軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

541 お引越し

五百四十一

「さて、そういうわけでじゃな。わしの計画の始動と共に、お主達の研究もまた今日から次の段階に進んでもらうわけじゃが──折角じゃからのぅ。始まりの地であるここに、何か名前を付けたいところじゃな」

これから始まるのは、大陸一の大聖域を復活させるという計画だ。それ自体はミラ主導となるが、マティの研究と夢も組み込んだ形での進行となる。

ミラはマティの想いが込められた、そしてマティの想いに応えて生まれた森を見回しながら、そんな提案を口にした。

これから長老の若木を、聖域の中心となる地点にまで運ぶ事となる。そしていずれは、この森もまた聖域の一部となる日がくるだろう。だからこそ、特別な想いを込めての提案だ。

「始まりの地の名前かぁ。いいじゃん!」

「どうする? ねぇ、どうする?」

「ほら、マティ。決めて決めて!」

それは名案だと精霊トリオが囃し立てる。マティのみならず彼女達にしてみても、頑張って広げたこの森は特別なのだろう。「とびきりなやつをお願いね」と、丸投げしつつも期待だけはめいっぱいに込めていく。

「え!? えっとー、んー……」

急な重圧に戸惑うマティではあったが、思い入れは人一倍以上あり、その全てを背負って考え始めた。

「じゃあ、『揺りかごの森』とかどうかな……?」

うんうんと唸る事、数分ほど。くわっと目を見開いたマティは、その名を口にした。

長老の種が若木になるまで育った森、という意味を込めての『揺りかご』だそうだ。

「ふむ、よいではないか! では今後、この森を『揺りかごの森』と呼ぶ事にしよう。五十鈴連盟のトップがあれじゃから、どうなるかと思うたが、集った者達は問題なさそうで安心したわい」

ちゃんとした意味も整ったネーミングに感心した様子のミラ。どうやら五十鈴連盟の信念は継承しているが、センスの方までは汚染されていないようだ。

今よりも幾らか先の未来。聖域の一部となったこの森は、特別な意味を込めてその名で呼ばれていく事になる。

いつか、課外授業としてアルカイト学園の生徒達を聖域となったここに連れてくるのも面白そうだ。その時には、この森の名の由来について、とくと語るのである。なぜ、揺りかごというのか。そして聖域の大樹には、育ての親が四人もいたと。

「さて、それではいよいよ引っ越し開始じゃが……」

一通りの話も終わり、いざ長老の若木を聖域の中心に移動させようとしたところだ。

種のままであったなら問題はなかった。けれど今はこうしてしっかりと大地に根を張った状態だ。ここからどうやって運んでいけばいいだろうかと、首を傾げたミラ。

この場所は聖域に適した霊脈の流れる中心地よりも離れたところにあるため、聖域復興を目指すのなら移動は必須である。けれど切って運ぶなんてもってのほか。引っこ抜くにしても複雑に張り巡らされた根を綺麗に抜くなど至難の業だ。

(わしの仲間で、それが出来そうなものは──)

コロポックルには、ある程度樹木などを操る力がある。だが相手は若くても御神木だ。その力を御する事は出来そうにない。

ならば地の精霊ノーミードに頼もうかとも考えたが、ミラが我が子のように育てたノーミードの能力は、ぶっちぎりで戦闘寄り。根を傷つけずに掘り出すという繊細な技は持ち合わせていなかった。

「──ふむ、どうしたものかのぅ?」

こういった作業的な事になると、あまり適性がないと改めて思い知ったミラは、可能性を求めてちらりとマティ達に視線を送った。

何といってもそこには、地、水、花の精霊が揃っている。しかもマティと一緒に森造りをしていた精霊達だ。ともなれば、そういった能力を持ち合わせていてもおかしくはない。

「では、私にお任せを!」

案の定と言うべきか。そう一番に名乗りを上げたのは、地の精霊のアズラームだった。

ミラの期待に応えよう、というよりは、その背後に見え隠れする精霊王にいい所を見せたいという気持ちが勝っているが、それはそれ。

言うが早いか、直ぐ準備に取り掛かったアズラーム。その仕事ぶりは大したものであり、顔に浮かべた自信通りに見事な手際で長老の若木を掘り起こした。大地に張り巡らされた根を一切傷つけず、土でふわりと包んだまま宙に浮かせてみせたのだ。

しかも作業は、それで終わらない。今度はマティ達皆が熟練の技をみせつける。こういった植え替え作業には慣れているようだ。それはもう華麗な連携によって、瞬く間に長老の若木を移送用に梱包してしまった。

「いやはや、もう完全にプロじゃな……」

どことなく、のほほんとした研究者気質のマティとその仲間達。だが、この手の事に関しては流石としかいえないくらいに卓越していた。

「それじゃあ次は、船を持ってこないとだね」

「うん、取りに行ってくる」

長老の若木の移送準備は、ほぼ完了。後は船に載せるだけだとマティが言えば、今度は水の精霊シャンティーネが任せてくれと駆け出していった。

マティが言うに、船は苗木などを沢山運んだりする時によく使う方法なのだそうだ。

とはいえ、荒野広がる枯れた大地に船と言われても、直ぐにイメージし辛いもの。しかしその疑問は暫くしてから明瞭なものへと変わった。

「これはまさしく、精霊の成せる業じゃな」

その様子を言葉で表すとしたら、地を這う水風船に船が浮いているという感じであろうか。ミラは繊細な水の操作によって可能となったであろうそれを前にして、大いに感心した。

これならば荒野であっても、また地上であっても船を使う事が出来るわけだと。

それからマティ達は、梱包した長老の若木を船に載せると、「これでもう、いつでも安心安全に出発出来るよ!」と豪語した。

だがそれからほんの数秒の後に、「あ、やっぱりまだだった!」と何かを思い出したように訂正する。

何がまだだったのかというと、それは拠点においてある機材や物資などについてだった。

この揺りかごの森については、長老の若木がその力の大半をつぎ込んだだけあって、土壌から何からまで完璧に整っている。ゆえにこのまま自然に任せても問題ない状態にあった。

今後は時折様子を見に来るくらいで十分。よってこれからは移動先の方で、長老の若木の世話と研究をしていく事となる。

つまり、拠点の引っ越しも必要になるわけだ。

なお、新しい場所での拠点については心配いらないそうだ。そしてその言葉の通り、マティ達は慣れたように引っ越しの準備を整えていった。

表のテントは手際よく畳んで、別の船に積み込む。また地下にあったものは、大地がうねると共に全てが地上へと送られてきた。これもまたアズラームの力であろう。

そしてそれらも全て船に載せれば、引っ越し準備も完了だ。

「随分と慣れておるのじゃな」

ミラがそんな感想を口にすると、マティ達は得意顔で答えた。「もう、十回以上は繰り返しているからね」と。

何でも、その時その時の研究内容などに合わせて、拠点をあちらこちらに移しているらしい。だからこそ撤収と展開についてはかなり自信があると、マティ達は自慢げに笑った。

荒野の森を出てから数時間。道行は順調であり、時折遭遇する魔物もミラの前では脅威にならず、既に目的地まで残すは半分ほどとなっていた。

ミラ達が行くのは陸路である。空路も考えはしたのだが、今回運ぶのは御神木の若木という、非常に希少な植物だ。気温や気圧などの変化がどれほどのストレスになるかわからない。加えてマティ達の機材やら何やらの一式もある。アイテムボックスに入らない大きさのものも多いため、話し合った結果このまま陸路でとなった次第だ。

また何よりも地の精霊がいるため、いざという時は陸の方が対処しやすいのも一因である。

「どこまでも平坦なのが嬉しいところじゃな」

見渡す限りに広がり続ける荒野。あまりにも代わり映えがなく何もない景色が続くが、谷や崖といったものもほとんどないため、足がしっかりしていれば荒野を進む事も難しくはなかった。

「このくらいだと整地も楽でいいんだよね」

しかも今はアズラームもいる。ちょっとした凹凸くらいなどは簡単に除去出来てしまうため、ミラのワゴンは快適にその道を進めていた。

そして今回、ワゴンを牽引するのはロッツエレファスだ。しかも今回のロッツは特に乗り気であるのか、いつも以上に足取りが軽かった。

梱包された長老の若木が気になったのか、召喚早々、不思議そうに見つめていたロッツ。そんな彼にミラは、新しい聖域を復活させるために必要なのだと話した。その結果がこれだ。

楽園の守護者であるロッツは、以前ダンブルフに住処である聖域を復興させてもらっていた。だからこそ余計に思い入れがあるのだろう。次は、どのような聖域が復活するのか。そんな期待が彼の目には浮かんでいた。

張り切るロッツエレファスとアズラームのお陰もあって、移動は迅速に完了した。

ところどころで休憩も挟みながら進む事、十時間と少々。すっかり夜にはなったものの、ミラ達はこれからの聖域復興作戦の中心地となる手前に到着した。

「よう頑張ってくれたのぅ、ロッツや」

ここまで力強く駆け抜けてくれたロッツに礼を言うミラ。するとロッツは、とても輝いた目で長老の若木を見つめては、何かを期待するようにして振り返る。

「うむうむ、ここの聖域が復活して十分に成長したら一緒に見て回ろうか」

召喚契約による絆の成せる事か。ミラは何となく彼の気持ちを汲み取りそう答えた。するとロッツはとても嬉しそうに長い鼻を摺り寄せてくる。

ミラはそれを抱き留めながら、「ゆっくり休むのじゃぞ」と労い送還した。

「よし、後は運び込んじゃえば終わりかな」

とミラ達がそうしている間にもマティ達の作業は迅速に進み、引っ越しはほぼ完了していた。振り返って見てみれば、そこには既にテントが設営されている。そして今は、アズラームが地下に居住空間を造っているところであり、出来た端からマティ達が機材を搬入していく。

慣れたというだけあって、ミラが手を貸すまでもなく、ものの十分ほどで引っ越し前の状態がそこに復元された。

「それじゃあ、こっちも──」

続けてマティ達は、長老の若木を載せた船の移動を開始した。

もう夜も遅い時間だが、拠点の移設も完了したところで続きミラ達は更に先へと進んでいく。長老の若木を梱包したままにはしておけないからだ。

そして拠点を構えたのは、あくまでも中心地手前──大きな窪地の縁の辺り。長老の若木を植えるのは、かつては湖だったというその窪地のど真ん中だ。

「うむ、ここじゃな」

シャンティーネの力と船のお陰もあって、移動自体はそこまで時間もかからなかった。まもなくして大きな大きな湖の跡の中央に到着する。

「なんていうか……凄いところだね」

元々は巨大な湖の底にあたるためか、これまでの平坦な荒野と違い、一帯は隆起の激しい光景が続いていた。更には月明かりと無形術の光によって明暗がくっきり浮かび上がるものだから、まるで別の場所に迷い込んでしまったかのような印象すらある。

そのためか、マティが少し及び腰だ。アズラームにピッタリくっついている。

そして、だからこそアズラームは作業がしにくそうだ。今彼女は長老の若木を植え直すために渇き固まった地面を掘り起こし、耕している最中だ。

更にはシャンティーネが大地を潤し、レムストリアが最適な状態になるよう調整する。

多少の難はあれど、それもまた慣れたものなのだろう。精霊トリオの素晴らしいコンビネーションによって、長老の若木の新居もまた迅速に造られていった。

「完成しました!」

「かなり上手く出来た気がする!」

「これが私達の研究成果!」

アズラームとシャンティーネ、レムストリアの活躍もあって、長老の若木の植え替えは無事に完了した。更には、ある程度まで範囲を広げているため、ここから更に緑を増やしていく下地も出来ているとの事だ。精霊トリオは、かなりの自信作であると胸を張る。

「これは見事なものじゃのぅ。お陰で予定よりもずっと良い地盤が整った。これはわしも負けてはおれんな」

とはいえ状態としては、ただ植え替えただけに過ぎない。今のままでは広い荒野の窪地に木が一本生えているだけ。聖域の復興には遠く及ばない。

ゆえに、ここから先はミラの出番だ。というよりは、ミラとマーテルの出番というべきか。

「まずは、一番大事なところからじゃな──」

精霊王の加護を介してマーテルとの繋がりを得たミラは、その力が宿る手を長老の若木に向ける。

するとどうだ。まばゆい光と共に、マーテルの力が一気に解き放たれた。そして神々しさすら感じる輝きは、そのまま長老の若木に吸い込まれていく。

「今のって……?」

明らかにただ事ではないと目を見張るマティは、いったいその光はなんだったのか、そして次に何が起こるのかと注目した。

しかし、眩い光は吸い込まれるほどに小さくなっていき、やがて辺りは月明かりに照らされただけの光景に戻っていた。何かありそうな輝きだったにもかかわらず、これといった変化はどこにもなかったのだ。

はてと首を傾げるマティ。だが精霊トリオはというと──

「今の、私達と同じ力の波動だったけど……」

「でも私達よりずっと上位な……?」

「凄く懐かしい気配がしたよ!」

その光から始祖精霊の力を感じ取ったのか、一様に驚きを露わにする。その中でも花の精霊レムストリアは、特に敏感に反応していた。

「ミラさん! もしかして、もしかして……今のって、マーテル様の……!? 先ほど仰った専門家って……マーテル様!?」

レムストリアは植物の始祖精霊であるマーテルの直轄にある眷属だ。ゆえに先ほどの光から、より強くその存在を感じ取ったのだろう。

と、そう言われると同時にミラも気づく。そういえば精霊王との繋がりについては伝わっているが、その後に出会ったマーテルについては、まだ一度も話していなかったな、と。

「うむ、そうじゃ。そういえば、詳しくは説明しておらんかったのぅ。では戻りがてら、その辺りについても話しておくとしようか──」

そう思い出したミラは、番のためのホーリーナイトを配置すると、そのまま今日の仕事は完了したと歩き出す。そして、マーテルがいるという事だけでなく、今後に繋がっていく聖域復興計画の概要についても同時に説明した。

「えっと、つまりあと幾らか経ったら根っこが霊脈にまで届くと……」

ミラの説明は、丁度拠点に戻る頃に終わった。

聖域復興計画の第一段階。先ほどミラがした事は、長老の若木にマーテルの精霊力を注ぎ込み、霊脈まで根を伸ばすだけの力を与えたものだった。

道理で一見しただけでは変化が見られなかったと納得したマティは、ちらりと窪地の中心に目を向けて、いっぱいの期待をその顔に浮かべた。長老の若木が大きく成長を始めて嬉しいのだろう。顔には、喜びに加えて安堵の色も交じっていた。

「目標達成まで、全力で任務にあたらせていただく所存でございます!」

また、特に気合が入った者がもう一人。そう、レムストリアだ。直下の眷属にとって始祖精霊という存在は、やはり特別なようだ。マーテルが深く関わっている計画とあってか、より一層やる気が込められている。

「それは頼もしいのぅ。マーテル殿も心強いと言うておるぞ」

「光栄です!」

ミラがそう伝えると、レムストリアの顔にはますますの熱意が滾っていく。相当な大仕事になるであろう大聖域復興作戦だったが、思った以上に頼りとなる味方が出来たようだ。