軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

372 宝部屋

三百七十二

「凄いのね、ミミちゃん。術の腕前だけじゃなくて、こういうのも詳しいんだ」

「うむ、この程度の解読など朝飯前じゃよ!」

仕掛けられた強力な破壊の術式とその発動条件を事細かく説明したミラは、ラノアに褒められてふんぞり返った。

術具などに刻まれる術式というのは、基本的に九種の術に使われているものと基礎部分は同じである。

ゆえに立場上、召喚術だけでなく他の術種の術式も熟知しているミラにとって、それを読み解くのは難しい事でもないのだ。

今回、この天井に刻まれている術式からわかるのは、大きくわけて二つ。

一つ目は、専用の鍵以外で開けようとした場合に限り、術式が起動する。

二つ目は、この部屋の全体に壊滅的な破壊がもたらされるというものだ。

と、そういった解説をし終わり、ともかく鍵さえ見つかれば安全に開けられるだろうと話していたところ──

「あったわ!」

そんな声が向こうの方から響いてきた。

「おお、見つけたようじゃな!」

ユーグストから訊き出せない以上、見つけるのは相当に大変だと思っていた鍵だったが、どうやら無事に発見したようだ。やいのやいのと盛り上がる遊女達の声が聞こえる。

「ええ、よかったわ」

ラノアはといえば、そっと微笑むだけであり、むしろ見つけられて当然とでもいった様子であった。

もしかしたら、本当は鍵の在りかを知っていたのではないだろうか。ラノアが見せる表情、そしてこれまでの状況からして、ふとそう思ったミラは単純な好奇心でそれを訊こうと振り返る。

だが、それよりも早くドタドタと騒がしい足音が近づいてくると、遊女達がキラキラとした笑顔で部屋に飛び込んできた。

「あった! あったわよ!」

「ほら見て、見つけたわ!」

「ラノアが覚えていてくれたお陰ね!」

部屋に戻ってきた遊女達は、どうだとばかりにそれを掲げた。

全体的に黒く、何かしらの術式が刻まれた鍵である。彼女達が言うに、その鍵はラノアの言った小さな机の中に隠すようにして置いてあったそうだ。

そんな中、一人の遊女が「聞いてラノア、私が見つけたのよ」と胸を張る。

よほど自慢したかったのか。彼女は、この鍵は机の引き出しの二重になっていた底で見つけたのだと、それはもう得意気に語った。

何でも机の棚を全部引っ張り出して、ひっくり返していたところで、棚の底が剥がれ落ち、そこにこの鍵があったという。

机の中に隠されていた鍵。きっとこれで間違いないと、彼女は自信満々だ。

「どう、ミミちゃん?」

黒い鍵には、小さな術式のようなものが刻まれていた。それを見たのだろう、ラノアは専門家に確認するようにミラへと振り向いた。

「ふむ、どれどれ」

遊女達から鍵を受け取ったミラは、そこに刻まれている術式を調べた。そして直ぐに、これで正解だろうと結論を述べる。

鍵に刻まれていた術式は、二つ。

一つは、適量のマナを流す事で形状を変化させるというもの。

つまりは、そのまま使おうとすれば、たちまち大爆発するというわけだ。

そしてもう一つは、形状が変化する事で組み上がる術式。天井に刻まれた爆発のそれを不活性化出来るものだった。

この二点からして、この扉の鍵で間違いないだろう。

そうミラが告げると更に盛り上がった遊女達は、それでいて「さあ、開けちゃってどうぞ!」と言いつつ部屋の外に退避する。

間違いはないものの、やはり罠がすぐ頭の上にあるという状況は恐ろしいようだ。

ともあれ、それが普通の心理というものであろう。ミラは気にせず、手にした鍵に適量のマナを流し込みつつ扉の鍵穴に差し込んだ。

「お主は、部屋の外に出なくてよいのか?」

ふと手を止めたミラは、そういって横を向く。

すると、そこに立っていたラノアは「ええ、大丈夫よ」と微笑んだ。

間違いないというミラの判断を信じているからか、それとも単に度胸が据わっているのか。彼女の顔には一切の恐れもなかった。

まあいいかと、ミラは鍵を捻った。

ガチャリという音が小さく響くと共に、天井にあった術式が淡く霞んでいく。そしてドアノブを回せば、何事もなく扉が開いた。

「おお、これまた──」

扉前から覗けた奥の部屋。その光景に思わず心躍らせたミラだったが、その刹那に殺到した遊女達によってあっという間に視界が塞がれてしまった。

「凄い、凄いわ!」

「流石ね。これは正に王様の財宝よ!」

「なんだか、いっぱいあるわね!」

罠が無効化されたとわかった途端、我先にと押しかけて扉の中へとなだれ込んでいった遊女達は、一様に驚愕と感動の声を上げた。

だが、それもまた無理もない。その部屋には、一目でお宝だとわかるようなものばかりが並べられていたからだ。

「これは、想像以上ね……」

遊女達に続きその部屋に踏み込んだラノアもまた、そう驚きを浮かべた。そして、片っ端から手にとっては「凄い」だの「綺麗」だのと騒ぐ遊女達とは別に、じっくりとそれらを見て回り始める。

「さて、ここにあればよいのじゃが……」

ミラもまた遊女達と同じようにテンションは上がったものの、気を取り直して目的の品を探していく。

大陸最大の犯罪組織『イラ・ムエルテ』の真のボスがいる場所を示す四つの術具。その一つであるユーグストが持つ分については、詳細をガローバから得ている。

何よりもまずは、地図の形をしているそうだ。

その地図は特別製のインクを使っているため、マナを流す事で図が浮かび上がるようになっているという。

そして、一つの角に、それぞれの術具を連結させるための小さな金具がついているとの事だった。

(それと確か羊皮紙という事じゃったが……結構あるのぅ)

沢山のお宝が並ぶ棚には、探し物に似ているものも多く置かれていた。

どこぞの宝の在りかを示しているかのような地図。

現実を超越したかのように幻想的な風景画。

何かの薬の調合方法が書かれたレシピなど。

羊皮紙ともなれば、一見するとお宝っぽくは見えないものだ。ゆえにお宝ばかりが集まるこの部屋では探し易そうだが、それは間違いだった。

見回しただけでも、結構な数の羊皮紙が散在しているのだ。

しかもそれらは大半が丸められているため、一目見ただけでは何なのかがまったくわからない状態だ。

(ふーむ、とりあえず角についた金属とやらを目印に探した方がよさそうじゃな)

そう目標を改めて、確認を続けていくミラ。

ただ、取捨選択において幾らか効率は上がったものの、固定用やら補強用やらで小さな金具がついているものもちらほらとあった。よって、直ぐには見つからない。

と、そのようにミラがあくせく探している最中の事だ。

「あ、これ好き! 私はこれが欲しいなぁ」

「私はこれー。もう、一目惚れよね」

お宝を粗方見終えたのか、遊女達が、この中でどれが一番欲しいかという話をし始めたのである。

けれど遊女の一人が放った言葉で、ミラは一気に話題の渦中に巻き込まれる事となった。

「でも、王様を捕まえたのはミミちゃんだから、ここのものも全部ミミちゃんのものなんじゃないの?」

捕まえただけでお宝の所有権が移るというのもまた暴論染みているが、その言葉は彼女達の心に刺さったようである。

「確かに……」

「その通りね……」

そう納得する遊女達。だが、その顔には諦めた色は微塵も浮かんではいなかった。探し物をするミラに、そろりそろりと近づいていき「ミーミーちゃん」と、甘えるように声をかけたのだ。

「む、何じゃ? 揃いも揃って」

振り返ると、遊女達がにこやかな笑顔で並んでいる。いったい何事だろうとミラが首を傾げたところで、遊女の一人がそれを口にした。「ところでミミちゃんは、ここにあるものってどうする予定なのかな?」と。

「ふむ……どうと言われてものぅ。どうする予定もないのじゃが……どうなのじゃろうな」

目的は、一つだけ。他のものについては特にこれといって考えてはおらず、むしろその言葉で、そういえばどうなるのだろうかという疑問が浮かんできたくらいだった。

すると、そんな反応のミラに遊女の一人が、「この街にはルールがあってね──」と、とある決まりごとについて説明してくれた。

それは、犯罪行為についてだ。

歓楽街を中心に賑わうミディトリアの街の中でも、この花街特区は特に厳しく取り締まられているという。

何でも、悪事を働いた者は容赦なく問答無用で強制退去となるそうだ。

「確かミミちゃんは、さっき悪事の証拠がどうとか言ってたよね。それが見つかったとしたら、王様はここから追放になるのよ」

花街特区という場所は、思った以上に厳重に保護されていた。どこの誰だろうと悪党は容赦なく叩き出す決まりらしい。そしてその際には、私物の一切を持ち出す暇もなく強制執行されるというのだ。

では、残された私物はどうなるかというと、執行者、または執行組織預かりという事になっているらしい。

持ち主に返すなり着服するなり、好きにしていいそうだ。

「王様がどんな悪い事していたかは知らないけど、今回の場合だと捕まえたミミちゃんが執行者になるから、証拠が見つかればルール上、ここのものはミミちゃんの管理になると思うの」

「でもほら、こんなにいっぱいあるから、ね?」

「一つでもいいから、貰えないかなぁ、とか思ったり?」

決まり事がどうとかこうとか話したところで、そう本音を口にした遊女達。

対してミラはというと、この花街特区の決まり事に、まさかと心の中で歓喜していた。

見た限り、ここにあるのは美術品がほとんどであり、冒険の役に立ちそうなものはない。よって、そこまで興味は惹かれていなかったのだが、高価な美術品が全て自分のものになると聞かされれば気持ちも動くというものだ。

「ふむ、そういう事じゃったか」

そのように表面上は冷静に理解を示しつつ、心の中では全力で考えを巡らせる。

きっと売り捌けば、かなりの金額になる事だろう。そうともなれば精錬素材購入のほか、最強装備制作計画の資金にだってなる。

そして何よりも、美味しいものは食べ放題、豪華な宿にだって気楽に宿泊出来る。

何て素晴らしいルールであろうか。ミラは他にも色々な要素を踏まえて、ここは素晴らしい場所だと花街特区を心の中で称賛する。

お金は、幾らあっても困らない。お宝も、幾らあっても困らない。

ここにあるものを全て換金したとしたら、それこそ夢のような生活がこの先に待っているだろう。

と、そんな妄想を繰り広げていたところ、ミラは遊女達の声で現実に引き戻される。

「どうかな、ミミちゃん」

「お願い!」

「一つだけ、一つだけだから!」

そう懇願する遊女達は、既に好みの一品を選んでいるようだ。それを手に潤んだ瞳でミラに迫る。

ミラはというと、そんな彼女達の可愛らしいお願い攻撃に頬を緩めていた。そして調子よく、答えようとした時だ。

「ほら、貴女達。我がまま言わないの。そもそも、まだミミちゃんの言う証拠が見つかっていないんだから」

そうラノアが、ぴしゃりと遊女達を窘めたのである。更に彼女は元の場所に戻すようにと告げてから、「ごめんなさいね、ミミちゃん」と苦笑する。

「いや、まあ……うむ……」

ラノアに謝られ、そしてお宝を棚に戻す遊女達の姿を見て、ミラはどことない罪悪感に苛まれた。

輝かんばかりだった遊女達の笑顔は、それはもう一転して暗雲に沈んでいる。ラノアに叱られた事に加え、これだけのお宝を前にして見るだけしか出来ない状態に戻されたのだ。

ただただ見せつけられるだけ。遊女達は、落ち込む一方だった。

ミラもまたそんな彼女達の様子に、何とも言えない気持ちを抱く。そして改めて、別に一個ずつくらいならば構わない、と言おうとしたところ──

「うーん、そうだ。ミミちゃん、皆で証拠を探して見つかったら貰ってもいいっていうのはどう?」

遊女達の落ち込みようは見ていられないとばかりにラノアがそんな提案をしたのだ。

証拠さえ見つかれば、ここにあるお宝は全てミラのものだ。それこそ、ここにいる全員にプレゼントしたところで問題ないだけの量があると、ラノアは続ける。

「うむ、よいぞ!」

遊女達の雰囲気に心を痛めていたミラは、ここぞとばかりにその案を肯定した。

するとどうだ。たちまちのうちに、彼女達の表情が晴れやかに輝いていったではないか。

「探すわ! 全力で探すわ!」

「任せてミミちゃん! アリ一匹見逃さないから!」

「私は、こっちを調べるわね!」

証拠さえ見つかれば。そんな希望を得た彼女達の行動は迅速であり、また見事なまでの連係をみせた。

とはいえ、そこはまだ勢いばかりが先行したからか、少しして遊女の一人から質問が上がる。「ところで、証拠ってどういうものなのかしら?」と。

「それはじゃな──」

ミラは角に金具がついた地図のようなものだと答え、自身も捜索を再開する。

思わぬ形ではあったが、人手を得られたのは頼もしい限りだ。きっとこれならば見つけられるはずだと、ミラもまた期待を高めていった。