軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

525 ワントソよ永遠に

五百二十五

フローネの年末年始ドッキリについて、一通りの話し合いは終わった。後はソロモンにうまい事伝えて準備をしてもらうだけだ。

「ところでね、考えたの」

一先ず用事はここまでかと、ミラが席を立とうとした時だった。フローネが不意にそんな言葉を口にしたのだ。

「……ん? 考えたって、何をじゃ?」

どうにも言葉の意味と流れが読めないミラは、そのまま疑問で返した。

するとフローネは「前に中継基地がどうこうって話したでしょ」と、呆れ顔で答える。どうやら以前に通信装置で話した内容についての続きらしい。

「あー、その事か」

いくら何でも、先ほどの流れからいきなり切り出されてもわからない。そう苦笑するが文句も言わず上げかけた腰を下ろすミラ。

フローネのこういう部分は今に始まった事ではないと理解しているからだ。

「術具を仕掛けてくるんじゃったな」

ゆえにミラは慣れたように頷きながら当時の会話を思い返していた。

十万メートル上空できっちり停止している中継基地に、特殊な術具を仕掛けたいと言っていたフローネ。そして今度会った時に、それを渡すとも言っていた。

なるほど、そういう事かと合点がいったミラは、その術具を受け取るぞと手を差し出す。

だがそこで、フローネがまさかの言葉を口にした。

「でね、考えたの。じっじに任せるんじゃなくて、私も行きたいって」

いったい何をどう考えたというのか。術具を預けるのではなく、自分で直接行くのが早いという答えに至ったそうだ。中継基地に仕掛けるのも、自分の手で行うのが安心確実だと。

ただフローネの考えは、それだけではなかった。何よりもアンドロメダという人物に直接会ってみたいというのが、そう思った一番の理由だそうだ。

「また急じゃのぅ……。とはいえ、どうしたものじゃろうな。お主ならば問題なく入れてもらえるじゃろうし、アンドロメダ殿ならば、お主に興味を持ちそうじゃ。しかし、向こうに赴くのは来年になってから。年末ドッキリを仕掛けた後は、お主の状況が今より随分と変わるはずじゃからのぅ。九賢者として帰国という形になれば、今と同じようには動けなくなる。果たしてその状態で、あんな遠方まで簡単に行けるかどうか──」

対してミラは、冷静に現実的な状況を口にした。

フローネの計画が予定通りに進めば、新年の幕開けと共に九賢者の一角が帰還と、それはもう怒涛の勢いで大陸全土に知れ渡る事となるだろう。

建国祭の時の熱もまだ冷めやらぬ中、重ねての大ニュースだ。しかも、最強と呼び声の高い『超常のフローネ』である。その注目度といったら、予想も出来ないほどだ。

ゆえに、そんなフローネが帰国したとしたら、まず間違いなく彼女を取り巻く環境は大きく変わるはずだ。

特に、天空城であっちこっちを自由に飛び回る事など確実に不可能である。たとえソロモンが許したとしても、他国がそれを許すはずがないからだ。

小国ならば単騎で落としてしまえるような人物が、城と共に空を飛び回るなど、もはや脅威以外の何物でもない。今の時点ですら、バレたら国際問題間違いなしの状態なのだから。

「とりあえず行くとしても、一度国に落ち着いてからじゃな。時間はかかると思うが、お主の希望とあらばソロモンが色々と都合してくれるじゃろう。中継基地行きには間に合わぬじゃろうが、アンドロメダ殿に会いたいというだけならば、いずれどうにかなるのではないか?」

とはいえ、その先は外交次第だ。自由に動くのは難しいが、不可能というわけではない。色々と下地を固めて交渉すれば、歩く人間兵器な九賢者でもそれなりに動けるようにはなるのだ。

「むぅ……それじゃあ遅過ぎるよ、じっじ」

ミラが口にしたのは現状の説明と無難な提案ではあったが、あまりお気に召さなかったらしい。

しかしながら現時点で考えられるのは、この程度が限度である。

「あと出来るとしたら、今回のドッキリを見送るくらいじゃのぅ」

今仕掛けようとしている年末年始ドッキリ。これを取りやめれば、フローネを取り巻く環境は今のままだ。こっそり日之本委員会に行けるだろうし、話を通せばアンドロメダにも会えるはずだ。

ミラとしては、限定不戦条約が失効される前までに帰ってくれれば問題ない。ゆえに年末ドッキリを見送れば、共に行くのも十分に可能だった。

「それも、やだ」

だがフローネは、とても不満そうであった。ドッキリを仕掛けるならば、やはり年越し祭りの真っ只中が最良であると譲らぬ構えだ。

実際のところ年末年始以降は、特にこれといったイベントはない。つまり年越し祭りを見送った場合、何でもない普通の日にドッキリを仕掛けなくてはいけないわけだ。

フローネいわく、それでは意味がないという。何かしらで大盛り上がりしている中で刺激を与える事が最も効果的なのだと、何やらわかったような自分論を語る。

本当にそうなのか、そうではないのか。定かではないが、彼女はそのタイミングを譲る気は毛頭ないようだ。

「となれば、向こうに行くのは諦めるしかないのぅ。その辺りはもう色々と難しいのでな。わしでは責任がとれぬ」

何だかんだで仲の良い間柄だ。出来る限り融通してやりたいところではあるが、ミラ個人としては限度があった。国のいざこざといった話になってくると、今の立場ではそこまで大きくは出られないのだ。

ゆえに選択肢は二つ。年末ドッキリをするかしないかだ。

「むぅ……。じゃあ、諦める。代わりに気合を入れて皆を驚かせる!」

結果フローネは、ドッキリの方を優先した。何といってもこの日のために長年かけて準備してきたのである。だからこそ一時の感情に任せてこれを延期など出来ないと、より強く意思を固めた様子だった。

「ふむ、わかった。確かに預かったぞ」

日之本委員会に行きたいというフローネの思い付きは取り下げられたが、他は予定通り。ミラは以前に話した術具を受け取り、その設置法などを詳しく聞いてから、これをアイテムボックスに収納した。

そうして一通りの用事が済んだところで──

「さて、わしもちょくちょく手を借りたい時などがあったのでな、そろそろワントソ君を送還してもよいか?」

少し窺うようにしながら、ミラはその言葉を告げた。

これまでフローネの機嫌をとるため、また見張り役という意味も兼ねてフローネに預けていたワントソだが、いよいよ彼女の帰還が決まった今、その役目も完了というわけだ。

だが、極度な犬好きのフローネである。ワントソが帰ってしまうとなったら、どのような凶行に走るかわからない。けれど、このままというわけにもいかないため、万全の注意を払いながら様子を探る。

「うん、わかった」

フローネの返事は、まさかの即答だった。ワントソが帰ってしまうというのに、まったくといっていいほど気にした態度もなく、お好きにどうぞといった顔だ。

「そ、そうか? ならばよいのじゃが……」

あのフローネからワントソを引き離す。これを無事に行えるかどうか、どのようなすったもんだが発生するかと不安でいたミラは、思わぬほどのあっけなさに肩透かしを喰らった気分だった。

とはいえ、幾つも予想していた面倒な事態にならずに済んだ事を今は喜ぶべきだろう。そしてフローネの気が変わらないうちに、済ませてしまうのがいい。

そう考えたミラが早速ワントソを送還……しようとした直前──。

「あ、でも送還じゃなくて召喚解除の方にしておいて」

と、そんな事をフローネが言い出したのだ。

送還と召喚解除。この二つには、大きな違いがあった。

送還は、召喚状態を解除すると共に、召喚前の場所へと送り返す方法だ。

対して召喚解除は、そのままの意味となる。つまりは送り返さず、その場で召喚状態を解除するというもの。

「これこれ、何を言うておる。そんな事をしたらワントソ君が家に帰れなくなるではないか」

なるほど、そう仕掛けてきたか。気にしていない素振りは、さりげなくワントソの退路を断つためのポーズだったのか。

フローネの狙いを察したミラは、召喚術士のプロである自分に対して、しょうもない誘導を仕掛けてきたものだと呆れたように笑う。

「それなら大丈夫。こっち」

考えている事は、まるっとお見通しだ。そんな顔のミラに対して、フローネは、どことなく余裕があった。それこそ勝者の如き微笑みを浮かべながら、こっちだと歩き出す。

いったい彼女は、何を企んでいるというのか。何を仕掛けたというのか。

謎の自信に溢れたフローネを不審がりつつも、ミラはその後に続いた。

「なん……じゃと……」

フローネに案内された先にあったもの。彼女が、なぜあれほどまでの自信を浮かべていたのか。なぜそれほどまでの余裕を見せていたのか。

その答えは、そこにあった。

ミラの目の前に広がるもの。それは、クー・シーの村だった。

まだ小さな集落といった状態ながらも、立派な生活圏がそこに整えられつつある。

その村に並ぶ小さな家々。クー・シーのサイズに合わせて造られたその一軒から住民一名が飛び出すと、ミラの姿を目に留めるなり駆け寄ってきた。

「オーナー殿、お久しぶりですワン!」

そう、ワントソだ。家から出てきたという事は、つまり彼はもうこの村の住民になったという事でもあるのだろう。

だからこそ、フローネが余裕そうだった理由が判明する。

つまり送還がどうこうなど関係なく、もうワントソが帰る家はフローネの庭の中なのだ。

「いやはや、どうなっておるのやら……」

ワントソを抱き上げたミラは、困惑したようにクー・シーの村を一望した。

すると、その経緯から何からまでをワントソが教えてくれた。

いわく、以前に約束した通り、一度フローネをクー・シーの村まで案内したのだそうだ。

その際のフローネの反応については、「察してほしいですワン」というワントソの言葉でだいたい把握出来た。

問題は、その後だ。

何かと好奇心旺盛なクー・シー族というだけあって、フローネの空飛ぶ島に多大な興味を持つ者が複数名いたという。

そこでフローネが、ここぞと提案したわけだ。この大きな空飛ぶ大地に、クー・シー族の空村を作ってみるのはどうだろうかと。

それは彼らにとって、実に魅力的な提案だった。加えてこの島には危険な生物や魔物の類が存在せず、更に住民の精霊や亜人達は皆が親切。そして何よりも、島の主が超がつくほどのクー・シー贔屓ときたものだ。

若干面倒な部分はあるものの、ここまでくれば彼らにとって十分に楽園と言える。

よってこうして、まずは第一陣という形で村の移住計画が始まったとの事であった。

「うまくやりおったものじゃな……」

「くふふふふ……」

騙してなどいない。それこそきちんとプレゼンした結果、クー・シー達の気持ちを動かして合法的に村造りまで至った次第。

何よりも彼らが自ら選んだというのなら、もうミラが文句など言えるはずもない。だからこそフローネは、勝ち誇った態度をしていたわけだ。

「ならば仕方があるまい。では召喚解除にするとしよう」

フローネの言う通りにするというのも少々癪だが、この状況を見せられては仕方がない。

事実、島主の性格に難はあるものの、害があるわけではない。また何より土地的に優良物件である事は変わりないのだ。

と、そうしてミラが召喚解除をしようとしたところ──。

「お待ちくださいオーナー殿。吾輩は、解除ではなく送還でお願いしますワン」

はて、どうした事か。ワントソ本人が、そのような事を言い出したではないか。

「え、ワントソ君!? なんで!? 送還だと向こうの村に戻っちゃうでしょ? お家はここにあるんだから、解除の方がいいよ?」

これに慌てたのはフローネだ。この島は空高くにあるため、当然ながら送還してしまえば、もうワントソが単独でここまで戻ってくるのは不可能。

当然それを理解していないはずがないのだから、ここでのワントソの言葉は、お別れを意味する事となる。

「長い間、お邪魔しましたワン。あの家は仮住まいとしていただけですので、後で会議室に改装される予定ですワン。移住の指導員としての役割は一通り終わり、吾輩はそろそろお暇しようと思っていましたワン。後の事は残る仲間達が対応するので、よろしくお願いしますワン」

新天地、そして冒険の最前線になるだろう、クー・シーの空村。その建立について礼を言ったワントソ。

どうやら最初から、ワントソだけは今までの村に帰る予定だったようだ。

今回は、血気盛んで冒険心に溢れた若手の半数が、この空村に移住する事となった。

そのため、若手が抜けたクー・シーの村は何かと労力不足になるだろう。だからこそ知恵を絞って問題を解決していくというのが、次のワントソの目標という事だった。

「うむ、お主がいれば、きっと大丈夫じゃな。ご苦労じゃったぞ、ワントソ君や」

そういう事ならば、確かに心配もありそうだ。けれどワントソの知恵と知識があれば、きっとどうにかなるだろう。また、もしも何かあれば頼ってこいとミラが言えば、「ありがとうございますワン!」と嬉しそうに答えるワントソ。

「ワントソ君……」

そんな彼を狂おしいほどに惜しむ目で見つめるフローネ。急な別れに頭がついてきていないようだ。『もう帰さない』という呪いじみた気配が彼女から漂ってくる。

「フローネ殿、お世話になりましたワン。ここで沢山学ぶ事が出来て、吾輩も少し成長出来た気がしますワン。このような素晴らしい機会と素晴らしい出会いを頂き、ありがとうございましたワン」

ワントソはフローネに対し改めるようにして、きちりと向き合い深々と頭を下げて礼を言った。

フローネの趣味が多分に集まった不可解な島ではあるが、だからこそ、ここでしか学べない事や知れない事が沢山あったのだろう。ワントソの表情は、その言葉通りに多大な感謝で溢れていた。

「う、ううん……その、ワントソ君が喜んでくれたのなら嬉しいかな……」

純粋なワントソの言葉。それが心に響いたのだろう。直後、毒々しい雰囲気を纏っていたフローネから、その毒気が消えていった。

しかもそれだけに留まらない。「落ち着いたら、また学びに来てもいいですかワン?」とワントソが続ければ、フローネが「いつだって大歓迎だからー!」と涙ながらに抱き着いて頬を摺り寄せ別れを惜しんだのだった。