作品タイトル不明
516 逃れられぬ約束
五百十六
「とりあえず食堂で数日分の飯を貰ってから出発じゃな!」
まず初めに向かう場所を決定したミラは、その前に食料の補充をしようと思い立つ。大陸の東西南北を巡るとなったら、一週間以上はかかるためだ。
途中、食事のため村や街に寄るという方法もあるが、今回は迅速さを重視したミラ。なお、和食恋しさというのも食堂を選んだ理由の半分だったりする。日之本委員会の食堂だけあって、その和食の充実ぶりは他の追随を許さぬほどだ。
「さて、食堂は──」
肉じゃがと味噌汁に納豆、そしてカレーは絶対に確保だと意気込みながら踏み出した──その時だった。
「ミラさん、約束しましたよね」
研究室の出入り口となるそこの前で、じっと佇んでいた男。そんな彼が、すれ違いざまに声をかけてきたのだ。
「約束じゃと……?」
いったい何の事か。何を言っているのかと振り向いたミラは、その男の顔を確認した直後に戦慄した。
この研究室にやってきてからここまでは、ほんの一時間そこそこだ。けれどその間に怒涛の出来事が繰り広げられたため、彼の存在はもう記憶の彼方となっていた。
しかし、こうして改めて対面した事で、ミラの脳裏に当時の記憶が甦る。
ミラはその男に見覚えがあった。そして、何となく約束した事も思い出していく。
男の名は、ハイドボーガ。そう、戦う女性を最も美しく見せられるのはビキニアーマーであるなどと主張し、本気でビキニアーマーを開発している変態が集う開発室の室長だ。
約束とは、室長達を対象に緊急招集がかかった際の事だろう。本来は室長しか入れなかった招集場所にミラが入れたのは、このハイドボーガが口添えをしてくれたからだ。
そしてその時に交わした約束の内容とは、口添えをしてくれる代わりに試作のビキニアーマーの試着について 考えてみてもいい(・・・・・・・・) というものだった。
「ああ、うむ。約束じゃな、約束。そうじゃったな、約束したのぅ。もちろん覚えておるぞ。……じゃがのぅ、よーく考えてみたが、やはりあれはちょっとのぅ。流石のわしでもちょいと難しそうじゃなという考えに至ってな。そして何よりも、安全装置の設置個所調査という重要な仕事が出来たのでな。心苦しいが、他を当たってくれるじゃろうか。わしなぞより、もっと使いこなせるものがおるはずじゃからな。うむ」
ハイドボーガが持ち出してきた約束について、ミラは当初に予定していた通りの回答を口にした。
考えておくとした上で、考えたけど無理だったと答える。よくあるそんな断り方を、ミラは完璧に実行したわけだ。
「そんな……何でなんですかミラさん! 騙したんですか!? 試着してくれるって言ったじゃないですか!?」
「いやいや、あの時わしは、ちゃんと考えておくと言っただけじゃ。試着するなどとは一言も言っておらん。で、こうして改めてちゃんと考えた結果、やはりあれは無理じゃなぁ、という結果が出たわけじゃ。残念ながらのぅ」
約束したではないかと縋りついてくるハイドボーガに対し、ミラは沈痛そうな表情を浮かべながら、これは仕方がないのだと思ってもいない事を口にする。
世の中は広い。探せば、快く引き受けてくれる女性もどこかにいるだろう。最後にそんな言葉をかけたミラは、悪女然とした立ち振る舞いでハイドボーガに背を向けて再び歩き出した。
と、それから数秒したところだ。何やら背後から嗚咽交じりのすすり泣く声が聞こえてきたではないか。
「ぐぅぅ、あんまりだぁ。ようやく……ようやく理想のモデルが見つかったと思っだのにぃ。うう……ぐぐぅ……。なんでだよぉ……こんなのってあんまりじゃないかぁ。どうして、どうして誰も着てくれないんだよぉ……」
それは、彼らが変態だからである。ゆえに見捨てて行こうとするミラだったが、ふと思い立ち止まって振り返る。
そこにあったのは、打ちひしがれた野良犬のようにむせび泣くハイドボーガの姿。同志達と男のロマンを追い求め、けれど理解してくれる相手(女性)と出会えず途方に暮れた、憐れな男の姿であった。
「……よいか、ちょっとだけじゃからな」
呆れたように苦笑したミラは自然と引き返して、そう声をかけていた。
実に馬鹿な男である。けれどその馬鹿さ加減については、ミラもまたよく知るところだった。どうしようもなく下らない事でも、エロのためなら必死になる。それが男というものだ。
また、何よりも女性達には理解されないであろう彼らの趣味嗜好に対して、ミラには多少なりとも理解出来る部分があった。
ビキニアーマーは、イイ。
ゆえに今回のミラの判断は、いわゆる未来への投資という意味も含まれたものだった。
「ありがどう、ミラさん! 本当にありがどう! ごれで、ごれでようやく先に進めまずぅ!」
「わかった、わかった。もうよい、もうよい」
聖地の調査に行く前だが、ハイドボーガがあまりにも憐れ過ぎた事もあり、ミラは先にそちらを済ませてしまう事にした。
そして研究室に向かう道中、もう何度目になるかわからない感謝の言葉に、いったいどれだけ彼らが女性陣から拒絶されてきたのかと憐れみつつ、ミラは本当にこれでよかったのだろうかなどと考え始めていた。
そんな気持ちの中、鍛冶工房に到着してサークル部屋に再び戻ったところ、男達は女神の再臨だと涙を流して喜んでいた。
その時にミラは思う。この悲しきモンスター達をどうにかしないと、と。
「ふむ。で、これを着ればよいのじゃな」
ハイドボーガが室長を務める鍛冶工房の一角。ビキニアーマーに思いを馳せる職人達が集うサークル部屋にて、その試作品を受け取ったミラは、「で、どこで着替えればよいかのぅ」と辺りを見回した。
状況によっては、この場で着替えてもよかった。だが流石のミラも今回ばかりは、ギラギラとした男達の目に拒絶感を覚えた。ゆえにどうしたものかと口にしたところ、その言葉を受けた男達が立ち上がるなり迅速に動き始める。
そして、そこらにあったあれやこれやを上手い事組み合わせて、あっという間に簡易的な小部屋を作ってしまったではないか。
「こちらでどうぞ!」
カーテンを開くと、そこは見事に整えられた更衣室になっていた。
「いやはや、急ごしらえとは思えん出来栄えじゃな……」
一畳ほどの広さがあるため、着替えるには十分なスペースだ。加えて棚なども用意されているので、着替えを置くなどと使いやすい造りになっている。
屋根は無いので上からは丸見えだが、中が見える角度に人が立てる空間もないため、そこは気にしなくてもよさそうだ。
「ではな、ちょいと待っておれよ」
ハイドボーガ達にそう告げたミラは、しっかりとカーテンを閉めてから隙間がないか確認した後、改めて更衣室を見回した。
(その場にあったものを色々と組み合わせたのじゃろうな。継ぎ接ぎ感満載じゃが、造りは驚くほど頑丈じゃのぅ)
ちょっと言っただけで、これだけしっかりした更衣室をあっという間に組み立ててしまうとは。あまりにも変態という欠点はあるものの、技術の方が間違いなく一級品だと再認識させられるミラ。
(ふむ……とにかく、まずは着てみるとしようかのぅ──)
そんな技術の粋を集めて作られたというビキニアーマー。話を聞いた限り相当な性能であったが、はたして実際は如何ほどか。そう少しだけ期待を抱き始めたミラは、さてどんなものかと服を脱ぎ、それを身に着けていった。
ただ、男のロマンが詰め込まれたそれの際どさはかなりのもので、そのまま着ただけだと、下着がところどころからはみ出てしまっていた。
「流石にこれは、不格好じゃな……」
そう判断したミラは一度裸になってからビキニアーマーを着け直す。
するとどうだ。男ならば誰もが憧れるビキニアーマースタイルの完成だ。
「──驚くほど身体が軽いのじゃが!?」
しかも一式を身に着けた事で、完璧にビキニアーマーの女──少女戦士となったミラは、その違いを感じて素直に驚嘆した。
まず身体能力が、一気に跳ね上がった事が体感だけでわかる。まるで身体が羽根のように軽く感じられたのだ。それこそ少し跳び上がれば、そのまま天井までいってしまえそうなほどの感覚である。
では、実際はどうなのか。感覚ばかりで判断せず、ミラはまずそれを試してみる事にした。
「とうっ!」
幸い、更衣室に天井は無い。ゆえにミラは思うままに跳躍した。いつもならば仙術を応用して跳ぶのだが、今回は純粋な身体能力のみだ。
「おおっ!?」
体感は半分正しかった。ミラの身体は軽々と宙を舞い、一瞬で更衣室から飛び出したのだ。
そしてもう半分は間違っていた。思った以上に能力が上昇しており、十メートルはあろう高さの天井にまで、ミラの身体は跳び上がる。
それでいて強化された身体能力は、その状況にも対応出来るだけの性能を秘めていた。ミラは天井に衝突する寸前で両手を着いて勢いを殺し、次はそのまま重力に任せて落下していった。
一方、少し前のハイドボーガ達は、更衣室に入っていったミラを見送った後、緊張した面持ちで閉められたカーテンを見つめていた。
そして数秒が経過したところで、そこから微かに漏れ出し始めた衣擦れの音を耳にした直後、声なき歓喜を全身で表した。
遂に、この時が。いよいよ、夢にまでみた光景が。ハイドボーガ達は更衣室の中を妄想しながら、万感の想いを込めてそれを待つ。自分達が心血を注いで作り上げたビキニアーマーを身に着けた美少女の降臨を。
そして次の瞬間、何かが更衣室の中から上に飛び出していったかと思えば、唐突にその時がやってきた。
夢が、願いが、理想が、彼らの目の前に降臨したのだ。
「十分いけると思うたが……ここまで問題なく着地出来るとはのぅ、驚きじゃな」
十メートルもの高さから落下したミラは、そのまま何事もなく着地していた。魔力以外は普通なミラの身体の場合、仙術技能などを利用しなければ間違いなく大怪我をしていた高さだ。
けれどビキニアーマーを身に着けた今、両膝をクッションにする事で全ての衝撃を吸収しきれていた。しかもこの調子ならば、もっと高い所からでも問題はなさそうだと感じられるほどであり、ミラはこれが戦士クラス達の感覚なのかと実感する。
特にフィジカル面に長けた上位の戦士クラス達にとっては、このくらいの高低差などあってないようなものだったのかと。
「おお……なんと神々しいお姿……」
と、ミラがビキニアーマーの性能に驚いていたところだ。ふと見ると、それこそ女神を崇めるように跪くハイドボーガ達の姿がそこにあった。
華麗に舞い降りたビキニアーマーの女神。ハイドボーガ達は、そんなミラの全身を余すところなく見つめ、凝視し、目に焼き付けながら感涙していた。今目の前にある光景は、彼らの夢を更に超えたものであったからだ。
程よく主張する胸元は優しく包み込まれ、申し訳程度に縁取る金属製のアーマー部分が、肌との境界線をより際立たせている。
そしてハイドボーガ達が一目で信徒化した一番の理由は、やはり何よりも守る気などなさそうな下腹部だ。
あまりにも完璧な身体の線。深すぎず浅過ぎないローライズ具合はミラの身体との相性が抜群であり、更にはそこからすらりと伸びる太腿は、もはや芸術的ですらある。
それが、ハイドボーガ達が初めに感じた感想だ。
「……それで、何かしら実験するのじゃろう。いつ始めるつもりじゃ?」
ありがとうございますと口々に感謝を述べては平伏すハイドボーガ達。数分にも及びその調子が続いたところで、いよいよ面倒になってきたミラは、さっさと用事を済ませるようにと告げる。
「ああ、重ね重ねありがとうございます! 準備の方は完璧に出来ておりますので、こちらへお越しくだされば幸いです!」
恍惚とした顔で深く一礼したハイドボーガは恭しく立ち上がるなり、丁寧な仕草で部屋の片隅──何やら機材が色々と置かれているそこへ誘導するように歩き出した。
ビキニアーマーの性能実験。それ自体は、とても順調に進んでいた。
色々な計測器が並ぶ中でハイドボーガの指示に従い、飛んだり跳ねたりと動き回るミラ。
どの程度の効果があるのか。どれ程の事が出来るようになるのか。どの程度まで耐える事が出来るのか。様々な実験が行われていく。
(あり得ぬくらい高性能じゃな……)
全力で走っても僅かに疲れる程度。鎧を着けたかかしを素手や素足で殴ったり蹴ったりしても痛みはなく、それどころか徐々にかかしが壊れていくほどだ。
バリアスキンの耐久性は素晴らしく、Dランクの魔物相手ならばダメージを気にせずに攻めていけるほどの強度であった。これならばAランクが相手でも、ダメージ軽減効果を期待出来る事だろう。
「お身体に負担はありませんでしたでしょうか!?」
「着心地とか、気になるところはありましたか!?」
様々なテストが完了し、多くの貴重なデータを得る事が出来た。そう喜んだハイドボーガ達は、実験を終えるや否やドリンクを手にミラへと駆け寄っていった。実際に着てみて体感したビキニアーマーの性能はどうであったかと。
ただそれは、半分建前だ。彼らは、お疲れ様ですさあどうぞとドリンクを差し出しながら、近距離でビキニアーマー姿のミラをちらちらと覗いていた。大変、欲望に素直な男達だ。
「うむ、驚くほどに身体が軽かったのぅ。しかし、身体が軽過ぎて、ちょいと制御が大変でもあったな──」
細かい事など気にしないミラは、それよりもビキニアーマーの性能の方に興味が向いていた。
実験の結果で色々判明した事。それは職人魂を全てつぎ込んで生み出されたというこのビキニアーマーは、性能を総合して評価するとしたらレジェンド級の一つ前、ヒーロー級に匹敵するかもしれないという事だ。
しかも、それほどまでに身体能力を増幅出来る仕組みが、この下着さながらなビキニに詰め込まれているのだ。これは、とんでもない可能性といえるだろう。
それを実感したミラは、だからこそ真剣に感想を述べた。
身体能力のみが上昇するため、慣れないうちは自分本来の能力との差に振り回されそうだという事。
また、その能力を活かして激しく動いた場合、アーマーに使われている金属部分が肌に擦れて気になるとも伝える。
実際に、今のミラの身体には擦れて少し赤くなっている部分があった。ミラは、これが証拠だといった態度で見せながら「ほれ、これ以上続けていたら痛くなってきたかもしれんな」と続ける。
「……対処……します……!」
参考のためである。そんな態度で赤くなったそこを凝視するハイドボーガは、神に誓うような面持ちで力強く頷いた。
他にもミラは、バリアスキンの防御効果は、そのまま攻撃にも活かせそうで面白いなど称賛してから、いよいよ総評を口にする。
「この性能で下着ならば、大人気間違いなしじゃったろうな」
これまでの全てをひっくるめてミラが出した答えが、それだった。後はもう、バリアスキンが他の服と干渉しないように調整出来れば、もしかすると女性冒険者の全てがこの下着を身に着ける日が来るかもしれない。それほどの可能性を秘めていると、ミラは絶賛する。
だが今のままでは難しい。何といっても、このビキニアーマーからはハイドボーガ達の期待と欲望が滲み出ているからだ。
ハイドボーガ達が作ったビキニアーマーには、戦う女性を強く美しく見せようとする意識がなく、ただただドエロい格好で戦う女性が見たいという男のエゴだけで形作られている。
(これも経験の賜物なのじゃろうな)
今の美少女の姿になってからというもの、そういう目で見られるようになった。だからこそというべきか、最近のミラは、そういった視線にも何となく気づけるようになってきていた。
加えて男心についても把握しているからこそ、それがどうしようもない男の性であるとも理解している。
そんな両面を併せ持つミラの勘は、実験中に向けられるハイドボーガ達の視線に研究以外のそれが交じっていた事も、ずばり見抜いていた。
「特にこのバリアスキンなぞ、使われている術式からして十分に改良の余地があるじゃろう? しかしそれをこのままにしてあるという時点で、こすさが透けて見えるというものじゃ」
実際にそれを着て、その身で感じた感想をありのまま言葉にしたミラは、だからこそ、これの試着すら拒否した女性達の気持ちもわかると告げた。
「ぐぅ……!」
「そんなストレートに……!」
「わかっていた、わかっていたさ!」
「けれど、このリビドーをどうすればいいんだ!」
ハイドボーガ達は心のどこか──心のど真ん中では思っていながらも、それらしい言い訳に逃げて誤魔化していた真実を、ずばり指摘された事で悶絶した。しかも相手が、正に理想のビキニアーマー少女だ。その言葉の威力といったら、もはや彼らの精神にすら支障をきたしかねない破壊力があった。
戦う女性の美しさを最大限に引き出す。それこそがビキニアーマーだと主張していた彼らの動機は、結局のところ『ビキニアーマーってエロいよね』という下心だけであったわけだ。
その真実を白日の下にさらされたハイドボーガ達は大いに打ちひしがれながら天を仰ぐ。
彼ら自身、戦う女性の魅力がどうこうなどというのは、本心を誤魔化すための言い訳に過ぎないと感じていたようだ。
だからこそ、その指摘を素直に認めた。そしてハイドボーガ達は、そんな下心を理解しながら試用テストに付き合ってくれたミラに対して、誠実に向かい合おうと決意する。
男達は「ミラ様の言う通りです──」と己達の邪な感情を認め、その上で譲れないものがあると主張する。
「──けれど、けれど下着では意味がないのです!」
彼らは、心の内をさらけ出すように叫んだ。ビキニアーマーの女性達が見たいと。下着のような姿で戦う女性達が見たいのだと。
もうどうしようもないくらいに変態な主張である。一般的な女性が聞いていたとしたら、それこそ二度と立ち直れないほどの罵詈雑言が彼らに降り注いだであろう。
けれど幸いにも、今ここにいるのは一般的な女性とは何から何まで程遠い美少女であった。
「そもそも作りが単純過ぎるんじゃよ。コートやマントなどを加えた方がよい。他にも、幾らか布を増やすべきじゃな。ただ露出するだけならば誰でも出来る。しかも露出しっぱなしでは、風情も何も無いではないか」
そのように言いながら、ミラはアイテムボックスからコートを取り出して羽織ってみせた。
すると当然だがミラの肌はコートで覆い隠され、露出度が一気に低下する。それこそ末端部分しか見えないくらいの低露出だ。
これに対してハイドボーガ達は、とても素直な反応を示した。
絶望だ。ビキニアーマーによって際立っていた肌色が失われた時、彼らの目の色もまた失われたのだ。
だがそれは早計というもの。
「よいか、こういう場合に必要なのは静と動じゃ。普段は何でもないが、いざ戦いとなり激しく動いた時、こう……素肌がちらりと見える──」
ミラは言葉を続けながら訓練用ダミーを蹴りつけてみせた。するとどうだ。急に動いた事に加え、大きく振りぬかれた脚の勢いによってコートの裾が大きく広がったではないか。
そして翻ったコートの下は、ビキニアーマーのままである。となれば当然、その隙間から覗き見えるのはミラの生脚だ。
「ああ──!」
「ほおおお!」
直後ハイドボーガ達は、一瞬に垣間見えた艶めかしい太腿に目を見開いた。それは正に、絶望の闇に差し込む光。暗闇を切り裂いていく、至高の閃きだった。
その瞬間、ハイドボーガ達の心に何かが芽生えた。露出は多ければ多いほどイイという彼らの胸に、新たな可能性が宿ったのだ。
「少しは理解出来たようじゃな。よいか、他にもじゃな──」
彼らの反応からその一端を感じ取ったミラは、更に理解度を深めさせるため、チラリズムの真の破壊力がどれほどのものなのかを知らしめる。
手を変え品を変え、控えめな露出からチラリと窺う肌色の尊さと際どさを、実演を交えて再現したのだ。
動きや角度に加え、日常的な動作に存在するチラリポイント。更には丈の違い、形状の違いによって生み出される様々なフェチポイント。絶対領域を代表に、衣服を着ているからこそ生み出される数々の神がかり的なサンクチュアリ。
口で説明するよりも、実際に見た方が早い。ミラとなった今だからこそ出来る、究極の講義である。
そう、ミラもまたどちらかといえば変態側に類する者であった。
「こういう、事だったのか……」
「ありがとうミラ様。俺、目が覚めたよ」
効果は抜群だ。全てをその目に修めたハイドボーガ達は自らの浅慮さに気づき、総立ちで歓声を上げた。
彼らは理解したのだ。多過ぎる露出というのは極めてシンプルでわかりやすく万人が理解出来るエロスであるため、それだけに特化したら品に欠けてしまう場合があるのだと。
「そうじゃろう、そうじゃろう。人は時に妄信するあまり、他の可能性が見えなくなってしまうものじゃ」
一番重要なのは適度な露出である。ミラは、そのようにしてチラリの美学とは何たるかを彼らに理解させる事に成功した。隠されているからこそ価値が高まる。秘密と同じだ。
「適度に垣間見えるあの瞬間の美しさといったら、もう言葉では言い表せません!」
それを実際に目にした事で感銘を受けたハイドボーガ達は、同時にその魅力の虜になったようだ。これを機に、新たなビキニアーマーの制作に取り掛かると意気込みを新たにしていた。
「うむうむ、精進するのじゃぞ」
そして傑作が完成した暁には、功労者として無償で貰えたら完璧だ。何といっても性能だけは素晴らしいのだから。
今回の事で馬鹿みたいな露出要素がなくなり、服の下に着込む事が出来るようになったら、かなりの戦力増が見込めるというもの。
ここまで徹底して付き合ったのも、最高クラスの武具を無料で手に入れるためだ。
そう、思ったよりも悪くない方向に転がったものだと気をよくしたミラは、実際に目にして体感した事で、ふと考えた。
バリアスキンと召喚術の防護。これらの効果が、どことなく似たものであると。
もしかしたら親和性があるのではないだろうか、防護ならば干渉しないのではないだろうか。たかがその場の思い付きレベルな可能性だが、こと召喚術に関しては盲目的なミラである。
今のビキニアーマーでも武装召喚を上に重ねてしまえれば、人前に出ても恥ずかしくない格好になるのではなどと思い立つ。
「……ものは試しじゃな!」
着替える前にと、ミラは早速実験を始めた。その内容は簡単、ただ《ホーリーナイトフレーム》を武装召喚するだけだ。
「おお、よいぞ! ビキニアーマーのブーストに加えてフレームによるアシスト効果で、更に動きが──」
その相乗効果は予想以上であった。上昇した能力に振り回されるより先に武装召喚のアシストが働き、動きの過剰分が全て制御出来るではないか。
これは素晴らしいと喜ぶミラ。
なおハイドボーガ達はというと、突如現れた武装召喚に驚き、更にはコートの中の露出が減った事を嘆き、それでいて部分的に覗く肌色を目で追っていた。
チラリズムの真理を追い求めると決めた彼らにとって、今は全てが学びの時なのだ。
だが、次の瞬間に思わぬ事態が発生する。
「お? おおおおお!?」
いったい何事か。突如として全身からこれまでの軽快さが失われたのだ。
何があったのか、どうしたというのかと立ち止まり困惑するミラ。
と、そうしていた矢先である。
「熱っ! あちちちちっ!」
急に熱さを感じて思わず声を上げたミラ。しかもその熱さはホーリーナイトフレームの下から感じられたため、ミラは慌てて武装召喚を解除した。
するとどうだ。
「あ……」
ぽとり……と、焼けたような布切れがミラの足元に落ちた。
そして同時に下半身の開放感を覚えたミラは、もしやと頬を引きつらせながら、コートの襟から中を確認する。
直後、胸元の開放感と共に、もう一つの布切れもまた床に落ちた。
「ミラ様……もしや、これは……」
焼けたような二枚の布。それでいて原形を保ち残っている金属製の縁取り。それは完全に、元々はビキニアーマーだったもの。つまりは残骸だ。
そう、実験が失敗したのだ。召喚術の防護術式と、ビキニアーマーのバリアスキンに親和性はなく、それどころかお互いに干渉し合い、結果ビキニアーマー側の術式が根本から焼ききれてしまったのである。
「いや、ちょっと実験をじゃな──」
状態と状況から事態を把握したミラは、これはやってしまったと視線を泳がせる。
ものがものとはいえど、そのビキニアーマーは彼らが魂を注いで作り上げたものだ。それを台無しにしたとあっては、流石のミラも罪悪感を禁じ得ない。
ただ、どういう事か、続く彼らの反応はミラの予想を超えていた。
「これは、我々のビキニアーマー……」
「編み込んだ付与が焼き焦げたのか……」
「外部からの干渉で、ここまでの影響が出るのは問題だね」
「これは危ないな。設計から見直す必要がありそうだ」
と、急に技術者顔になったハイドボーガ達は、焼けたビキニアーマーを手にして解析し始めた。
やはり腐っても、日之本委員会の技術者連中である。何だかんだで、探究心は人一倍というわけだ。
ただ、そんな彼らの目の色が再び変わる一言が、彼らの一人から発せられた。
「……なあ、これが焼け落ちたって事は、今のミラ様のコートの下ってさ──」
あれこれと考えを巡らせる中で、そこに気づいたのだ。ミラは今、裸の上にコートを羽織っているだけであると。
刹那、全員の視線がミラに殺到した。その目はもはや、期待と好奇心を突き抜けて、妄想と幻想の世界にまで到達してしまった者達の目であった。
チラリは、とても素晴らしい。だがコートの下にモロが隠れているとなったら、また話は別というものだ。
「検証を──」
「──すまんかった、いずれ詫びはするのでな、さらばじゃ!」
直後、申し訳なさに加えて身の危険も感じ取ったミラは、仙術技能全開でその場から逃げ出したのだった。