軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

585 デラパルゴ

五百八十五

ハミィとヴァレンティンとですったもんだあった翌日の事。ローテーションも一周して、ハミィが休憩中の頃だった。

「あ、来ましたね」

「おお、出てきおった!」

観測地点の上空に変化が現れた。ヴァレンティンが目視で確認すると同時にミラもまた、その姿を観測鏡でしっかりと捉える。

そう、遂に標的の悪魔が隠れ家より出てきたのだ。そして空に浮かび上がったその悪魔は、とある地点に向かっていた。

そこはヴァレンティンが言っていた特別製の罠とやらの起点になっている地点だ。読み通り、罠の更新作業をするためだろう。

「あとはとっ捕まえるだけじゃな」

手段はどうであれ捕まえてしまえば、次にはヴァレンティンが浄化してミッション完了だ。

遂にこの時が来たと、ミラは急いで休憩中のハミィを揺さぶり起こす。

「え、出てきた? オッケー、わかった!」

全裸のままむくりと起き上がったハミィは、ミラから状況を聞くや否や準備を始めた。

凄腕のハンターがゆえだろうか。寝起きでぼんやりといった様子は微塵もなく、てきぱきと武装を整えていく。

(……やはり、いつもヴァレンティンに寝起きで仕掛けていた、あの寝ぼけた感じの絡みは全て演技だったのじゃな)

この切り替えの早さこそが本来のハミィなのだろう。その極端さに呆れつつも感心するミラ。

これまで目にしてきた、ハミィのあざと可愛いテクニックの数々。それらはきっと、超絶可愛い自分でも可能だろう。そう思うミラであったが、まだハミィほど使いこなせる自信は皆無。

場合によっては役立つ場面もありそうだが、今は抵抗の方が勝る。と、そんな事を考えながらミラもまたいそいそと服を脱ぎ、戦闘用に着替える。

これから始まるのは悪魔戦だ。念入りに用意するに越した事はない。

そんなミラ達を背にしたヴァレンティンは、微かに聞こえてくる衣擦れの音から心を遠ざけるよう、目の前の悪魔を監視し続ける事に集中した。

潜伏中だけあって、隠れ家から出てきた悪魔の警戒度は相当なものだ。幾度となく周囲に素早く視線を奔らせては様子を窺っているが、どうやらまだミラ達の存在に気づいてはいないようだ。

流石は精霊の力をふんだんに借りた見張り拠点である。

とはいえ、中から出来るのは気づかれず見張る事だけ。よってミラ達は悪魔の視線が逸れた瞬間を見計らって拠点から出ると、そのまま雪の中に身を隠した。

「ぉぉぉ……さ、寒いのぅ……」

「ちょっと……あの快適さに慣れ過ぎてましたね……」

防寒対策はしっかりしているが、如何せん快適過ぎた屋敷精霊だ。適温から扉一枚隔てた先は極寒という状況は、そう簡単に切り替えられるはずもない。

ミラとヴァレンティンは、雪の冷たさも相まって、途端に震えだす。

「うーん、そのままじっとしているのもアレだよね。じゃあさ、直ぐいっちゃうよ」

これほどの気温差すらも意に介さず弓を手にしたハミィは、もう様子見など必要ないといった顔で矢を番えていた。

拠点から出た瞬間には臨戦態勢である。こうしてまったく気づかれていない今の状態を無駄にする必要などないと、ハミィが速攻で仕掛けた。

音もなく、それでいて鋭い一矢が悪魔に向けて放たれたのだ。

「──……!?」

悪魔の感覚は驚くほどに鋭敏だった。ハミィの矢は、それこそ恐るべき速度で迫っていく。しかも完全な意識外より射られた不意打ちだ。これに気づける者などそうはいない。ましてや反応出来る者なんてほんの一握りだろう。

それでいて悪魔は、ハミィの初撃を紙一重で躱したではないか。張り巡らせた罠の探知効果に加え、極めて鋭敏な悪魔の反応速度が合わさった結果である。

けれど、ハミィの狙撃がそれだけで終わるはずもなかった。

立て続けに放たれていた第二矢が、それこそ予想していたかのように悪魔が躱した先へと一直線に吸い込まれていったのだ。

「えげつないのぅ。あれはどうやっても避けられんじゃろうな」

反射的に躱したからこそ生まれた、ほんの僅かな隙。それすらも予測した二連続の狙撃だ。気づいたところで、もはや身体はそれに対応出来ない状態にあった。

結果、矢は悪魔に直撃し、その翼を見事に貫いていた。

「お見事。これで後は閉じ込めてしまえば──!」

落ちていく悪魔を確認したヴァレンティンは、事前に準備していた結界を発動させる。

それは、周辺一帯を覆い尽くすような大規模結界だ。一度展開してしまえば強力な壁としての役割を果たせるものだが、完全展開までに時間がかかるのが難点であった。

けれど悪魔の機動力を奪った今、その隙間から逃げられる事はなく、完璧に閉じ込める事に成功する。

これでもう悪魔は遠くに逃げる事も、また隠れ家に戻る事も出来なくなったわけだ。

「僕達まで一緒に閉じ込めて、どうするつもりなのかなぁ?」

先ほどまでの張りつめた気配から一転、身体をくねらせながらミラを巻き込み、艶っぽい目でヴァレンティンを見つめるハミィ。

言う通り、確かに悪魔と同じく結界に閉じ込められた形になるが、当然そのような思惑などあるはずもない。

「ど、どうするつもりもありませんから早く追撃しますよ!」

けれど初心で真面目ながら、むっつり気味でもあるヴァレンティンだ。理解は早く、だからこそ反論も早く、その場から逃げ出すのも早かった。

「まったく、頼もしくなったと思ったら、すぐこれじゃ」

茶化すハミィを見据えながら、やれやれとため息を漏らすミラ。ハンターとして弓を構える彼女の姿といったら、それこそ堂に入った凛々しさすらあった。

だがヴァレンティンをからかう彼女は、わからせたい小生意気さで溢れている。

「だってそれって僕のキャラじゃないもーん」

不敵で冗談交じりに、けれど明るく笑いながら答えるハミィ。それでいて、彼女の目には真剣みが込められていた。

「ミラちゃんも、きっとわかるでしょ。強くなるのって色々大変だよね」

そんな言葉を続けたハミィは、直ぐヴァレンティンの後を追うように飛び出していった。

(……まあ、そうじゃのぅ)

強くなる事もだが、強くなった事で変化するものも沢山ある。だからこそハミィは、そういった大切なものを忘れないよう努めているわけだ。

とはいえ納得はするが方法が極端過ぎると呆れるミラであった。

積もった雪の下に広がる常緑樹の森とぬかるみ。どうやら悪魔は襲撃者のミラ達を警戒して、ここのどこかに身を隠したようだ。

実際のところ、悪魔にとってはそれが一番の対応だろう。

ハミィの狙撃により、こちら側の戦力がどの程度のものかは伝わったはずだ。その結果、真正面からやり合うのは不利と判断されたわけだ。

ゆえに悪魔側がとれる手段は、少しでも有利な状況を確保する事。

更新しようとしていた罠は、その途中で妨害した事により既に砕け散っているが、それ以外は万全な状態だ。

状況的には、悪魔側が有利といえる。けれどここにミラがいるという時点で、罠がその効果を存分に発揮する事は出来なかった。

「とりあえず虱潰しにしておくとしようか」

周囲は不穏な気配に満ちている。けれどどこに何が仕掛けられているのかは、見ただけではわからない。かなり巧妙に隠されている。

だからこそ、的確に罠を解除するなんて事は不可能だ。よってミラは一帯を見回したところで複数のホーリーナイトを召喚し、そこら中に解き放った。

「相手からしたら、かなり嫌なやり方でしょうね。効率的ではありますが」

ホーリーナイトが縦横無尽に闊歩する森の中。しかも無闇に罠の効果範囲に入るものだから、次から次へとそこら中で罠が反応し、爆音やら何やらがひっきりなしに響いてきた。

そして罠の起動を確認次第、ヴァレンティンとハミィが、その起点を悉く破壊して罠を無力化させていく。

どのような相手にも対処出来るよう、多種多様な罠がそこには仕掛けられていた。ホーリーナイトは様々な被害をその一身で受け止めては修復、または再召喚され行動を続ける。

これこそ武具精霊だからこそ出来る、強引な罠の突破方法だ。

「後は、あの辺りとあっちかなぁ」

そして罠の数も減れば、ハミィの直感もより精度を増す。多くの罠の影に隠された本命と思しき罠を、その鋭い感覚で探り当てていったのだ。

「──うん、もう大丈夫そうだね」

数分後、仕掛けられていた罠は全て破壊し尽くしたようだ。もう不穏な気配はなくなったとハミィが断言する。

「潜伏中の悪魔というのは、やはりとんでもなく用意周到じゃな。これほど多様な罠があるとは、びっくりじゃったな」

「それはもう、色々と想定して仕掛けるものですからね。……まあ、このように荒らされると、どうしようもなさそうですが」

ここにあった罠は、起動条件や効果など驚くほどの数が存在していた。なかなか大変だったとミラが称賛すると、ヴァレンティンが苦笑気味に答える。

悪魔の努力を容赦なく蹂躙していったホーリーナイトの理不尽さ。悪魔側の状況も理解しているからこそか、若干同情気味だった。

「それじゃあ次は本体探しだけど、ヴァレンティン君に任せちゃっていいんだよね?」

後は潜み続けている悪魔を見つけ出すだけだが、ここまでくればそれも時間の問題だった。ハミィが確認ついでにそっと頬を指先でなぞると、ヴァレンティンは直ぐに慌てて距離をとり「任せてくれて大丈夫です!」と答えた。

そうしてヴァレンティンが始めたのは、結界の範囲縮小だ。結界に悪魔が触れた時、直ぐにその場所がわかるという仕組みである。しかも内部に閉じ込める事に成功した今、もはや発見も時間の問題だ。

なお、これは罠にも反応してしまうため、先にそれを全て排除しておく必要があったというわけだ。

「──見つけました!」

「ふむ、いよいよじゃな」

「ナイスだよ、ヴァレンティン君!」

結界の縮小が始まってから十秒とちょっと。ヴァレンティンが反応のあった方向に駆け出していくと、ミラとハミィもそれに続いた。

「悪魔デラパルゴ。ふむ、まずは確認完了じゃな」

結界の反応を辿った先には、見紛う事なき悪魔の姿があった。またしっかりと確認して、その悪魔が探していたデラパルゴであるという確証も得られた。

つまり、この目の前の悪魔を浄化すれば、行方知れずになっている骸の在りかもわかるはずだ。

「なるほど。偶然、というわけではなさそうだな」

もう逃げられないと諦めたようだ。加えて、ミラ達が明確な目的をもってここに来たという事にも気づいたらしい。即座に戦闘態勢を整えたデラパルゴは、もうそれ以上の言葉もなく即座に襲い掛かってきた。

「おっと、速いね!」

弓を持っている事から得意なのは遠距離だと判断したのか、デラパルゴは一番にハミィを狙った。近接戦に持ち込み援護射撃を封じる目論見だ。

その読みについては、正解といえる。ハミィが最も実力を発揮するのは、後方からの攻撃支援であるからだ。

とはいえ、近距離が不得手かというとそうでもない。ショートソードを抜いてデラパルゴの猛攻に対応する様は、いっぱしの剣士そのものだ。

「聞いていた通り、かなりの実力ですね」

悪魔デラパルゴ。爵位持ちではないものの、その実力はかなりのものだった。それこそ男爵一位──上位クラスの冒険者を複数必要とするレイド級に匹敵するほどの強さだ。

「うむ。しかし、問題はなさそうじゃな」

デラパルゴもやるものだが、ここに揃う三人は、そのクラスの強敵を単独で撃破してしまえる国家戦力だ。デラパルゴが単身で突破出来るようなものではなかった。

ミラが展開した部分召喚の塔盾によって攻撃を弾かれたデラパルゴは、その直後に塔盾の裏で弓を構えたハミィに射抜かれた。

否、正確には拘束されていた。当たる直前でネットを広げるという捕縛専用の特殊な矢によるものだ。

強敵の悪魔が相手でもなんのその。ミラ達はデラパルゴを瞬く間に追い詰め、そして捕まえる事に成功する。

「では、このまま済ませてしまいましょう」

抵抗を試みるデラパルゴだが、もはや抜け出す事は不可能。ヴァレンティンは木を背に座らせたデラパルゴの状態を調べた後、浄化を開始した。

デラパルゴの浄化作業は、十数分で完了する。前回のダンタリオンと同じように、限りなく人に近い姿に変化した事からその成功が窺える。ただ前回と違うところは、青年の姿だったダンタリオンに比べ、デラパルゴは少年に近い姿をしているという点だ。

どうやら浄化前の姿と本来の姿とで、大きな違いが出る時もあるようだ。

と、そんな変化があってから更に数分後。

「これは……いったい俺は? 何が……?」

浄化の影響による昏倒から目を覚ましたデラパルゴは、どこか混乱気味に周囲を見回しては自分自身の状態に戸惑っていた。

「どうやら記憶の統合が、あまり進んでいないみたいですね」

そんな彼の様子を確認したヴァレンティンは、そのように状況を判断した。

いわく、浄化後の悪魔の状態には幾つかのパターンがあるそうだ。

特に記憶などについては複雑で、浄化前と後の記憶の統合などで、かなり個人差が出るという事だった。

「えっと、少しずつ説明しますので、まずは聞いてください──」

直前までミラ達と戦っていたような。しかしなぜそんな事になっていたのか。警戒しつつも困惑を浮かべるデラパルゴ。ヴァレンティンはそんな彼に落ち着くよう促しながら、現状についての詳細を丁寧に説明し始めた。