軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

462 ミケと円盤

四百六十二

日之本委員会に向けて出発する日の朝。ミラは少しばかり早めに起きて、のんびりと早朝のひと時を過ごしていた。

朝食の後、コーヒーなどを楽しみながらマリアナと語らう安らぎの時間だ。

そうして存分に英気を養ったところで、いよいよと立ち上がる。

「では、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「きゅい!」

召喚術の塔の前。見送りに出てきたマリアナとルナ。ミラは両者をそっと抱きしめながら出発を告げる。

それからガルーダワゴンに乗り込めば、徐々に地上が遠くなっていく。

こうしてミラはマリアナ達に見送られながら、日之本委員会への旅路についた。

日之本委員会の研究所が存在する場所は、アース大陸とアーク大陸に挟まれた海域の北寄りに存在している。

アース大陸最西端のセントポリーより海を渡って更に北へと進んだ先だ。

だからこそアース大陸の南東部に位置するアルカイト王国より出発となると、かなりの距離があった。

それもあってか、ミラがアルカイト王国を出立してから既に三日が経っていた。

とはいえ、ガルーダに無理をさせるわけにはいかない。ところどころで休憩を入れつつの進行だ。

なおガルーダ自身も一緒に空の旅を楽しんでいるのか、いつも以上に機嫌がよさそうである。

「お、あれじゃな。ようやっと見えてきおったのぅ」

そうこうして出発から四日目となった昼過ぎ。昼食代わりにから揚げをつまみながら、窓から望む大海原を眺めていた時だ。

いよいよ、その進行方向先に大きな島の影が浮かび上がった。

カディアスマイト島。大陸最大最強といわれる海軍を保有するカディアスマイト連合国が治める島国だ。

その連合国を治める代表の名は、カディーラ・ハルミレイア・オルターバ。海の荒くれ者ばかりが揃う軍をまとめ上げる女傑である。

(わしらが初めて訪れた時は、丁度代替わりの時期じゃったのぅ。確か先代の名は……デオラ・ハルミレイア・オルターバ……じゃったか?)

まだダンブルフだった頃。カディアスマイト連合国にて、そのまとめ役となる代表の継承が数十年ぶりに行われる事もあり、皆で見学しにいった事があった。

古くからの伝統で、この最強の海軍を率いる者は軍属の女性から選ばれる。そして選ばれた者は、ハルミレイア・オルターバという名を継ぐという。

それはかつて、まだ争いばかりであった国々を連合国としてまとめ上げた二人の英雄の名だそうだ。

(あの海上パレードは、実に壮観じゃったのぅ)

今回、そんな当時の思い出に浸りながら目指す目的地は、その島の北端。岩山地帯の更に奥だ。海との境目が断崖絶壁となっている場所に入り口があるという。

「さて、あとどのくらいかかるかのぅ」

島は見えたものの、研究所まではまだ遠い。なんだかんだでカディアスマイト島の大きさは日本の本州と同程度だ。

今は、そんな島が遠くに薄っすらと見えてきたくらいである。それなりの高度で飛んでいる事もあり、島に到着するまでにまだ数時間は必要だろう。

よってここで浮足立っても仕方がない。ミラは一度落ち着くと、研究所の入り口について再確認した。

「確か、迎えがおるという話じゃったな……」

以前にソウルハウルから教えてもらった入り口の目印。更にあちら側にソロモンから連絡がいっているため、その付近に研究所の者が迎えを出しているとの事だ。

遠くから回り込むようにしてカディアスマイト島の北部断崖へと接近したミラは、地図を確認しながら入り口の目印を探した。

多分この辺りだとワゴンの御者台に出て目を凝らし周辺を見回す。そうしてあっちへふらふら、こっちへふらふらと飛び回っていた時だ。

断崖絶壁の手前。話に聞いていた目印らしきものを見つけたと思えば、その近くの海面に何やら見覚えのないものが浮かんでいる事に気付く。

「なんじゃあれは……」

まだ幾らか遠いため詳細まではわからない。だがそれは明らかに人工物であると判断出来るくらいには、特徴的な形をしていた。

ミラは興味を引かれるまま、そちらに近づいていく。

するとどうだ。あちらもまたこちらに気付いたのか、唐突に動き出した。しかも海面より垂直に上昇するなり、真っすぐとこちらに飛んできたではないか。

謎の飛行物体。その速度は、そこらの鳥よりもずっと速かった。そのためか正体不明の何かの急接近に対して、ガルーダが迎撃態勢をとる。

たちまちのうちに、あたり一帯が暴風に包まれた。

その直後だ。素早く軌道を変えた飛行物体は、ガルーダを翻弄するかのように飛び回り始めた。対するガルーダは、これを不審な危険物と判断したのか、いよいよ本気の迎撃態勢へと移行する。

「ガルーダや。大丈夫じゃ。随分とおちょくってきておるが、それは敵ではないからのぅ」

そのままにしておいたら、あたり一帯が嵐になってしまう。そして何よりも飛行物体の正体に心当たりのあるミラは、ガルーダに問題はないと告げた。

ミラが言うのならばといった態度で、吹き荒れる風を収めたガルーダ。

と、それを合図にしたかのように飛行物体も動きを止めると、今度はそのままミラの前にまで接近した。

そして、円盤状の上部がぱかりと開き、そこから女性が顔を出す。

手入れをさぼり気味の長い黒髪と、じっとりとした目つきに痩せ気味の身体。その姿はまさに、不健康そうな研究者をそのまま体現したかのようである。

「ああー、止めてくれるなよー。空の王者にどこまで通用するのか試したかったのにー」

開口一番でそんな言葉を口にした彼女は、とても不機嫌そうな顔でミラを見据える。

「馬鹿を言うでない。止めなければ今頃、海に沈んでおったぞ」

ミラはというと、その女性に対して呆れたように、だがそれでいて少しばかり楽しげに返した。

ミラは、彼女の事を知っていた。よく術具関係の制作で世話になっていた細工職人のミケイシャマーレ──略称ミケだ。

「いやいや、こいつの出来は相当なんだ。たとえ最強のガルーダが相手であろうと、空で後れを取るなんてないさ」

ミケは謎の飛行物体──空飛ぶ円盤の機動性テストをガルーダ相手に行いたかったようである。しかも相当な自信があるようだ。少しばかり挑発的な目で笑って見せる。

なんともわかりやすい挑戦状だろうか。

本来ならばさっさと破り捨てて、とっとと本題に入るところだ。しかし、ここにいるのは何かと実験といった類を好む九賢者の一人である。

「そこまで言うのならば、試してみるか?」

では、その円盤の撃墜タイムアタックでもしてやろうかと微笑むミラは、ペガサスを召喚するなりその背に跨りワゴンを収納する。荷物のなくなったガルーダは、これで万全の態勢となったわけだ。

「ああ、望むところだ!」

自信作ゆえに一切の妥協などなく、全力でかかってこいと答えるミケ。円盤に引っ込むなり何かしらのセーフティでも解除したのか、機械めいた音が高鳴り始めていく。

それからミラの合図で、空の王者ガルーダと空飛ぶ円盤のドッグファイトが始まった。

いったい何をどうやってどうしたのか、ミケが自信満々だった理由が窺える。空飛ぶ円盤の動きは、そこらの鳥や飛竜などとは比較にならないほど機敏だった。

停止状態からの急激な移動と方向転換。空を縦横無尽に飛び交うさまは、まさに誰もが思い浮かべるUFOそのものといえた。

ひとたびガルーダの視界から逃れれば、後は円盤の独擅場だ。華麗に宙を舞い翻弄する姿は、新たな空の支配者の誕生を予感させるほどまでの機動性を見せつけている。

けれど、それを眺めていたミラの顔には少しばかりの憐憫が浮かんでいた。

「まあ、流石にわしのガルーダが相手では分が悪かったのぅ」

一見すると円盤がガルーダを翻弄しているかのような光景だが、実際のところは違っていた。風の流れで全てを把握しているため、ガルーダはその動きをいちいち追いかけてはいないだけなのだ。

そして何よりも、その勝負は次にガルーダが動いたところで決着する事となる。

きっかけは、これで決めるとばかりに円盤が突撃した時だった。完全な死角からしかけたものだが、ガルーダは初めから捕捉済み。

ゆえに、ひとたび翼を羽ばたかせれば暴風が巻き起こり、あっという間に円盤を巻き上げていった。

そこから先は、もう完全にガルーダの支配下だ。円盤は自由自在に吹き荒れる風から脱出する事が出来ず、そのまま渦巻く風に放り込まれるなり、ぐるぐると回される。

『降参ー! 降参するからー!』

円盤にはスピーカーでもついているのだろう。暴風が吹き荒れる中でも懇願する声がはっきりと通り、また何かを口からぶちまける音もついでに響いたのだった。

日之本委員会が運営する研究所の一つ。カディアスマイト島北端に位置する場所にある『現代技術研究所』。

ミケに案内されて、その隠された入り口より内部に入る。そしてミラは、そこにあった広大な港を前に、これほどとはと感心する。

幅と奥行きはいったい何百メートルあるというのか。そしてどれだけの巨大船を停泊させられるというのか。

しかも現在建造中といった様子で作業が進められている船もそこに見受けられた。見た目からして、飛空船と思われる。だが、その大きさがもはや規格外だ。

ここでは今、豪華客船を空に飛ばそうなどと考えているのか。建造途中でも感じるその迫力に、ミラはただ驚くばかりだ。

そのように、この場を見るだけでも日之本委員会が有する技術と力が垣間見えるというものだ。

「改善点は把握した。次は勝つ!」

そんな研究所の責任者の一人がミケだという。彼女は一足先に着陸するなりふらふらした足取りでどこかへ駆け込み、ようやく今戻ってきたところだ。

服から何から先ほどとは全部変わっているミケ。

なお空飛ぶ円盤は、彼女が所属するチームの力を結集して作り上げた最新機だったそうだ。けれど彼女の負けっぷりからして、きっと円盤の中は相当に悲惨な事となっているだろう。

「あー、うむ。頑張れ」

あれには近づかないようにしよう。転がすようにして置いてある円盤を横目で見ながら、ミラは更に少しばかり距離をとった。

「にしても話には聞いていたが、本当に可愛くなっているんだな。ちょっと可愛過ぎて驚いた。これがあのダンブルフかって」

手にしていた水をぐいっと飲み干したミケは、ようやく落ち着いたとミラを見やり、改めてそんな感想を口にした。

ダンブルフがミラという美少女になった事。そんなミラが日之本委員会の研究施設を訪れる事は、事前にソロモンより聞いていたミケ。

ただ詳細などについては、本人に聞いてくれと言われたそうだ。ゆえに「で、なんでまた女の子になったんだ?」と、それはもうド直球な質問を投げかけてきた。

「……これはまあ……国のため、仲間達皆のためじゃな。何を隠そう九賢者の帰還はじゃな──」

ミラは、これまで同じ状況でしてきた言い訳を、ここでもまた繰り返した。帰ってこない九賢者を捜すために動きやすい姿にしたのだと。

それは実に穴だらけの言い訳だ。だがミラは勢いのままにそれで押し通し、結果多くの九賢者を見つけ帰還させる事に成功したのだと言ってのける。

「へぇ、あの九賢者帰国の裏には、そんな事実が隠されていたのかぁ。でも、なんで女の──」

「──しかしまあ、わしの事などそう面白いものでもあるまい! それよりも、ここはとんでもないところじゃな! どこもかしこも心躍る光景でいっぱいじゃ!」

その理由ならば、女の子ではなく男の子でもよかった。穴だらけの言い訳の致命的な部分を口にしようとしたミケ。それをいち早く察したミラは、その話題を切り上げるべく周囲を見回しながら半ば叫ぶように告げた。

実際のところ、この港にはロマンが詰まっている。実にワクワクする光景が間違いなくそこかしこに存在しているのだ。

あるのは、内部が汚染された円盤や建造中の超大型飛空船だけではない。他にも常識的な大型から小型まで、幾つもの飛空船が並んでいた。

しかもそこにあるどれもが、これまでに見てきたものとは違った形状ばかりときたものだ。

あれは何か、これは何かと好奇心のままに質問すれば、ミラへの興味などどうでもよくなったのか、ミケが得意げに答えてくれる。

曰く、ここにあるものはどれもが実験機だそうだ。完成した飛空船を基盤として、速度だったり積載量だったりといった面を特化させるなどといった改造を行っているという。

そしてゆくゆくは、中小企業などでも所有出来るくらいにまでコストを抑え、各国の物流を充実させていきたいとミケは語った。

「ほぅ、流石は魔導工学の最前線じゃのぅ──」

そのための実験機の数々。そして多くの国の幸福のためにと日々努力を続ける日之本委員会の研究員達。

その立派な志と確かな技術に感心するミラ。だが同時に、その道の困難さについても目の当たりにする事となる。

「じゃが、あの失敗ぶりからして、まだまだ時間はかかりそうじゃな……」

遠くからぼんという音が聞こえてきたかと思えば、一機の実験機が爆発炎上し始めた。見ただけでも大惨事とわかるほどの事故具合だ。

しかしながら、それの処理をする研究員達はといえば至って冷静。その手つきは、実に慣れたもの。

ここではそれほどまでに、爆発炎上程度は日常茶飯事というわけだ。

「こういうのは時間の問題って言うんだ。名言にもある。失敗ではない、うまくいかない方法を見つける事に成功したのだ、って感じのが」

そんな言葉を口にするなり、どや顔で笑うミケ。

なんとも前向きな名言であろうか。どこか呆れつつも笑うミラであったが、続く爆発音を耳にするなり本当に大丈夫なのかと心配になった。