軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

425 決着

四百二十五

開始から三十分以上にも及んだ無差別級決勝も、いよいよ終盤へと差し掛かった。

共に相手の動きを概ね読み切ったからというのもあるのだろう。嵐のような試合に唐突として凪の如き静寂が訪れる。

「これはどうしたのか、突如として両選手の動きが止まりました! 何かを狙っているのか、何かを待っているのか。張り詰めた緊張感が舞台上を包み込んでいきます」

急激な動からの静に何事かとどよめく観客達。ピナシュは、息もつかせぬ展開の末に生まれた無音を振り払うように実況を挟みミラを見やる。

「ふむ、どうやら両者共に準備が整ったようじゃな。これは次で試合が大きく動く事になるじゃろう」

互いに読み合い、それぞれの手を潰し合った結果、試合は消耗戦へと突入する手前にまで来ていた。

このまま続ければ、先に体力が尽きるか集中力が途切れた者の負けとなるのは確実だ。

だが対戦大好きなメイリンとレヴィアードは、そんな決着で納得するような人物ではなかった。

はっきりとした勝敗、はっきりとした一撃でもって勝利とする。それこそが二人の持つ共通の矜持というものである。

(二人とも面倒な性格じゃからのぅ)

どちらの事も知っているミラは、そんな二人を面倒なものだと笑う。だが、そこに馬鹿にした様子は一切ない。代わりにあるのは多少の呆れだ。

最後に勝てば、過程は気にしない。それが《軍勢》の二つ名を持つダンブルフの──ミラのスタイルであり、消耗戦に持ち込めば常勝してきたからこその違いだった。

対して明確な勝敗を望む二人は、一定の距離を保ったまま睨み合っている。

共に狙うのは一撃必殺。しかも、この大会の間に一度も使わなかった技を繰り出すだろう。

ミラの解説によってそれを把握する観客達は、それはもう今日一番というほどの集中力で舞台上を見つめて固唾を呑む。

純粋な気持ちでプリピュアを応援する子供達と、大きなお友達。その他にも、中にはこの勝敗に賭けている者もいた。

(頼むぞ、メイリン……!)

ミラもまた召喚術の未来のために祈る。

様々な感情や思惑までもが入り交じり、ただならぬ気配に包まれていく闘技場。

そんな中心で対峙する二人の目には、燃え滾るような闘志と、好敵手に出会えた喜びの色が爛々と宿っていた。

そして、だからこそ負けられないという意地が二人の間で激しくせめぎ合う。

存分に全力を出せる相手。二人ほどの実力にもなれば、そう簡単には見つけられないだろう。

ゆえに両者は、この時間が終わってしまうのが惜しいとその顔に浮かべながら、同時に勝利への渇望を爆発させた。

それはまさに一瞬の出来事──。

二人の姿が掻き消えたかと思えば、空をも裂くのではないかという程の破裂音が響き渡ったのだ。

しかもその刹那の後、強烈な振動と重なるようにして二つの衝撃音が舞台上を揺らしていた。

「これはいったい、何が起きたというのか……!?」

もはや何度目になるかわからないそれを口にしたピナシュは、それでいて今回は今まで以上に意味がわからないと舞台上を見つめている。

ピナシュ、そして観客達が気付いた時、メイリンとレヴィアードは舞台を囲む石壁を砕きめり込んでいる状態であったからだ。

どのような攻防をすれば、このような結果になるのか。誰もがそんな疑問を浮かべると同時に期待する。それらを明確にしてくれるミラの解説を。

けれどミラは、ここにきてそんな期待に応える事が出来なかった。

「ふーむ、まったく大したものじゃ。今のは、わしでも最後まで追いきれんかった。残留する術式の痕跡から見て、プリピュア選手は一点突破で強力な仙術、《 宵満月(よいみつき) 》を放ったと推測出来る。対してトムドッグ選手も相応の技で対抗したようじゃが……どのようにぶつかり合えばこのようになるのか……」

現場の状況と直前までの様子。それらから幾らかは読み取れた。だが両者が交差した瞬間、全力をぶつけ合ったその時に二人がどのような攻防を繰り広げたのかまでは、ミラでも把握しきれなかった。

メイリンが放った術は、ここ一番で繰り出すにふさわしい奥義。それを前にしたレヴィアードが何をどうしたら両者仲良く壁に激突などという結果になるのか。

「まさかミラさんまでもが、わからないほどとは……。これはとんでもない事になりました! 果たして二人は無事なのでしょうか!?」

この決勝までの間、どのような試合でも、どのような展開だろうとも、そこで起きた全てを的確に解説してきたミラが唯一わからないと告げた一瞬の攻防。

ピナシュは試合のみならず、そんなミラの言葉にも驚きを示した。

しかもその驚きはピナシュだけに限ったものではないようだ。同時に客席側にもどよめきが広がっていく。

「おいおい……精霊女王が把握出来なかったって、どんだけだよ……」

「ミラ様をもってしてもわからないとは……あの二人何者なんだ?」

「凄いな。この俺も今のは見えなかった。こりゃあとんでもないぞ」

舞台上で起きた一瞬の攻防。常人の目どころか、会場にいる一流冒険者の誰もが捉えられなかった展開。これまで当然のように解説していた精霊女王すらも把握出来ないほどの何か。

そんな状況を前にした観客達は、だからこそ大いに沸き立った。

プリピュアとトムドッグ。二人はいったい何者なのかと。正体を隠す超一流の冒険者か、はたまたどこかの国の将軍か、それとも伝説に名を遺す激動の時代の強者か。

想像以上に壮絶となった試合に憶測が飛び交い、会場全体が更なる熱気に包まれていく。

そして様々な期待に満ちた多くの目が見守る中、両選手を確認するために審判が舞台に上がろうとした直後の事だ。

二人に動きがあった。めり込んだ壁から、ふらりと抜け出したメイリンとレヴィアード。

どうやら先程までの状態は相打った結果だったようだ。しかも共に放ったのは決着にふさわしい必殺技という事もあり、舞台に立ったとはいえ二人は満身創痍の様相であった。

だがそれでいて、どちらの目もギラギラと輝いている。お互いに実力を認め合い、それでいて互いに勝利は譲らないという意志で燃え盛っていた。

「立っているのもやっとといった姿です。けれどどちらも、その足を止めません!」

「あれはもう、意地じゃろうな。それだけで動いておる」

一歩二歩と身体を引きずるようにして歩み寄っていくメイリンとレヴィアード。

そして再び舞台の中央にて、どちらとも一足で飛び込める圏内にまで迫った。

共に構えをとると、途端に闘技場全体から音が消えた。

きっと次で決着だ。誰もがそれを直感し、息も忘れるほどに集中して舞台上を見つめる。

更に解説室でもピナシュだけでなく、ミラもまた二人がどう動くのか次こそは見逃すまいと全神経をそこだけに向けた。

恐ろしいほどの緊張感に包まれた闘技場。

まるで時が止まったかのように誰も微動だにせず、凍り付くような鋭い気配だけがその中央にて渦巻いている。

もしや永遠にこのままになるのではないか。そんな錯覚すら覚えそうになるほど張り詰めた静寂は、あまりにも荒々しく破られた。

静からの激動。瞬間にレヴィアードが先に動く。傷だらけの身体をものともせずに重心を低く構え、その両足に力を集束させていく。

それは、彼が最も得意とするもの。超高速移動から必殺の一撃を放つ構え。先の先をとる極みともされる奥の手だ。

だからこそ、メイリンはいち早く反応した。後手に回っては不利になる。反射的に判断したのだろう、右手にマナを集束させながら、そこに活路を切り開かんとばかりに飛び出した。

直後──。

疾駆するメイリンを前にして、レヴィアードはそれを待っていたとばかりに体勢を変えるなり、手にした得物をその場で振り抜いたではないか。

遠当てである。それは《闘術》の基礎ともされる、飛ぶ一撃。

基礎の技とはいえ、その威力は使い手の技量に大きく左右される。ゆえに彼ほどの実力ともなれば巨大な岩すらも切り裂いてしまえるほどだった。

ここにきてレヴィアードは虚偽を混ぜてきたのだ。切り札の奥義とみせかけて、応じた相手を打ち落とすための不意打ちである。

彼は、わかっていた。ボロボロになった身体では、もう奥義の速さに耐えられないと。だからこそ誘う事に賭けたのだ。

その賭けは見事に的中する。互いに技を出し尽くしてきたからこそ、その誘いは、より効果を発揮したわけだ。

まさかの遠当て。それは、見ている誰もが虚を突かれた一撃であり、観客席がどよめく。

ミラとピナシュもまた、このギリギリの場面にて放たれた不意打ちに、まさかと声を上げた。

その刹那──。

【仙術・天:錬衝】

それは、何よりもミラが目を見開く光景だった。

レヴィアードが放ったカウンターの一撃。もはや完璧過ぎて避ける事など不可能なタイミングでそれが放たれた数瞬後、メイリンもまた仙術を撃ち出したのだ。

舞台上を突き抜けていく衝撃波。いったいどこまでを見越していたのか。メイリンもまた動き出した時から、既に遠距離用であるその仙術の準備を完了させていた。

素直にぶつかり合うつもりかと思いきや、メイリンもまたここにきて搦め手を用意していたわけだ。

遠当てに対して迎え撃つように放たれた錬衝。見事にメイリンがレヴィアードの不意打ちを相殺した──かと思った矢先にそれは起きた。

「なんと……!」

遠当てと錬衝は、互いに掠めるようにしてすれ違っていったのだ。

メイリンは、この場面においても守らず攻めたわけである。

次の瞬間、共に必中のタイミングで放たれたそれらが二人に直撃した。

幾重にも練り込まれた衝撃波を、咄嗟に構えた両腕で受け止めるレヴィアード。けれども全身を巡る衝撃は尋常ではなく、苦悶の声が漏れ出る。

メイリンはというと──遠当てを左腕で受け止めていた。

途端に血しぶきが舞い、舞台が鮮血に染まる。だがそれでいてメイリンの動きには躊躇いも淀みも浮かばなかった。

勢いはそのままにレヴィアードへと一気に肉薄していく。

ほんの僅かな判断の差。次に繋ぐための一手。急激な動の後、再び静に戻った時。メイリンの拳は、レヴィアードの腹部にそっと添えられていた。

レヴィアードが衝撃に怯んだ僅かな隙に、メイリンが拳を差し込んだのだ。

そしてメイリンはその姿勢のままレヴィアードを見上げ、それはもう楽しげに、にんまりと笑った。

「……降参だ」

ただ添えられただけの拳で何が出来るのか。レヴィアードは戦いの中で、そこから派生する様々な可能性を感じ取ったのだろう。

だからこそ、この状況になった時点で敗北を察し、その言葉を口にしたのだ。

その時、闘技場全体が沈黙に包まれた。何が起きたのか、何が起きているのか把握が追い付いていないからだ。

生まれた僅かな間。そこからレヴィアードの言葉の意味を呑み込んで審判が叫ぶ。

「勝者、プリピュア選手!」

そのコールが響くと共に観客席が一気に沸き立ち、これまでにないほどの喝采が降り注いだ。無差別級の決勝に相応しい試合であったと。

「ふぅ……いやはや、次から次に巻き起こる怒涛の展開に、実況を忘れて見入ってしまいました。さて、ミラさん。決着のポイントはなんだったと思いますか?」

息をするのも忘れていたと実況を再開するピナシュ。とはいえ何が起きたのかは把握しきれていないため、やるのはミラに話を振る事だけだ。

それに対してミラはというと、集中していた甲斐もあってか決着時の攻防については、ばっちりと把握出来ていた。

だからこそ、それはもう饒舌に語り始める。

「ふむ、そこはやはり仙術の一つ《剛体剛気》じゃな。これは全身を岩のように硬くして守りを強めるためのものじゃが、その効果を左腕一点に集中させる事で、トムドッグ選手が放った遠当てを防ぎきったわけじゃ。それでも腕一本を犠牲にするほどの深手じゃが、トムドッグ選手の腕前からして本来ならば腕など軽く斬り飛ばされてしまっておったじゃろうからのぅ。あの程度で済んだのは、プリピュア選手の卓越した腕前があってこそじゃ。これによって腕一本が使い物にならなくなったが、あの場面においては最小のダメージで済んだといえよう。その結果、身を守る事を重視したトムドッグ選手に対し、最後の一手においてプリピュア選手が先に打てたという次第じゃな」

そのように解説したミラは、遠当てによる傷がもう少し深ければ今頃はプリピュア選手の方が倒れていただろうと締めくくった。

と、そのようにしてミラが生き生きと解説している間にも舞台上では色々と慌ただしく動いていく。

左腕から夥しく出血しながらも、どこか慣れているといった様子のメイリン。そんな彼女に大慌てで駆け寄って治療を始めているのはエスメラルダだ。

その傍らでは、レヴィアードが用意された担架に首を横に振って応え、その足で退場していった。

最後の錬衝によって全身ボロボロのはずだが、その歩みは軽く、しかも彼の顔には満足そうな笑みすら浮かんでいた。

(あ奴もまた、相変わらずのようじゃな……)

面白い対戦相手を見つけた、とでもいうような顔のレヴィアードを見やるなり、やれやれと肩を竦めるミラ。

かつて多くのプレイヤーを震え上がらせた最強のプレイヤーキラー、レヴィアード。

プレイヤーキラー。そこには、どことなく負のイメージがつきまとうものだ。

強盗に嫌がらせであったり、新人狩りに弱い者いじめだったりと、実際そういった欲を満たすためにプレイヤーを狙っているような者も多い。

ゆえにその大半は、それこそ犯罪者の如く扱われていたりする。

アーク・アース オンラインにおいても、これらのプレイヤーキラーは指名手配だったり賞金首だったりといった扱いがほとんどだ。

そんな数いるプレイヤーキラーの中で最も有名なレヴィアードだが……実は彼は、そういった一般的なイメージとはどこか違うところにいた。

その理由は、きっと彼のプレイスタイルによるものが大きいだろう。

(初めて出会った時は、それはもうびっくりさせられたものじゃのぅ)

彼がターゲットにするのは、強いと評判の者ばかり。しかも負かした相手の所持品の強奪などを一切行わないときたものだ。

そんな彼の目的。それは、対戦だった。

レヴィアードは、極度の対戦好きなのだ。そして、そこにもう一つの強い拘りが加わった事で、神出鬼没の殺人鬼という像が作られた。

その拘りとは、ロールプレイだ。

そうして熱く燃えるような対戦を求めるレヴィアードが辿り着いたのが、プレイヤーキラーというプレイスタイルだった。

存分に対戦を挑んでいけるばかりか、リベンジのために対戦相手が徒党を組んでやってくる事もある。

目立てば目立つほど、より強い者が現れ、更なる緊張感に満ちた対戦が楽しめた。

ゆえにレヴィアードは神出鬼没にして出会ったら最期という殺人鬼を好んで演じていたわけだ。

強い相手との闘いを求めているという点ではメイリンにも通じるところがあるだろう。

二人の違いはというと、正面から正々堂々なメイリンに対してレヴィアードはあらゆる戦術謀略を駆使するという点だ。

(ふーむ、そういえば確か、多くの国で指名手配されておったはずじゃが……今はどうなのじゃろうな)

レヴィアードの手にかかったプレイヤーは大勢いる。しかも彼は国や立場などお構いなく、強い者を優先的に襲撃していた。

強いプレイヤーは、自然と役職も上になる。ゲーム時代では当たり前の事だ。

理由はどうであれ、プレイヤーキラーにキルされたとなれば、恨まれるのもまた必然。

結果レヴィアードは、多くのプレイヤーの国で極悪殺人鬼として指名手配されていたものだ。

(ふむ、時間が出来たら、ちょいと様子を見に行くのもありじゃな!)

だがそれもゲーム時代の話。現実となった今はどうなのか。

それなりの交友があった彼である。ミラは、今度挨拶でもしてみようかと考えるのだった。