作品タイトル不明
564 教皇加入
五百六十四
正式に教皇が観光チームに参加したところで、遂にミラ達は街へと繰り出していった。
とはいえ当初の予定から少し変わったため最初の目的地に向かうまでの間に、教皇の取り扱いについての話し合いが行われた。
まず最初に、お忍びでもあるため、教皇相手でも友達のように接するようにと決まる。
その際、教皇の呼び方は『リス』となった。何でも子供時代に、親しい友からそう呼ばれていたそうだ。
そして最後、何かを食べる時は決して糖分脂質カロリーなど、その界隈にまつわる言葉を口にしないというのがマリアナとリリィ、教皇の連名によって締結された。
「とっても可愛い小物が揃っていると聞いていたので楽しみです!」
「風水かぁ。私の部屋って物が少ないから、これを機に色々揃えるのも面白そう!」
「でしたらもう少し奥の方から見ていきましょう。開運を謳う伝統の工芸品が揃っていますよ」
マリアナとリリィは、教皇とあっという間に打ち解けていた。三人とも順応性が高いというのか、それともこれこそが本物の女子トークというものか。既に旧友といった雰囲気がそこに出来上がっている。
ミラは楽しそうに騒ぐ三人を見やりながら、どことない疎外感に苛まれた。
とにもかくにも、教皇が加わった以外は概ね予定通りに観光は進んでいく。
だがその途中、本来はなかったはずの予定が教皇の一言によって急遽決行される事になってしまった。
「ここがマジカルナイツ……。可愛い!」
緑と白が美しいアリスファリウスの清廉とした街並みに溶け込みつつも、そのファンシー感をさりげなくアピールする店構えときたら、もはや芸術的ですらある。
そんな魔法少女風衣装──もといマジカルコーデ専門店マジカルナイツは、そこに堂々と存在していた。
これを前に目を輝かせるのは、教皇だ。
そう、このマジカルナイツを見てみたいというのが予定外の寄り道であった。
教皇はミラの女王スタイルを初めて目にした瞬間、そのデザイン性に随分と興味を持ったそうだ。そして道中にリリィが色々と詳細を語ったところで、それはますます膨らんでいったという。
結果、教皇は是非ともマジカルコーデに触れてみたいなどと言い出した。
これにマリアナとリリィが阿吽の呼吸で賛同。その流れでマジカルナイツに来る事になってしまったわけだ。
(ルート決めの時点で徹底的にここを避けたにもかかわらず、結局こんな事に……)
特にリリィがいる今、この店は絶対に避けて通りたいところであった。そのために予定の段階から近づかないように細かい提案をしていたミラ。しかし、教皇に興味を持たれてしまった事でその全てが水泡に帰した。
(完璧に着こなしてしまう自分が恨めしい……)
ミラは教皇にまで興味を持たれる、かっこ可愛い過ぎる自分の女王スタイルを憎むのだった。
二時間。それは予定外のマジカルナイツで過ぎ去った時間だ。そしてその内の半分が、ミラにとって避けたくても避けられなかった事に費やされた時間だった。
前半の一時間は、問題なく過ぎた。あれもいいこれもいいと、ただただ楽しそうにはしゃぐ教皇に付き合うだけの簡単なイベントだ。
しかし半分を過ぎたところで情勢が変わっていった。物珍しさもあって楽しめたが、ただ服を見るだけでは最初に感じた衝撃的な感情は生まれてこないなどと言い始めたのだ。
その言葉に、リリィが呼応した。服は、着てこそだと。
案の定というべきか、そこから先は概ね予想通りの展開だ。
最高のモデルがここにいるというわけで、残りの一時間はひたすらに着せ替えと撮影を楽しまれた次第である。
(散々じゃったが……まあ諸共に出来たので良しとしようか)
いつものように好き放題されたが、今回はミラも一矢報いていた。「わしと一緒に、魔法少女になろう!」と、教皇を蛇の道へと誘い込んだのだ。
教皇の興味から始まっただけあって、誘い落す事は難しくなかった。
そして教皇という大物が落とせれば、後も容易い。ミラは難癖や要望を並び立てていき、そのままマリアナとリリィもマジカルコーデに染め上げる事に成功したのだ。
(あの恰好でお世話されるというのも……ありじゃな!)
特にマリアナのマジカルコーデといったら、眼福以外の何ものでもない完成度であった。
マジカルナイツを楽しみ終えた後は、予定通りのルートに戻った。
小物店をあちこちと巡っては、しゃれていたり謎だったりする置物が荷物となって増えていく。
他にも、評判の店を見て回ったり、泣けると話題の劇を観たり、ご当地グルメを味わったりと思う存分に楽しんだ。
「しかしまあ、タフじゃな……」
露店を巡っては、明らかに酒の肴っぽいものを買い込んでいる教皇。
その役職柄、大聖堂で静かに過ごしているものかと思ったが、そうでもないのか。ここまで随分と歩き回ったが、まだまだ体力が有り余っていそうなほどに機敏だった。
しかも、それに加えて酒豪でもあった。続き観光を楽しんでいると、そこの店に行きたいと教皇が主張する。
酒屋だ。その佇まいからして、かなりの老舗に見える。また、地酒の他にも多くの酒を扱っているようだ。
「ふむ、スイーツもあるのじゃな」
「行きましょう、ミラ様!」
酒屋でありながら、スイーツ系も取り扱い始めたと看板に書いてある。それを目にしたマリアナの反応は、なかなかのものだった。
最終的には、幾つかの地酒を試飲しては、スイーツ共々あれこれと買い込む事となった。
なお、お気に入りがあったのか、教皇も嬉しそうに酒瓶を抱えていた。
その後も忘れずに土産物を買ったり有名な観光スポットで記念撮影もしたりと、思う存分に今の時間を満喫するミラ達。
そしてこの時に撮った写真を見て、何で教皇が一緒なのかと驚く者が続出する事にもなるのだが、それはもう暫く先の話だ。
大いにアリスファリウス観光を楽しんだ翌日。ミラ達は朝から飛空船に乗り込むと、次の目的地である三神国グリムダートに向けて出発した。
その飛空船は見事なまでのグリムダート様式であり、シックで重厚な造りとなっている。騎士の国として有名なだけあって、その特色が色濃く出ているようだ。
(どこかクラシカルチックなこの感じ。好きじゃのぅ)
アリスファリウスの飛空船も神秘的で見ごたえのあるものだったが、こちらはこちらで決して裏切られない安心感があった。気取らず飾らず、それでいて見栄えがいい。
積み重ねられた歴史が、今でもまだ続いている。それを肌で実感出来る素晴らしい空間だ。
そんなグリムダートの送迎用飛空船は、性能もかなりのものだ。このまま夜中頃には、首都のヘンゼルに到着予定との事である。
よって到着するまでの間は、各々が自由に過ごしていた。
ソウルハウルは、割り当てられた客室に籠ったまま出てくる気配がない。
どうやら昨日の自由時間が相当に有意義だったようだ。見て回った聖墓や博物館で多くの収穫があったらしい。その情報整理と研究に集中しているのだろう。
(いったい何を見つけたのじゃろうな……)
彼がこれほど集中するという事は、それ相応の成果があったという事。ゆえに内容が気になるミラであったが、このまま突撃したい気持ちをぐっと堪える。
なぜなら今の状態のソウルハウルの邪魔をすると、かなり面倒になるためだ。
ある程度落ち着いてから聞いてみるのが一番いい。それがこれまでの間にミラが学んだ事でもあった。
「ふむ、次も盛り沢山じゃな」
と、そうして大人しく待つ事にしたミラはというと、今回もまた皆でグリムダートの観光計画を立てていた。
マリアナの希望を優先して取り入れたり、さりげなく服飾関係の店に誘い込もうとするリリィの罠を見極めたりと、計画を立てるだけでも大仕事だ。
「この、『あんバタ亭』は外せないと思うんだけど」
その中には、しれっと教皇も交ざり込んでいた。
どうやらアリスファリウスのみならず、これから回るグリムダートとオズシュタインでも、彼女が立会人というような形で精霊王との拝謁を執り成すそうだ。
これについては三神教のトップという事で、彼女がいた方が色々な部分が円滑に進むためミラとしては大歓迎だった。
いってみれば、形式ばった要素の全てを教皇が引き受けてくれた形だ。諸手を上げて喜ぶところである。
だが今の状況からして、彼女の参入は拝謁会だけに止まらない。その後に待つお楽しみの観光にまで付いてくる気満々のようだ。
(……まあ、よいか)
今更どうこう言おうとも、既に観光予定ルートには彼女の意見も反映されている。マリアナとリリィも、それが当たり前のように受け入れている状態だ。
そして実際のところ教皇の様子からして、普段が窮屈というのも確かなのだろう。時折、心底嬉しそうに笑う教皇を見て、護衛の二人は苦笑気味ながらも優しい笑顔を浮かべていた。
これで問題ないというのなら、それでいい。何なら、こうしてお偉いさんとの繋がりを作っておくのも悪くはない。
と、そんな事を考えているうちに、いつの間にかマジカルナイツの派生店行きが決定していた事実に戦慄するミラであった。
飛空船にて一夜を明かした翌日。ミラは予定通りにグリムダートの王城で国王と謁見した。とはいえ、今回もまた非公式という形だ。
グリムダートの王。とても厳格で堂々とした姿は、正しく王様のイメージそのものである。
だからこそ、己にも厳しいのだろう。かの王は、まず初めに謝罪を、そして次には礼を口にした。
内容は、イラ・ムエルテの最高幹部であったトルリ公爵の件についてだ。
決戦に赴く際にはグリムダートの士官が派遣されてきたとあって、戦いにはミラとソウルハウルも参戦していたと報告を受けていたのだろう。だからこそ、こうして後始末を付けた二人に感謝しているようだ。
続き国王との謁見後は、こちらも予定通りグリムダート教会にて精霊王との拝謁会が行われた。
今か今かと待っていたようで、大きな礼拝堂には数百人にも及ぶ聖職者達が集まっていた。
なかなかまとめ切るのは大変な人数であるが、教皇という存在がその全てを解決する。たかだか冒険者の小娘になぜ精霊王が云々などという一部の苦情を全て捻じ伏せてくれた。
精霊王の決めた事に文句があるのかという伝家の宝刀を抜く間もなく、拝謁会は円満に進行していったのだ。
「しかしまた何をどうすれば、こんなものが作れるのじゃろうな」
「だな。用が済んだら分解してみたいもんだ」
拝謁会が終わり、更には教皇主催の試しの儀も終わり、そして今、神器のチャージまでが完了した。
二つ目の球が赤く染まった神器には、肌で感じられるくらいの圧に満ちた力が渦巻いていた。もはや人が制御出来るようなものではないと、本能で感じ取れるくらいの圧迫感だ。
それでいて何の綻びもなく完璧なまでに安定している神器。いったい何をどうすれば、これほどの力を許容していられるのか。ミラとソウルハウルの興味はあらぬ方向へと向き始めていた。
ともあれ、これにて今日の予定は全て完了だ。
二回目とあってか、どの工程も円滑に進んだため時刻はまだ夕暮れ時。とはいえ、これから何かをするとしたら微妙に遅い時間だ。
談話室にて待つマリアナ、リリィと合流したミラは、少し早いがホテルに向かう事にした。それならそれで、最高級ホテルのサービスを存分に楽しめばいいと考えたからだ。
(冬に水着というのも、また一興じゃろう!)
話によると、温水プールがあるらしい。そこでマリアナときゃっきゃうふふな時間を過ごすのも十分にアリだろう。むしろ大アリだろうとミラは目論んだわけだ。
「お久しぶりです、ミラ様。早速ですが、少々お時間よろしいでしょうか」
いざホテルに向かおうと教会を出たところだった。乗り込む予定の馬車の前に、御者とはまた違う者が待っていた。
一人は女性で、もう一人が初老の男。美人に渋メンという組み合わせな二人は、どうやらミラに用事があるようだ。
「ん? ふーむ、どこかで……」
お久しぶりと言う事からして、どうやら彼女とはどこかで会っているのかもしれない。事実、美人の方だけには何となく見覚えがあったミラ。
とはいえ、何かと出会いの多い旅をしてきたとあって、はてさてそれがいつの誰だったかまでは思い出せなかった。
「ミラ様ぁ……。ほらぁ、ニルヴァーナで一緒に飛空船に乗って敵のアジトに乗り込んだじゃないですかぁ……」
忘れられていた事がショックだったようだ。途端に悲壮感を浮かべた彼女は、それでいて思い出してほしかったのだろう。直ぐには名乗らずヒントを並べていく。
と、どうやらその努力は功を奏したらしい。疑問に染まっていたミラの顔が、瞬間に晴れ渡った。
「おー、そうじゃったそうじゃった! ミレディア、じゃったな!」
ニルヴァーナ、飛空船、アジト。これから思い出せるのは、イラ・ムエルテとの決戦だ。
グリムダートといえば、あの時には本国より派遣されてきた五人の士官がいた。
そう、彼女はその士官の一人だったのだ。
幾らか時間も経っていたため記憶の彼方であったが、短いながらも数日を共に過ごした仲だ。
そう、当時の記憶が蘇っていく。
なお、ここに来たのが男の士官の方であったなら、きっと記憶は彼方のままであっただろう。
「そうです! 私です、ミレディアです!」
しっかりとミラの記憶に残っていたのが嬉しかったのだろう。士官の一人、術士ミレディアは小躍りしそうなくらいに喜んだ。
と、ミラはそんなミレディアから、そっと隣に視線を移す。
彼女についてはわかったが、もう一人。初老の男については、とんと見覚えがなかったからだ。
「ところでそちらは、どなた様じゃろうか?」
きっと初対面だ。ならばもういっそ聞いてしまった方が早いと考えたミラ。
「ああっと、すみません! えっとこちらは、グリムダート軍の術士団団長、ロウジュ様でございます」
喜びから一転して我に返ったミレディアは、慌てながらも丁寧に、その男について紹介してくれた。
「初めまして、ミラさん。ロウジュだ。そして、貴女と同じ召喚術士でもある」
団長というだけあってか、そう言って一礼する仕草には、そこはかとなく威厳と気品があった。
ロウジュと名乗った男は、軍人ともあってか、術士でありながらも立派な体格をしている。顔に刻まれた皺に比べ、身体の方はまだまだ現役といった活力が見て取れる。
(軍団長じゃと? また急に大物が現れたものじゃな。しかし──)
「召喚術士とは素晴らしいのぅ!」
ロウジュの肩書もなんのその。むしろ同じ召喚術士と聞いて、ミラは一気に親近感を抱いた。
「今回は、あの伝説の大召喚術士であらせられるダンブルフ様の弟子だという貴女が来ると聞いてね。直接会ってみたいと思い、こうして会いに来させていただいた次第だ」
その言葉からして、どうやら公務などではなく完全に私用らしい。彼もまた召喚術士として、ミラの存在が気になっているようだ。
しかしどういうわけか、何かを見極めようとでもいうのか。不思議とその視線は鋭くミラに向けられていた。興味や期待といったものとは、また違った視線だ。
(伝説の大召喚術士……よい響きじゃ)
ミラは、そんな彼の目には気づかず、そこにあった言葉を心の中で反芻して悦に入っていた。グリムダートの大物にまで認知されていると大喜びだ。
と、ロウジュはそこから更に、少しでもいいので是非とも召喚術について語り合いたいと言葉を続けた。こうして会いに来たのも、それが大半の目的だったようだ。
何かと苦境の続いている召喚術士界隈。だからこそ、ロウジュもまた思うところがあるのだろう。
なお、初老の男だけで婦女子に会いに行くのは色々問題だろうという事で、面識のある女性──士官のミレディアがこの場に駆り出されたわけだ。
「ふむ、そのためにわざわざのぅ……」
とはいえ、この後はマリアナと水着でデートの予定だ。きっと、それはとても有意義で素晴らしい一時になるだろう。
ただ召喚術の事を引き合いに出されたら黙っちゃいられないのがミラである。
「うむ、承知した。存分に語り合おうではないか!」
しかも今回は、相手が相手だ。三神国の団長クラスの召喚術士ともなれば、その実力もまた相当なものであるはず。
つまりアルカイト王国式とは違った、グリムダート式の戦術や運用法を知る事が出来るチャンスかもしれないのだ。
召喚術の、よりよい未来のため。ミラはロウジュの誘いを快く引き受けた。