軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

549 思い出の寝所

五百四十九

扉の先に広がっていた、真っ暗闇の空間。そこに足を踏み入れたミラは、少し先にいるメルフィとアナスタシアを見つけて駆け寄る。

「他はまったく見えぬのに不思議じゃのぅ」

空や地面どころか自分自身すら真っ暗で何も見えないが、二人の姿だけははっきりと見える。

何がどうして、こうなっているのだろうか。ミラがその謎に好奇心を抱いたところ「それはですねぇ──」と、メルフィが得意げに答えてくれた。

いわく、それもまたメルフィの権限によるものだそうだ。祭の境界において、彼女はどのような環境下であっても特定の対象を認識しやすく出来るという。

つまりここに来た死者は、何をどうしようとも死神メルフィからは逃れられないわけだ。そして今は、それぞれがはぐれてしまわないように調整しているとの事だった。

互いに視認出来るため、三人は暗闇の中でも問題なく先へと進む事が出来た。

なお、メルフィがどうにかこうにか説得したのだろう。今にも駆け出して行ってしまいそうではあるが、アナスタシアも大人しくメルフィの後に続いていた。

「この辺りだったはずです」

暫くの間ひたすらに歩き続けたところで、遂にメルフィが立ち止まった。彼女が言うに、リーズレイン関係の何かがこの傍にあるそうだ。

はたしてそれは寝床なのか、それとも彼の許に続く扉のようなものか。どういったものかについては、最初から分からない状態だったとメルフィは言う。

しかも気配が希薄になっているため場所もなんとなくで、最初から辛気臭い場所だった事もあり詳細に確認した事はなかったらしい。

「何とも骨が折れそうな話じゃな──」

こんな何も見えない真っ暗闇の中で姿形もわからない何かを探すなど、困難極まる難題といえよう。だが今は、そんな障害をものともしない頼れる存在がそこにいた。

「いえ、まだもう少し先ですね」

ミラが期待を込めて見やったところ、アナスタシアは事も無げにそう言い切った。もはや確信した顔で進行方向先へと目を向けている。

これも愛の力だというのか。精霊王達ですら検知出来ないというにもかかわらず、むしろ近づいてきた事で更に明確に感じられるとアナスタシアは叫ぶ。

もうここまで来たのなら、後は彼女に任せてしまった方がよさそうだ。ミラとメルフィは顔を見合わせるなり、そう頷き合い彼女に告げた。ではお先にどうぞ、と。

「リーズレイン様ー!」

解放されたアナスタシアは、迷いなく一直線に駆け出していった。

愛を辿り突き進むアナスタシアを追いかける事、数分。遂にアナスタシアの足が止まった。

「もしや、この辺りか?」

そう声を掛けながらミラは無形術で明かりを灯す。だが僅かに晴れた暗闇の中に、それらしいものは見受けられない。

けれどアナスタシアが何かを感じているのは間違いない。ではいったい、彼女は何に反応したのだろうか。

次は、どうしたものか。そう見守っていたところ、アナスタシアが再び動き出す。

そして何もないところに歩み寄っていったかと思えば、そっと手を上げて正面の空間に触れる。

直後だ──。

ふわりと、まるで暗幕が風にさらわれるかのように、真っ白な神殿がそこに現れたではないか。

「まあ、これは!」

それを目にした瞬間、アナスタシアは懐かしげに目を細める。

「なんとまた……」

「まさか、こんな神殿があったなんて……」

対してミラとメルフィは、目の前のそれを見上げながら驚嘆する。暗闇に閉ざされた空間に、これほどの輝く神殿が隠されていたのかと。

その規模もまた相当であり、一目見ただけで、圧倒的な荘厳さに心を奪われてしまうほどだった。

それこそ、かの地上にある神殿跡にも並ぶほどに大きそうだ。

と、ミラがそんな感想を抱いたところ、それが正解であると精霊王らの声が響いてきた。

いわく、目の前に聳える神殿は、かつてアナスタシアが巫女として勤めていた神殿にそっくりだそうだ。

(つまり……)

そのようなものがここにあるという事は、目的のリーズレインは、この中に。と、驚嘆しながらも、いよいよかと気を引き締めていたところだ。

正面の大扉が開いたかと思えば、アナスタシアが神殿の中に駆け込んでいく姿が見えた。実に迅速で躊躇いのない行動力だ。

「何となくですが、無理矢理にでも起こしてしまいそうな気すらしてきますね」

「……確かにじゃな」

リーズレインがどれほど深い眠りについていたとしても、彼女ならば何が何でも目覚めさせてくれるかもしれない。アナスタシアの勢いには、そう感じさせる何かがある。そんな幻想までも抱き始めた二人は、それでいて正反対に突き進んでしまう事も憂慮して、急ぎ彼女の後を追った。

神殿の内部は、複雑な造りになっていた。けれど内部構造は当時と同じようで、アナスタシアは一切の迷いもなく突き進んでいく。しかも像や絵画の前でちょくちょく立ち止まっては、「ああ、リーズレイン様」と悦に入った声で囁き、勢いを増していった。

『外観はあの頃のままであったが、内部は随分と違うな』

『ええ、本当に。なんだか彼と彼女の想い出博物館みたい』

そんな事を話す精霊王とマーテル。どうやら両名が言うに、神殿内に関してはアナスタシアが暮らしていた頃とは、まったく違うそうだ。

事実、神殿でありながらも神にまつわる要素は皆無。シンボルマークの一つすらも見当たらない。

だが代わりに、無数の像や絵画の類が飾られていた。しかもマーテルの解説によると、それらは全てが過去のリーズレインとアナスタシアの幸せだった頃が表されているようだ。

(一見すると罰当たり感が強いが、だからこそなのかもしれぬのぅ)

現状を見て最初に受けた感想は、神聖な場所をここまで魔改造するなんて、といったものだった。

人の感覚からしたら、正に罰当たりである。だがリーズレインにしてみれば、巫女であるアナスタシアを神に奪われた形だ。ゆえに、その意趣返しの意も含めて当時の神殿を再現し、その中を思い出に染め上げたのかもしれない。

(……まあ、それは流石に陰気過ぎるかのぅ)

いくら何でも考え過ぎか。ただ単純にアナスタシア所縁の場所として、この神殿を選んだだけだろう。そう裏事情を考える事を止めたミラは、ただリーズレインの目覚めだけを念頭に置き、次の部屋へと足を踏み入れた。

「これまた急に一般的じゃのぅ……」

「ここは……礼拝堂でしょうか」

そこは、これまでで一番大きな部屋だった。メルフィの言うように、きっと礼拝堂に当たる場所だったのだろう。

しかし改築された今は、それこそ一般家庭の家にでも迷い込んだような錯覚すら覚える造りになっていた。

奥にはキッチンダイニング、そして手前にはリビング。広さだけで見ると一般のそれとは比べ物にならないが、本来の礼拝堂にありそうな荘厳さや神聖さといったものが完全に塗り潰されている。

「ああ、素敵!」

精霊だ巫女だなんて関係ない。何でもない普通の生活を送れたなら。そんな願いがこめられているのか。アナスタシアも、何気ない暮らしに憧れていたようだ。生前には叶わなかった夢に思いを馳せて、その部屋を見回している。

しかし、それも束の間。神殿内で最も広いこの場所にリーズレインはいなかった。それを確認し終えたアナスタシアは、そこで何やら集中し始めた。

より強く、より深く、リーズレインと結んだ愛の絆を辿ったりでもしているとでもいうのか。

詳細は定かではないが数秒後に両目を見開いた彼女は、「そこはもしや……!」と呟き「ああ、リーズレイン様ったら!」と悶絶しながら飛び出していった。

「なんていうか、なんじゃろうな……」

「これも大事なお勤めのため!」

いよいよ、ひたすらに惚気られているかのような鬱陶しさを覚えつつも、ミラとメルフィは、これも必要な事なのだと呑み込んで追いかける事しか出来なかった。

そうしてようやくたどり着いたのは、一番端の方。神殿における主要な施設などは一切存在していないという場所だった。

幾つもの扉が並ぶ廊下。その扉の一つを開いたアナスタシアは、すっと正面を見据え、朗らかに微笑んだ。

「ああ、リーズレイン様。ようやく、お会い出来ました」

震える声で囁いたアナスタシアは、ゆっくりと扉をくぐっていく。

遂に、この時がきた。異空間の始祖精霊リーズレインは、そこにいる。

顔を見合わせ喜び合ったミラとメルフィは、アナスタシアが入っていった扉から中を覗き込んだ。

リーズレインが眠る場所とは、いったいどれほどのところなのだろうか。そんな興味も抱きつつ確認したそこは、何でもない小さな部屋だった。しかもアナスタシアの姿しか見えず、肝心なリーズレインの姿がどこにもないときたものだ。

「むぅ……いや、あれは……」

だが、じっくりと念入りに目を凝らしてみたところ、窓際の辺りにほんの僅かではあるが、なんとなくといった程度に人影のようなものが見えるような気がする。

あれは果たして気のせいか、それとも。アナスタシアが歩み寄っていく姿を見守りつつ、更に集中するミラ。

『ああ、間違いなくリーズレインだ!』

『遂にこの日がきたのね!』

どうやら、今にも消えてしまいそうなその人影のようなものこそがリーズレインのようだ。精霊王とマーテルのはしゃぎようからして間違いない。

特に両名は、この世紀を越えに越えた再会に興奮気味だ。

深い眠りについているのか、今にも消えてしまいそうなその人影に反応はない。

固唾を呑んで見守るミラ達。もう完全に認識出来ているのか。アナスタシアは、その人影の正面にしゃがみ込んだ。そして彼女が「リーズレイン様」と優しく呼びかけ、そっと手を差し伸べた、その時だ──。

それはまるで、突如訪れた春の芽吹きのようであった。アナスタシアの指先が触れると、花開くようにして鮮明な煌めきが波紋となって広がっていく。そして、透明なヴェールが春風に舞い上がるかのように、彼の姿が露わとなった。

そう、希薄で曖昧だったリーズレインが、ミラにもはっきりと認識出来るくらいの存在感を取り戻したのだ。

異空間の始祖精霊リーズレイン。その姿は、良く言えばミステリアス、悪く言えば陰気。第一印象としては、陰のある存在だ。

線の細い身体は生まれつきか、それとも引きこもっていたゆえか。どことない儚さを、そこに添えている。それでいて長い黒髪と端正な目鼻立ちは、目を引くほどに妖しく艶やかな美に満ちていた。

そんな彼、リーズレインを一言で表すとするならば──「何やら少女漫画に出てきそうじゃな」であった。

それこそ、絵に描いたかのような色男だ。このアナスタシアを、ここまで夢中にさせるだけはあると、大いに納得出来るだけの魅力がこれでもかと感じられる。

(……さて、ここからが問題じゃのぅ)

度を越えたイケメンという事もあって、若干の敵愾心が込み上がってきたミラであったが、ここは一先ず呑み込んで様子を窺う。

アナスタシアという存在に対して、大きな反応があった。やはりリーズレインの目覚めの鍵を握るのは彼女で間違いなさそうだ。

では、次にどうなるのか。どのような反応を示すのか。そして彼は、目覚めてくれるのか。

聖域の復興や転移についてなど、リーズレインに助力を願いたい事は沢山ある。だがまずは、精霊王とマーテルの悲願でもある彼の目覚めこそが一番大切だ。

ミラは愛だの恋だのにうつつを抜かすのは是非ともその後、目の届かぬところでお願いしたいなどと思いつつ展開を見守った。