軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

373 ミラの決断

三百七十三

遊女達の手も借りて、地図探しを始めてから二十分と少々。十一人という数で片っ端から調べていったため、早くも一通りの調査が完了した。

だがしかし、目的の品は見つからなかった。

「ぬぅ……いったいどこに」

地図の類は幾つか出てきたものの、金具が付いていなかったり、マナに反応しなかったりで探し物とは違う。

ガローバから訊き出した情報はカグラの自白の術によるものであるため、そこに偽りはない。

あるとするならば、ユーグストがガローバに偽の情報を与えていたか、そもそもこの部屋には置いていないかのどちらかだろう。

「あら、この絵画、カナンが好きそうね」

どうしたものか。そう、見つかった地図を念入りに確かめ直していたところで、そんなラノアの声が聞こえた。

ふと振り返ったところ、ラノアは壁に数十と掛けられた絵画の一枚を見つめていた。

「あ、本当ね。このゆるふわ具合は、カナン好みだわ」

「あの子、こういうの好きだったものね」

「カナンちゃん、もう元気になったかしら……」

思うように見つからず集中力も散漫になってきたようで、ラノアの言葉に引き寄せられるようにして遊女達が集まっていく。

そして、その絵画を一緒に眺めながら、どこか懐かしくも寂しそうな顔で話し始めた。

聞こえてくる話の内容からすると、以前の王様専属の遊女仲間にカナンという女性がいたようだ。

ゆるふわ好きで、性格もどこか緩くてふわふわした感じだったらしい。だが、そんな彼女の無邪気さが王様のサディスティックな趣味にぴったりと嵌ってしまった。

結果、カナンという娘は心に傷を負い、引退していったという事だ。

(あの男……このまま去勢しておいた方がよいのではないじゃろうか)

イリスにトラウマを植え付けたように、ユーグストの暴れぶりは、ずっと前から続いているようだ。彼女達の口振りからして、カナンという女性も多くいる被害者のうちの一人と思われる。

「この絵を見たら、カナンちゃん喜ぶかなぁ」

思い出話が広がっていく中、遊女の一人がその絵画を手に取りながら少し寂しげに呟いた。特に仲が良かったようで、今でも月に一度、手紙のやりとりをしているそうだ。

一緒にこの絵画を送ったら、少しは慰めになるだろうかと考えての言葉だったのだろう。

とはいえ証拠が見つかれば、全てがミラのものになる。よって遊女達は、せめてこれだけでもと懇願するような目でミラに振り返った。

対してミラはというと、理由が理由である。「是非、送ってやるとよい」と答えるつもりで口を開き──かけたその時だ。

「カナンちゃんのためにっていう気持ちはわかるけど、ほかにも王様のせいで同じように辛い思いをしている子達が沢山いるわ。ここで一人だけ特別扱いするのは、どうかしらね……」

そうラノアが苦言を呈したのだ。

それは確かに、もっともな意見である。カナンと同じく、王様が原因で沢山の女性が心に傷を負った。そんな中で一人が特別扱いされたと知ったら、どう思うか。

「それともう一つなんだけど、原因になった王様の私物を送るのは、ちょっと止めておいた方がいいかもしれないわね」

細かい事はどうであれ、慰めのためにプレゼントを贈るのは悪くない。だが幾ら持ち主が変わるとはいえ、直前まで王様が秘蔵していたお宝である。それをプレゼントするのは如何なものかとラノアは続けた。

「そっか……そうよね」

「ラノアの言う通りね」

カナンだけ特別にというだけでなく、そもそも心に傷を負った元凶の私物を贈るなど、一歩間違えればただの嫌がらせである。

それを悟ったのか、遊女は残念そうな面持ちで手にしていた絵画を元の場所に戻す。

と、その時だ。上手く絵画が掛からずに、何度もカタカタと揺すっていたところで、それがひらりと舞い落ちた。

「あら、何か落ちたわよ」

絵画の裏にでも隠してあったのだろう。それに気付いた遊女の一人が、落ちた何かを拾い上げる。

「おお、それはもしや!?」

見た目は、大き目の封筒といったところだろうか。どうやら中には何かが入っているようで、ミラは期待を高まらせる。

「もしかしてもしかするんじゃない!?」

「今度こそ、きたんじゃないかしら!?」

わざわざ隠してあった事からして、もしや探していた証拠だろうかと遊女達の注目も集まっていく。

とはいえ、これまでに見つかったそれらしい羊皮紙の中には、本の間や棚の隙間など、如何にも怪しいといったところに隠れていたものもあった。

また、ぬか喜びになるかもしれない。そう誰もが心で思いながらも、遂に見つかったのではないかと全力で盛り上がる。

「じゃあ……開けるわね」

一つ深呼吸してから、遊女は拾った封筒の封を開けていく。それを遊女共々、ミラも固唾を呑んで見守る。

封筒から出てきたのは、折り畳まれた羊皮紙であった。第一条件クリアだと沸く遊女達。

続けて広げてみたところ、そこは全くの白紙となっていたではないか。しかも隅には金具がついているときたものだ。

それは明らかに、これまでに見つかったどの羊皮紙よりも特殊なものだとわかる状態であった。

「ミミちゃん……」

託すようにして、その羊皮紙を差し出す遊女。

「うむ……」

ミラは緊張の面持ちでそれを受け取ると、最後の確認のために、ゆっくりとマナを流し込んだ。

するとどうだ。みるみるうちに、地図のような図柄が浮かび上がって来たではないか。

その結果、ガローバから訊き出した全ての条件が一致した。つまり、この羊皮紙こそが『イラ・ムエルテ』のボスがいる場所を突き止めるための術具の一つであると判明したのだ。

「これじゃ、これが探していた証拠品じゃー!」

何度となく肩透かしを食らいつつも、とうとう見つけたと喜ぶミラ。

ただ、そんなミラよりも遊女達の喜びようといったらなかった。

「それってつまり、あの王様は犯罪者で確定したって事よね?」

「王様、逮捕決定って事でいいのかな?」

「花街特区、強制退去確定ですか?」

それはもう期待に満ち満ちた顔でミラに迫る。

実際、証拠というのはただの方便であったが、ミラはその通りだと答え、これでもうあの男に言い逃れする術は無くなったと告げた。

すると彼女達は互いに抱き合いながら、健闘を称え合う。

王様から解放されたという喜びもあるようだが、やはり何よりも一番は、お宝のようだ。

これで無事に王様の私財は、ミラの預かりとなった。遊女達は喜びを分かち合ったかと思えば、待ってましたとばかりに散っていき、全力でお宝選びを始めた。

何とも現金な者達だと、一瞬のうちに独りとなったミラは、しっかりと再確認してからアイテムボックスに地図を収めた。

「私、これにする!」

地図が見つかってから、十分と少々。遊女の一人──カナンの友人だという彼女がお宝の山から選び出したのは、ここにある中でも特にとびきり高価そうな宝飾品だった。

「うわぁ、凄い! そんなのどこにあったの!?」

「あー、やられた! きっとそれが一番高いやつね」

どれだけ芸術性が高かろうと、また希少品であろうと元は王様の私物である。それをプレゼントにするどうこうについてラノアが言った事は、彼女達の選択にも影響を与えていたようだ。

結果、見るたびに王様の事を思い出してしまいそうな品など要らないという答えに至ったようで、とにかく換金性の高い品を見極め選び出そうと必死な様子である。

そんな中で初めにこれだと選ばれたお宝は、希少な宝石が多く鏤められたブローチだった。

芸術品や骨董品の類というのは、そのほとんどが素人では価値を推しはかるのが難しいものばかりだ。

けれど装飾品の定番である宝石ともなれば、詳しくなくとも幾らかの目星はつけられるというものである。

だからこそ彼女は、それを選んだのだろう。きっと最低でも五千万リフは下らないだろうと思われるお宝だ。

あれを超えられるものはないだろうと他の遊女達が残念がる中、カナンの友人である彼女は少し考えた後に衝撃の発言をした。

「ラノアさんが、ああ言ってて、私もその通りだと思ったけど……。でもやっぱりカナンちゃんが心配だから、私は、この半分の金額をカナンちゃんに送る!」

王様の被害者は、カナン以外にも沢山いる。だからこそ贔屓するのは、あまり良くない。ラノアはそう言っていたが、彼女はそれでもカナンのために何かがしたいと思い至ったようだ。

「ノーラ……貴女って人は……」

そんな彼女の──ノーラの言葉を受けて、ラノアは呆れたようにため息をもらす。だがそれでいて、その顔には優しげな微笑みが浮かんでいた。

他の被害者の事を思えば、褒められた事ではない。けれど彼女の優しさは、決して無下に出来るようなものでもないのだから。

するとどうした事か、他の遊女達もそんなノーラの言葉に感化されたようである。

「なら私も! 私も半分! ──……えっと四分の一を皆のために使う!」

「私もそうするわ! あの子達が元気になれるように四分の一を寄付します!」

「うん、それ、私も乗りましょう!」

などと、次から次に遊女達全員が言い出したのだ。そして最後に一人が、「ね、ラノア。これなら公平だと思わない?」と笑顔で告げる。

全員が王様被害者全員に少しずつわけて支援すれば、カナンだけが特別扱いされているなどとは思われない。何とも単純な発想だ。

「ええ、そうね。それなら問題はないでしょうね。……ほんと、お人好しなんだから」

ノーラに続けとばかりな遊女達の言葉を前に、ラノアは再び呆れたように笑った。

幾ら王様のプレイについていけず心に傷を負ったからとはいえ、それはこの仕事を選んだ本人達の責任である。

そして、ここにいる遊女達とラノアは同じような状況にありながらも折れずに、それを耐え抜いた者達だ。

けれど彼女達は、心に傷を負った者達をあざ笑う事も、見下す事もしなかった。それどころか、その辛さにそっと寄り添う優しさを秘めている。

(実に良い子ばかりじゃのぅ)

カナンのため、そして皆のためにも頑張ろうと気合を入れ直してお宝探しを再開する遊女達。そうと決まったなら、ここにあるお宝の上位十個を見事選び抜いてみせようぞとばかりな気迫に溢れていた。

少しでも多く支援金にするため、そして何よりも自分自身の取り分のためにと必死である。

仲間想いでもあるが、やっぱりお金も大好きなのだ。

ミラはそんな彼女達を見つめながら、一つ決心した。

「ところで私達が十番目までの宝物を持って行っちゃったらさ、ミミちゃん落ち込まないかな?」

「大丈夫よ。これだけあるんだもん。十番目まで見つけちゃっても、総額でどうにかなるわよ」

「それに、好きなものを持っていっていいって言ったのは、ミミちゃんだからね!」

言質はとっているため、高額なお宝だろうと容赦なく持っていったって構わないはずだ。そんな自信を胸に、全員の知識を総動員してお宝を鑑定していく遊女達。

その傍には上位候補として選別された、煌びやかな宝飾品の置かれた台があった。

「ほぅほぅ、これまた高そうなものを選んでおるのぅ」

ミラは、その台をまじまじと見つめながら、どこか大袈裟にそう言った。

すると遊女達の間に僅かな緊張が走る。ここにきて限度が決められてしまわないか。選べる範囲が縮小されてしまわないかと。

そんな彼女達に対して、ミラは続けてこう言った。「じゃが、その努力はもう必要ないぞ」と。

「え?」

「どういう事?」

もしや、選べなくなるのか。欲張り過ぎてしまったか。遊女達はそんな考えを脳裏に浮かべる。

ただ、それを口にしたミラは、それこそ天使のように優しい表情をしていたために困惑もした。

ミラは、そんな彼女達を前にして少しもったいぶったように微笑んでから、その真意を告げた。

「仲間に対するお主達の想い、実に天晴じゃ。よって、ここにある全てをお主達に譲ろうと思うたのじゃよ。いちいち選ばずとも、全部持っていけばよいぞ!」

遊女達の話から断片的に得られた、王様の非道による被害者の状況。それを知り、またそのためにと立ち上がったノーラ達に、ミラは感銘を受けたのだ。

生活面の補助や、心の医者にかかるための費用、そして薬代。それを補助し、社会に復帰出来るよう、ここにあるお宝の全てを使う。

むしろそれこそが、最も有意義な使い方というものだ。

そう説明したミラは、「無論、仲間達のために使うと約束するならば、じゃがな」と続け、皆の反応を待つ。

「え……──」

ミラの提案を聞いたノーラ達は、その内容を前にして、そんなまさかといった顔で沈黙する。

軽く見積もっても、一生どころか十生くらい遊んで暮らせるだけのお宝である。それを全部譲ろうなどと言い出したのだ。正気かと疑うのも仕方がないだろう。むしろそれが普通の反応というものだ。

彼女達からしてみれば、冗談でしたと続いた方が笑えるくらいに突拍子もない提案である。

「ほんと、に?」

だがミラに冗談を言っている様子はなく、ノーラは窺うように訊いた。

その問いに大きく頷いて返したミラは、嘘ではないと証明するかのようにノーラを見据え、「お主の心意気が、何よりの決め手じゃ」と告げた。

「ミミちゃん……──!」

そんなミラの態度と言葉によって、いよいよそれが真実であると呑み込めたのか、ノーラ達の顔が困惑から驚愕、そして興奮から喜びへと瞬く間に移り変わっていった。

「うん、皆のために使うって約束する!」

「任せて、ミミちゃん!」

ここにあるお宝は、被害者達のために。そう約束したノーラに続き、他の遊女達もまた力強く答える。きっと必ず、と。

「うむ、ならばお主達に預けよう!」

ユーグストが秘蔵していた大量のお宝。持ち帰ったならば、きっと究極装備作りの資金として十分な金額になっていたはずだ。

けれどミラはノーラ達の優しさを尊重し、未練など無いとばかりに言い切った。

「流石、ミミちゃん!」

「よっ、正義の執行者!」

ミラの宣言で更に沸き立つ遊女達。途中からそんな囃し立てるような声に変わり、お祭りだとばかりに盛り上がっていく。

なお、この場にミラの知り合いがいたならば、ミラの言葉は優しさ半分で、残りは美人相手に格好つけているだけだと見破った事だろう。

ミラの顔には、僅かながらの未練と愉悦が浮かんでいたからだ。

「貴女もまた、相当なお人好しなのね」

そんなミラの顔を読んでか読まずか、呆れ気味に微笑みながらラノアが言う。

「なに、ただの気まぐれじゃよ」

未練はあるが後悔は微塵もない。そうミラは心の中で笑い飛ばした。