軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

476 外海

四百七十六

「そういえば、この海のずっと先には何があるのじゃろうな」

ミラは広大な海原を見渡しながら、ふと思った事をそのまま口にした。

この海のずっと先。それは、アース大陸とアーク大陸の間にあるここから更に遠く。大陸の外縁も越えた先の事だ。

ゲームの世界としては、アース大陸とアーク大陸が全てであった。そして、その事については特に疑問など持つ事もなかった。ゲームとはそういうものだとわかっているからだ。

だが現在、それが現実となった今はどうなのか。この世界も一つの星と考えた場合、今ある大陸だけでは狭いくらいである。

という事は海を越えて更に遠くへと漕ぎ出せば、まだ見ぬ大陸や国、技術、文明が山ほどあるのではないか。

ミラは、そんなロマン溢れる冒険に思いを馳せたわけだ。

ただそれは、なんとなしな疑問であり、どこか独り言にも近い呟きでもあった。

しかしそこで、よもやモーリーが驚きの言葉を告げる。

「何かしらの文明があるのは間違いないんだけど、なんかきらきらした霧が広がっているばかりで、何もわからなかったんだよなぁ」

なんとモーリーは、海のずっと先に行った事があるという。いわく、ずっと前に日之本委員会でもミラと同じように考えた者がいたらしい。

その者を中心にして結成された調査隊が初めに行ったのは、単純ながらも確実な観測調査だ。

その方法は、自動で撮影出来るように調整したカメラを風船で空高くにまで上げるというもの。

結果として、写真には別の大陸が映っており、そこには文明らしき何かも確認出来たという事だ。

「──それで次に、その写真から海図をおこして、いざ新大陸へと船で出発したんだ。当時は今よりも旧式のエンジンだったけど、精鋭揃いでもあったからね。多くの魔物を撃破しながら、遠征は順調に進んでいた。そして出発から二十日ほどしたところで、あの霧が見えたんだ──」

モーリーは、その時に見た光景を思い出すように語った。それは壁のように聳えており、まるで行く先を阻もうとしているかのようであったと。

「──それで調べてみたところ人体に害はなさそうだったので中へ進んでいったけど、どういうわけか霧を抜けたかと思えば元の場所に戻っていてね。他にも色々と地点を変えて突入したり、霧の切れ間はないかと探したりしたけど無駄だった。何をしようとその先に進む事が出来ず、海の外を目指すのは断念せざるを得なかったっていう結末だ」

それはまるで、今の大陸のある場所に閉じ込められているかのように思える話だった。実際、ミラはどことなく不気味さを感じていた。

けれどその帰り道において、誰一人として不安に思っていたものはいなかったとモーリーは付け加える。

元の場所に戻される。ダンジョンにおいて、そういった類の罠というのは珍しくなく、またそれらの場合は総じて悪意に満ちているものだ。

しかし、その時は違っていた気がすると言うモーリー。どうにも霧を通過して元の場所に戻されるたび、目印になりそうな小島などが必ず傍にあったという。

「そのお陰で霧の中から戻されているって気づけたし、どこに戻されたのかも把握出来たわけだけど。何というか、お帰りはあちらですって言われているような感じもしたんだよなぁ」

もしも何もない大海原で、そのように進路が勝手に変わるような事になったら迷子になってしまうのは確実だ。

だがそうはならなかった。ゆえに当時の調査員達は、遠征を邪魔されたというよりは引き留められたという気持ちになったそうだ。

「ふーむ……。いったいどういった事なのじゃろうなぁ」

はたしてモーリーが見た煌めく霧というのはなんだったのか。なぜ戻されてしまうのか。その外には何があるのか。モーリーとの話を終えたミラは機材の設置があるという彼を見送った後、甲板上の展望席に来ていた。

そこで空を眺めながら、新たに知った謎と、この世界について考える。

ふと思いつき気になってみれば、余計に気になるような情報を知った。

幽霊船もそうだが、今のミラは海を越えたずっと先についての興味が勝っていた。

『ところで──』

ゆえにミラは、世界の色々について最も詳しいであろう者──精霊王に質問した。海を越えた向こう側には、どのような大陸があるのかと。

北極のような氷の大陸もあるのだろうか。空に浮かぶ湖なんてものがあったりするだろうか。島のように大きな亀がいたりするのか。それこそファンタジーの世界らしく、想像も出来ないような不思議が満ち溢れているのだろうか。

まだ見ぬ世界に思いを馳せながら、精霊王はどんなところを知っているのかと楽しみにしていたところだった。

『海の向こう側か……。考えた事もなかった。我にとっては、この大陸のある領域が全てであったからな』

よもや、精霊王がそんな言葉を告げたのである。

いわく精霊王にとって世界とは、アース大陸とアーク大陸のある周辺一帯であり、海を越えた先は、まったくの管轄外だというのだ。

『なんと……!?』

ミラは、思っていた。神にも匹敵するとされている精霊王という存在は世界の全て──つまりはこの星の全てに影響を及ぼす存在であると。

だがここにきて、精霊王より真実が伝えられる。更には、『あれ? 知らなかったのか?』とでもいった様子で嬉しそうに自分語りが始まった。

いわく、精霊王が把握出来ているのは今いるアース大陸とアーク大陸の周辺だけであり、同じく精霊達についてもこの大陸内に住まう者だけが眷属だそうだ。

もしも海の外側に精霊がいたとしても、それらは精霊王とはまったく繋がりのない別の種の精霊になるという事だった。

『なるほどのぅ。つまりは精霊もまた住んでいる場所で、国の違いみたいなものがあるわけじゃな。となれば、王もまたそれぞれの大陸にいるのやもしれぬのぅ……』

ソロモンがアルカイト王国のために働いているように、この大陸こそが精霊王にとっての国というわけなのだろう。

海の先には、ここの何倍、何十倍もの世界が広がっているはずだ。そうした場合、精霊がここの大陸だけにいるとは考えづらいというもの。

それ相応の地域ごとに、精霊王のような存在がいてもおかしくはない。

『改めて聞くと、私もそうね。海の先なんて気にした事がなかったわ。というよりは、気にならなかったというべきなのかしら。私達が管理するのは今いるこの世界……この大陸一帯だけで、他の大陸があっても、いま居る場所を離れる気にはなれないもの』

精霊王に続き、マーテルもまた同じ感覚だったと告げた。ここの大陸以外については考えた事もなく、考える気にもならないと。

この世界──この大陸のある領域をよりよくするため、太古の昔から見守ってきた。それが今の精霊であり、きっとこれからの精霊でもあるのだろうと語ったマーテルは、『なんだか、不思議な感覚ね』と呟いて言葉を締めくくった。

『そうなると、ますます気になってくるのぅ……』

精霊王やマーテルですら知らない海の外と、その行く手を阻む煌めく霧。謎は深まるばかりである。

またモーリーの話によると、船で近づいた時に立ち塞がった霧は、その後に行われた上空からの撮影では観測出来なかったそうだ。

再び初めに戻って考え込むミラ。と、そこにちょっとした精霊王の呟きが──『もしかしたら、あの者達なら……』というような言葉が聞こえてきた。

『あの者達とな?』

それこそ、何気なく零れた独り言のようなものだったのだろう。『ん? あ、ああ』と、一瞬何の事かとでもいった反応をした精霊王だったが、特に隠す様な内容でもなかったのだろう。ただちょっと閃いたといった様子で、それを口にした。

『この世界……いや、この大陸を管理する神である、あの者達ならばと思っただけだ』と。

精霊王の考え。それは外海へ出ようとした船が遭遇した霧は、三神によるものではという内容だった。

そもそも、それほどの事が出来るのは三神くらいなものであり、迷わせるのではなく引き返すように促している様子からして、やり方がそれっぽいとの事だった。

『外に出したくないというのなら、ほかに幾らでも方法はある。それこそ神罰でも下せば、そこに近づこうなんて考える者もいなくなるだろう。だが話を聞いた限り、その気配はまったくない。だからこそ、あの者達らしくもある』

今も昔も、非情にはなり切れない。神としては甘く、付け込まれるような事もある。ただ、それゆえに三神は人々に愛される存在になったと精霊王は語り、そんな三神が外界への道を封鎖しているのには、それ相応の理由があるのだろうと締め括った。

『ふーむ……気になるが、そこまでの話となると、どうしようもなさそうじゃのぅ』

外の世界。いったい何があるのか興味を惹かれるが、神がその道を封鎖しているというのなら、きっとどうにも出来ないだろう。

また何よりも精霊王が優しいと言った三神が、そのように封鎖している外の世界である。そこには間違いなく、深い理由があるに違いない。そう考えたミラは、これ以上気にしても意味はないと悟り、甲板に戻った。

ただその途中で、もしも三神と邂逅するような状況が訪れたら聞いてみるのもいいかもしれない、などと考えていたりもした。大司教から賜ったメダルと、精霊王という後ろ盾の存在を思い返しながら。

「おお、何やらこそばゆいが、そういう事ならば存分に楽しませてもらうとしようか!」

甲板に戻り暫くしたところで呼ばれて食堂室に出向いてみれば、そこには沢山のご馳走が並べられていた。

何でも幽霊船調査隊に新たな同志が久しぶりに加わった事を祝う歓迎会だそうだ。それはもう本当に久しぶりだったそうで、実は皆、相当に喜んでいたらしい。ミラが顔を出せば、「改めてようこそ!」と喜びの声が上がった。

その輪の中にミラが入れば、いよいよパーティ開始だ。

豪華な料理と美味しい酒。更に肴となる話があれば、その場はあっという間に出来上がっていく。

そんな中、色々な話題で盛り上がるのだが、話が進めば進むほど、その内容は徐々に偏っていった。

この調査船の船員は、ほぼ趣味で幽霊船を追いかけているという奇特な者達ばかりだ。それゆえに話す内容も、そういった話題に近くなっていくというもの。

「──おお、それも前に聞いたのぅ! 黄金都市……なんともそそられる響きじゃな!」

「そうだろ、そうだろ。で、調査に出た奴らの話によると、ハズレだと思っていた磁宙水晶が実は当たりだったんじゃないかって──」

飲めや歌えと盛り上がる歓迎会の席。ミラは、あっという間にアストロと仲良くなっていた。

彼は好奇心だけで幽霊船調査隊を結成するほどの男だ。それもあってか、そういった類の話についても詳しかった。

だからこそ、それらが話題に挙がる事が多く、気づけば歓迎会は都市伝説の噂交換会のような場になっていく。

そうして飛び交っていた噂の数々の中に、ミラも覚えのある話があった。かつてセロから聞いたオリアト砂漠に出現する黄金都市の噂だ。

ただアストロが語ったのは、そういう噂があるといった程度のものではなかった。なんと既に、黄金都市の調査を開始しているというのだ。

アストロの友人が、そちらの隊のリーダーだそうで、定期的に連絡を取り合っているらしい。

そして中間報告にて、一つの可能性が示唆されたとの事だ。

オリアト砂漠を彷徨う蜃気楼寺院という聖域。神出鬼没なその場所を見つけるために必要なアイテム、磁宙水晶。

稀に何もないでたらめな場所を指し示すハズレが交じっているそれだが、報告によると実はそれこそが黄金都市への道しるべだったのではという説が、今一番熱いそうだ。

「ハズレが当たりとは……それもまたロマンじゃのぅ!」

「だよな!」

語らいながら酒をかっ喰らっては大いに笑うミラとアストロ。酔いの回りもあってか、二人は相当にご機嫌だった。

だが、ご機嫌なのは何も二人だけではない。その周りでもまた、大いに語り合っていた。大陸各地から集めたという噂や都市伝説などが、あっちこっちと飛び交っていく。

天空城やアースイーターという単語も挙がるが、華麗に聞き流すミラ。

また、そうこうしながらも幽霊船についての話題に戻り、アストロと今後の作戦などを簡単に詰めていったりした。

半数以上が泥酔して明日の調査に支障をきたしそうになったため、歓迎会もそこでお開きとなった。

比較的酔いの浅い者が足元も覚束ない者を担ぐなどして船室に連れていく。

そしてミラもまた、同じくらいのタイミングで船室に戻っていた。

(ふぅ、満腹満腹じゃな!)

何でもこの歓迎会のために皆がそれぞれのアイテムボックスを開放して、秘蔵の一品を提供してくれたそうだ。

そのどれもが絶品といえるものばかりであり、だからこそ多少飲みはしたものの食べる方が多かったミラ。ゆえにそれほど酔ってはおらず、冷静に現状を把握出来ていた。

(して、本当にここでよいのじゃろうか……)

幽霊船調査隊の船は、趣味の集まりとは思えぬほどに立派で大きな船だった。とはいえ、魔導工学の技術がふんだんに使われている事もあってか、そういった機械類が占める割合も多い。

そのため、完全な個室というのは存在しておらず、どこの船室も基本は相部屋となっていた。

そして当然のように相部屋を宛てがわれたのだが、ミラは同室の者達を見回しながら、このままで大丈夫なのだろうかと困惑していた。

精霊女王がダンブルフであるという事実は、日之本委員会においても、まだ一部のみしか把握していない事だ。それもあってかミラは当たり前のように女性として扱われており、だからこそ相部屋の相手も女性ばかりであった。

ミラの目の前には今、四人の女性の姿があった。着替え中が二人とラフな格好でくつろいでいるのが二人だ。

もはや完全な女子部屋であり、だからこその無防備さが随所に見受けられる。

(……しかも、何やらすっごく見られておる)

部屋にいる女性は、ミラを除いて五人。ではもう一人はというと、ミラの隣で興味深そうに見つめてきていた。

六帖ほどの部屋の両脇には三段ベッドが一つずつ。ミラはその一番下の段に腰かけているのだが、すぐ隣にその女性も腰かけている状態だ。

「……して、何じゃろうか?」

見つめてくるばかりで、他には何もしてこない。とはいえそのままでは落ち着かないため、ミラは先に声をかけた。

「改めて、自己紹介しようと思ってさ!」

ミラが反応するのを待っていたのだろうか。それともほかに思惑があったのか。女性ははつらつとした様子でそう言った。