軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

612 大秘境

六百十二

四つ目の骸を回収するためにミラ達がやって来たのは、アース大陸の西側。キメラクローゼンの一件で訪れた事のあるローズラインより、ずっと南下した場所だ。

多くの山が連なり広大な山脈地帯となる中央部の地下に目的の骸が封印されているという。

「なんていうか、いつ見ても不思議なところよねぇ」

ピー助を飛ばして現地を先行偵察しているカグラが、ふと呟く。

とはいえ、そんな感想が飛び出すのもわからなくはない。目的地である山脈の中央部は、こんな荒野のど真ん中にありながら鬱蒼とした木々と苔に覆われた深緑に染まっているからだ。

まるで砂漠のオアシスにも似たような状態であるが、実際にはまるで違う。険しい岩山に囲まれたそこは、そもそも人の足で簡単に踏み入れられる場所ではないのだ。

「とりあえず、空に敵影は無しかな」

カグラが言うに、前回とは違って今回は見える範囲に魔王勢らしき存在は影も形も見られないとの事だ。

「ふむ、地表付近も同様みたいじゃな」

また同じく調査に出ていたポポットワイズからも、目的地付近の森の中に怪しい影はなしとの報告があった。

「って事は、もう地下に行ってるって事かな?」

単純に魔王勢がまだ来ていないという見方もあるが、流石にそれは希望的観測過ぎるというもの。ゆえにハミィは、可能性として最も高い状況を予想する。魔王勢は、既に地下の封印に近づいていると。

「そう考えるのが妥当じゃな。しかし、わしらの存在は既に把握しておるじゃろうに、見張りの気配すらもないのが気になるのぅ」

視線に敏感なポポットワイズが、何も感じていない。それだけ隠形に長けた者がいるのか、または誰もいないのか。

魔王勢力がどれほどの規模かわからない以上、簡単に判断するわけにもいかない状況だ。

「次は向こうが待ち構えている場合も十分に有り得ますね。ただ、どちらにしても封印の場所まで行く方法を考えないと」

テーブルの地図を睨みながら唸るヴァレンティン。

封印場所について三神から教えて貰ったのは、地点と深さのみ。しかもそこは、封印のみを考えて選ばれた場所だ。

そこへ行く方法などについては、三神からも教えられていない。というよりは、そもそも正規ルートというものが存在していないのだ。

ポポットワイズの報告によると、あちらこちらに洞窟があるらしい。けれどそれらが目的地まで繋がっている保証なんてどこにもなかった。

「いっそ掘っちゃったらいいんじゃない?」

ないのなら造ればいいと提案するハミィ。つまり、封印のある地下深くまで続く直通トンネルを掘ってしまおうというわけだ。

とんでもない大事業レベルの提案である。だからこそ流石にそれはと一旦は呆れた皆であったが、次の瞬間に可能性が閃いたのか全員の目が一斉にミラへと向けられた。

「……まあ、うむ、現状からしてそれが一番確実そうではあるのじゃがのぅ」

何を期待されているのかを察したミラは、一先ず可能ではあると答えた。

その方法は単純なもの。専門家である地精霊ノーミードにトンネル堀りを頼むというだけの事だ。

とはいえ、懸念すべき点も存在する。

「距離が問題じゃな。地中操作は専門ではないからのぅ。消耗も激しくなるので休み休みになるはずじゃ。封印の場所までとなると、かなり時間がかかるじゃろう」

ミラが育てた精霊達は誰もが戦闘特化だ。一応は可能であるが最適というわけではないと付け加えたミラは、だからこそ相応の時間が必要だと告げた。

「それなら、真上から最短距離をドーンっと掘っちゃうのが一番早いのかな」

ノーミードの負担を考えるのなら、最短距離で繋げるのが確実だ。と、そんなハミィの意見だったが、ノインによってそれは止めておいた方がいいだろうと却下された。

今は敵影も見当たらないが、ずっとこのままとは限らないためだ。

直下に掘り進めている最中に、その上から攻められでもしたら非常に危険である。

そのため話し合いの結果、時間はかかってしまうものの、少し離れた地点から斜めに向かって目的地へと掘り進むのが得策だろうと決まった。

目的地上空より、ある程度離れた地点で飛空船を降りたミラは、ペガサスに乗って低空より現場へと向かった。

今回のミッションは、ミラの単身先行から始まる。目的は戦闘ではなく、また直ぐに戦いになるという状況ではないため、残りのメンバーは飛空船にて厳戒態勢のまま待機だ。

なお、完全に一人というわけではない。ミラの頭には小鳥モードのピー助がいた。連絡や報告が必要な時のためにカグラが寄越したお供である。

「これまた、とんでもないところじゃのぅ」

『ほんと、すっごい景色』

苔と木々に覆われた山に降り立ったミラは、周囲に広がる景色を見回しながら感嘆の声を漏らした。また、カグラもピー助の目を通してこれを見ているようだ。思わず感情が漏れ出したというように呟く。

ここに立ち入るのは初めてのミラとカグラ。そんな二人の目の前には、それこそ自然の驚異で溢れ返っていた。

聳える大樹はどれも雄々しく、流れる水は穏やかに澄み切っており、地面に広がる苔は青々と輝いている。それでいてじめつくような空気ではなく、清涼で爽快な匂いに満ちている。

それはまるで、秘境のような場所だった。

安易に人の手が届くところではありえないほどの美しさがここにある。自然という偉大なアーティストが生み出した究極の芸術といっても過言ではない。

この美しさそのものに神でも宿っているのではないか。そんな気になってくるほどの景色が、見える範囲全てに広がっていた。

「何というか、いっそここに別荘でも建てて隠居してしまいたくなる気分じゃのぅ」

色々と疲れたら、何となく自然に囲まれたくなるものだ。そしてここは、そんな気持ちを十分に慰めてくれそうだと、しみじみ呟くミラ。

『ほら、馬鹿な事言ってないで歩く歩く!』

長閑な癒しを求めたところで、今は淡い夢のように消えてしまうもの。頭の上のピー助が、ぴーちくぱーちくとやかましく囀る。

「わかっておる、わかっておる」

今度、マーテルにでも相談してみようか。そんな事を考えつつ、ミラは森の奥へと入り込んでいった。

今の瞬間でしか見られない光景を堪能しつつ、森の中を進む。

周囲には、大陸一の観光スポットにもなれるだろう大迫力の自然が広がっている。とはいえ、人が立ち入るのも困難なほどに険しい場所だからこそ、これほど見事な自然が残っているとも言えそうだ。

「お、あれじゃな」

そんな景色の先に、ぽかりと開いた黒い穴。先にポポットが見つけておいてくれた洞窟の入り口だ。

地下へと続く道を掘っていくにしても、場所が場所で状況が状況である。作業をするのなら、やはり極力目立たぬよう、それでいて出来るだけ短距離で掘り進められるに越した事はない。

という事で、目的地付近の洞窟をスタート地点に選んだわけだ。

「ひぃっ!? ほわっぁ! ひょぇ!?」

洞窟に入って奥に進めば進むほど、色々と問題も生じていた。

薄暗く湿った洞窟には、思った以上に虫が多かったのだ。そのためミラは、大きかったり、動き方がとんでもなかったり、見た目が凄かったりする虫を目にするたびに悲鳴を上げていた。

そして、そんな事を幾度か繰り返していたところだ。いよいよ心が折れたのか、ミラはアイテムボックスから最終兵器を取り出した。

それは、ディノワール商会製の虫除け筒だ。こういった場面で大活躍する事必至の人気商品である。スイッチをオンにして腰に提げておけば、たちまちのうちに虫が寄ってこなくなるという優れものだ。

「これで勝ったも同然じゃな」

先に負けたミラだが、なんのその。勝利を確信して得意げに虫除け筒のスイッチを入れた。

その途端だ。足元から天井までのあちらこちらで影が蠢き、潜んでいた虫も合わせて全てが一斉に散っていったではないか。

「ひぃ!? はぁぁい!? ふぉぉぇぇえぃ!」

しかもその際に、虫達もまた突然の事で大いに慌てたのだろう。方向を見失った何匹かが次から次にミラへと突撃してきた。

ミラは、虫除け筒の注意書きをよく読んでいなかった。『虫が多い所に踏み込む際は、離れたところでスイッチを入れるように』、という文言を。そうしなければ、先ほどのミラのような目に遭う可能性がある、というわけだ。

「……うむ、よしよし。効果覿面じゃな!」

トラブルはあったものの、それから先は虫除け筒が大活躍だ。突然肩に乗られたり、足元から這い上がられたりしなくなり、安心して洞窟を進めるようになった。もうこれで心配要らないと、ミラもようやくの安心顔だ。

『たかが虫ごときで悲鳴なんてあげちゃうとか。おじいちゃんもまだまだ精進が足りないみたいね』

そうしたすったもんだの一部始終を見聞きしていたのだろう。どことなく馬鹿にするような声がピー助の口から飛び出してくる。更に続いて、小馬鹿にしたカグラの笑い声まで響いてきた。

「ほぅ……」

まるで今のカグラを写したかのように動き笑うピー助。ミラはその体をむんずと掴んだ。

『ちょっ……なにを──』

唐突なミラの行動に戸惑いの声を漏らすカグラ。だが次には何をしようとしているのかを察したようだ。『まさか……』と顔を青ざめさせる。

ミラは無言のまま壁際へと歩み寄り、そこで逃げようとしてひっくり返り必死にかさかさ蠢く虫に向けてピー助を近づけていった。

『待って、待って待って! 無理無理無理近い近い! ドアップは無理だから! ごめん、ごめんって! 許してお願い! あ、あー! 私も精進が足りませんでしたー!』

ミラの頭の上、しかも遠隔とあって余裕しゃくしゃくだったカグラ。けれど正面ギリギリで細部までくっきり見えてしまう距離にもなると、瞬く間に限界に達したようだ。

生意気に息巻いていた彼女は、直後に《意識同調》を解除していた。ピー助がすっかり大人しくなったのを確認したミラは、にんまりと笑う。

「調子に乗るから、そういう事になるのじゃよ」

ミラはお手柄だったと褒めながら虫をつま先でひっくり返し、どんなもんだと勝ち誇り高らかに笑うのだった。

「ふむ、この辺りがよさそうじゃな」

洞窟に入ってから、かなり奥の方に入り込んだところだ。空間にある程度の余裕がある空洞に出る事が出来た。

外から目立つ事はなく、またこっそり穴を掘るには丁度いい具合のスペースもあるため、ミラはここから目的地への直通を目指そうと決める。

そうして、いよいよ作業開始だと意気込み、ノーミードを召喚しようとしたところ──。

「どうしたの? 貴女も逃げてきたの?」

「おおぅ!?」

背後から不意にそんな声を掛けられたため、ミラは素っ頓狂な声を上げて、ビクリと肩を震わせた。

その声自体は、とても優しいものであった。とはいえ、誰とも出会いそうにないような場所で唐突に声を掛けられるというのは、やはりびっくりしてしまうものである。

「む、なんと精霊さんじゃったか」

驚きつつも振り返ったミラは、その目に映った存在を確認して直ぐに気づく。

そう、声の主は精霊だったのだ。

精霊達は、基本的に日の光の届く範囲にいる事がほとんどだ。だからこそ、こんな暗い洞窟の奥にもいるのは珍しいと驚いたミラは、そこでふと先ほど掛けられた言葉にあった内容を思い返す。

「ところで、逃げてきたとはどういう意味じゃろうか?」

精霊の姿に安堵したミラは、続けてそのような質問を口にした。彼女の言い方からして、まるで他にも──たとえば彼女自身も何かから逃げてきたのではないかと思えたからだ。

つまりは、逃げる必要に迫られる何かがあるという意味にもなる。では一体、何から逃げてきたというのか。

「貴女は違うの? 偶然ここにきたの? それじゃあね、気を付けた方がいいよ。えっとね、最近近くで危ない感じがする誰かが何かしていたの。それは魔物だったり魔獣だったりを引き連れていたから、凄く危ないなって思ったんだ。あと、レッサーデーモンの姿も何度か見たかな。きっと怖い悪魔が関係していると思うの。だからね、見つからないように、ここに隠れていたの」

それが洞窟の奥に彼女がいた理由であった。そしてそこまで言い終えたところで、「貴女は外から来たんだよね? 大丈夫だった?」と、ミラの身を案じる。

「うむ、わしの心配は無用じゃ。外にはもう誰もおらんと確認してから来ておるのでな」

ミラがそのように答えたところ、精霊は「そうなんだね、よかった」と嬉しそうに答えた。

「しかしまあ、予想通りじゃな。やはり既に来ておったか」

ともあれ彼女の証言によって、魔王の手の者がこの地に来ていたという事が確定した。

しかも話によると、最近まで地表の方で悪巧みをしていたようだ。けれどミラ達が確認した時点では、もうそれらしい影は一切見られなかった。

いったい、どこにいったのか。やはり地下の封印に近づいてしまっているのかもしれない。

「まだ危険かもしれぬのでな、お主もこのまま、もう暫く隠れていた方がよいぞ」

精霊に忠告しつつ、ミラは魔王側の企みがうまくいく前に急がなくてはと作業にかかる。

まずはノーミードを召喚だ。と、壁の方に歩いていったところだ──。

「何か詳しく知っている感じ? ねぇねぇ教えて。ここで何が起きているの? とっても素敵なところなのに壊されちゃうの?」

後ろから駆け寄ってきた精霊が、そう不安そうに言葉を続けた。

とはいえ、その気持ちも当然だろう。こんな平穏な住処に災厄の使者とも呼ばれる悪魔の影が降り立ったのだ。むしろ不安になるなという方が難しい。

「あー、うむ、そうじゃな。あまり詳細には話せんのじゃが──」

事は三神しか知らなかった秘密に触れるものだ。とはいえ彼女の気持ちも理解出来るミラは、説明しても問題ない範囲について精霊王に決めてもらってから現状について伝えていった。

その説明内容を要約すると、古い時代に隠された危険物が、この付近の地下に埋まっているというようなもの。そしてそれを悪魔が探していると、そんな流れだ。

「──そういったわけでのぅ。状況から考えて向こうは既に地下へと潜っておるかもしれん。対してわしは、これを先に見つけて跡形もなく消し去るというのが目的なのじゃよ」

色々と説明する中で、同時にミラは自分が怪しい者ではないという事もしっかりと主張していく。

「なんだか怖いね……」

精霊はその顔に驚きと戸惑いを浮かべる。何事もなく暮らしていた土地の地下深くに危険物が存在していた。そう言われたら不安になるのも仕方がない。

「とはいえ、早ければ今日か明日には綺麗さっぱり消え去るはずじゃからな。心配は要らんぞ。じゃから先ほども言ったように、安全なところに隠れておくとよい」

そう改めて伝えたミラは、目標方向を確認してから壁に向かう。そして今度こそノーミードを召喚──しようとしたのだが、ここで再び精霊が「ねぇねぇ」と声を掛けてきた。

「む? 何かまだ気になる事でもあったじゃろうか」

状況が状況だ。彼女も落ち着けと言われて直ぐに落ち着けるはずもないだろう。ゆえに、簡単に答えたら慌てず避難するように説明しよう、と考え振り向いたミラ。

ただ、次に彼女の口から飛び出したのは、思いもよらぬ情報であった。

「その危ないものってもしかして、ずっとずっと深くにある真っ白な丸い柱に関係ある事かな?」

「なんと、知っておるのか!?」

白い円柱。それは、魔物を統べる神の骸を封じる封印で間違いない。そこまで具体的に把握している精霊の証言に驚くと共に、それこそ知りたい情報でもあったと喰いつくミラ。

「やっぱりそうだったんだ、関係あるんだね。なんかね、凄い不思議なのがあるなぁ、って思ってたの。それでね、なんか凄いものだったりするのかなぁ、って思ってたんだけど……そっかぁ、怖いものだったんだね」

彼女にしてみたら、ちょっとした冒険で見つけたワクワクするもの、といった認識だったようだ。だからこそか、そこに危険物が封印されていると知り、ちょっと残念そうでもあった。

「ところで知っておるという事は、そこに行く方法があったりするのじゃろうか?」

もしかしたらと思ったミラは、直通の道を掘る以外にも行ける方法があるのではと期待を浮かべる。

ノーミードに頼み直通トンネルを掘ってもらう方法が、一番わかりやすく確実ではある。とはいえ、かなりの距離を掘り進む事になるためノーミードに相応な負担がかかるのは確実だ。

ゆえに休み休み進ませる予定だったが無理をさせずとも現場に続く道が既にあり、それを教えて貰えるというのなら、これに越した事はないというものだ。

「うん、知ってるよ。でも、複雑だからなぁ……」

精霊の答えは肯定だった。何と彼女は目的地にまで繋がる通路を把握しているそうだ。ただ、そこに到達するまでには、かなり複雑に入り組んだ洞窟を進んでいく必要があるらしい。話すだけでは説明出来そうにないと唸る。

と、そうして考え込んだ数秒後だ。

「それじゃあね、私が案内するよ!」

精霊は、そう元気よく告げた。これは名案を思い付いたものだと嬉しそうだ。

「そうして貰えるとありがたいが、よいのか?」

「うん、いいよ。なんか貴女からは、すっごくぽかぽか温かい感じがするし。協力して上手くいけば、この辺りも直ぐに静かになるんだよね。だから頑張るよ」

現地の精霊に案内してもらえるとなったら、これほど心強いものはない。精霊は、にこりと笑いお任せあれと胸を張る。

「では、よろしく頼む」

こうしてミラは、現地で出会った精霊の協力を得る事に成功する。

『結構な精霊たらしよね』

直ぐに精霊と仲良くなる。そんなミラを羨んでか妬んでか。ピー助が恨みがましく呟いていた。