軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

309 ラトナトラヤ

三百九

ニルヴァーナ皇国の首都、ラトナトラヤ。かつても相当な規模ではあったが、三十年経って見るその街は、更にその面積を広げていた。ここだけで人口が五十万は超えているのではないかと思えるほどの大都市となっていたのだ。

綺麗に整備された通りと、夜でも安心な街灯。煉瓦造りの街並みは、千八百年代後半のロンドンに近い。まるで、どこかにホームズでも歩いていそうな雰囲気だ。

そんな街を抜けて巨大な闘技場のある、これまた広大な広場の手前に降り立ったミラとブルース。

するとまた雰囲気が変わり、いかにもコロッセオといった光景が広がっていた。

大きな祭りである事を否応でも実感させる賑わいに満ちた空間だ。

「さて、大会は頼んだぞ。流石にあ奴が出るとなれば優勝は難しいじゃろうが、決勝か準決勝くらいまでは勝ち上がるようにのぅ」

「善処致します……」

なぜ、一週間もヴァルハラで過ごしたのか。色々あったりはしたが、一番の理由はブルースを大会決勝にまで残れるくらいの実力に鍛え上げるためだ。

果たして、その目的は叶ったのか。それはまだわからないが、少なくともブルースは一週間前よりずっと実力を伸ばしていた。この短期間で出来る最大限の成長を達成したといっても過言ではないだろう。

ゆえにミラは期待する。ブルースが大会で活躍し、召喚術が脚光を浴びる日がくる事を。ミラ自身が大会に出られない以上、それを成せる可能性は今、ブルースの双肩にかかっているのだ。

メイリンが出場している事を考えれば、優勝は難しいと言わざるを得ない。だが、決勝や準決勝まで残ればそれなりの注目は集まるはずだ、というのがミラの思惑である。

「ではな。それと、これはわしからの餞別じゃ。これからも、日々の鍛錬を忘れるでないぞ」

共に行くのはここまで。ここから先は、大会出場希望者用の受付だ。ミラは、ブルースを見送る中で一冊のノートを差し出した。

「こ……これは!?」

ノートを受け取ったブルースは、それを開き確認したところで、その目を見開く。そこにあったのは、ヴァルハラで教えた事の更に先となる召喚術の知識と技術であったからだ。

ミラは言う。特訓は、一週間で終わりではない。そして大会までの間に出来るだろう特訓メニューをまとめておいたぞと。

「ありがとうございます! 今後もミラ様の教えを糧に、精進させていただきます!」

大会の本戦までは、まだまだ時間がある。このノートを基に特訓すれば、今よりも成長出来るだろう。

急遽、無差別級に出場する事になってしまったが、もしかしたら本当にいいところまでいけるかもしれない。そんな一縷の希望がブルースの胸の中に浮かんだ。また何よりも、九賢者の教えを更に受けられる事に喜んだ彼は、それはもう真っ直ぐな目で応えたのだった。

ブルースは大会出場のため、選手受付の窓口へと向かった。そしてミラはというと、早速とばかりに周辺を捜し始めた。一先ずは、どこにいるのかわからないメイリンを見つけるのが優先だ。

予選開始までは、まだ一週間ほどある。それだけあれば、きっと来ているだろう彼女を見つけられるはずだ。

しかも、これだけ強そうな者達で賑わう場所であるため、ところどころの小規模な舞台の上では、ストリートファイト的な試合が行われていた。

メイリンの事である。どこかしらで百人抜きなどをやっている可能性も高い。そう予想したミラは、血気盛んで騒がしい場所を中心に会場を見て回った。

(これはまた、近年まれに見るお祭り騒ぎじゃのぅ)

沢山の屋台と、沢山の特設舞台。簡単な試合だけでなく、クイズ大会やらファッションショー、オーケストラの演奏やらといったものまで行われているではないか。

それらを一気に楽しめるこの会場は、娯楽の粋が集まったといっても過言ではない盛り上がりとなっていた。

するとやはり、強い決意を持ちながらも、つい誘われてしまう時があるというもの。

(ふむ……見る分には至高じゃな!)

とある特設ステージの前。そこには、粉もの料理の載った紙皿と果実サワーを手にしたミラの姿があった。そしてその目の前では、『マジカルナイツ』の秋物新作魔法少女風衣装のお披露目が行われている。

しかも、それだけでは終わらない。魔法美女なる大人向けの新ブランドまで発表されて、会場の盛り上がりは最高潮だ。知的でクールな印象を受けるデザインであり、微かな妖艶さを秘めた、そんなブランドのようだ。

(あー、これはルミナリアが好きそうな感じじゃのぅ)

そんな感想を抱きつつ、ミラはファッションショーを最後まで見物した。

「あ、やっぱりミラちゃんだ!」

マジカルナイツ主催のファッションショーも終わり、おっとメイリンを捜さないととミラが立ち上がった時だ。不意にそんな声が脇から響いてきた。しかも、何やら面識でもあるような様子の声だ。

はて、誰だろうか。そう振り返ったところ、そこには魔法少女風の衣装でばっちり決めた、金髪女性の姿があった。

「む……お主は確か……」

どことなく見覚えがある。だが、どうにも人の顔を覚えるのが苦手なミラは、そこから先が出てこない。間違いなく会った事はあるが、どこだったか。

そうミラが停止していたところ、その様子を察したのか、相手の女性が思い出してとばかりにヒントを口にした。

「ほら、大陸鉄道で一緒の席に座った、このマジカルナイツの、こうして写真も撮った」

カメラを手に、その時の状況を再現してみせる女性。と、それらのヒントをきっかけにして、ミラは「お、おお! そうじゃった、あの時の!」と、ようやくその出会いを思い出した。

ただ、名前までは雲の中であり、そっと 調べた(・・・) 後、「テレサじゃな!」と、さも覚えてましたとばかりに続ける。

「うわぁ、嬉しい。覚えててくれたんだね、ミラちゃん!」

そう満面の笑みで喜んだテレサは、「ところで──」と前置きしてからそっと顔を近づけてきた。そして、セントポリーやハクストハウゼンで活躍した精霊女王とは、ミラの事かという問いを口にした。

「うむ、わしの事じゃな」

わざわざ隠す事でもないとして、ミラは少し自慢げに答える。するとテレサは、「やっぱり!」とますます表情を輝かせ、「写真撮影させてください!」と泣きついてきた。

なんでも、一月前ほどの事。大陸鉄道で撮った写真がたまたま部長の目に入り、これは精霊女王ではないのかという話になったらしい。

そして、もしそうなら顔見知りとしてのチャンスを活かし、巻頭を飾る写真を撮ってこいという無茶振りをされたそうだ。

それも、マジカルナイツが発行している雑誌『リリカルナイツ』に掲載するためだという。

「私、ただの広報なのに……」

そんな愚痴を零しつつも、助けてくださいと懇願するテレサ。

「大変じゃのぅ」

対してミラは少しだけ考えた後、「十分くらいならよいぞ」と答えた。面倒だという気持ちはあるものの、彼女を助けると思っての返答だ。

「ありがとう、ミラちゃん!」

それこそ飛んで喜んだテレサ。

モデル用に用意した更衣室兼撮影スペースがあるようで、テレサはミラを案内するようにして、マジカルナイツの特設小屋へと入っていった。

ミラもまた、やれやれといった具合に続く。

その近くだ。ミラとテレサのやり取りをたまたま耳にしていた者がいた。

その者は早速、得意気な様子で知り合いに話す。精霊女王が来ているぞと。

「ありがとう、ミラちゃん! お陰で、部長に褒められそうだよ」

十分ほどの写真撮影が終わり、どこかへ連絡をとった後、テレサは満足気に、そして安堵したように笑う。

どうやら、例の部長に今回の撮影成功を報告したようだ。そして、来月のリリカルナイツの表紙グラビアに決定という確約をもらったとはしゃいでいる。

これまで、余程せっつかれていたのだろう。その喜びようは、それ以上の何かを思わせるほどのものだった。

表紙グラビア。元プレイヤー達が持ち込んだ技術や文化というものが、ところどころに鏤められたこの世界。そんな言葉がテレサの口からさらりと出てきた事からして、ミラは雑誌という文化も随分と浸透しているのだなと実感する。

また、まさか見るだけだった表紙グラビアに自分が載る事になるとはと苦笑した。

「まあ、喜んでもらえたのなら何よりじゃ」

ともあれ、知り合いが嬉しそうならそれでいい。ミラは続けて、お祭り巡り……もといメイリン捜しに戻るため別れの言葉を口にしようとした。その時である。

「あ、ごめんなさい!」

急に何かを思い出したかのようにして、テレサが声を上げたのだ。

「む、何じゃ? 撮り忘れでもあったか?」

撮影時間十分では、この可愛さを収めきれはしないだろう。ミラが、そんなおかしな自信を持ちながら訊いたところ、その答えは、それ以前の問題についてであった。

「ちょっと、ミラちゃんに逢えた事で興奮しちゃって忘れてた。えっとね、撮影料についてなんだけど──」

写真など、タダで撮って構わない。そんな気概で付き合っていたミラにテレサが告げた金額は、なんと五十万リフという大金だった。

「冒険者の人の場合、いつもは組合宛てに振り込む形なんだけど、それでいいかな?」

そう説明を続けたテレサに対して、ミラは、こういうのも慣れたものだとばかりな雰囲気を出しながら、「うむ、それで構わぬ」と答えた。

なお、撮影料の振り込みは一週間後になるそうだ。

と、そうしている間に次のイベントショーの準備が始まった。裏方が騒がしくなっていくのがわかる。

「それじゃあね、ミラちゃん。またね。私、大会中は、だいたいここにいるから。いつでも来てね」

「うむ、またそのうちにのぅ」

更衣室も兼ねているため、撮影スペースに集まったモデルの女性達が着替え始める。そんな中で別れの挨拶を交わした二人。そうなれば、この場に留まるのは不自然というもの。

ミラは後ろ髪を引かれつつも、その場を後にした。

(何やら、見られておるな)

マジカルナイツの特設舞台会場を出てからメイリンを捜す事十数分。ミラは、ふとした違和感を覚え、周囲の様子を観察する。どうにもマジカルナイツの会場を出た辺りから、向けられる視線が多くなったと。

ただ、少しして、その疑問は晴れた。両親に連れられた少女が「精霊女王さんですか?」と、それはもうキラキラした顔で駆け寄ってきたからだ。

「うむ、そうじゃよー」

にこやかに微笑みながら、少女の頭を撫でるミラ。すると周囲で様子を窺っていた者達が俄かに沸き立ち始めた。

実は、精霊女王として伝わっている外見的情報は、魔法少女風衣装を着た銀髪碧眼の少女というものだけだった。

今の世界ではそう珍しい特徴ではないため、意外にも気付きにくいものだ。しかも正確な容姿のわかる写真はまだ広くは出回っていないため、歩いていても、わからない事が多い。

しかしそこに精霊女王が近くにいるぞ、という情報が加わるとどうか。噂通りの見た目をした人物がいたら、きっと直ぐに本人かという考えに至る事だろう。

この少女も、そうして直ぐにミラを精霊女王だと思ったようだ。

ミラは精霊女王に会えたと喜ぶ少女をペガサスに乗せるなどして、更に喜ばせた。そして別れ際に「召喚術は素晴らしいじゃろう」などと、しっかり召喚術の良いイメージを植え込む事も忘れなかった。

ただ、そうした事で、いよいよその存在がおおやけになり、注目度が飛躍的に増加した。少女と別れた後、声を掛けられる回数が増え、その都度足を止める時間も長くなっていく。

(さて、いよいよ、変装の出番かもしれんのぅ)

召喚術の宣伝には良いのだが、このままでは動き辛く、メイリン捜しの方に支障が出るかもしれない。

有名人とは、なかなか辛いものだ。そうにやにやしつつ、どこで変装しようかと周囲を探った。

こういう時のための準備は、既に万全。ソロモンに貰った、例の髪染めの出番が来たわけだ。

ただ、ここで一つだけ誤算があった。

「む……」

変装するのに丁度いい場所が、見つからないのだ。

この場合、直ぐに思い付くのは公共施設のトイレなどだが、そこはあくまでトイレであって、用を足すための場所だ。更衣室に使うなどもっての外である。

次にミラが思い付いたのは、服飾店の更衣室だが、これもいわずもがなというもの。客のために用意してあるそれを、客でない者が使えるはずはない。

そうして行き着いた三つ目の方法は、自分のワゴンを更衣室にしてしまう事だった。前の二つに比べ現実的ではあるが、一つ欠点があった。

それは、これだけ注目が集まった状態では、こっそりとワゴンで変装する事が出来ないというものだ。変装したところで、出るところを見られたら変装の意味がない。

さて、どうしたものか。そう悩んだ末、ミラは踵を返す。そして現状において最も適していると思われる場所に向けて歩き出した。