで「にぎゃぉう!?」と叫びぶん投げた。

「──というわけで、偵察を頼んだぞ」

「お任せくださいですにゃ!」

落ち着いたところで現状を詳しく説明したミラは、そのまま団員一号に封印場所近辺の索敵を頼んだ。

予想通りに相手が先に来ていたとしたら、この先に魔王の手先達が待ち受けている可能性が高い。そして現状は、どれほどの戦力が揃っているかも未知数だ。ゆえにそれを把握するのは必須である。

現在地からは悪魔も魔物も魔獣の存在も確認出来ない。だが、もしかしたら隠れ潜んでいる恐れもある。

悪魔や魔獣が複数揃っているとしたら、流石のミラでも一人では危険だ。ゆえに慎重を期しての索敵だ。

『こちら、ベータ。目標正面に到着しましたが、敵の気配は確認出来ず、ですにゃ』

数分後の事。団員一号から、そんな一報が入った。いわく、白い柱のみならずその周辺一帯も目視出来る距離まで難なく接近出来たそうだ。ただ現時点において、その地点から見える範囲に敵影はおろか、その痕跡すらも見当たらないらしい。

(ふーむ、もうとっくに辿り着いていると思うたが、そうでもないのじゃろうか。──あ、もしやあの霧か!? 来ようとはしておったが、あの霧に惑わされているという可能性はありそうじゃな!)

ここに来る前に通過した、深い霧の層。霧の精霊であるミスティの力を借りる事が出来たミラは、まったく惑わされずにそこを通過出来た。だが思えば魔王側は、そう簡単にいかないはずだ。

ただの魔法による幻惑だとしたら、悪魔が無理矢理に突破していただろう。だが霧の層のそれは、霊脈の影響を受けている。ゆえに、その規模と強度は計り知れない。

ミスティと出会えたミラは、それこそ奇跡的ともいえるほどの幸運だったわけだ。

「よし、抜けてくる前に手早く済ませてしまうとしよう」

魔王側が到着していないのならば今が好機だ。ミラは団員一号に周辺の見張りを頼むと素早く現場に向かった。

「これで四つ目じゃな!」

「ゲットだにゃー!」

白い円柱。その封印を正規の手順で解除したミラは、そこに安置されていた魔物を統べる神の骸を入手する事に成功した。

途中もこれといった邪魔が入る事はなく、驚くほどの順調さだ。

「しかしまあ、他に比べて随分とでっかいのぅ……」

ただ入手したはいいが、これを運び出すのは相当に難儀そうだ。

なんといっても、大きいのである。それこそ、ミラの全身より更に二回りは大きな白い塊が封印の中から出てきたのだ。

『これは、胴体だな。うむ、いいぞ。胴体を先に処理出来れば、これまでより更に大きく力を削ぎ落す事が出来るだろう』

そう快活に告げるのは精霊王だ。いわく、これまで処理してきた四肢は、それこそ一つで一割くらいだったという。だが、やはり身体の中心となる胴体は、そこに秘められた力や能力も相応というわけだ。

「とすると次は、これを運び出すだけじゃな」

処理する事が出来れば非常に大きな弱体化が望める。けれど普通に持って運ぶには、流石に大き過ぎる。だがミラには、それを可能とする手段が幾つもあった。

ダークナイトを四体召喚する事で、封印された胴体を運び出せるようになったのだ。

「さて、後は戻ってこれの処理を済ませれば──」

後は飛空船にまで持ち帰り、ゲートを使って神域まで行って骸を消滅させるだけだ。それで四つ目も完了。勝利へと更に大きく前進出来る。

と、そうして意気揚々に来た道を戻ろうとしたところであった。

「それを、こちらに渡してもらおう」

突如として恐ろしいまでの重圧が周囲を埋め尽くすと共に、そんな声が響いてきたのだ。

「なんじゃ、この気配は!?」

「にゃんと……!」

あまりにも不穏な声に警戒を浮かべるミラと団員一号。また、何よりも警戒を強めた原因は、声を耳にした瞬間、ミラの全身に強く浮かび上がった精霊王の加護紋だ。

それは、ただの加護紋ではなかった。精霊達の加護を最大限に引き出すと共に、それら全てを精霊王の力によって繋ぐもの。

いわば、一時的に自身を精霊王の代行者とする技である。

この力は、ミラに付けられた二つ名に大きく近づくものでもあった。実際のところ過大な二つ名ではあるものの、精霊王自身は気に入っているらしい。

だからだろうか、それともまた別の思い出もあるのか。精霊王は、この業を『ブレッシング・エンプレス』と名付けた。

切り札にもなる力であり、同時にいざという時のための防衛手段としても働くこの業を、ミラは緊急時において反射的に発動出来るように磨き上げていた。

そんな切り札が発動したという事は、つまり今の状態が何を意味するのかもまた明白といえるだろう。

「尋常ではないのぅ……」

つい先ほどまでは、誰の姿もなかった。

数瞬前までは、誰の気配もなかった。

けれどその者は、音もなく予兆もなく忽然とそこに現れていた。

不穏で不審な気配を纏い、何よりも目に見えて禍々しいマナを溢れさせるその者は、得も言われぬ不敵な笑みを浮かべながらそこに立っていた。

一目見てわかるのは、その者が女性らしい姿をしているという事。そして髪は長く、黒に白のメッシュが入った特徴的な色合いだった。

『まさか、あの姿は……!』

『そんな……本当にあの娘なの!?』

謎の人物を正面に捉え対峙した直後だ。驚きと困惑が入り交じった精霊王とマーテルの声が頭に響いた。

「……もしや、あの者が?」

両名が、ここまであからさまに動揺を浮かべるのは珍しい。それはつまり目の前に現れたこの女性に、そうなるだけの理由があるという事だ。

そしてこれまでの事と現状を合わせて考えれば、この女性が何者なのかという点について、ある程度の予想が出来た。

『うむ、見間違えるはずもない。あの姿、あの特徴的な髪。かつて共に戦った、フォーセシアとそっくりだ』

『でも気配はまったく違うわ。むしろ今は、あの時にシアちゃんが倒した、魔物を統べる王のそれと同じ感じがするの』

その言葉によって、ミラの予想は正解に結びついた。きっと──いや、間違いなく目の前に現れた彼女こそが魔王と名乗る存在だと。