軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

475 船出

四百七十五

ミラは研究所のマップを手に、『治水技術総合研究開発部』という場所を目指して廊下を進んでいた。

「これを見終わったら、次はインフラ技術の方に行ってみようかのぅ」

と、今日もまた存分に楽しもうかと次の予定まで立てていた時だ。

何かあったのだろうか。廊下にて、物々しい装備に身を包んだ集団が駆けていくのが目に入った。

「急げ急げ、直ぐに出発だ!」

「遅れるなよ、置いてくぞ!」

鎧──というよりは強化服という呼び方の方が合っているだろうか。近未来チックなプロテクターを纏った者達は、急ぐようにしながら、えっちらおっちらと機材を運んでいた。

(何やら、ただ事ではない雰囲気じゃのぅ)

すれ違う全員が完全武装であり、しかも全てが最高クラスとわかる武器を帯びていた。

見ただけで、とんでもない戦力を有してるとわかる集団だ。

(ふむ……もしやこの者達が、昨日話に聞いた悪魔討伐隊じゃろうか?)

ふとミケと話した内容を思い出したミラ。

都市伝説の噂の正体は悪魔の暗躍だった。そんな会話をしていた際に、彼女が専門の部署があるという事を言っていた。

そして目の前を通り過ぎていく集団は、武装具合からして確かに悪魔とも十分に戦えるだろう。

そして、そこまで予想して気になるのは、そんな集団が何をこれほど慌ただしそうにしているのかという点だ。

よもや、専門の部署の出番となるような相応の何かが起きたのではないか。

「忙しそうなところすまぬが、ちょいとよいじゃろうか?」

思ったところで、ミラはすれ違う寸前の一人に声をかけた。問う内容は単純に「何かあったのか?」というものだった。

「ああ、また出たんだよ、幽霊船がさ!」

立ち止まった男は真剣でいながら少年のような顔で、そんな答えを口にした。

「幽霊船……じゃと!?」

悪魔がどこかで悪さをしたのではないか。そんな予想をしていたミラは、そうではなかった事に安堵しながらも、まさかな理由に驚愕する。

昨日噂で聞いた幽霊船という言葉。それがこんなところで再び登場した事もあるが、何といってもこの武装集団は、そのような理由でこれほど慌ただしく出動しようとしているのだ。

「それでここまで大騒ぎしているお主達は、どういった集団なんじゃ?」

大事件ではなくただの噂を追うために緊急出動しようとしているのは、悪魔のみならずレイド級の魔獣とですら渡り合えそうな集団。

その落差ぶりに驚くミラは、同時に並々ならぬ興味を抱いてそう問うた。

それに対して返ってきた答えは、「俺達は今一番熱い、幽霊船調査隊さ!」というものだった。

彼が言うに、つい先ほど久しぶりに目撃情報が入ったので、急ぎ準備を整え調査に向かうところだったそうだ。

なお、その調査は二、三日ほどを予定しているとの事でもあった。

「ほぅ! それならば是非わしも連れて行ってはくれぬか? 自衛手段は十分にあるのでな、足手まといにはならぬはずじゃよ!」

幽霊船。ミケから聞いて気になっていたミラは、一も二もなくそんな言葉を口にしていた。

日之本委員会の技術力をもってしても、まだ正体不明だという幽霊船。だがここの者達は、その追求を一切諦めてなどいないようだ。「ほら急げ、先行くぞ!」などと言って駆け抜けていく者達の目は、好奇心とやる気に満ちていた。

都市伝説を、そしてロマンとミステリーを追い求めて止まない彼らは、それこそ青春を謳歌しているかのように輝いている。

だからこそ余計に、ミラも感化されたわけだ。

加えて三、四日は待ちぼうけが決定している今ならば、二、三日ほど幽霊船を追っていても問題はないはずだ。もしも長引いても途中で帰る手段など幾つもある。

とはいえ見た目からしても、その集団は精鋭チームだ。そこに交ざるなど、そう簡単ではないのも事実であった。

「自衛手段程度じゃ──って。ん?」

当然ながら、その程度で連れて行けるほど簡単なものではない。男はそう答えようとした。

けれどもミラの姿をじっと見据えるなり何かに気付いたのか、続けようとした「連れてはいけない」という言葉を呑み込んだ。

「君はもしかして、昨日来たっていう精霊女王か?」

ミラの容姿の特徴を確認した彼は、代わりにそんな言葉を口にする。しかも、どこか期待するような顔つきでだ。

精霊女王に、何かしらの関心があるのは間違いない。それを見抜いたミラは少し得意げになりながら「うむ、最近はそのような呼ばれ方が定着してきておるのぅ」と答えた。

「やっぱりか! うん、なるほどなぁ……。確か召喚術士だったか? それならさ──」

これは面白いといった様子で笑った男は、それから少し考え込んでから一つの質問を告げた。その内容は、海などに関係する召喚術は何が使えるか、といったものだった。

「ふむ、なるほどのぅ。海となると、そうじゃな。まずはやはり、水の精霊じゃろう。それとセルキーもおる。あとは、大剣王亀じゃな。船に空きがないというのならば、その背に乗ってもいけるぞ」

幽霊船といえば、当然海。その海でも不自由なく活躍出来るとわかってもらえれば、きっと同行出来るはずだ。

陸に比べると少ないが、その分精鋭ぞろいだと主張するミラ。

と、そうした自信満々な態度が功を奏したのか、男は「確かに頼もしそうだな」と頷き、ミラの同行を認めてくれるようリーダーに話してみようと約束してくれた。

「これまた、立派な帆船じゃのぅ!」

男と一緒に廊下を駆け抜けた先にあったのは、大きな港に停泊する巨大な帆船だった。

幽霊船を追うために用意した専用の調査船。一見するならば、それこそ大航海時代に大海原を突き進んでいた船そのものといった姿をしていた。

しかし男が言うに、中身はまったくの別物だという。

魔導工学によって開発された魔導エンジンを積んでいるため帆船でありながら風がなくとも航行可能で、しかも速い。

更には、そこらの軍艦も真っ青な兵器を幾つも搭載しているため、大型の魔物と遭遇しても余裕で返り討ちに出来るそうだ。

またレーダーや通信装置のほか、各種索敵機能も搭載。居住空間においても徹底的に拘った造りになっているため、そこらの客船よりもずっと快適らしい。

最新技術がふんだんに詰め込まれたそれは、もはや船というよりも海に浮かぶ要塞といった方がいいくらいの仕様である。

だがそれでいて見た目は、古き良き大型帆船となっている。その点について何故かと聞けば、男は幽霊船に負けないためであると答えた。

幽霊船についての目撃証言の全ては、大きく立派で圧倒的な威圧感を放っていた海賊船というもの。

だからこそ出くわした際に張り合えるよう、相手の舞台に合わせながら最高の状態に仕上げた結果、完成したのが、この調査船だという。

彼が語るには、名品のクラシックカーに最新式の電気自動車で挑むのは、ロマンじゃないとの事だった。

とはいえ利便性を考えると、そうも言っていられない。だからこそ、せめて側だけは同じにしようと考えた。それがこれだ。

「ふむ、わかるような、わからぬような……」

何となく言いたい事はわかる。けれど幽霊船に対抗する意味などどこにあるというのか。

結果ミラは、わからないと切り捨てて、それよりも早くリーダーに会いに行こうと男をせっつくのだった。

「──同志という事だな。それならば歓迎しよう!」

それが幽霊船調査隊のリーダーから返ってきた言葉だった。

是非とも同行させてもらえないか、召喚術でお役に立てますといった説得材料を引っ提げて交渉しようとしたところ、リーダーから「幽霊船はロマンか?」と問われた際に「ロマンじゃな!」と力強く答えたら、まさかの即決であった。

なお、ミラの口添えを約束してくれた男──モーリーと名乗った彼から、リーダーは情熱主義であると教えてもらった。

ゆえにこうしてロマンのあるなしで乗船を決めてしまうため、最近は代わりに他の者達が幾らかの適性を確認してから紹介するようになったという事だ。

「ふむ……求心力はあるが、それを支えられる者が必須というタイプのリーダーじゃな」

「正しく、そんな感じだね。だからこそ、そういった細かい部分を調整する副官が四人もいたり、支障が出ないようにさっきみたいなルールも作られた。で、その辺りさえどうにかすれば、キャプテン・アストロは理想的なキャプテンになるんだ」

アストロ。それがリーダーの名前だった。

熱血寄りの気質であり、どこかラストラーダあたりと馬が合いそうな人物だ。

そんなアストロが率いる幽霊船調査隊は、総勢三十四名。そのほとんどがロマンとミステリーを追う趣味人であり、今回の調査も業務ではなくサークル活動に近いものだった。

けれども、ここは日之本委員会の研究所。そして何よりも本気で趣味に打ち込む大人というのは、時として仕事の時よりも高いポテンシャルを発揮する。いってみれば、より一層、大人げなくなるわけだ。

結果、この幽霊船調査隊の装備や設備は最新のもので揃えられ、メンバー達の士気もまたすこぶる高かった。

準備が完了した後、調査船は研究所の港を離れ、いざ幽霊船調査へと出航する。

その途中、ミケ達に数日ほど出かけてくると伝え忘れていたのを思い出したミラ。

とはいえ、最新設備の揃った調査船だ。通信装置の類など当然のように置いてあるため、連絡は直ぐに完了した。

なおその際にミケが「何それ聞いてないが!?」などと抗議の声をあげていた。

都市伝説の再現なんてするほどに、そういった類を好む彼女だ。当然とでもいうべきか、この幽霊船調査隊の一員だった。

けれど今回は特別な制作依頼──ミラの装備作りで慌ただしくしていたため、邪魔をしないように声をかけなかったというのがアストロの言葉だ。

そしてミケは通信を切る際に、きっと今回もいつもと同じく成果なしで終わるだろうなどという呪いの言葉を残していった。

「ふむ、そこそこの距離じゃな」

ミケには悪いが、存分にロマンを追おうとやる気満々なミラ。さて、肝心の目的地はどの辺りかと操舵室にて海図を前に、今回の目撃証言のあった海域の場所を確認する。

目標地点は、ここより南西の海域。距離にして、八百キロメートルほどの位置にあった。

丁度、カディアスマイト島の南端あたり。研究所のある北端の反対側。そこは噂にあった幽霊船の出没地点と重なる場所だった。

「この分では結構かかりそうじゃが──」

海図から窓の外に視線を移したミラは、どことなくのんびりに見える景色を眺めながら、そんな言葉を口にした。

遠景になれば、遠くに見えるものは動かないように見えるものだが、それにしても少しずつ離れていくカディアスマイト島の様子から調査船の速度は時速にして二十キロメートルもないだろう。

この調子では、現場に到着するまでに四十時間以上はかかってしまう事になる。

だが知っての通りこの船は、ただの船とは大きく違う。ミラが期待するようにしてアストロを見やると、彼は「この船をそこらの船と一緒にしてもらっては困るな!」と笑い、「さあ、全速前進だ!」と叫んだ。

「アイアイサー!」

これまたノリノリで答える船員達。

すると、なにをどうするつもりか。これまで風を目いっぱい受けていた帆が次から次へと畳まれていったではないか。そして船員達が、あれやこれやとレバーを操作していけば、徐々にその全容が明らかとなってくる。

底からこみ上げてくるかのような唸り。少しずつ調子を上げていく機械音。一つ二つとギアがかみ合う振動。

そう、見た目が帆船というだけで、その帆は飾りのようなもの。この調査船の主動力は、魔導工学製の最新型エンジンだ。

「おお、これは爽快じゃのぅ!」

操舵室から甲板に出れば、エンジンの性能がよくわかる。

正面から吹き付ける風は激しく、甲板の縁から水面に視線を落とすと、船首が豪快に波を切っているのが見えた。

「特別に開発されたエンジンだからね。海で繋がっている場所だったら、どこでもいけるってもんさ」

なぜか自分の手柄であるかのように自信満々な顔で出てきたモーリー。そんな彼が言うには、この特別製のエンジンによって時速六十キロメートル近い速度で大海原を突っ走って行く事が出来るようになったそうだ。

海で繋がっている場所ならば、調査隊はどこにでも素早く駆け付けられると誇らしげですらあった。

「ほぅ、それは凄いのぅ」

こういう時、いつもならば『召喚術を使えば、空からどこへでも迅速にいけるがのぅ!』などと張り合ったりするところだが、今回のミラは野暮な事を言わなかった。代わりにロマンを追うモーリー達の心意気を立てて賛辞を贈るのみだ。

だが心の中では、『まあ、本気を出せば百キロ超えも余裕じゃがな』などと勝ち誇っているあたり、成長したというわけではなかった。