軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

307 特訓の日々

三百七

離れた場所にある訓練場。アルフィナ達七姉妹にヘルクーネら三姉妹が交ざってから数時間。基礎訓練が終わった後、三対三対三対一に分かれての模擬戦が行われていた。そして、三姉妹は相当に苦戦しているようで、時折悲鳴めいた声がミラ達のところまで届いてくる。

「あれは、大丈夫なのでしょうか……」

心配そうに声の方へと顔を向けるブルース。そんな彼に対してミラは、「人の心配が出来るとは、まだまだ余裕があるようじゃな」と微笑み、ダークナイトを召喚する。

その途端にブルースの顔から血の気が引いていった。

こちらもこちらで、ブルースを鍛え上げるための特訓が始まっていた。より実戦的に、相手の攻撃を掻い潜りながら上級召喚を成功させるための特訓だ。

少しだけ形になってきた盾の部分召喚を駆使してダークナイトの猛攻を防ぎ、詠唱を紡ぐ。

何だかんだいいつつも、ブルースは凄腕だ。何度目かでそれを成功させる。だがそれは、ただの始まりに過ぎず、更なる苦難が彼を襲った。

黒剣ではなく、訓練用の木剣に持ち替えているダークナイト。そしてミラの腕に巻き付いたまま、出番を待つ治癒の白蛇アスクレピオス。ヘルクーネ達と違い、ブルースの特訓に充てる時間は一週間と決めているからこそのスパルタ特訓であった。

しかも、この次には座学も待っている。新たな召喚術の技と知識を叩き込むのだ。

後にブルースは語る。この時間は人生でもっともきつく、もっとも充実した一週間だったと。

そうして時間は瞬く間に過ぎて、夕食時。料理の完成を待つ団らんとした時間。食堂に集まった中には、ヘルクーネ達の姿もあった。どうやら実力が一段階上になったとアルフィナに認められるまで、三姉妹もここで共同生活を行う事になったそうだ。

ただ、宮殿に入る前は、まさか入れるなんてと興奮した様子であった三人だが今は違う。

訓練の疲れがどっと押し寄せたのだろう。テーブルにぐったりと突っ伏していた。その顔は疲れ果てており、一日で随分とやつれた様子だ。

対して七姉妹はというと、こちらもまた疲労の色が濃く見えた。三姉妹ほどではないが一様に表情は冴えない。何でも訓練終了の間際に、ハードな追い込み特訓があったそうだ。

ただフローディナは夕食の準備があるため、早めに上がっていた事もあり、七姉妹の中ではまだまだ余裕が窺えた。

また、訓練中は死にかけた顔をしていたクリスティナだが、終わった後の回復は早いようだ。むしろ訓練が終わったからこそ、今は一番元気にみえる。

「主様、主様。今日の夕食は、デザートがつくそうですよ」

そうにこやかな笑顔を浮かべるクリスティナは、デザートが解禁されたのは主様のお陰だと囃し立てる。そして、「今度、是非主様も私達の──」と、そういいかけたところで言葉を止め、「またお時間がある時にー」と、どこか逃げるように席へ戻っていった。

するとその直後に、アルフィナがやってきた。今日一日で確認した三姉妹の現状と実力、そして今後の予定についてまとめたそうだ。ヘルクーネ、エルエネ、ラグリンネの訓練方針が書かれた表がアルフィナより提出された。

「ふむ……なるほど。なかなかバランスが良さそうじゃな」

流石はアルフィナである。三人の適性を見抜き、それに沿った訓練内容がそこにはみっちりと書き込まれていた。

どうやらヘルクーネは盾役として、エルエネは近接、ラグリンネは中距離での戦いに適しているとの事だ。

「いかがでしょうか、ブルース殿。適性を見た限りでは、この内容が最適かと。ただブルース殿が持つ手勢や戦略によっては、別の方針も」

アルフィナはミラに報告した後、その隣に座るブルースに意見を求める。契約者の戦い方によっては、それだけが最適とは限らないからだ。

「いえ、もう非の打ち所がないです。こちらで是非お願いします」

前衛二と中衛一。ミラとは違い仙術で接近戦を行えないブルースは後衛となるため、アルフィナの訓練内容は現状に適したものだった。

「お任せください」

そう答えて一礼したアルフィナは、早速とばかりに三姉妹の方へと歩いていった。そしてぐったりとした三人の肩を叩き、その訓練計画表を見せる。

ヘルクーネ達の声にならない悲鳴が響いた。

「ほぅ、『音響視認』か。便利そうじゃな。チェック……っと」

賑やかに夕食の時間が過ぎた後、ミラは部屋で寛ぎながら『技能大全』で使えそうな技能を探していた。そんな時、今日も今日とて部屋を訪れる者があった。

「──……よし、大丈夫そうですね」

部屋に顔を覗かせるや否や、キョロキョロと確認するように見渡した後、「主様、聞いて下さいー」と泣きつくようにやってきたのは、クリスティナだ。

「ふむ、昨日もそう言って来ておったが何用じゃ?」

昨日の事。部屋にアルフィナがいた際に訪ねてきた時は、何でもないと帰っていたクリスティナ。だが今日は大丈夫らしい。どうやらその様子からして、アルフィナには聞かせられない話があるようだ。

それは何かと尋ねたミラ。するとやはりとでもいうべきか、クリスティナが来た理由は、訓練についての愚痴と懇願だった。

「──というわけでして、いつもならここでようやく終わるはずでした。でも──」

クリスティナが言うには、普段通りのハードな訓練が終わったのも束の間。最後にアルフィナとのタイマン勝負が行われ、全員が見事に叩きのめされたとの事だ。

訓練時は三対三対三対一という状態からして、アルフィナの負担は相当であっただろう。だが壮絶な訓練の後、更に一対一で全員を叩きのめしたというアルフィナ。流石はヴァルハラ随一というべきか、その実力は頭一つ抜けているようだ。

ただクリスティナの話によると、訓練後にこのような一対一の訓練が入る事は、これまでに一度もなかったという。

「きっと主様に頼まれたから、相当張り切っているんだと思います。そして多分、明日も明後日も……。ですから主様! 私達の訓練を見学してくださいませんか!? そして、それとなく……──」

懇願するクリスティナが、必死な顔で縋りつく。だが、そうしていたところで、またも誰かが来たらしい。扉をノックする音が響いた。

瞬間、びくりと肩を震わせるクリスティナ。何かを感じ取ったようで「まさか……」と震える声で呟き、扉の方へと振り返る。

ミラが「よいぞ」と返事をすると、案の定というべきか、話にあったアルフィナが扉から姿を現した。

「主様、昨日の続きをしたく思いまして。本日も聖剣をお貸し願えないでしょうか」

アルフィナは、これから聖剣サンクティアを使う新必殺技の開発特訓を行いたいと告げる。

と、そんな大義名分を掲げ、今日も主より聖剣を賜る栄誉を、などとも考えているようだ。その表情は少し、というよりかなり期待に満ちていた。

「うむ、構わぬぞ。じゃが、長くとも日が変わるまでじゃ。時間になったらしっかりと休む事。よいな?」

アルフィナの事である。しっかりと忠告しておかなければ、夜通し訓練に明け暮れるだろう。そして、その予想は大よそ当たっていたようで、「畏まりました」と答えたアルフィナは、少しだけしょんぼりしていた。

だがしかし。聖剣サンクティアを召喚し、それを手渡せば一転。跪き、感無量とばかりに打ち震えるアルフィナ。

「ああ、光栄にございます!」

そう、ひとしきり歓喜したところで立ち上がり、このまま何事もなく立ち去ろうかという時、クリスティナがそうなる事を願っていたところだった。アルフィナの視線がクリスティナに向けられたのである。

「ところでクリスティナ。私達の訓練が、どうかしたのですか? 見学がどうとも聞こえましたが」

「え!? えっと、それは……ですねぇ……」

先程まで話していた事が聞こえていたようだ。ただ、アルフィナの様子からして、聞かれていたのは最後の部分だけらしい。

クリスティナは内心で慌てふためきながらも、まだ策はあると頭を働かせた。そして僅かの後に、思い付いたそれを口にする。

「えっと、私、思ったんです。そういえば訓練内容が昔から変わっていないなって。でもほら、その聖剣とか……あとあの灰色の武具精霊さんとか、主様は色々と変わってるじゃないですか──」

言い訳には慣れているのだろう、そう切り出したクリスティナは勢いに乗って更に続ける。

もう三十年以上続けている訓練。それは今でも変わらないが、果たしてそれは今の自分達、そして主様にとって最適な内容なのだろうかと。

出せる手札や戦術が変わるのなら、訓練もまたそれに適したものにする必要があるはずだ。特に今の主様は、今の訓練を始めた頃より更に強くなり、その戦術も多岐にわたり増えている。

そんな内容の言葉を、つらつらとそれらしく並べていったクリスティナ。そして最後に、質問への返答を提示した。

「だから思ったんです。一度主様に訓練を見学してもらい、必要な部分と、不要な部分、これはやり過ぎじゃないかーとか、ここまでする必要はないんじゃないかーとか、そういう点を直接指導指摘してもらえたらいいなと!」

真剣な顔でアルフィナと向かい合うクリスティナ。さもこれが本心であるとばかりな態度で、その目は偽りなしとでもいった輝きを灯していた。

しかし実際は、偽りばかりである。

(よくもまあ、ここまでつらつらと淀みなく話せるものじゃな……)

慣れているどころか、もはや天賦の才ではと思えるほどの言い訳ぶりである。実は彼女には詐欺師の素質でもあるのではないか。そう呆れながらも、どうなるか楽しみになってきたミラは、何も言わずにアルフィナの反応を待つ。

「貴女が訓練について、そこまで考えるとは珍しいですね」

アルフィナは何かを見定めるようにして、じっとクリスティナを見据える。その目は、一切の偽りを許さぬとばかりに鋭く、並大抵の者ならば全ての罪を懺悔してしまったであろう。

だがクリスティナは、そんな視線に貫かれながらも、淀みのない顔で向かい合っていた。思い付いたばかりの言い訳が、さも本音であるといわんばかりの表情だ。

いや、きっと彼女にとって、口にしたその瞬間に、それが真実となったのだろう。

事実、クリスティナが最後に言った言葉には、彼女の本音が集約されていた。訓練に不要な部分を指摘してもらえたらいいと。

偽りから始まるも、真実で終った事により、クリスティナは揺るぎない自己弁護を得たのだ。

それによりクリスティナは、微塵も表情を崩す事はなかった。そして、だからこそアルフィナはその案をしかと精査し、一理あると認めるに至った。

「なるほど。クリスティナの言う通りかもしれませんね」

そう、大いに頷いたアルフィナは、確かに現状において今の訓練が最適かどうか確認してもらう必要がありそうだと続けた。それはもうキリリとした目で。だが同時に、はつらつとした様子でだ。

ミラに訓練を見学してもらうだけでなく、直接指導までしてもらえる。クリスティナの提案は、アルフィナにとっても願ったり叶ったりのものだったのである。

「如何でしょうか、主様。訓練についてクリスティナがここまで真剣に考えるのは、珍しい事。ここは一つ、こんな妹のためにも」

主様至上主義であるアルフィナは、このような事を頼むのは恐れ多いと遠慮していた。だが今回は、クリスティナが言い出した事だ。そう、クリスティナのためにもと前面に押し出して懇願する。

「ふむ、そうじゃな。わしが詳しく把握していないというのも問題じゃからな」

少しだけ間を置いたところで、そう答えたミラは、明日の訓練を見学しようと告げる。

アルフィナとクリスティナ。お互いの思惑が錯綜する、なんとも混沌とした状況。だが実際、これまでに温めてきた戦術や軍勢の運用法などが多くあるため、それらを試してみる良い機会であるとミラは考えたのだ。

「ありがとうございます、主様!」

そう喜びを露わにするクリスティナは、その目で『訓練緩和の方、よろしくお願いします』と語っていた。

「感謝致します」

アルフィナはというと、その目に歓喜を宿しながらも表には出さず、静かに一礼した。

そうして明日はヴァルキリー姉妹の訓練視察と決まった。聖剣と訓練指導という二つを得たアルフィナは、羽が生えたかのような足取りで必殺技特訓に向かった。なおクリスティナは下手に勘繰られないため、それよりも早く逃げるように出ていった。

(さて、となるとブルースの特訓じゃが……。ふむ、まあ少し前倒しにしてもよいか。あ奴は優秀じゃからのぅ)

技能大全をしまいノートを取り出したミラは、明日はどんな戦術を試してもらおうかとほくそ笑み、これまで書き溜めてきた内容を再確認するのだった。

ヴァルハラで迎えた三日目の朝。

朝食を終えた後、訓練の開始時間。ミラは島で一番広い訓練場にいた。アルフィナ達と、ヘルクーネ達も一緒だ。

「──と、クリスティナの要望に応えていただいた形で、本日は主様が私達の訓練をご視察くださいます。いつも以上に気を引き締めるように」

やはりというべきか、ヴァルキリー達のそれは体育会系のノリに近いようだ。「はい!」と返事が揃う。

(ふむ……どうやら歓迎されているようじゃな)

その光景を目の当たりにして、そう感じたミラは、一様に嬉しそうな顔をした姉妹達の表情に安堵する。上司が仕事場に来るとやり辛いものだが、その辺りは気にならないようだ。むしろ、よくきてくれたとばかりな雰囲気すらあった。

と、そうして今日の訓練についてアルフィナが説明する中、クリスティナと目が合う。真面目にアルフィナの声に耳を傾けている、ような顔をしながら、ちらりちらりとミラへ目を向けてきていた。

その目は、何度も何度も語っている。『例の件、よろしくお願いします』と。

地獄の訓練の緩和。それこそがクリスティナの望みであり、この世界において唯一それを成せるミラをこの場へと導いた理由だ。

(何やら……それを望むのは一人だけではないようじゃな……)

気付けば、エレツィナ以下六人の姉妹が、ミラに期待を抱いているようだった。時折、祈るような視線が向けられる。それほどまでに日々の訓練が、ハードなのだろう。

ミラは、心してその訓練の様子を見守る事にした。

なお、ミラに指導してもらう予定だったブルースはというと、遠く、灰騎士を相手に逃げ回っていた。

今日は、ヴァルキリー姉妹の訓練を確認してくる。そう告げた後、ミラはブルースに課題を出したのだ。

その内容は、灰騎士を部分召喚のみで打倒する事。しかしブルースの部分召喚は、まだ教わってから日も浅く、戦闘訓練に投入するのはこれが初めてだった。

更に、盾の部分召喚はそこそこ様になってきたが、剣はまだまだである。だが、その剣で灰騎士を打倒しなくてはいけないときたものだ。

灰騎士が持つのは訓練用の木剣だが、当たれば当然痛い。怪我をしたところで傍に控えるアスクレピオスが治療してくれるが、痛いものは痛い。

成功率は低いが、攻撃しなければ終わらない。走り回る事で防御数を減らし、出来るだけ攻撃用にマナを回す。そうしてブルースは、獅子の子さながらにミラの試練へ挑んでいた。

(思った以上じゃったな……)

約二時間後、準備運動とばかりに始まった素振り三万回が終わった。素振りと聞き、剣道や野球といった光景を思い出したミラであったが、ヴァルキリーのそれは常軌を逸していた。

一秒に何度も剣を振る光景は壮絶であり、響く風切り音は嵐のそれに似たものだった。

しかもアルフィナ達は、これを毎日訓練の初めに行っているとの事だが、流石の三万回である。もう相当な疲労具合が窺えた。

ちなみに、ヘルクーネ達三姉妹は、一時間を超えた辺りでダウンした。

そんな彼女達に対し、初めてならば仕方がないと、寛容な言葉を口にしたアルフィナ。だが、そこはやはりアルフィナだ。十分の休憩の後に再開だった。

(なんとも両極端じゃのぅ……)

次の訓練に移る前の休憩時間は、十五分。死んだように身体を休めるクリスティナと姉達は、懇願するような視線をミラに向けてきた。ここが一つ目の改善してほしい点だと、訴えるかのように。

対してアルフィナはというと、どことなくやり遂げた感のある表情を浮かべていた。その様子からして、彼女にしてみると、本当にただの準備運動のようだ。

七姉妹の中でも、アルフィナは突出した実力を持っている。その一端が垣間見える光景といえた。そして、だからこそ訓練による疲労具合にも差が出るわけだ。

(クリスティナの言う事じゃったが、しかと見極めていく必要がありそうじゃな)

そう改めて感じたミラは、メモ帳を取り出して気付いた点を書き込む。すると、そんなミラの行動に希望を見出したのだろう、姉妹達に安堵の表情が浮かんだ。