軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

306 アルフィナの決断

三百六

ミラがシチューの給仕係を務めている中。その様子を前にして、泰山の如きアルフィナが遂に動き出した。これまで目にしようともしなかったサラダシチューをじっと見つめ始めたではないか。

薄らと険しい表情でフローディナを睨んでいた彼女だが、今は違った。どこか覚悟を決めた武士の如き様相でスプーンを手に取る。

次にアルフィナは、介錯人が刃を振り上げるが如く、そのスプーンでトマトを掬った。そして悔いなしとばかりに目をカッと見開き、首に刃を振り下ろすような勢いで、それを口にした。

一度、二度、三度と咀嚼するアルフィナ。その様子を、固唾を呑んで見守るのはフローディナだ。トマト嫌いでも美味しく食べられると自信のある料理だが、やはり今回は相手が筋金入りという事もあり不安は消えなかったのだろう。祈るような思いで、アルフィナの反応を窺っていた。

果たして、上手くいったのか。もしも失敗したとしたら、どうなるかわからない。そう緊張するフローディナだったが、結果は最高の形で示された。

トマトを飲み込んだ後、更に二口三口と続けたアルフィナが、怒涛の勢いでサラダシチューを食べ始めたのだ。

「やった、やりましたわ!」

小さな声で叫び、そっと喜びを露わにするフローディナ。作戦は大成功であった。

今回、ミラとフローディナで立てた作戦。それは、食べるように命じるのではなく、本人が自ら食べるように誘導するというものだった。

そこでフローディナが提案した事こそが、ミラの手伝いである。主様至上主義であるアルフィナならば、その主が手伝ったという料理を無視し続けるなど出来るはずがない。また、手を付けずに残せば主を悲しませる事になる。となればアルフィナがとれる手は一つ。自らトマトを口にする以外にないわけだ。

そんなフローディナの作戦は功を奏し、一口食べさせる事に成功した。そして一口食べてくれさえすれば、後は料理の力でもって、トマトも美味しく食べられるとわかってもらえる。

なお、この作戦を開始するにあたり二人で計画していた一連の茶番は、クリスティナの登場とミラの機転によって変更となった。お陰でより自然な流れで進み、フローディナはその点にも安堵する。万が一ぼろを出してしまい作戦がバレた場合、フローディナは首謀者となり、それはもう大変な未来が想像出来たからだ。だが茶番を演じなくても済んだ今、「主様がトマトを食べたいと仰ったので」という切り札の出番もなくなったようだ。

瞬く間にサラダシチューを食べ終えたアルフィナは、その勢いのまま立ち上がった。そして浮かれるような足取りで、給仕するミラの許へと向かっていった。

(ちと、予想外の反応じゃったな……)

アルフィナに伝わるように、さりげなくトマトの事を口にするだけのはずが、気付けば給食係のような状態になっていた。姉妹達に続きブルースのお代わりも注ぎ終えたミラは、ようやく一段落かと鍋を見る。

残りは一人分あるかないかといった量であり、トマトが幾らかの他、そこには肉がゴロゴロと転がっていた。

(まあ、作戦通りじゃな!)

ミラがおたまを手放さなかったのは、自らの手で量を調整する事により、自然な流れで最後の肉を独り占めするためでもあったのだ。

だが、そんなミラの計画は、もう一つの作戦の成功によって完全とはならなかった。

「主様……私にも、よろしいでしょうか?」

少し遠慮がちに、しかし期待に満ちた目をしたアルフィナが器を手にやってきたからだ。

はっとして顔を上げたミラの目には、アルフィナと、その向こう側にいるフローディナの姿が映った。瞬間ミラは、いつの間にかトマト克服作戦が成功していた事を知る。ふと目が合ったところで、フローディナが成功だとジェスチャーする姿が見えたからだ。

「うむ、よいぞよいぞ。しっかり食べるとよい」

何はともあれ、トマト克服の役に立てたのなら、それで良い。アルフィナの器を受け取ったミラは、心の中でアルフィナを称賛しつつ、残りのトマトと肉を半分だけよそって器を返した。

「ありがとうございます!」

感無量とばかりな様子で受け取ったアルフィナ。けれどそこから更に続いたミラの言葉で悶絶する事となった。

「ただ、残りが少ないのでな。わしと半分こじゃ」

ミラがそう言って残った肉を自分の器に盛ったところ、それがアルフィナの琴線に触れたようだ。

「ああ、主様と半分こ……」

普通の一杯よりも主と分けた半分の方がアルフィナにとっての御馳走らしい。恍惚とした表情のまま席に戻った彼女は、これまでのトマト嫌いが嘘のように、一口一口を噛みしめていた。

(これにて、一件落着じゃな)

楽し気な食卓を見回しながら、肉を存分に堪能するミラ。そうして朝食の時間は平和にのんびりと過ぎていった。

「ありがとうございました、主様!」

「なに、お主の料理があってこその結果じゃよ」

食後、こっそりと顔を合わせて作戦の成功を喜び合うミラとフローディナ。今後は少しずつトマトを投入していき、様子を見ながら完全克服を目指していくそうだ。

そうして朝食の片付けも済んだ後は、これまで通りの日常が始まる。クリスティナの期待も虚しく、ミラが自分に構わずいつも通りにしてくれと告げたため、姉妹達はいつも通りの訓練を始める。今日は基礎の反復と、姉妹達で総当たり戦を行う予定だそうだ。

「さて、こちらも始めるとしようか」

ミラはというと、こちらもまた昨日と同じ訓練場にやってきていた。ブルースの部分召喚特訓の続きである。

「よろしくお願いします!」

力強く答えたブルースは、長杖を手に集中する。そして、実戦で部分召喚を活用するためのミラ式特訓が始まった。薬や装備などでマナの回復量を高め補っての、ノンストップ特訓である。

ブルースが発動する術をじっくりと観察し、その術式の構築と流れを確認しては修正点を指示していくミラ。それは、召喚術を熟知しているからこその指導法であり、だからこそブルースの術は目に見えて洗練されていく。

(うむうむ、流石は塔の術士。呑み込みも早く、どこをとっても優秀じゃのぅ!)

きっと、この調子で成長していけば、闘技大会で上位には入れるはずだ。そう確信するミラであったが、だからこそ思う。いや、上位ではなく優勝くらいしてもらわなければと。とはいえ、メイリンが出るであろう事を考えると難しい。ならば、せめて決勝まで進み、召喚術がここまでやれると見せつければいい。

そう考えたミラは、現在のブルースの戦闘力を今一度考察する。

そこらのごろつきや冒険者程度が相手ならば、彼は無双してしまえるだけの実力を有していた。塔所属という時点で、ブルースは一流の中でも上位の術士であるのだ。そう易々と後れを取るような事はない。

だが今回挑もうとしている舞台は、そう生易しいものではない。大陸全土に布告された闘技大会。きっとそこには、指折りの実力者達が多く集まる事だろう。

「時にブルースよ。お主が昨日契約した姉妹は、どれほどの実力なのじゃ?」

ふと気になったとばかりに問うたミラ。召喚術の中でも特に上位に位置するのが、ヴァルキリー召喚だ。ブルースにとっては切り札にもなりえる強力な術である。

だが、一つだけ懸念があった。それは現時点での実力だ。

かつて、ミラが契約したばかりの頃のアルフィナ達は、凡庸なヴァルキリーといってもいい程度のものだった。それでも、そこらの戦士よりはずっと強いのだが、闘技大会で決勝を争うまでではないといったところだ。

しかしダンブルフと共に戦い、多くの戦場を経験した事で、今ではヴァルハラ随一の実力者となった。

対してブルースの場合は、契約したばかり。経験も成長も、まだこれからといった状況である。果たして現在の実力が、闘技大会の決勝クラスで通じるのかどうか。ミラはその点が気になったのだ。

「実力ですか? そうですね……アルフィナさん方ほどとは流石にいきませんが、かなりのものでした。私のダークナイトでは歯が立ちませんでしたから」

どこか得意げにいってみせるブルース。だがそれをミラは「ふむ。お主のでは余り参考にならぬな」と一刀両断し、「ここは一つ、本人達に直接確認しようか」と続け、喚ぶように促した。

「わかりました!」

暗にまだまだ実力不足であると言われたブルース。だがそこに怒りや悲しみといった反発心は生まれなかった。何といっても、言われた相手があの九賢者であるからだ。その道の頂点に君臨するミラには、それを言えるだけの権利と実力がある。そう理解するブルースは、その通りだと改めて気合を入れ直し、ヴァルキリー召喚の準備を始めた。

(ほぅ……なかなかの手際じゃな)

アルカナの制約陣を配置し、それをロザリオの召喚陣へと昇華させる。上級召喚を行うために必ず必要な作業であるそれは、だからこそ、その速度も重要となる。更に続く術式の構築、詠唱、召喚門の形成。ブルースはそれらの点において、ミラも納得するだけの力量をみせた。

「我ら三姉妹。召喚に応じ、参上しました」

その言葉と共に召喚陣の門より降り立ったヴァルキリーのヘルクーネ。更にエルエネ、ラグリンネがそれに続き並んだ。と、そんな三姉妹を前にしてブルースは、なにやら感動した様子で打ち震えていた。

「ああ……遂に習得出来たんだなぁ……」

どうやら初召喚が上手くいった事に加え、ようやく習得出来たその術に感極まったようだ。ブルースは悔いなしとばかりな表情で天を仰ぐ。

と、ブルースがそんな状態となっている中、三姉妹達は動揺をその顔に浮かべた。

「嘘、ここって……」

「え、まさか……」

「あの方々はもしかして……」

雲以外には何もない空。離れた場所には宮殿のような建物があり、反対側には訓練をしている七人のヴァルキリーの姿が見える。それらをその目で確認した三人は、瞬く間に緊張で身体を硬くしていく。ここがヴァルハラにおいて最上の場である初めの島だと気付いたからだ。

どことなく、向こう側にいる七姉妹に気付かれないようにといった仕草で背を向けた三人は、ブルースの陰に隠れるようにしながら、「ジュード殿、ジュード殿、ご用件は!?」と揺さぶり始めた。

「ん? あ、ああ。すまない。ミラ様が訊きたい事があるそうなんだ」

ようやく戻ってきたブルースは、そう言ってミラの方、彼女達の後ろ側を目で示す。ヘルクーネ達は、それに促されるようにして振り向いた。その直後だ。彼女達はミラの姿を目にしたところで、慌てたように整列し直し、その場に跪く。

「領主様。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません」

そう 首(こうべ) を垂れる三人。対してミラは「構わぬ構わぬ」と笑い飛ばす。このように畏まられても困るところだが、言ったところで「そのようなわけには参りません」と言われるだけだ。よってミラは流すようにして、「それよりもじゃな──」と用件を伝える事を優先した。

実力の程を知りたい。そう言ったミラに三姉妹が返した答えは、ヴァルキリー仲間の誰に勝てて、誰には勝てなかったという、他者からするととても曖昧なものだった。

ヴァルハラには魔物などが存在せず、基本はヴァルキリー達だけの空間となっている。ゆえに、ここには丁度良い物差しとなる存在がいないわけだ。

ならばとミラがアルフィナ達を引き合いに出したところ、ヘルクーネ達は足元にも及ばないと答えたため、結果は曖昧なままだ。

よって最後はやはり、一番わかり易い方法で見てみる事にしたミラは、ダークナイトを召喚する。時間はかかるものの、力量を一番知っているダークナイトだからこそ物差し代わりにうってつけなのだ。

「ふむ、なるほどのぅ」

それぞれ十数分。無尽蔵に湧くダークナイトを相手として、ヘルクーネ達には一人ずつ実力を見せてもらった。そして最後の一人、息を上げて地面に座り込むエルエネの番が終わったところで、ミラはそれを粗方把握し終えた。

三人の実力に、それほど差はない。そしてその実力の程は、だいたいサソリと同程度といったところであった。

あの五十鈴連盟の精鋭、ヒドゥンのサソリだ。冒険者のランクで表すなら、Aの中程。かなりの力量といっていいだろう。だがしかし、闘技大会に出てくるような猛者の中には、当然そのクラスも多くいるはずだ。むしろ決勝トーナメントにはAランクの上位も出てくると思われる。それを勝ち上がる事を考えると、現状ではいささか物足りないといえた。

「よし、ではこの手でいこうか」

ミラは、彼女達のパワーアップを図るための手立てを思い付くや否や、三姉妹を隔てて向こう側に手を振った。そして「おーい、アルフィナやー!」と大声で呼びかける。

その声の先には、いつもより気合の入った様子の七姉妹がいた。三対三対一で模擬戦を行っている。相当に集中しているのだろう、ところどころで鋭く剣戟が響き、離れていてもその激しさが伝わってきた。なお、三対三対一の一は、アルフィナ一人という意味である。

そんな鬼気迫る状況でありながらも、ミラが呼びかけた直後、誰よりも早くアルフィナが振り返った。そして手を振るミラの姿を認めた瞬間、まるで宙を走るかのようにして飛んできたではないか。

「如何なさいましたか、主様」

怒涛の勢いで駆けつけたアルフィナは、それでいて颯爽とした仕草でミラの前に跪く。ヘルクーネ達は、その華麗な姿を前に感心しつつも、途端に緊張を顔に浮かべた。

「実は、この者達の事なのじゃが」

そう口にしながら、ミラはブルースの後ろに隠れるようにして立っていた三姉妹を目で指し示す。アルフィナは、それに従い目を向けたところで、「随分と頑張っていたようですね」と声をかけた。どうやら遠くにいながらも、三人がミラのダークナイトを相手に善戦していたのを見ていたようだ。だが少々、その声にはトゲがあった。主様と一緒に訓練だなんて──と、そんな事を思っているような声だ。

ただ三姉妹は、その僅かな感情の棘に気付けるはずもなく、ただアルフィナに褒められたと喜んでいた。

「さて、アルフィナや。お主に頼みたいのは他でもない、彼女達の事でな。暫くの間、お主達の訓練に交ぜてやってはもらえぬじゃろうか?」

ヘルクーネ達の実力向上において、ミラはアルフィナが適任であると告げ、その理由についても話して聞かせた。肩身の狭い召喚術士のため。そして、闘技大会において、三姉妹がヴァルキリーとして相応しい戦いを見せられるようにと。

七姉妹の訓練は基礎を重視しつつも実戦的であり、確実な成果を得られるものだ。

その訓練は容赦がなく実にハードであるとクリスティナの声からわかるが、だからこそ闘技大会までの短期間で実力の底上げをするには最適ともいえる。

「わしは術士同士、こっちを鍛えるのでな。アルフィナ達でこの者達を、今よりも一段階上の実力に育て上げてほしいのじゃ」

当人である三姉妹がその流れに困惑している内にも、ミラは話を進めていく。そして「どうじゃろう、頼めぬか?」とミラが再度口にすると、アルフィナは当然とばかりに答えた。

「お任せください、主様! このアルフィナ、必ずや主様の意に沿えるよう、誠心誠意指導させていただきます!」

崇敬するミラからの頼みであるからだろう、アルフィナの心に大きな大きな火が点いたようだ。それはもう燦然とした決意を表すように剣を掲げて誓ってみせた。