軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

542 精霊の依代

五百四十二

「いやはや、流石じゃのぅ」

「すっごいねぇ……」

「ああ、なんと素晴らしいマーテル様のお力!」

長老の若木を植え替え終えた翌日。朝食なども済ませてから様子を確認しにきたミラ達は、夜から朝にかけての成長ぶりを見上げながら驚いていた。

もう若木ではなく、一本の木といえるほどに成長していたからだ。マーテルが言うに、強くて太い根を伸ばすためには、力強く逞しい幹も必要だからだそうだ。

そして霊脈にまで届くような根にするには、それこそ数十メートル級にまで成長させなければいけないらしい。

(下地さえ整えてしまえばどうにかなると思うておったが、これは暫く掛かりきりになりそうじゃな……)

そんな事を考えながら、朝のマーテルエネルギーを長老の木に注ぎ込むミラ。

どうやら、一度だけで終わりとはいかないようだ。これから必要な大きさに成長するまでの間、朝昼晩とこれを繰り返す必要があるとの事だった。

つまりそれまでの間は、この場所から離れられないというわけである。

と、そういうわけでミラの荒野生活が始まった。

朝昼晩と長老の木の世話をして、その成長を見守り続ける。日に日に立派に育っていくその様は、きっとカグラもびっくりだ。マーテルとタッグを組んだミラがいれば、森林造りも飛躍的に進むであろう。

そして途中、そのような考えをマティも口にしたが、それはあまりお勧め出来ないというのがマーテルの答えだった。

今回は御神木としての素養のある木だからこそ、このような急成長にも耐えられたのだという。普通の森を広げるために同じような事をした場合、途中で無理をした反動が出てしまうとの事だ。

問題なく出来る範囲は、一番弱い時期となる芽吹きの手助けをする事くらいだそうだ。

更に数日。長老の木の幹は、直径にして十メートルを超えるほどに育った。高さも五十メートルに迫るほどだ。

その間に随分と荒野での暮らしにも慣れてきたミラ。というよりは単純に、いつもの調子に戻っただけともいえる。

初めはマティの生活スタイルに合わせていたが、途中から放棄。屋敷精霊で快適に寝泊まりし、だだっ広い荒野という場所を活かして、派手な召喚術の研究に勤しんだりしていただけである。

また毎日夜になると、マリアナに今日の進捗を話しつつ雑談し、安らかな気持ちで就寝。そして朝から長老の木を見守り、少しずつ聖域化に向けての準備を進めていく。

と、そんな生活を始めて一週間とちょっとしたところだ。マーテルから、完了という言葉が告げられた。

いわく、長老の大木の根の先が霊脈にまで到達したという。よってマーテルの力で成長を促すのは、ここまで。今日からは霊脈の力を利用して、成長と聖域化を進めていけるとの事だった。

「おお、遂にじゃな!」

本来ならば数百年はかかるところを一週間であるため、ようやくというよりはあっという間なのだが、更なる期待を胸に抱くミラにとっては一週間でもようやくだった。

『では、いよいよミラ殿にも紹介しよう』

長老の大木を前にして、今か今かと期待を顔いっぱいに浮かべるミラ。そして、これから何が始まるのかと緊張した面持ちのマティ達。

そんな皆の前には、長老の大木の枝と葉、そして土で作られた人形が置いてあった。ミラの背丈の半分程度の人形だ。

そしてミラは続く精霊王の言葉に従いながら、その人形に触れ、身体を通じて溢れてくるエネルギーを注ぎ込んでいった。

「おお……!」

「わわ!」

次の瞬間に起きた変化を前にして、ミラとマティは驚きの声を上げる。

「凄い……」

「これってもしかして?」

「こんな事が!」

精霊トリオもまた驚いた様子ではあるが、少し反応に違いがあった。ただただびっくりしたというよりは、まるで奇跡の瞬間を目の当たりにしたかのように、その変化を見つめていたのだ。

ミラ達の目の前で人形に起きた事。それは、目覚めであった。

ミラを通じて送り込まれた膨大な精霊力。それは瞬く間に人形へと定着し、ただの人形を精霊の器へと変化させたのだ。

つまりは、精霊が宿る事の出来る依代を半ば強制的に作ってしまったというわけである。

それは自然界では決して起き得ない事であり、どのような精霊であろうと──それこそ精霊王といえども不可能な事だった。

しかし現にそれは成った。

『まさか、あの時に話していた事が、このようになるとはのぅ』

『我も興味だけで研究していたが、このような場面で役に立つとはと驚いているところだ』

精霊の器となった人形。その根幹に使われている技術は、古代地下都市にてソウルハウルと再会した時に話した内容にあった。

当時のソウルハウルは、《幽世の牢刻》という禁忌の術を使った影響で上級の死霊術を使えなくなっていた。そしてそれは、禁術の反動を分散する器を無数に用意したからこそ、その程度で済んでいるという状態でもあった。

精霊王は、その反動を請け負う代わりに器の作り方をソウルハウルから学んだ。そしていずれは自身の手足として地上を楽しむための器を作るべく、精霊王なりに色々と研究していたわけだ。

その過程で出来上がったのが、この精霊の依代である。

精霊王が言うに、精霊ネットワークを介する事で接続すれば、以降は解除するまでそのまま操作が可能だという。しかも十全にとはいかないまでも、それなりに精霊の力も行使出来るそうだ。

つまりは、この精霊の依代を使い長老の大木と同調し、そこに流れる霊脈の力を制御しようというのが、この作戦の内容というわけである。

「えーと、初めまして……いや、久しぶりでいいのじゃろうか。わしの事がわかるかのぅ?」

だが、今回の件でミラが一番気になっている点は、何よりもこの依代に宿る精霊の方であった。

当初より、これを精霊王やマーテルが使い聖域を管理していくという案はなかった。神器の補助とするために始めた事ではあるが、最終的には大陸一の大聖域にまで育て上げるという目的がある。よって、その任に就く精霊は専属でなければいけないというのが精霊王達の考えだ。

そして丁度よく、その任に就けそうな精霊がいるという事で、今回こうして登場となった次第である。

葉っぱと木の枝と土で出来た人形は今、器となった事で大きく変化した。まるで少女のような、それでいて人形の面影も残る姿へと変貌している。

一見した印象は、球体関節のないドールといったところであろうか。

「上手くいったの……?」

「感じられる力からすると、問題ないように思えますが……」

姿は変わったが、動く様子がない。その状態を前に、成功したのか失敗だったのかと不安そうな表情のマティ。対してレムストリアは、そこに宿った確かな存在感に成功しているはずだと答える。

と、そうして皆が見守る事、十秒ちょっと。

「おおぅ!?」

かたりと音を立てて人形が立ち上がった。ただその挙動は自然な動きとは違い、それこそ糸に吊るされたかのように不自然なものであった。

正直なところ不気味にすら見える動きだったが、そんな気持ちを心の隅に寄せたミラは、カクカクと動き始めた人形を見つめ、「うむ、よいぞ頑張れ」と声援を送る。

精霊王の説明によると、慣れないうちは操作が難しいらしい。だからこそ、スムーズに動かせるようになるまでは暫くかかるという事だ。

『こんにちは。これから、よろしくお願いします』

若干たどたどしくも、しっかりと立ち上がった精霊人形は、そう言ってにこりとほほ笑んだ。

「凄い! こちらこそよろしくお願いします!」

これにいち早く答えたのはマティだ。これから進めていく聖域復興において、長い付き合いとなる精霊との出会いだ。マティの顔は、期待と希望で満ちていた。

「うむうむ、随分と元気そうで何よりじゃな」

操作に慣れていない事もあってか、ちょくちょく挙動がおかしくなり、時折変なポーズをとる事もある精霊人形。そして更に無理矢理制御しようとするものだから、じったんばったんと動き回る。

その姿は奇妙ながらも、見続けていると若干愉快になってきたミラは、やんちゃに思えるそれを元気な証拠だとして笑う。

『はい、元気になりました! 貴女様のお陰です! その節はありがとうございました!』

ミラが喜ぶと、精霊人形は踊るようにしながら感謝の言葉を並べていった。

そう、この精霊人形に宿り操作しているのは、ミラも知っている精霊だ。

今までの間、長期に亘り精霊王の許で治療に専念せざるを得なかったこの精霊は、キメラクローゼンによって改造され存在そのものを歪められてしまった、精霊キメラであった。

「わしは大した事をしとらぬよ。こうしてどうにか救えたのも、精霊王殿あってこそじゃからな」

当時出来たのは、精霊王の力を借りて精霊キメラと強引に契約を結び、その存在が壊れてしまう前に繋ぎとめただけの事。他に何か出来るような事はなく、その後の全ては精霊王に預けたままだ。

ミラは、ある程度の途中経過を聞いていたくらいである。

精霊キメラとなった者達の魂は、複雑に絡み合い異質な存在となってしまっているため、そのままでは『天ツ彼岸の社』に戻れない。ゆえに放っておいたら、朽ち果てる未来しかなかった。

だが正常に戻すには相当な時間が必要となる。そして魂のままでは、その時間に耐えられない。

ゆえに精霊王は、その魂と残った精霊キメラの力を使い、新たな精霊という形で転生させたのだ。

そうして新しく生まれた複合精霊の名は、リーシャ。魂に残された精霊格の中で、最も強く反応を示した者の名をその名としたそうだ。

今はまだ幾つもの魂が混じった状態だが、いずれはリーシャを残して解放する予定となっている。

と、そんな大変な状態ながらも今回の件については、それがうまい具合に働いた形だ。

無数の精霊の力が融合した、精霊キメラ。その力を根幹に持つ今のリーシャは、いうなれば複数の要素を司るマルチな精霊となっている。

秘められた力は始祖精霊にも迫るほど莫大であり、尚且つ木の精霊の素養も有していた。

ゆえに、これから大陸一を目指して広がっていく大聖域の大樹を支える精霊として、これ以上ないほどに適任だったわけだ。

『ちょっと初めてなもので手間取りましたが、無事に繋がりました!』

聖域の守護者兼、御神木の守り人としてのリーシャの初仕事。それは、長老の大木と同調する事だった。

これでリーシャは、長老の大木を通じて霊脈のエネルギーを自在に操る事が出来るようになった。つまりは聖域復興の準備が整ったという事である。

「ようやってくれた。これで後は、ぐんぐんと成長させてくれればいいだけじゃな!」

紆余曲折を経てこのような状態になっているが、何よりも一番の目的は、大陸最大の霊脈を活性化させるというものだ。

そしてその目的は今、半分が叶ったと言っていい。

これからリーシャは、長老の大木を更に成長させるために大量のエネルギーを霊脈から吸い上げていく予定だ。そうなれば消費が増えた霊脈に、自然とエネルギーが割り振られていく。

精霊王が言うに、まだ暫く時間はかかるそうだが、これでいずれは大陸最大の霊脈が再び活性化するそうだ。

いきなり大陸一の聖域を復活させなければいけないわけではない。まず必要なのは霊脈の使用率であるため、まずは第一段階クリアといったところだ。

「今でも凄いのに、ここから更におっきくかぁ。来年、再来年とかどうなっているんだろ! んー! 楽しみー! 楽しみ過ぎるよー!」

そわそわと落ち着かない様子のマティは、長老の大木を見上げながら何度も楽しみだと繰り返す。

また心なしか精霊トリオも、ワクワクとした面持ちだ。

精霊王の許から送り込まれてきた、まったく新しい精霊仲間。そんな彼女と協力して、どんな聖域を造り出す事が出来るのか。そんな未知に満ちた未来に、好奇心を疼かせている。

「うむ、わしも楽しみじゃな!」

当然ながらミラもまた、マティと精霊トリオにも負けぬほどの思いと期待を抱いていた。

大陸一の聖域の復興という偉業もだが、やはり何よりもそんな聖域に、どんな霊獣や聖獣が住み着いてくれるかが何よりも楽しみで仕方がなかった。

出会う事すら出来ないアレや、希少過ぎて見つけられなかったコレなど。まだ出会えていない契約相手が、そんな未来で待っているかもしれないのだ。

『ああ、盛り上がっているところ済まない。今後、大陸一を目指していくというのなら、少々注意しておかなければいけない事がある──』

と、ミラ達が大いに盛り上がっていたところだった。何やら不意に精霊王が意味深な言葉を投げかけてきた。

はて、何事か。何に注意する必要があるというのか。魔物などによる治安の問題か。はたまた、外交的な問題か。改めて考えれば、それはもう色々と面倒そうな事が山積みである。

だが、精霊王が告げた注意とは、もっと根本的なものであった。

いわく、今の状態のままでは何をやろうとも、大陸一どころか五位にも入れないと言うのだ。

『なんじゃと? 今後はリーシャと御神木の力で、ぐんぐん聖域が広がっていくのではないのか?』

まだ色々とやるべき事はあるだろうが、基礎は固まった。よってここから先は、努力と根性で広げていくだけだ。

そう思っていたミラは絶対に無理だと断言する精霊王に、その理由を問うた。それは何故なのか、そうであるならば何が足りないというのかと。

『原因は、リーシャだ──』

それが、ミラの問いに対する答えだった。

そもそも今ここにいるリーシャは、依代という人形に宿っただけの存在。つまり本体ではなく、その力を最大限に使えるという状態ではなかった。

そのため、ある程度まで聖域が広がると、リーシャが管理出来る範囲を超えてしまう。霊脈を活性化させるには十分だが、この聖域を大陸一にする事までは出来ないそうだ。

『ふむ、それならば初めからここに来てもらった方が早かった気もするのじゃが……わざわざ今になってそれを言うからには、やはり何か理由でもあるのじゃろうか……?』

依代のままでは、いずれ限界がくる。では既にリーシャが動ける状態であるのなら、最初から直接来てもらった方が手間も省けるというもの。

しかしそうはせず、更には最後の最後でその事を伝えてきた精霊王。そこに何かあると勘ぐってみれば、『その通りだ』と快活に答える精霊王の声が返ってきた。

なぜ、依代という形をとったのか。それについては、リーシャの力が大き過ぎるためというものだった。

今、精霊王とリーシャがいるのは精霊宮殿という場所。そしてそこは、禁忌に触れて抑えられなくなった精霊王の力が現世に影響を与えないよう隔絶するために用意された場所でもある。

そして今回、あろう事かリーシャの力が強過ぎた結果、この精霊宮殿の隔絶が彼女にまで働いてしまっているというのだ。

つまりリーシャは今、精霊宮殿から物理的に出られないのである。

『何ともまた、厄介な事になっておったのじゃな。とはいえ、その状況を聞くに、わしらではどうにもならぬように思えるが……』

その事実を明かされたとして、問題になっているのは精霊宮殿などという人知を超えた場所だ。自分ではどうする事も出来ないと、ミラは第一に思った印象を口にする。

『それが、ミラ殿にならば──いや、ミラ殿でなければ出来ない事があるのだよ!』

『そうなのよ、ミラちゃんだからこそ、この問題を解決出来る可能性があるの!』

ミラなら出来る。精霊王がはっきりと断言すれば、続いてマーテルの声までもがその後を押すように響いてきた。

その様子からして、また何となく念押しされている感を募らせたミラだが、『して、わしに出来る事とは何じゃろうか?』と、一応問いかける。

『リーズレインがいれば、この場所から異空間を通じて連れ出す事が出来るだろう』

やはりというべきか、リーズレインについての念押しであった。

とはいえ、大陸一の聖域という目標は、是非とも実現したいところである。加えてマティの願いやミラの願望など、この地には沢山の夢が埋まっているのも事実。

また、そこまで念押しされずとも、近いうちに着手しようとしていた案件でもある。

『ふむ、それならばこのまま次は、先日に判明した所縁の地とやらに行ってみるとしようかのぅ』

現時点において、この場所でやれる事は終わった。後は、霊脈が十分に活性化した頃を見計らって安全装置を設置するだけだ。

ただそれには、まだまだ時間がかかるのだが、なんとリーシャ本体を連れてこれたら、その時間も大きく短縮出来るだろうという事だ。

そしてそのために必要なのは、異空間の始祖精霊であるリーズレインの力。

と、そのようにミラが次の予定をリーズレインを目覚めさせる事に決めたところ、頭の中は精霊王とマーテルが歓喜する声で埋め尽くされていくのだった。