軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

548 扉

五百四十八

「つまり私はもう……リーズレイン様の妻になっていたって事ね!」

リーズレインの力の結晶である獣と長い間共にいたため、その精霊力の影響で幽霊のアナスタシアは半精霊へと変化していた。

概ねそのようにわかりやすく説明したのだが、何をどこからどう思ったのか。アナスタシアは、もはや内縁の妻のようなものだといった勢いで歓喜する。

「うむ、そうじゃな。それで祭の境界に行く方法なのじゃが──」

そういう事ではないのだが、もうそれでいい。余計な言葉は口にせず、精霊王の提案を告げるミラ。

半分精霊になった事で、精霊としての生命を得たアナスタシア。かといってリーズレインについて伝えた後の彼女に、このまま地上で暮らせなどというのも酷な話だろう。

ゆえにこの場合は、もっと直接的な方法で連れていく方が早い。

その方法とは単純明快。またメルフィの大鎌で、祭の境界に繋げばいいだけだ。

ただそうするには、一つ懸念があった。

「──というわけでのぅ。メルフィ殿に大鎌を使ってもらうのじゃが、その大鎌は物騒な代物でな。もしかするとまた獣がメルフィ殿に襲い掛かるやもしれぬ。じゃから大鎌に害はないと言い聞かせておいてほしいのじゃよ」

死神の大鎌を前にした獣が、今のまま大人しくしていてくれるとは限らない。だからこそ予め、アナスタシアに獣の制御をお願いしようというわけだ。

「なるほど。任せて!」

今すぐにでも行きたいという想いに満ち溢れているアナスタシアは理解も早く、直ぐに獣を抱きしめて、そっと願いを告げた。

「今まで守ってくれてありがとう。私ね、リーズレイン様がいる祭の境界という場所に行きたいの。絶対に行きたいの。そして再びリーズレイン様と逢って、今度は誰にも邪魔されず思う存分に愛し合いたいの。この二人は、そんな願いを叶えてくれるんだって。リーズレイン様のところに連れていってくれるって。そのための道を開いてくれるそうだから、大人しく待っていましょうね。それで一緒に行きましょう。リーズレイン様の許に還るの。皆で一緒に幸せに暮らそうね。ずっとずっとずっとずっと──」

(怖っ……!)

アナスタシアの愛が重い。もしも依存先の獣がいなかったら怨霊にでもなっていたのではないかと思えるくらいに、愛を囁く彼女の様子は鬼気迫るものがあった。

あのように耳元で囁かれたりでもしたら、今度こそちびりそうだ。そう震えあがるミラは、それでいて彼女に寄り添い承知と頷く獣の姿を確認してからメルフィを見やる。

「では、いきますね」

獣も理解してくれたようだ。その堂々とした佇まいを目にしたメルフィは、掘り起こしたばかりの大鎌を土塗れの両手でしっかりと構える。

獣が飛び掛かってくる兆候はなかった。アナスタシアに寄り添ったまま、大人しく見守ってくれている。

これならば大丈夫そうだと判断したメルフィは、いざ、その大鎌を振るった。

その鮮やかな一閃は華麗に空間を斬り裂き、そこに祭の境界への入り口を開く。

(やはり、何とも不思議な光景じゃのぅ)

空間に出来る裂け目など、ファンタジーではよくある現象だ。だがファンタジーといえど、何かと特別感の強い現象でもある。しかもどこか別の場所に繋がっているともなれば、更に特別感は増し増しだ。

と、空間の裂け目に対して、そんな感想を抱いていたところ──。

「──リーズレイン様、今行きます!」

これ程の現象でも、もはや慣れたものなのか。真っ先に駆け出したアナスタシアは一切の躊躇もなく、そんな言葉を叫びながら裂け目に飛び込んでいった。

更には、追従するように獣も続く。

「躊躇いがないのぅ……」

「まあ、話が早くて助かりますけどね」

顔を見合わせたミラとメルフィはアナスタシアの勢いに呆れつつも、むしろここから先が本番だと気を引き締めて祭の境界に戻るのだった。

「あちらからリーズレイン様の気配が!」

ミラ達が祭の境界に戻った直後の事。アナスタシアは、またもそんな言葉を叫びながら、どこかへと飛び出していった。

それに対するメルフィの反応は「愛って凄いんですねぇ」というものだった。

実際、彼女が駆けていく方向にリーズレインが眠る空間があるそうだ。けれど距離は遠く、かなり存在も希薄になっているため、もはや今はメルフィも気配を感じ取る事が出来ないらしい。

だがアナスタシアは、勘ではなく確信で動いている。愛とはこういうものなのかと、メルフィはとても感心した様子だ。

「うむ、まあ、そうじゃな……」

確かに凄いがちょっと怖いと、ミラが正直な感想を抱いていたところ──。

「あ、ちょっとちょっと!」

メルフィが悲鳴染みた声を上げた。

いったいどうしたのかと振り向けば、原因がはっきりとわかる。なんと獣に騎乗したアナスタシアは、正面に並ぶ棚を容赦なくなぎ倒していたのだ。

死者達の記憶が収められた大事な棚だ。メルフィはこれ以上被害が出ないようにと慌てて駆け出し、ミラもまたこれは大変だと後に続いた。

「止まって止まって! もっと直ぐ行ける方法があるから!」

真っ先に追いついたメルフィは、必死な顔でアナスタシアの前に立ち塞がった。そして、何故止めるのかと鬼気迫る形相のアナスタシアを説得する。

これ以上の被害を出さないためにもメルフィは、早く行きたいのなら直ぐに引き返した方がいいと提案する。

祭の境界は、見ての通りにとてもごちゃごちゃとしており、更に目的地まではかなり遠い。

だがここは、異空間の始祖精霊であるリーズレインが創り出した場所。色々と融通が利きやすいため、中心部には要所要所に移動出来る門が設置されているという。

「リーズレインさんの近くに通じる門もあるので、そちらを使いましょう。その方が断然早いです」

これだけ広い空間を一人で切り盛りするともなれば、移動の時短は必須といえるだろう。そしてそんな仕組みが中央に、つまりは先ほど戻って来た場所の近くにあるそうだ。

「それは素晴らしいわ! そうしましょう!」

そう答えるのが早いか、踵を返したアナスタシアは怒涛の勢いで駆け戻っていった。

「ああー! 案内しますのでー!」

あのままでは、中央部までもひっくり返しかねない。そう危惧したメルフィは、こちらもまた風の如く迅速に追いかける。

「忙しないのぅ……」

行ったり来たりと慌ただしい二人に振り回されるミラは、文句を言いつつもそのまま引き返した。

その途中だ。倒壊した棚の傍に転がる箱を踏みそうになるも、大きく跨いでそれを回避したミラは、その箱に文字が書かれている事に気づく。

よく見るとそこには、『グリンズ・ローキッド 海賊』と書いてあった。棚に並べられていた箱のうちの一つのようだ。

『これはつまり……状況から考えると死者の名という事じゃろうか?』

ちょっと疑問に思ったのなら精霊王に聞いてみよう。そんな気軽な気持ちで問いかければ、精霊王もまた気さくに答えてくれる。『うむ、その通りだ』と。

ここに保管されている記憶は、メルフィによってきっちりと整理されているそうだ。見れば名前や没時の職業のみならず、出身地や親族といった情報までも補足として側面に書き込まれていた。

この祭の境界には、これまでに生まれ死んでいった全ての者達の記憶が、こうしてきっちりと管理保管されているのだ。

これは途方もないと、もはや想像も及ばないメルフィの仕事ぶりに感嘆するミラは、それでいて箱に書かれた海賊という文字を見つめながら、ふと思う。

そういえば海賊だったヴェイグの記憶も、この場所に保管されているのだろうかと。それを閲覧出来れば、より詳しく彼らの歴史を知る事が出来る。更には海の向こう側の大陸について、より詳しい事がわかるかもしれない。

さて、どうだろうか。また精霊王に聞いてみたところ、きっとどこかにあるはずとの事だった。

『──とはいえ、見つけたところでどうしようもないであろうな。これを閲覧出来るのは権限を持つメルフィだけだ。そして余程の理由でもなければ、頼んだところで許可はもらえないだろう』

あるはずだが、死者の記憶の閲覧は管理者であるメルフィのみにしか許されておらず、その許可についても、それこそ大陸規模の危機でもなければ下りないそうだ。

気になるから、などという程度ではまず無理というわけである。

「残念じゃのぅ」

この場所には、それこそ人類の叡智が集まっている。だが、それほどのものであるがゆえに厳しい制限がかけられているわけだ。

知識は、力だ。それを重々承知しているからこそ実に惜しいと呟くが、ミラはそれもまた当然かと納得した。

祭の境界の中央部。そこは棚のみならず多くの物品で溢れている。

精霊王が言うに、それらは死者達の特別な遺品との事だ。

だが本来、ここに来る死者に残されているのは記憶と魂のみ。当然ながら何も持ってはおらず、現世のものは下着一つも持ってくる事は出来ないらしい。

それでいて原因は不明だが、極々稀に物を持ってここに来る死者がいるそうだ。

そんな遺品は、だからこそこうして中央部にて封印管理されているという。

「早く、早く!」

「わかっています。急いでいますから、そこで待っていてくださいね」

そんな場所に少し遅れてやってきたミラが見た光景は、多くの遺品に埋もれた扉を発掘するメルフィと、その作業を急かすアナスタシアの姿であった。

「もしや、その扉がそうなのじゃろうか?」

並べられた棚の合間。そこにどんと木製っぽい扉だけが置かれているというのも不可思議な様子だが、相当に長い間、その扉を開けるような事はなかったのだろう。扉の前後すら塞ぐ形で多くの遺品が積み上げられていた。

「ああ、ミラさん。その通りです! というわけでして、ちょっとそちらも片付けてもらってよろしいでしょうか」

ミラが声をかけたところ、メルフィは正しくと答えながら扉の反対側にも積み上げられた遺品を指し示して答えた。

「うむ、承知した」

今の状態では、押す事も引く事も出来そうにない扉。ミラは、そのスペースを確保するために遺品の片付けを手伝い始めた。

(これは食器かのぅ? こっちはカバンじゃが軽いのぅ。空っぽじゃろうか。杖に鎧、剣と、武具も結構あるものじゃな。経緯からして特別そうじゃが見た限りはそう見えぬ。はてさて、どういったものなのか)

それこそ多種多様に及ぶ遺品の数々。ミラは扉前のそれらを片付けながら、これらは何か特別なのだろうかと観察する。だが特にそういった兆候は見受けられなかった。

ただ、歴史的に貴重そうなものなどもちょくちょく置いてあるため作業は慎重にならざるを得ない。ゆえにメルフィと二人で扉前を片付け切るのは、まだまだかかりそうだ。

ともなれば、急かしてくるだけのアナスタシアにも手伝ってもらった方が、などという気持ちでメルフィをちらりと見やったミラ。

メルフィは、その視線から察してくれたようだ。ただ、気持ちはわかると小さく頷いた後、アナスタシアとはまったく別の方向に目を向け、無言でそちらを示した。

見るとそこにも、多くの遺品が置かれていた。というよりは、遺品がバラバラに散乱していた。

他の場所は、色々と山積みにはなっているものの、省スペースで片付けられてはいるとわかるくらいには整理してある。けれどもその一角だけは、明らかに別だった。それこそ適当にぶん投げたかのような有様だったのだ。

(あー、既にというわけじゃったか)

ミラよりも先に到着した二人は、直ぐに片付けを始めていたようだ。けれどアナスタシアはリーズレインに早く会いたいがため、片付けというよりはその場からの排除を急いだ。

その結果が、あの散乱した遺品のようだ。

遺品を滅茶苦茶にされるとあっては、手伝いなど頼めない。結果メルフィはアナスタシアに待機してもらい、ミラにだけ手伝いを求めたわけだ。

今回の件が済んだ後、メルフィはあれも片付けるのだろう。そのように全てを悟り同情したミラは、少しだけ気合を入れて手伝うのだった。

頑張った甲斐もあってか、遺品の片付けは二十分ほどで完了した。扉の前後だけではあるものの、とりあえず開くだけなら申し分ないだろう。

なおアナスタシアは、既に扉の前でスタンバイ完了だ。そしてまだかまだかと足踏みしながら、急かすように振り返る。

こういった扉もまたメルフィだけが使用権限を持っているからだ。

「では、開きますね」

メルフィが両手をかざすと、扉が反応する。

一見するだけなら、それはただの木の扉でしかなかった。しかしメルフィの手に呼応した後に開かれた今は違う。そこには、ぽっかりと穴が開いていた。

「何やら真っ暗じゃのぅ。……これは、大丈夫なのじゃろうか?」

それは真っ暗な穴だった。メルフィが大鎌で開けたものとは違い、その先に何があるのかわからない状態だ。

はて、これは本当に目的の場所に繋がっているのだろうか。もしや長い間放置されていたため、どこかしらが故障とかしているのではないか。そうミラは疑いを抱く。

「はい、問題ありません。現在リーズレイン様の傍の空間は、その心の影響を強く受けている状態になっておりまして。もう随分と長い間、こうして闇に閉ざされたままなんです」

メルフィが言うに今よりもずっと昔は、それこそ祭の境界が出来たばかりの頃は、まだ黄昏時程度であったらしい。

けれど時が経つにつれて次第に闇が深まっていき、今では星の無い夜のようになっているそうだ。

『きっと、どれだけ待ってもアナちゃんが来なかったからでしょうね』

その変化は、悲しみに暮れて沈んでいくリーズレインの心そのものだろうと、マーテルが呟く。

それと同時だ──。

「ああ、リーズレイン様! 今、参ります!」

アナスタシアもまた、こんなにも待たせてしまったからだと思ったようだ。叫ぶや否や駆け出した彼女は、真っ暗闇なそこにまったく躊躇う事なく飛び込んでいった。

「ああ、また!」

祭の境界では、好き勝手に動かないでほしい。そう愚痴を零しながら、メルフィも慌てて後を追った。

「はてさて、どうなるものか。予想通りに目覚めてくれるかのぅ」

『きっと大丈夫よ。だってアナちゃんがいるんだもの!』

はたしてうまくリーズレインを目覚めさせる事が出来るだろうか。現状のあれこれを鑑みて少し不安になるミラだったが、マーテルは大団円を信じて疑っていないようだ。愛する者同士が再び巡り逢えたなら、きっとまた時は動き出すと。

(ようやっとここまできたのじゃからな。色々と頼むぞ)

そのアナスタシアの暴走ぶりが心配要因の大半ではあるが、唯一の可能性を持つ者が彼女である事もまた揺るぎない事実。

ミラは全てうまくいきますようにと祈りながら、扉を抜けた。