軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

586 絡まった罠

五百八十六

「なるほど……俺は俺じゃなくなっていたのか。……確かにそうだ。言われてみればしっくりくる。どこか夢を見ていたように感じるこれは、その変わってしまった俺の仕業というわけだ」

一通りの説明が終わったところで、デラパルゴの記憶の統合もある程度進んできたようだ。以前の自分と最近についてだけは幾らか晴れてきたという。

「まずは、それだけ思い出せれば十分ですね。では早速で悪いのですが、聞きたい事がありまして──」

完全とはいかないまでも状態は安定した。残りの記憶が戻るのは、もう時間の問題だ。そう判断したヴァレンティンは、今回の作戦の目標について触れていく。

浄化前のデラパルゴが知っているという、『魔物を統べる神』の骸の隠し場所についてだ。

「それなら確か……──そう、最近、ここで……。あ、ああ。思い出した! ここから先に行った場所に、保管室を作ったんだった!」

言われてみれば何となく覚えているが、どうにもはっきりしない。そんな顔でうんうん唸り始めてから十数秒。直近の出来事とあってか、どうにか思い出せたようだ。

デラパルゴは、「あっちにあるはずだ」と口にしてから立ち上がった。

けれど歩き出そうとしたところで、「いや、あっちだったか?」と立ち止まる。

どうやら、まだはっきりというわけではないようだ。とはいえ、ここまで思い出せたのならもう少し。ミラ達は、「あっち?」「いや、こっちだ」「あ、待て。確かそうしようとして」「ああ、だから向こうか!」と、表情をグルグル変えながら考え込むデラパルゴを温かい目で見つめていた。

デラパルゴの案内で辿り着いたそこは、一見すると何もなさそうな場所だった。けれど彼がそのぬかるみに手を突っ込んだところで変化が起きる。

地面から、石造りの無骨な井戸のようなものが生えてきたのだ。

「よし、覚えていた通り! さあ、こっち──」

しっかり思い出せてよかったと安堵した表情のデラパルゴは、ここが入り口になっていると伝えながらそこに飛び込み、同時に叫んだ。

「──って、飛んで入る事前提だったー!」

少しして、井戸の底の方から何かが落ちたような鈍い音が響いてきた。

「……大丈夫じゃろうか?」

「大丈夫でしょう。浄化の影響で力が抑えられてはいますが、元々の悪魔も相当に頑丈ですから」

ちょっとした事故だったのではと心配するミラだが、ヴァレンティンが言うに、悪魔は空から落ちても問題ないくらいに丈夫らしい。

そして実際「ちょっと高いから気をつけてな!」と、井戸の底から声が響いてきた。

「元々の悪魔って、結構愉快な感じなんだね」

井戸を覗き込んだハミィは、その底の方でピンピンしたまま飛び跳ねているデラパルゴを確認すると、それはもう楽しげに笑った。浄化前と浄化後で、ここまで感じが変わるのかと興味深げでもある。

「いえ、まあ色々ではありますが、そこは人と同じだと思いますよ。彼はちょっとやんちゃ気味ですが」

全員が全員、愉快というわけではないが否定もしきれない。複雑そうな顔で答えたヴァレンティンは、「とにかく行きましょう」と先に井戸へ飛び込んでいった。

(……わしも思えば、愉快な奴らにしかあった事がないのぅ)

ダンタリオンといいデラパルゴといい、分けるとしたら愉快に入る部類だろう。そんな事を思い浮かべながら、ミラもまた続き井戸に入った。

「ふむ、真っ暗じゃな」

ただでさえ薄暗い地上から地下に潜った事もあり、井戸の底は暗闇に染まっていた。どうやら悪魔は闇の中でも問題ないようだが、ミラはそこまで夜目が利く方ではない。

直ぐに無形術で明かりを灯せば、地下の状況が一目でわかる。

とはいえ、何か特別な部分は一つもない。ただ土を押し固めて広げたような穴が斜め下に向けて続いているだけだ。

「おーい、ヴァレりーん。飛び降りるからちゃんと受け止めてねー」

明かりを灯してから数秒後。そんな声が頭上から響いてきたと思ったら、「とーうっ」というハミィの掛け声が直ぐに続いた。

見上げてみると、状況は明らかだ。彼女にしてみれば大した高さでもないだろうに、完全に人任せで飛び降りてきていたのだ。

しかも悪魔戦が終わったからか、それとも何か思惑でもあるのか。何故かもう着替えている。きっちり万全なハンター装備から、随分と軽装に変わっているではないか。

「え!? ちょっと……! あっ、まっ……!? あああ!」

しかもそれに伴いハミィは今、スカート姿になっていた。そしてその状態で落ちたのならめくれ上がるのは必然。ゆえに下から見上げた今の光景といったらもう相当である。

ヴァレンティンは、それを目にした瞬間、それこそ咄嗟に視線を逸らそうとした。けれどここで問題が起こる。それは、そもそもしっかり目視しておかないと、彼女をタイミングよく受け止められないという問題だ。

完全に人任せな態度のハミィと、見てはいけないのに見なくてはいけないという葛藤に挟まれるヴァレンティン。

そんな攻防が数瞬のうちに繰り広げられた後、遂に決着する。

「ありがと、ヴァレりん」

「もう、勘弁してください……」

ヴァレンティンは、しっかりと確認して受け止める事を選んだ。

そんな彼にめいっぱいの愛嬌をふりまくハミィ。対してヴァレンティンは、これも男の性というものなのだろうか。口ではどうこう言いつつも、その目は満更でもなさそうだ。

「もしかして、二人は恋人同士だったりするのか!?」

直後、仲睦まじげにも見える二人の姿からそう思ったのか。デラパルゴがそんな言葉を口にした。

見れば確かに、ハミィをお姫様抱っこしているその様は恋人同士に見えなくもない。むしろ内情を色々と知っているミラの目以外なら、十分にその可能性が垣間見える事だろう。

「あ、わかっちゃうー?」

「違いますからね!」

恋人同士という関係に何か思い入れでもあるのか。わくわくした顔のデラパルゴ。だからこそ余計に興がのったのか、それはもうにんまりと満面な笑みを浮かべながらヴァレンティンに頬を寄せるハミィ。

対してヴァレンティンは、それを全力で否定するのだが、如何せんハミィの方が経験から何から全てが上だった。

頬のみならず胸まで寄せていったところで、ヴァレンティンの許容量を超過。もはやハミィに翻弄されるままだ。

「なんだか、ドキドキだな!」

「うーむ、そうとも限らんと思うが……」

知らない者から見たら、ちょっと艶っぽい恋人関係に見えるようだ。デラパルゴは、大人の恋愛だと少し興奮気味だ。

とはいえ真実を知る者からすれば、加害者と犠牲者の関係に過ぎなかった。

ハミィをよく知るからこそ、葛藤の狭間で苦しんでいるヴァレンティン。その何と憐れな事かとミラもまた同情──するはずはなく、葛藤ぶりを眺めて微笑んでいた。

恋人同士ではない。そう弁解したヴァレンティンだがハミィの押しの強さもあって、デラパルゴが真に理解したか怪しいままに案内は続いていた。

進む先は、生活スペースとして利用していたという大き目の広間を抜けて更に奥深くだ。

そしてそこから先には、途中に様々な罠が仕掛けられていた。やはりいざという時にも、しっかり備えてあったようだ。何かがあれば、この場所を全て埋めてしまえるような仕掛けが施してあったらしい。

だがそれらは今、仕掛けた本人の手によって解除されていく。

強行突破しようとしていたら、即座にここを埋められていたわけだ。そうなっていたとしたら、目標物を見つけ出すのに多大な苦労を強いられる事になったはずである。

けれど今は、そんな心配も皆無。浄化の凄さと大切さを目の当たりにしたミラは、改めてヴァレンティン達の活動の重要性を確信した。

「よし、じゃあここからが問題だ……」

進み続ける事、更に五分ほど。いよいよ最深部に到達した。小さな部屋となっているその中央部に、それはあった。

きっと本来は、ただの石櫃なのだろう。けれど今は、いったいそこにどのような仕掛けがほどこされているというのか。一目で危険とわかるくらいの禍々しさに包まれていた。

デラパルゴが言うに、そこには幾重もの罠を仕掛けたそうだ。しかも、その時が来るまでは決して開く事がない予定であったため、かなり徹底的に封を施したらしい。

「ふむ……するとつまり?」

「……まあちょっと、解除に失敗する事もなくもないかなぁって」

なんとなく嫌な予感がするとミラが窺えば、デラパルゴは視線を逸らしながら答えた。

早い話が、仕掛けた罠が複雑に絡み合ってしまっているため、これを無事に解除する自信がほとんどないというわけだ。

仕掛け過ぎて干渉し合っているからこそ、こうして目に見えるほどの禍々しさになっているという事だ。

「それじゃあさ、これが全部起動したらどうなるの?」

解除が困難ならば、後は起動した罠の効果に対応するくらいしかなさそうだ。ではその場合どのような事態になるのかハミィが問うたところ、干渉したまま連鎖して起動してしまったら魔法の構造がごちゃ混ぜになって、そのまま大規模爆発を引き起こすはずだとデラパルゴは答えた。そうなった場合、マナ障害も含め周囲にどれだけの悪影響が出るかわからないそうだ。

「どうしたものかのぅ……」

マナ障害などについては、精霊王と力を合わせれば時間をかけて中和するくらいは出来るだろう。

だが何よりも、この場でそれほどの爆発が起きる事自体が問題になりそうだ。

一連の作戦『災禍の夜』にかかわる悪魔達が、この場所を知らないはずがない。ゆえにここで何かがあれば、間違いなく怪しまれるはずだ。

場合によっては、こちらがシグマ・アーカイブを確認出来る状態にあると勘付かれるかもしれない。シグマ・アーカイブは極めて重要な情報源になっているため、その状況は避けたいところだ。

「ここは一つ、彼を呼んでみましょうか。悪魔の魔法についての知識は、トップクラスみたいですし」

目標物は目の前にあるが、今の状態ではどうにも手が出せない。その状況を打開するための方法として、ヴァレンティンが提示したのは助っ人の要請だ。

いわく、元公爵級であったダンタリオンだが、どうやら悪魔の魔法について特に詳しいとの事だった。ならば、その魔法によって作られた罠も彼ならばどうにか出来るのではないかというのがヴァレンティンの考えだ。

「よし、任せよう!」

仕掛けた本人でありながら、これの解除はもはや不可能と自己判断したのか。清々しいほどの即答ぶりのデラパルゴ。

「いいねいいね、呼んじゃお、呼んじゃお!」

ハミィはというと、浄化後の公爵級悪魔という存在に興味津々といった顔だ。

「……まあ、それしかないのなら仕方がないのぅ」

少々変態寄りであるため出来る事なら距離を置きたいところではあるが、状況を打開する可能性が彼にあるというのなら止む無しだとミラもまた同意する。

そうしてダンタリオンに任せると決まってから、ヴァレンティンが連絡を入れた、それこそ数秒後の事だった。

ヴァレンティンが持つ金属棒が数回光ったかと思えば、ミラ達の前に見覚えのある男が降り立った。

「おお、君主様! 再びご尊顔を拝謁出来て恐悦至極にございます!」

転移してくるなり一も二もなくミラの前に飛び込んで跪くのは、ダンタリオンだ。

「う、うむ。そうか」

主従のつもりはないが、ダンタリオンの忠義が重過ぎる。そこが悩みではあるが、なぜかやけに嬉しそうであるため強くは言えないミラ。

「えー! すっごいイケメンじゃん! それと何々どういう事!? 君主様って、どういう関係なのさー! 詳しく詳しく!」

そんな複雑なミラの気持ちとは裏腹に、ハミィのテンションが何やら急上昇し始めていた。

美少女の前に跪く美青年。中身はともかく、ハミィにしてみれば色々と妄想が捗るような光景だったのだろう。興味津々といった顔のみならず「女王様的な感じ?」と、かなり行き過ぎな方面にまで妄想を広げ始めていた。

「どうと言うても──」

「──お知りになりたいというのでしたらお答え致しましょう!」

どういう関係かと問われたところで、ちょっと複雑な関係であると言葉を詰まらせるミラだったが、そこでダンタリオンが意気揚々と声を上げ、それはもう流暢に事の成り行きを語っていく。

その強さに加え、何よりも勝利に掛ける情熱と貪欲さに感銘を受けたのだと。

以前にダンブルフが成し遂げた公爵級のソロ討伐チャレンジについては、ダンタリオン側からするとそのような印象になるようだ。そして、ただの純粋な力比べてあったのなら到底勝ち目のない戦いになるはずが、無数の策を駆使して打ち倒されたという点に秘められた可能性に感服し、こうしてその配下となる事を希望したそうだ。

「なるほどー。そういう感じだったんだ。そっかぁ。いいな、いいなぁ」

その邪悪さで有名な悪魔ではあるが、強さこそが絶対。それが浄化後でも健在だと知ったハミィは、不敵な笑みを浮かべながら振り返る。

どうやらミラとダンタリオンの関係を羨ましく思ったようだ。そして似たようなそれを求めた彼女は、それこそハンターの如き目でデラパルゴを見据えていた。

「いやいや、俺はそこまで徹底した実力主義じゃないからな!? ここまで真っすぐなのは、それこそトップクラスの実力者連中くらいなもんだぞ」

このままでは力づくで配下にされてしまう。そんな危機を感じ取ったデラパルゴは、慌てて言葉を並べていく。

確かに悪魔は実力主義の傾向にあるが、今のダンタリオンのように勝者を崇敬するほどなのは極めて稀。それこそ個人差であるため期待するのは止めておいた方がいいと。

「なーんだ、残念」

ただ一対一で勝ったからといっても、今のミラとダンタリオンのようになるわけではない。現状は、ただダンタリオンという悪魔がそういった思考の持ち主だったからこそである。

あわよくば、ちやほやしてくれるイケメンの太鼓持ちが欲しい。そう思っていたハミィは、不満げに唇を尖らせた。

「して、どうじゃ。出来そうか?」

「君主様が望むとあらば、このダンタリオン。命を賭してでも成し遂げてみせましょう」

改めて、わざわざここまで来てもらった理由についてミラが説明したところだ。石櫃をちらりと見やったダンタリオンは、篤い忠義をその目に宿して重々しく頷いてみせた。

「いやいや、流石にそこまでせんでもよい。それほどの危険があるというのなら、別の方法を探すとしよう」

命懸けの作業になってしまうとなれば、本人が良しとしても頼む事など出来ないというもの。

ゆえにミラが直ぐに望みを取り下げて、もっと安全な手段を考えようとしたところ──。

「──いえ、全然簡単ですので是非とも私にお任せ下さい!」

何やら少々慌てたように、ダンタリオンが答えを変えてきたのだ。

「無理をせんでよい。こういう時は安全第一じゃからな」

彼の事である。役に立とうと思い、そんな事を言い出したのだろう。そう判断したミラは、無理に命を張る必要などないと告げる。

「……いえ、なんと言いましょう。この程度でしたら、余裕です」

対してダンタリオンは、どことなくばつが悪そうに視線を彷徨わせた後、まるで白状するような面持ちでそんな言葉を口にした。

「つまり、命を賭すほどの事ではなかったと?」

「それはまあ……そうなりますね」

ミラがジト目で睨むと、ダンタリオンは素直に実情を吐露した。曰く、この君主様に捧げる想いをちょっと大げさに言い過ぎてしまっただけであると。

「では、簡単に出来るのじゃな?」

「二、三分もあれば直ちに」

そうしてミラが解除を頼んだところ、ダンタリオンは迅速に作業へと取り掛かるのだった。