軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

584 見張り拠点

五百八十四

「こうくるなんて、流石の僕でも予想出来なかったなぁ……」

「まさかこんな事に。流石と言いますか何と言いますか……」

ミラが作業を開始してから三十分と少々。見事に完成した拠点の中を見回しながら、ハミィとヴァレンティンは呆気にとられていた。

「どうじゃ、凄かろう。これが召喚術の実力というものじゃよ!」

ミラはというと、それはもう自慢げにふんぞり返る。

ミラが用意した拠点。それは、屋敷精霊を応用したものだった。

まず初めに、静寂の精霊ワーズランベールを召喚。召喚自体に隠蔽効果を持つのみならず、これから始める拠点作りの全てを悪魔に気づかれないよう行うには彼の力が必須だったからだ。

そして次に行ったのは屋敷精霊の召喚だが、ここでまた一工夫。地の精霊ノーミードの力を繋げる事で、屋敷精霊を地面の下に展開したのだ。

「うん、目標地点もよく見える。それで隠蔽の効果で向こうからはただの小さな穴にしか見えないんだっけ?」

「うむ。悪魔といえど、この距離からこれを見抜くのは不可能じゃろう」

部屋の窓は丁度崖に面した部分に作られているとあって、その眺望も良好だ。目視でデラパルゴの潜伏場所周辺を確認出来る。

加えて、ワーズランベールの隠蔽効果も屋敷精霊に繋げてある。そのため多少室内で騒ごうと察知される事はないという徹底ぶりだ。まさかの仕上がりに、ハミィも驚きつつ満足そうである。

「本当に、ここまで想像を超えてくるとは思いませんでしたよ。これは凄いですね」

同じく驚いた様子のヴァレンティンは、大きな二枚の鏡を見つめながら感心したように唸っている。

なぜならその鏡には、外の景色が映し出されているからだ。そしてそれを可能としたのは、何といっても精霊の力である。

以前にちょっとした空き時間で立ち寄った骨董店で出会った鏡の人工精霊。

そして精霊王とマーテルが作り出した目の芽。この二つを精霊王の繋ぐ力で合わせた結果、なんと目の芽が見たものを召喚した鏡に映し出す事に成功したのだ。

それから日々の研究と実験で、これを実用レベルにまで高めた結果が目の前にある監視モニター的なこの鏡精霊であった。

「どうじゃ? わしに任せて正解だったじゃろう?」

一番の理由は過酷な環境下での待ち伏せ耐久が嫌だっただけだが、色々と趣向を凝らしてみた結果、思った以上の仕上がりになったとミラも満足げだ。

「まあ、そうだね。ここまでされたら文句のつけようもないかな」

「ですね。このような環境下で、これほどの拠点を用意されたら、もう感謝しかないです」

二人とも見張る事には慣れているが、かといって辛くないかというと、そんなはずもないようだ。これほど快適な見張り拠点は初めてだと上機嫌であった。

改良版の屋敷精霊で悪魔の潜伏場所を見張り始めてから数時間後。夜も更け始めてきた頃の事だ。

「やっぱりちょっとどうにかなりませんかね!?」

そう不満を叫んだのはヴァレンティンだった。

現状としては、今用意出来る見張り部屋として最も快適と断言してもいいであろう場所だ。しかも居住スペースとしての設備も揃っているという、至れり尽くせりな環境である。ゆえに不満や文句など出るはずもない。

だがヴァレンティンは、それでも環境への不満──というより状況への不満を叫んでいた。それはもう、顔を赤く染めながら。

「えー、そんな事言われてもなぁ。しょうがないじゃん、こういう造りなんだからさー」

ヴァレンティンの不満を受けて反論するのはハミィだった。とはいえ今は普通のハミィではない。全裸のハミィだ。

なぜ全裸なのかというと、それは単純。風呂上りというだけの話だ。

問題は、部屋の構造にあった。隠蔽効果の範囲問題もあって、部屋の大きさは最低限でコンパクトに仕上げられている。だからこそ、浴室とリビングの間に更衣室のようなスペースが存在しないのだ。

それもあって、ハミィはリビングで全裸になって風呂に入り、そのまま出てきたという次第である。

今回の件は、設備が揃い過ぎていたがゆえに起きた問題というわけだ。

「そもそもさ、見ないようにすればいいだけだと思うけどなぁ。でもでも見たくなっちゃう感じ? ねぇねぇ、今どんな気持ち?」

ハミィもまた、男に見られたところでどうという事もないというタイプなのだろう──否、それどころかわざと裸体を見せつけている様子でもある。裸のまますり寄っていくハミィは、赤面するヴァレンティンの反応を楽しんでいるようだ。隠そうともせず、にまにまとした笑顔でその表情を窺っている。

「これこれ、そうからかってやるでない。この男は、昔から純情過ぎるくらいじゃからな。お主のような女であろうと、つい反応してしまうものなのじゃよ」

言いながらミラはハミィにバスタオルを被せると、そのまま「とっとと着替えてこい」とトイレに押し込んだ。

「いやはや、ありがとうございます。何と言いますか、言い方はちょっとあれですが助かりました」

若干引っかかるところがあったようだが、ヴァレンティンは反応してしまった顔やら何やらを隠しつつ概ね感謝を示す。

「お主には気苦労があるかもしれぬが、今はこれが上限でな。我慢してくれ。ああいう時は、その窓にでも張り付いておけばよい」

これから最長で一週間。同じような場面に何度も出くわす事になるかもしれないが、間取りは今が限界だ。そのためヴァレンティンには、ある程度妥協してもらう必要がある。

「それはもちろんです。見張る環境としては、これ以上ないくらいですからね。それに今回は不意打ちみたいなものでしたから。ああ来るとわかった今、次はきっと大丈夫だと思います」

彼もまた、そのあたりは重々承知しているようだ。部屋自体にはまったく文句はないと答える。そして問題は、明らかにわかってやっているハミィの方だと苦笑した。

「じゃじゃーん、部屋着の僕、登場!」

ヴァレンティンが覚悟を決めていたところだ。着替えを終えたハミィがトイレから颯爽と出てきた。その言葉通り完全な寛ぎスタイルとなっている。少し緩めのキャミソールにショートパンツという、至って基本的な組み合わせだ。

ただ途中で全裸を挟みはしたが、きっちりしたハンター装備に比べて非常にラフな格好とあってか、シンプルながらもその対比で生じるギャップはなかなかのものだ。

きっと彼女の事である。その辺りも計算に入れてのチョイスだろう。

「それでは窓の方をお願いします。僕は鏡をチェックしていますので」

もう気にしない。ハミィのからかいにはのらず、相手もしない。そう態度で示しながら窓際を離れ位置替えをするヴァレンティン。

その際の事だ。

「どうだった。何か変化はあった?」

「いえ、これといって小さな動きも……んんん──っ!?」

それは任務についての単純な問いだった。ゆえにヴァレンティンも、まったく警戒せず素直に返そうとしたところ。答えながら自然とハミィに視線を向けたその瞬間、ヴァレンティンは彼女が仕掛けた罠に見事嵌ってしまっていた。

二人の体格差に加え、少しだけハミィが前屈みになっていた事で、その緩めなキャミソールの胸元にはっきりとした空間が出来上がっていたのである。

そしてそこには用意周到に、ノーブラという止めまで仕込まれていた。

一瞬で顔を真っ赤に染めたヴァレンティンは、のけぞり躓きひっくり返る。

「僕って、意外と小さくないでしょ?」

その反応を前にして、それはもう愉快そうに笑うハミィ。

「やれやれじゃのぅ……」

ミラは、はたしてこの調子で彼が一週間も持つのだろうかと呆れつつ、なんならいっそ慣れてもらうしかないか、などとも考えるのだった。

なお、それから数十分後にももう一悶着発生した。

「ああ、ミラさんまで!」

「までとはなんじゃ。あ奴と一緒にするでない。ほれ、しっかり着ておるじゃろうが!」

ハミィの後に浴室を使ったミラは先ほどのすったもんだを考慮して、多少は気を利かせていた。更衣室がないながらも、とりあえず浴室内で下着だけは着けて出たのだ。堂々と全裸で全てを見せつけていたハミィに比べれば、相当に大人しいと言えるだろう。

だがそれでもまだ常識的な範疇から見れば、露出が過ぎる状態だった。

音や気配がすると自然に目が向いてしまうのか、ヴァレンティンはミラの堂々とした下着姿を目の当たりにして、またも赤面しながら目を逸らした。けれど逸らした先には、待ってましたと蠱惑的なポーズをとるハミィの姿。

結果、純情なヴァレンティンは見事な二連撃でノックダウンと相成るのだった。

「ナイス、パンツ!」

とてもいいファーストパンチになったと絶賛のハミィ。とはいえミラにしてみれば、予定外の一撃だ。

「ここまでとはのぅ……」

何もかも丸見えな全裸の刺激が強かったのは仕方がない。だが、下着でもここまで反応するのかとヴァレンティンを見やりながら、ミラも少し困惑気味だった。

とはいえ、どちらかというのならばヴァレンティンの反応の方が正しいのだろう。

姿かたちのみならず性別までも変わってしまっているからか、ミラには今が現実だと理解しながらも未だ心の奥底にアバター感が残っているのかもしれない。

はたしてそれが解消される日はくるのかどうか。それは、まだまだずっと遠い未来の話になりそうだ。

あまり広いとはいえない見張り拠点で共同生活を始めてから四日。

その間、悪魔デラパルゴ側には、これといった動きはなかった。

だがその代わり、拠点内では一悶着二悶着どころではない騒ぎが何度も起きていた。そしてその主な要因は、やはりハミィとヴァレンティンだ。

シャワーを終えた後は、出る前に一声かけるという約束が交わされた。

ある程度はヴァレンティンを思いやるミラは、それをしっかり守ったのだが、ハミィはもうハミィである。むしろ確信的にヴァレンティンをからかう彼女が、それを律儀に守るはずなどなかった。

「出たよー」と事後報告だったり、「あ、ボディソープ忘れちゃったー」と不意打ち気味に出てきたり、「違うコンディショナー使ってみたんだけど、どう?」と匂いを嗅がせにいったり、それはもうやりたい放題だ。

加えて、朝には毛布を蹴飛ばし全裸で寝ている姿が目撃されたりもした。本人いわく、寝る時はいつも全裸だそうだ。しかもこれが一番落ち着くからと、寝巻を着る気もないときた。

また見張り中については、本業ともあってか至って真面目なのだが、如何せん現場が快適過ぎる事もあり、集中しつつもリラックスした彼女の姿勢は際どさ満載だったりする。

「少しは慣れてきたようじゃな?」

「お陰様でと言いますか、無駄に刺激の強い毎日ですからね……」

そんな日々の朝、三人で朝食を摂りながら、ミラはヴァレンティンの成長ぶりに思わず感心していた。

何かと厄介なハミィではあったが料理の腕前は一級品だったので今は彼女が料理番だ。

よって今日の朝もハミィが用意してくれたものだ。しかも慣れ親しんだ和の朝食とあって、ヴァレンティンも嬉しそうである。

だがそんな朝にも罠が仕掛けられていた。ふと見ると、ハミィの恰好が下着の上から割烹着というなかなかマニアックな攻め方だったのだ。しかも振り返ると背中の結び目からそれが全て見えるという、見せ方にまで拘った罠だ。

そしてヴァレンティンは不意打ち気味にそれを目にしてしまった。だがこれまでの経験が成長に繋がったのか反射の如き速さで目を逸らし、それを見なかった事にしてしまうという術を身に着けていたのだ。

もはやあの程度は可愛いものである。パンツ一枚程度で動じるような自分はもういない。ハミィの悪戯には、もう慣れた。そんな自信が、その顔には浮かんでいた。

「では、早く食べて観測を再開しましょう」

そう言い、任務のためにもと急ぎで食べ始めるヴァレンティン。するとそんな彼の傍に、そっと近づく影が一人。

とはいえこの場合、それが誰かは明白だ。瞬間、何かを仕掛けられる前に目を瞑り、無心になって食事を続けるヴァレンティン。

と、そんな彼に向けてハミィが言った。

「ちょっとー、折角心を込めて作ったんだから、ちゃんと味わって食べてよねー」

そう、それは罠でも何でもない。ただ作業的に食事を終えようとしていたヴァレンティンに文句を言うための動きだった。むすりと不機嫌そうな声が響く。

「あ、確かにそうでした。すみません──」

言われてみれば、その通りである。こうして食事を作ってくれているにも拘らず、任務のためだからとただ消費するだけな行為は、あまりにも無礼である。そう反省したヴァレンティンは、目を開くと同時に振り向いて謝罪の言葉を口にした。

「──つい、気を取られないよう注意するあまり……──ぃぃ!?」

直後彼は、椅子をひっくり返して転げ落ちるという見事なくらいのリアクションを見せてくれた。なぜなら振り向いたその目と鼻の先に、ハミィの生の胸が堂々と並んでいたからだ。

「な……なななななんで!?」

「なんでって、ちょっと眠いからご飯より先に寝ようと思ったからだけど?」

それはもう大いに狼狽えながら抗議するヴァレンティンであったが、ハミィの返答は至極冷静でいて小気味よさに溢れていた。

見張りの任務については、三人でローテーションを組んで回している状態だ。窓からの見張りと観測鏡での見張り、そして休憩の三つだ。次のローテーションではハミィがこのまま休憩に入る事になっている。

なお合間合間に、精霊王やマーテル、リーズレインにアナスタシアらも目の芽を通じて手伝ってくれていたりする。

「しっかりとした安眠のため、そこんところはいいよってなってたよねぇ?」

ハミィは更に続ける。別に何も間違ってはいないよねと。

この数日の間、満足のいく休息を得るためという理由で一先ずは全裸で寝る事について仕方がないと承知していたヴァレンティン。ゆえに、これから寝ようというハミィが全裸であっても問題ないという理屈だ。

「脱ぐのは横になってからでもいいと思いますけどね!?」

「そこまで詳細には決めてないもーん」

尚も抗議するヴァレンティンだが、ハミィがそれを聞き届ける事はない。それどころか特大の一撃を入れる事が出来たためか、随分と上機嫌だった。

それからハミィは、そのまま足取り軽くベッドに潜り込むと、次には見せつけるかのようにパンツを脱ぎ落して眠りについた。

「……やはりまだまだのようじゃな」

「いえ、あれはもう──はい、精進が足りなかったようです……」

ちょっとしたチラリに対しての反応と耐性は増したが、生でモロという状態については、まったくと言っていいほどに成長は見られなかった。

ただそれもそのはず。あれほど直接的なアプローチは、初日以来であったのだから。そう、ヴァレンティンは、積み重ねられたチラリだけで慣れた気になっていただけだったのだ。

慣れたと感じていたのは間違いだった。ハミィの真価を存分に思い知らされたヴァレンティンは、ラフな格好ではあるもののまだ常識寄りなミラを見つめて平常心を取り戻す。

そう、ただハミィが特殊過ぎるだけなのだと。