軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

434 夢の化粧箱

四百三十四

次にミラが向かったのは、レヴィアードのところだ。

旧友との交流もあるが、特殊な任務を遂行するために仕方なくこのような姿をしているのだと、しっかり言い訳しておかなければならない。

撤去作業が進む大会会場だが、交通面の手配だなんだといった事情もあり、選手村の方は暫くの間健在のまま。選手達は期限がくるまで滞在出来る状態にある。

レヴィアードは、そんな選手村の部屋でのんびりとしていた。

「何やら随分と緩んでおるのぅ」

「ここは、気を張っている必要がないからいい。凄くいい」

闘技大会にて壮絶な試合を繰り広げたレヴィアードだが、漫画本を手に部屋で寛ぐ姿からは、その時の気迫の欠片も感じられなかった。

それどころかこの姿を見て、彼が最強のプレイヤーキラーだと思う者など一人もいないだろうほどの脱力具合だ。

彼が言うに、普段は野宿で魔物や野生動物に注意しなければならず、街にいても賞金稼ぎやら警備兵やらへの目を警戒する必要があったため、心安らぐ時間などほとんどなかったそうだ。

だが、この選手村ではプライベートが守られているばかりか、ニルヴァーナでは指名手配になっていないときたものだ。

いつぞや聖域に迷い込んだ時くらいぶりに落ち着けていると、それはもう嬉しそうに緩んでいる。

「何とも大変そうじゃな」

誰がどう思おうと、ゲームとしては、どこまでいってもプレイヤーキラーという扱いだったレヴィアード。

だが一転、現実となったこの世界において、彼が行ってきた事は全てが凶悪な殺人へと変わった。

実際の本人は、ただのロールプレイ好きなゲーム好きのため何とも不憫な状況だとミラは同情する。

そんな事もあってか、二人は暫しの間、のんびりと談笑した。

そして思い出話などもする中で、彼を取り巻く事情などもうかがい知る事となる。

「──ほぅ、それでわざわざ闘技大会に出たのじゃな」

かつての膨大なプレイヤーキルが原因で、今は凶悪な殺人鬼とされているレヴィアード。

ゆえに色々と動き辛く、金銭を獲得するのもまた一苦労との事だ。

彼ほどの腕前があれば稼ぎ方など幾らでもありそうだが、真っ当で健全な金銭となるとなかなか難しいらしい。

各国で指名手配されていると、冒険者登録も出来ないそうだ。

そうして生活費も底をつき始めてきたところで耳にしたのが、この闘技大会だったという。

元プレイヤーが国主を担っている国の場合、レヴィアードへの理解も幾らかある場合が多く、指名手配されていなかったりする。そもそも実際には誰も死んではいないのだから当然といえば当然だ。

ニルヴァーナも、そんな国だった。

そこで開催される闘技大会。しかも優勝賞金は、五十億リフという超破格の大盤振る舞いときたものだ。

「五十億取れれば、もう当分は安泰だからな。こうしてとっておきの術具も使って出場したってわけさ──」

戦いを求めて……ではなく生活費を稼ぐためにやってきたというレヴィアード。そのために、これまで温存してきたとっておきの変装用術具を使用したという。

ただ、その術具は極めて稀少であり、使用回数も限られた代物だそうだ。だがそれだけあって、隠蔽や偽装などを看破する特殊な鑑定系術式すらも欺けてしまえるらしい。

いざという時、限界まで困窮した時などは、これを使って真っ当に稼ぎ凌いでいたそうだ。

「──それがまさか、最後にあんな強いのが出てくるとはな……。それなりの元プレイヤーが出てきても勝てる自信はあったが、まさかあんな強いのが出てくるなんて思わなかった」

レヴィアードは、最後の最後で優勝の五十億リフに見放されてしまったと嘆く。

ただ、そうやって嘆きながらも「ところで、あのプリピュアって、もしかしてメイリンちゃんだったりする?」と、予想を口にした。

「うむ、流石じゃな。その通りじゃ」

最強のプレイヤーキラーというだけあって、相手の観察にも長けている彼は、その強さと動きの癖からプリピュアの正体に気付いたようだ。

見事正解だとミラが頷いたところ、レヴィアードは「やっぱりなぁ……そりゃあ出てくるよなぁ」と天を仰いだ。

九賢者は、未だ帰ってきてはいない。その情報に油断していたという。帰ってきてはいないが、この世界には来ている可能性だって十分にあったと。

「残念じゃったのぅ。あれはもう、ああいう娘じゃからな。仕方がないと諦めてくれ」

彼の気持ちもわかる。だがメイリンは止められない。ミラは苦笑しながらも、とはいえ二位もまた大金ではないかと慰める。

優勝に比べると大きく下がるものの、二位でも賞金は十億リフだ。多少贅沢に暮らしても、数十年単位で生活に困らない額である。

「まあ、そうなんだが術具を使い切った事を考えると、そこまでなんだよなぁ……」

まだ十億リフ以上は問題なく稼げるだけの使用回数が残っていたため、二位ではそこまで意味はなかったとため息を漏らすレヴィアード。

ただ一つだけ良かった点があるとするならば、こうして久しぶりに寛げているくらいだと笑った。

「それはまた……難儀じゃのぅ」

彼が十分な生活費を稼げなかった原因が身内にあるためか何ともばつの悪いミラは、そっと視線を逸らした。

「──ところで今更だけど、何でそんな姿になってるんだ? 俺が使った術具でも、そこまでは変えられない。もし何かもっといいものがあるなら教えてほしいんだけど!?」

むしろレヴィアードにとってはここからが本当に話したかった事のようだ。それはともかくとばかりな勢いで身を乗り出してきた。

ミラとしては話が変わって助かったところだが、その変わった先もまた実に避けたい話題であった。

とはいえ今回ここに来た理由の半分以上は、その点についての言い訳である。

また、ダンブルフをよく知る者ほど、その疑問は強い。ダンブルフが、自身の姿を気に入っていた事は有名だったからだ。

ただ生活に直結する問題という事もあってか、レヴィアードはそれ以上に何を使ったらここまで別人に変われるのかの方が気になっている様子だった。

「ぬ? ああ、うむ。えっと、まずはじゃな──」

思わぬ興味の方向に少しばかり面食らったミラだったが、気を取り直すと、用意していた文言と共にそれを語った。

まず初めに一番大切な言い訳。この姿になったのは、国の未来にかかわる重要な任務を遂行するためだと、はっきり告げる。当時とは正反対の姿になる事で、誰にも悟られないようにと考えた結果が、このミラであると。

「──まあ、お主にはあっさり気づかれてしまったがのぅ……」

なんて厄介な技能だと苦笑するミラだったが、レヴィアードは任務云々について、どうでもよさそうだ。それよりも、どうすればそこまで変身出来るのかという答えを求める圧が強まっていく。

「……とまあ、そういう理由でこの姿になったのじゃが、方法なぞ言わずとも直ぐにわかるじゃろう? 化粧箱以外にありはせぬよ」

一先ず保身用の一手は打てた。手応えはなかったが、この分なら問題ないだろうと判断したミラは催促されるようにしながら、それを成した方法について口にした。

そもそも、これだけ根本から変化するには、かの化粧箱以外にありはしないだろうと。

「化粧箱……」

レヴィアードの反応は、疑問だった。その顔に浮かぶのは、『はて、化粧箱とはなんだろう』である。

だが続いて、少しばかり考え込んでから閃いたとばかりに目を見開いた。

「もしかして、あの課金アイテムのやつか?」

「うむ、その化粧箱じゃよ」

窺うようなレヴィアードに、その通りだと頷き返すミラ。

するとどうだ。彼は、「それじゃあ、無理だぁ……」と肩を落として項垂れた。

実際のところ、もうそれを入手する手段はないからだ。ゲーム時代に買ったまま残してでもいない限り、もう化粧箱は使えないのである。

「まあ、今となっては入手不可じゃからのぅ。たった五百円の課金アイテムが、今ではアーティファクト以上のレアものときたものじゃ」

たった五百円。それをもう一度でも使えたならダンブルフに戻れたはずがと、こちらもまた項垂れるミラ。

と、そんなぼやき程度の言葉だったが、不意にレヴィアードは「あれ? そういえば……」と、何かを思い出したかのようにアイテムボックスを漁り始めた。

「何じゃ、どうかしたのか?」

世を儚んだといった状態から少しばかり立ち直ったレヴィアード。その様子を前にして、もしやまさかとその指先を睨むミラ。

レヴィアードの指先は、アイテムボックス内の何かを探すように動き続ける。

色々と多く買いだめして、人目のつかない場所に引きこもってきたのだろう。彼のアイテムボックスは、相当な量の物資で溢れかえっているようだ。一つのものを探すのも一苦労な様子である。

だが遂に、そんな作業を始めてから数分が経ったところで彼の指が止まった。

「……いやさ、この世界に来る前にネットマネーの有効期限がどうたらってメールが来たんだ。その時、もったいないからってとりあえず買っておいたわけだよ。その事、今まで完全に忘れてた!」

どこかで聞いた事のあるような経緯を語ったレヴィアードは、希望に満ちた顔でそれを取り出してみせた。

そう、彼は化粧箱を無駄に使うような事はせず、しっかりと保管していたのだ。

「なんという事じゃ……」

見た目は、まるで玉手箱のような和風で黒い漆塗りの箱。それは、まごう事なき化粧箱だった。

もう二度と手に入れる事の出来ないもの。唯一、完璧だった頃のダンブルフに戻れるもの。そして、誰かに渡したり貰ったり出来ないもの。

ミラが欲してやまず、それでいて諦めるしかないそれが目の前にある。

羨望、そして嫉妬の眼差しを向けるミラ。対するレヴィアードはというと──。

「ありがとう、ダ──いや、ミラさん! ずっと昔の事だからすっかり忘れていたよ! お陰で、これを買ったままだった事を思い出せた。いやはやアイテムボックスは、きちんと整理しないとダメだね」

化粧箱さえあれば、変装などとは別次元のレベルで見た目を変える事が出来る。

もう指名手配なんてなんのそのだ。世に出回っている手配書の人相書きやら特徴云々といった何もかもが無意味なものに変わるのだから。

そして何よりも、今後は変装をする必要がなくなるという事が大きい。つまりは、そのために苦労をしたり気を使ったりしなくてもよくなるのだ。

何も気にせず、素の状態でいられる。今までずっと隠れて暮らしていたレヴィアードにとって、その平穏は、それこそ夢にまで見た暮らしであるだろう。

だからこそ、その道を照らし出したミラはレヴィアードにとっての恩人となったようだ。

「本当にありがとう。俺、頑張れそうだ!」

「そうか、それはよかったのぅ。では、達者でな」

今後について幾らか話したところで、そろそろ行くと立ち上がったミラ。

レヴィアードは、未来が明るい……どころか眩しくすらあるほどの笑顔を浮かべている。

二度と手に入らない化粧箱。彼はそれを手にしたが、ミラにとっては決して叶わぬ夢。このままでは虚しくなり続けるだけだと別れの挨拶を告げたミラは、逃げるようにしてその場から駆け出す。

「ああ、待ってミラさん! 出来ればもう少し付き合ってもらいたいんだ!」

そんなミラを制止するレヴィアード。彼は続けて言った。少し不安だから、見守っていてほしいと。

「ぬぅ……まあ、よい。わかった。待つとしよう」

そこまでの義理はなく、待たされるほどに持つ者と持たざる者の格差を見せつけられるだけだ。ゆえに無視してもよかったのだが、レヴィアードの必死さに加えて気になる点もあったため、その場に留まる事にした。

それは、化粧箱を使ったらどのように変わるのか、といった点だ。

一応、雑談時にソロモンから、化粧箱はこの現実となった世界でも有効だという話は聞いていた。

だが話に聞いただけで、それがどのようにして効果を発揮するのかは未確認だ。

ミラが口にしている言い訳は、最重要任務のためにそれを使ったという設定である。よって、そのあたりをしかと確認しておくのも悪くないとミラは思ったわけだ。

「ありがとう、それじゃあ早速試してみるよ。あ、ここにあるものは好きに食べてていいから」

今後の生活が大きく変わるターニングポイント。それを前にして、レヴィアードは居ても立っても居られないようだ。そう言うなり、化粧箱の蓋を開いた。

「おお……!」

瞬間、レヴィアードの身体が光の玉に包まれる。

それは眩いというような光ではなく、まるで煌々と灯るランタンのようなものだった。

だが、その中で何か起きているのかは一切窺い知れず、レヴィアードがどのような状態になっているのかはまったくわからない。

それでも、しっかりと化粧箱が機能している事は、なんとなくわかった。

使用時の光景がゲーム時代と同じだったからだ。

この光の玉には、何か凄い力でもあるのだろう。そんな事を思いながら、ミラは彼がどのように変身するのかを楽しみに待つ事にした。