軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

565 ロウジュの歴史

五百六十五

マリアナとリリィ、そしてソウルハウルを乗せた馬車は一足先にホテルへ向けて出発した。

召喚術についてとなると、どれだけ待たせるかわからない。ゆえに、一旦ここで別れた形だ。

そしてミラは、マリアナ達が乗る馬車を見送った後、ロウジュが用意した方の馬車に乗車した。

「して、話し合いの場はどこになるのじゃろうか」

馬車にはミラとロウジュ、そしてミレディア。車窓から見える景色が動き出したところで、ミラはそう質問した。

相手は、軍団長だ。場所によっては、ロイヤルな茶菓子などが出るかもしれないと期待する。

「このまま術士団の訓練棟に向かおうと思う。折角の機会なのでね。言葉のみならず、術技も交えて語り合えた方が色々と理解も深まるはずだ」

「……ふむ、確かにそうじゃな」

ロイヤルな茶菓子は期待出来そうにないが、その分ロウジュの召喚術を直接分析出来るチャンスはありそうだ。

それもまた悪くない。ミラは、そう納得する。

と、そんな短い会話を交えつつ馬車に揺られる事、数分。

何故かミレディアが、窒息しそうなほどの緊張を浮かべていた。

その原因は、隣のロウジュだろう。何やら徐々に緊迫した空気を放ち始めたのだ。

いったい何事か。何かあったのか。と、そう思ったところだった。

「ミラさん、少々ぶしつけにお伺いするが、実際のところミラさんがダンブルフ様の弟子であるというのは、本当ですかね?」

と、どこか重々しい顔つきのままに、ロウジュがそんな質問を投げかけてきた。

やはり一流の召喚術士として、その真偽が気になるのだろう。

その名声もあってか、自身に箔をつけるため、ダンブルフのみならず九賢者の弟子を名乗る偽物はちょくちょく現れるという話だ。

今のミラは精霊女王だ何だと、色々な功績も積んでいるため、よりそれっぽい実力は示している。

だが、それだけでダンブルフの弟子かどうかという証明にはならないのもまた事実。

「うむ、わしの召喚術は、正に直伝じゃな」

ミラがダンブルフの弟子であるというのは、もちろん真実ではない。そもそもダンブルフ本人が、その身分を隠すために都合のよい立場として弟子を名乗っているだけなのだから。

とはいえ、その真実はそれこそ国家機密だ。ゆえにミラは今も、初めの頃にでっちあげた弟子という設定をそのまま使い続けている。

「なるほど、なるほど。本当にダンブルフ様の弟子であると──……」

ミラの言葉を受けたロウジュは、更に厳しく真剣な目でミラをじっと見据えた。

そしてそのまま、少しだけ間を空けて「では、一番弟子が誰かについては、聞いているかな?」と口にした。

一番弟子。つまり彼は、ダンブルフの最初の弟子は誰かと聞いてきたわけだ。

(と、言われてものぅ。そもそも弟子など……そうか──! これはもしや、試されておるな!?)

誰かと言われても、弟子をとった覚えなど一度もない。だが彼の口ぶりは、一番弟子がいるという前提が込められていた。

いったいその質問にどんな意図が。そう考えたところで、ミラはその質問の狙いに思い至る。

これもまた、本物かどうかを見極めるための試験であると。

中々に疑り深い性格のようだ。とはいえ、それも仕方がないかもしれない。九賢者の弟子を名乗る偽物は今、以前に比べてかなり減っているという話だからだ。

理由は、何といっても九賢者が帰還したからであろう。これまでとは違い、今はすぐにバレてしまう状況だ。

しかしそこには一つ空きがあった。そう、ダンブルフについては、まだ表立って帰国は公表されていないのである。

ゆえにロウジュは、そこを突いてダンブルフの弟子を騙っているのではないかと、そんな疑いを抱いているのだろう。

だからこそ、こんな引っかけ問題のようなものを、わざわざ持ち出してきたわけだ。

そこに気づいたミラは、それはもう自信満々に答えた。

「一番も何も、わし以外に弟子はおらんぞ!」

きっと偽物だったなら、ここで中途半端な答えを口にしていたところであろう。聞いた気がするが忘れたとか、名前までは聞いていないとか、何なら他の弟子について聞いた事もないとか。

結局のところ偽物に言えるのは、そのくらいのものだ。

けれどミラは違う。誰も弟子にした覚えはないからこそ断言する事が出来た。それはダンブルフ本人が言うのだから間違いのない答えだ。

「なん……──!?」

これ程ミラが明確に答えるとは思っていなかったのか。ロウジュの顔に、明らかな動揺が浮かんだ。

ミラの真偽を見極めようかという鋭い目は直後に見開かれ、困惑が交じると共に少しずつ様変わりしていく。

また、その変化と同時に、ロウジュが纏う雰囲気も何やら不穏なものへと変化し始めていた。

「ちょっと馬車酔いしちゃったかもー……」

その気配をいち早く察してか、ミレディアが走る馬車から逃げ出そうとするも、すぐロウジュに捕まった。

鬼気迫るロウジュの腕だが、それでいて初対面の婦女子と二人きりになるわけにはいかないと、そう語っている。

実に紳士的な対応だ。けれど彼の目の方は、その真逆にあった。

(答えは間違いないはずなのじゃが……なぜこれほどまでに睨まれておるのじゃろうな!?)

ダンブルフに弟子はいない。ロウジュの問いには完璧に返した。その答えに間違いはないはずだが、不思議と彼からは敵視──というより憤怒や嫉妬にも似た感情が漂っていた。

「何やら不機嫌そうに見えるのじゃが、いったいどうした──」

「──どういう事だ!?」

何をどうしてそうなっているのか。さっぱり感情が掴めないと、その理由を問おうとした矢先にロウジュが叫んだ。

「いや、それはこっちのセリフじゃ!」

最早、何がどうしてどうなっているのかさっぱり読めないロウジュの真意。その理不尽ぶりに、いよいよ困惑し叫び返すミラ。

すると、ミラの言葉を受けて、ようやくある程度の平静を取り戻したのか、ロウジュがふっと息を吐き、そして告げた。

「私こそが、ダンブルフ様の一番弟子だからだ!」

直後、今度はミラの思考が停止した。

「……ん?」

グリムダート軍の術士団団長の口から飛び出してきたのは、予想だにしなかった言葉であった。

既に立派な身分であるため、箔がどうこうなどとは無縁といってもいいロウジュの立場。そんな男が、なぜそのような嘘を吐く必要があるのかミラには全く理解出来なかった。

だが同時に、彼からは不思議な自信が見て取れる。当事者であるミラが弟子などいないというのだから、それが真実だ。けれど何故かロウジュは、嘘偽りなどないと誇らしげであり、それこそ一番弟子である事を心から確信している様子であったのだ。

(なぜここまで……)

ミラは、だからこそ彼の自信がどこから来ているのかが気になった。そして、何故そんな嘘を吐くのかが気になった。

「わし以外にもいたとは初耳じゃが、よければその経緯などを詳しく聞かせてもらってもよいじゃろうか?」

三神国の団長という立派な肩書の人物が弟子ともなれば、むしろダンブルフの方にも利益がありそうな気すらする。だが、勝手に弟子を名乗られるというのも落ち着かない。

と、詳細を求めたところ、それこそロウジュは自信満々に一番弟子となった当時の出来事を語ってくれた。

グリムダート軍の術士団団長ロウジュが、自らをダンブルフの弟子だと名乗っているのは、過去の出来事が大きく関係していた。

以前、まだミラがダンブルフだった頃のある日、アルカイト王国でグリムダートの特使団を迎えた事があった。

そしてロウジュは、その内の一人だったそうだ。

「あの頃は、私もまだまだ世間を知らぬ若造だった──」

当時のロウジュは、二十を超えたあたり。まだ若い年頃だが、それでいて当時の召喚術事情でも己の腕で武具精霊を打ち倒し、召喚術士としてスタートをきった生粋の武闘派だったという。

だからこそというべきか、ダンブルフが確立させた最初の武具精霊契約方法には、不満を抱くところがあったそうだ。正面から向かい合い、己の力で正々堂々に打ち倒してこそであると。

「あの時、私はただ強さばかりしか見ていなかった。召喚術の未来や、これからこの道に続く事になる若い召喚術士達の事については、まったく考えていなかったんだ。ただ努力が足りないと、そんな主観のみでしか見れていなかった」

そのように過去の自分を振り返ったロウジュは、ダンブルフと出会った事で、その考えを大きく改める事になったのだと話す。

あの日に初めてダンブルフと会い、召喚術の未来について、そしてそのために何を成せるのかという想いを聞き、それを実現しようという強い信念を目の当たりにしたロウジュは、何よりもその実力に感銘を受けたそうだ。

「ダンブルフ様が提唱していた、新たな召喚術の契約法。私は、召喚術士に不得手な近接戦技術を不要とし、それを磨くための努力を怠る事を正当化しているのだと思っていた。しかし、実際はまったくの別だ。何よりもダンブルフ様は、その近接戦においても、私ごときでは足元にも及ばない域にあったのだから」

打倒武具精霊のために磨き続けてきた剣の腕。召喚術士でありながら、そこらの剣士にも負けない強さを誇っていたロウジュは、その瞬間に自分の世界の小ささを思い知ったのだと笑った。

(グリムダートの特使団……。あ、あー、そういえばそんなイベントがあった気もするのぅ。で、何かやたらとふてぶてしい青年に絡まれたような……)

そこまで大事ではなかったため記憶に朧げな部分もあったが、どことなくぼんやりと当時の出来事を思い返すミラ。

召喚契約は、己の力で勝ち取ってこそ。そうして選ばれた者にだけ、召喚術は与えられる。反則染みた方法でその間口を広げるダンブルフのやり方は邪道が過ぎる。そんな方法を薦める召喚術士など、高が知れる。

(と、確かそんな感じの言葉を並べておった気がするが、あの時の青年が、こんな立派になっておったとは。やはり三十年は長いものじゃのぅ)

当時、そのように喧嘩を売ってきた若き頃のロウジュを完膚なきまでに転がしまくったのは、今から三十年前になるわけだ。しかも召喚術のみならず接近戦でも圧倒してみせたとあって、当時のロウジュのプライドはズタボロだったであろう。

「あの日、ダンブルフ様の教えを受けた事で、私は己の膨れ上がった自尊心に気づけたんだ。そして、最もくだらない考えを抱いていた事を痛感させられた。自分が苦労したのだから、続く者も同じように苦労すべきだと、そんな自分勝手な考えを押し付けているだけだった事にね」

その時の経験があってこそ今がある。それこそ自分を見つめ直し、本当の強さとは何かを考える貴重な経験になったと、ロウジュは染みじみと語った。

「なるほどのぅ。そのような事があったのじゃな……」

記憶では、面倒な奴に絡まれた程度の出来事だった。しかし、とりあえず役に立ったのならよかった。若干苦笑しつつも、いい方向に転んだようだと安堵するミラ。

しかし話は、それだけで終わらない。

「そしてあの時、感銘を受けた私はダンブルフ様に告げたのです。是非とも私を弟子にして下さいと!」

続きロウジュは、そんな事を言い出したのだ。弟子として召喚術の指導をお願いしたいと、彼はそう精一杯に懇願したという。

「なぬ!?」

これに驚いたのは、当事者であるミラだった。なぜならば、そんな事を言われた覚えなど一切なかったからだ。

だが困惑するミラをよそに、ロウジュは更に続ける。

「そしてダンブルフ様は、こう答えた。今日だけでよければ、指導しようと。そう! 一日だけだが私を弟子にして下さったのだ!」

是非とも弟子にという願いは聞き入れられた。つまりそれこそ自分がダンブルフの弟子である証だと、ロウジュは感嘆とした顔で告げた。

(んん? 待て待て待て。確かに、どうすれば召喚術を上手く扱えるようになれるのか教えてほしい、というような事は言われたはずじゃが、弟子がどうこうまでは聞いた事も承知した覚えもないのじゃが!?)

ロウジュの言葉通り、あの日の青年に召喚術の指導をしたという記憶はあった。だが弟子については、まったくといっていいほど把握していない部分であるのも間違いない。

ロウジュの思い出とミラの記憶。ロウジュが口にしたという言葉と、ミラが聞いた言葉。

いったいどういう事か。そこには、不思議な差異が生じていた。

とはいえ、この世界では三十年も前の出来事だ。単純にロウジュが、その思い出をそれとなく美化してしまっているだけかもしれない。

「ところで当時は──」

ゆえに少しだけ探ってみたミラだが、ロウジュにとってのあの日は、それこそ人生の中でも特別な出来事だったとあって、ダンブルフと交わした言葉だけは今でも詳細に覚えているとの事だ。

つまり、弟子云々という言葉も確かに口にしていたという。

ミラにとっては、絡まれたので思い知らせたら何か尊敬されたので、ちょっと召喚術の手ほどきをした程度のやり取りだった。

けれど、なおも語るロウジュによって、その日から変化した彼の歴史が次々と明かされていった。

いわく、その時の体験こそが今の団長としての自分の根幹を形作っていると、そうロウジュは誇らしげに告げたのだ。

(ぐぅ……そこまで言われては、記憶違いじゃろうと切り捨てられんぞ)

ロウジュの言っている事が正しいのかどうか。その真偽はどうであれ、彼の人生に多大な影響を与えた出来事であったのは確かなようだ。

流石に責任が重過ぎると困惑するミラ。

そんなミラに対して、ロウジュは更にこれまでの歴史を語っていく。

ダンブルフの言葉を胸に刻み帰国した後、その言葉と信念に違わぬよう、そして何よりも弟子として恥ずかしくないよう、これまでの思い上がりを全て捨てたというロウジュ。

更に日々を律して、いつかはダンブルフにも認められるくらいの召喚術士になれる日を目指し、ひたすらに努力を続けてきた。

その結果、術士団団長という役職を賜る事が出来た。そんな今があるのは、誰よりも先を行くダンブルフの背を追いかけてきたからこそ。そうロウジュは、しみじみと呟いた。

「そ、そうか。色々大変だったのじゃな……」

何と言葉を掛ければいいのか。ダンブルフのままであったのなら、きっと彼の努力に報いる事も出来たであろう。

けれど今のミラのままでは、気の利いた言葉も浮かばない。しかも彼の人生を変えた責任感もあって、単純な感想を返すだけで精一杯だった。

だが今のミラの立場は、そんな偉大なダンブルフの唯一の弟子だと名乗る存在だ。

それもあってか、まるで火に油を注いだかのようにロウジュの勢いは増していく。

「私は、多くの者達に認めてもらえる立場になった。けれど私が一番に見てほしかった師匠のダンブルフ様は、未だに行方知れずのまま! なぜだ!?」

誰よりも何よりも、一番に認めてほしい者がいない。疑問と嘆きに満ちたロウジュの叫びは、それだけに止まらない。これまでの鬱憤を吐き出すかのように、彼は更に言葉を連ねていった。

「あれからもう三十年。九賢者の方々が帰ったと聞き、私も我が事のように喜んだ。しかしなぜそこにダンブルフ様の姿がないのだ!? そればかりか、私以外の弟子が現れたなどという噂までも流れる始末! しかもアルカイト王国では、その噂が真実のように周知されているではないか! いったいどういう事か! ダンブルフ様に確認したというのか!? というより、ダンブルフ様と連絡がとれるというのか!? ならばなぜダンブルフ様は戻っておられないのだ!? ああ、もどかしい!」

一気にまくし立てるロウジュの言葉は、そのほとんどが憤慨に満ちていた。けれど、そこには同時に悲嘆も見え隠れしている。

辛く悲しい気持ちが怒りに変わっているのだろう。感情を吐き出し終えたロウジュは、「何故なんだ、ダンブルフ様」と、ぐったり首をもたげて落ち込んだ。

「お……ぉぉぅ……」

ダンブルフを、ここまで尊敬してくれているなんてと喜ぶ反面、ミラはその高過ぎる熱量にドン引きしていた。

なおミレディアは、もう直ぐにでも帰りたそうな顔をしている。

と、そうして何とも言えない空気になったところで、光が差し込んだ。訓練場に到着したらしく、馬車が停止したのだ。

「ミラさん。折角なので召喚術について語り合う前に、互いの力を確認し合うというのは如何かな」

御者がドアを開いた時だ。悲しみとも怒りともとれない、平静を装った表情で、ロウジュがそんな提案をしてきた。

だが装いながらも、隠す気はなさそうだ。挑戦的というよりは、もうバッチバチにミラをライバル視している目だった。

どちらが真の弟子か、そしてどちらが一番弟子か、弟子としてどちらが相応しいのか勝負だと、その全身で語っている。

(……これはもう、受けないと引き下がってくれぬじゃろうなぁ……)

見た目だけなら、団長という肩書に相応しい立派な軍人然としているロウジュ。だが今は、それこそ親を取り合う駄々っ子のそれにも似た雰囲気が滲んでいた。

こうなってしまっては厄介だ。

(グリムダート式の召喚術について色々と聞き出したかったのじゃがのぅ……)

このようにライバル視されていては、素直に明かしてくれるだろうか。

などと考えたミラは、その直後にふと思い至った。

(……ん? ならばむしろ好都合ではないか?)

ただ召喚術について語り合うよりも、存分に召喚術を行使してやり合った方が早く、得られるものも多いのではないかと考えたのだ。

しかも相手は、三神国の軍団長レベルだ。普通に考えて、そう簡単に手合わせ出来るような相手ではない。

弟子云々については面倒なところだが、それ以外については願ったり叶ったりですらある。

「うむ、わかった。受けて立とうではないか!」

ミレディアが狼狽える中、ミラはここぞとばかりに、その勝負を受けるのだった。