軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

517 ミラの正体

五百十七

慌てて鍛冶工房を後にしたミラは今、女性用トイレの一室にいた。

言わずもがな、流石のミラも裸にコート一枚などといった痴女そのものな格好のままでいたくはなかったからだ。

「思えば、もう抵抗がなくなってしまっておるのぅ……」

コートをしまい、いつものミラカスタムを手にしたミラは、随分と着慣れてしまったものだと苦笑する。

侍女のリリィ達がミラのためにと作り上げた、特別な魔法少女風衣装の数々。ダンブルフ時代には無縁だった可愛らしい衣装であり、当初は色々と葛藤があったというもの。

しかし、今はもう袖を通す事に何の躊躇いもなくなっていた。

果たしてそれは順応か、それとも洗脳か。はたまたどちらもか。結果として最高に可愛くなってしまうのだから仕方がない。

「郷に入っては郷に従えというやつじゃな、うむ」

その言葉は、身体にも適用されるのだろうか。ともあれミラは似合ってしまうのが悪いと自身を正当化しつつ、いつもの魔法少女風衣装に着替え始めた。

と、そんな時だ。ふと誰かがやってきた気配がした。

しかも、どうやら二人のようだ。当然ながら他の女性の利用者であるのは間違いないが、その二人はトイレを利用しにきたわけではないようだった。

「世界の危機かぁ」

「なんかいきなり、とんでもない事になっちゃったよね」

「そういえばさ、びっくりした。あのミラちゃんって女の子が、実はダンブルフさんだったなんてさ」

「あー、なんか上の一部は知っていたみたいだったよねぇ」

(むむ……!?)

何やら話し出したかと思えば、急にダンブルフがどうこうという話題が飛び出してきた。そして人というのは、こういった不意のタイミングで話題にされた時、つい様子を見てしまうものである。

当事者のミラもまた類に漏れず、いったい二人は何を話すつもりなのかと息を呑み反射的に気配を殺した。

そうしてまずは、二人が話す内容から正体がバレるまでの流れがわかった。

原因は、やはりアイゼンファルドだ。解散となったあの後、中継基地まで運んでくれる天の皇竜について誰かがアイゼンファルドの事だと話したらしい。

そして各開発室でその事実が広まり、あっという間にミラがダンブルフであると周知されたわけだ。

ただ、その点についていえばミラ自身も覚悟は済んでいた。アイゼンファルドに頼むとしたら、もう遅かれ早かれ知られる事であると。

「確か九賢者のリーダーだったよね? 凄くカッコ良かった感じだったのに、それがあんなに可愛くなっちゃって」

(ぐぬぅ……!)

ただ、そこから派生するイメージの変化については、まだ覚悟未完了だ。

女性の一人が口にしたその言葉がミラの胸に鋭く突き刺さる。理想の男として作り上げたダンブルフという存在は、今であってもやはり諦めきれるものではないのだ。特に女性の口から、凄くカッコ良かったなどと言われたら余計にである。

「まあ、そうだね。ただ一見するとそうだけど……もしかして本人に会った事はない? ダンブルフさんってあんな見た目だけど、かなりお茶目な人だよ。ソウルハウルさんとファッション対決していたり、カグラさんに怒られて追いかけ回されていたり、ラストラーダさんと一緒に勝利のポーズの練習していたりしたし」

(ぬおぉあああ! 確かにしてたが、なぜそれを今ここで!? 凄くカッコ良いわしのイメージがー!)

思い出は思い出のまま。ダンブルフという存在は、理想のままそっとしておいてほしかった。そう願うミラの想いは、まさかの暴露によって崩れ始めた。

当然ながら年がら年中、気張ってはいられない。ゆえに気を抜いていた時もあるが、そこを見事に目撃されていたようだ。

「えー、そうなんだぁ。っていうか、やけに詳しいね。それって全部、見た事あるの?」

「うん、私アルカイト王国所属だからね。今は出向って形でここにいるけど、当時はまあ薬のお店を出したりしてたの。で、素材集めが必要になった時とか、魔物の討伐遠征なんかにちょくちょく同行させてもらったりしててね。九賢者の皆とは、まあそれなりに顔見知りってところかな」

しかもダンブルフの素性を暴露するその人物は、自国民のようだ。そして国の英雄が知り合いとあってか、どことなく自慢げである。

(薬のお店……薬師か錬金術師あたりじゃな。当時は何人かいたが、女性で、この感じの声というと──)

カッコいいダンブルフ像を崩したこの娘は何者なのかと、ミラは当時の記憶を振り返り該当する女性を探す。

と、ミラがそんな事を考えていたところ──。

「えー、すごーい! じゃあさじゃあさ、ソロモンさんとも知り合いだったりする!?」

これまでのゆるいやり取りから一転、急に片方の女性の声色が黄色く輝き出した。

その声の勢いと雰囲気からして、ソロモンに気があるのは確定と言ってもいいだろうくらいの喰いつき具合だ。

「もちのろんろんよ。なんてったって、直接薬の製作の依頼とか受けた事もあるからね」

それに対する答えは、先ほど以上に自慢げであった。ソロモンには大いに信頼されていたと語り、だからこそ内部事情もよく知っているのだと続ける。

「そうだったんだ! ねぇねぇ、じゃあさソロモンさんの事教えてよー。何が好きとか知ってる!?」

「えー、どうしよっかなぁ」

片方の女性は、ソロモンファンなのだろうか。教えて教えてと下手に出つつ、絶対に逃がさないという気迫が籠っていた。

それに対して、どのような答えを口にするのか。少し気になるところであったが、そのやり取りと共に二人の声が遠くなっていく。どうやら用を足すでもなく、トイレから出ていったようだ。

何しに来たのだろうか、そして何者だったのだろうか。そんな疑問を浮かべながらも、ミラは個室でしょんぼりと肩を丸めていた。

(うぐぐ……お茶目って何じゃ……わし……そんな風に見られておったのか……)

九賢者ダンブルフとは、どのような存在なのか。詳しく知らない者にとっては、ミラが思い描いていた通りの印象を植え付けられていたようだ。しかし、それなりに距離の近かった者達にとっては、どうやらお茶目なお爺ちゃんくらいでしかないのかもしれない。

その見た目通りの渋い男、理想の自分を目指して頑張ってきた当時を思い出しながら、ミラはまさかの客観的な意見に項垂れた。

「……こうしてはおれぬ!」

落ち込む事、十数秒。ミラは思い出したように個室から飛び出した。

ソロモン云々については、どうでもいい。だがダンブルフのイメージがこれ以上崩されてしまわぬよう、先ほどの女性には少しお願いしなければいけないところだ。

「むぅ……」

しかし、ショックから立ち直るまでに幾らかの時間を要してしまったためか、完全に出遅れた。加えて十数人以上が行き交う廊下もあって、対象の女性が誰なのかが既に判断出来ない状況となっていた。

廊下に出て右に行ったのか左に行ったのか。もう途中でどこかの部屋に入ってしまっているのか。それすらもわからない。

だが相手は、アルカイト王国民だ。もしかしたら顔を見ればわかるかもしれない。

「あ、ミラさん! 聞きましたよ、実はダンブルフさんだって。あれから三十年、まさかこんな形で九賢者に会う事になるなんてビックリですよ!」

直感で探してみよう。そう思った矢先である。向かい側を歩いていた男──モンドールが、そんな言葉と共に駆け寄ってきた。有名人にでも出会えたといった顔である。

「何やらもう、そこら中に知られておるのじゃな」

人の口に戸は立てられないもの。彼もまた、アイゼンファルドから始まる一連の情報を耳にしたようだ。

「それはもう、これまで消息不明だったダンブルフさんですからね。それが三十年経った今、しかも可愛らしい女の子になって、しれっと紛れ込んでいるとか。もう皆びっくりしてましたよ」

そのように全体の反応を話すモンドールだったが「そして今は、どうしてそこまで大きく見た目を変えたのかと盛り上がっています」と、彼が続けた言葉でミラはたちまちに口を噤んだ。

正体に気づかれるだろうとは覚悟していたが、その理由についての予想合戦が始まるというところまでは範疇外だ。

あれほどお気に入りだったアバターから、なぜあんな可愛らしい女の子に変えたのか。

一つは、飽きたから。一つは、趣味。一つは、手違い。一つは、願望。一つは、性的嗜好。それはもう、あーだこーだと皆が好き放題に予想していると、モンドールの話から明らかになっていく。

「ま……まあ、これだけの変化じゃからな。色々と憶測が流れるのも仕方のない事じゃろう。うむ。とはいえ正解は、我が国のためでな。こうして姿を変える事で動きやすくして、裏で色々と極秘任務を遂行していた次第じゃよ」

どのような予想を立てられたとて、返す言葉は決まっている。その辺りの理由に触れられた時、ミラは一貫して同じ言い訳を繰り返してきたものだ。

ゆえに今回もまた、それを口にした。

「流石は九賢者! 国のために極秘任務なんてカッコいいですね!」

モンドールは、とても素直な性格のようだ。ミラが言うそれを真に受けるのみならず、「ではこの事は秘密にしておきます」と、どこか嬉しそうに告げた。

しかも、どうやら彼もまた過去の九賢者について色々と把握しているようだ。特に様々な功績が大陸の各地に今も影響を与えていて凄いと、大いに絶賛する。中でもダンブルフは、精霊や聖域など、自然環境に大きく貢献した功績が沢山あると大絶賛だ。

モンドールが言うに、ダンブルフが整備した場所は上質な自然の恵みで溢れており、その国や周辺の村などが大いに感謝しているとの事だった。

そして大いに作物が潤った事で、食文化にも様々な影響が出ていると興味深げでもあった。

「──あ! ダンブル……いえ、ミラさん! 今度また是非うちに来てくださいね。総力を挙げてご馳走させていただきますから!」

用事の途中だったのだろう、モンドールは何かを思い出したように慌てた顔を浮かべ、素早く走り去っていった。

「うむ、楽しみにしておこう」

ミラは、そんな彼の背に向かってにこやかに答える。

彼が言っていた事は、以前に行っていた聖域化計画によるものだろう。

大半は失敗に終わったものの、それでも環境を良くしようと整備した結果が、そういった影響として現れているわけだ。

ダンブルフのイメージは、今後色々と変わっていってしまうに違いない。けれど過去の実績は変わらず、九賢者という肩書もまだ有効のようだ。それを実感したミラは、少しばかり特別扱いされて満足げであった。