軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

283 指南役

二百八十三

本校舎に隣接するのは、多種多様な実技が行える訓練棟。かつて召喚術の教師ヒナタに案内され魔術科の訓練を見にきた事があったミラは、その一階にあるロビーをどこか懐かしむように見回しながら、奥の訓練場に向かった。

廊下を進んだ突き当りが前回見学した訓練場だ。大勢の生徒が入っても、まだ広く感じられるほどの立派なところである。

しかし、前を行くクレオスはその途中で曲がり、階段を上っていった。

「どこまで行くのじゃ?」

さっきの突き当りにあった訓練場ではないのか。そうミラが訊いたところ、今回召喚術科が使うのは第二訓練場だとクレオスは答える。

何でも訓練棟には、五つの訓練場があるそうだ。前回ミラが見た場所は、メインとなる第一訓練場。他は、規模や用途に合わせて第二から第五までを使うという。

そして今回は物理的な訓練となるため、専用の第二で行うとの事だった。

「随分と大きいと思うたが、そんなにあったのじゃな」

他にも食堂に更衣室やシャワー室、洗濯室と武具などの整備室まであるらしい。訓練棟という名の通り、それに関わる全てがここに集まっているわけだ。

流石は術士教育における大陸一の学園にある施設だ。恵まれた教育環境だと、ミラは満足しつつ二階の廊下を進んでいった。

すると、その時だ。

行く先の突き当り。その奥から、鋭い裂帛の声が響いてきたのである。

「む……今の声は」

ミラがそう反応したところ、「今日もまた、早くから来られているようですね」とクレオスが言った。

召喚術科の剣術訓練開始まで、まだ三十分。けれど指南役は、その一時間前には訓練場に入り、こうして身体を温めているそうだ。

毎回、とても熱心に教えてくれる素晴らしい先生だとは、エミリアの言葉である。

だがミラが気になった事は、他にあった。それは声だ。

(はて……どこかで聞いたような気がするのじゃが……)

それはどこだったか。ミラがそう考えている中、クレオスが訓練場の扉を開ける。瞬間、余程の腕前なのだろう、剣圧によって生じた風が、一気に廊下を駆け抜けていった。

「本日も、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

そう挨拶するクレオスとエミリア。すると、「お、随分と早いな」という落ち着いた渋い声が返ってきた。

ますます聞き覚えのある声だ。そうミラが訓練場に顔を覗かせたところ、「おお、ミラの嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだな!」と、そこにいた男が笑う。

指南役の男は、軍服に身を包んでおり、得物も手斧ではなく剣であるため、前とは印象がガラリと変わっていた。けれどもミラはその言葉と顔で、声の主が誰だったかをはっきりと思い出す。

「なんと、アーロンではないか!」

そこにいたのは、キメラクローゼンの件で行動を共にしていたAランク冒険者のアーロンだった。ミラは、思わぬ場所での思わぬ再会に驚きつつも、当時を懐かしむようにして歩み寄っていく。

「おや。ミラ様は、アーロン殿をご存知でしたか」

今日の再会を喜び合うミラとアーロン。そんな二人の様子に、クレオスもまた少しだけ驚いた顔だ。どうやら、アーロンがここにいる経緯については、クレオスも把握していないようだ。

「うむ。キメラがどうたらの時、一緒に戦った冒険者の一人じゃ」

そう簡潔に答えたミラは、尚更、なぜここにアーロンがいるのか気になった。

当時の事。アーロンと会った最後の夜。彼は、今回の仕事が終わったら冒険者を引退すると言っていた。身体がまだ動くうちに、やりたい事があるのだと。

そんなアーロンが今、剣術の指南役としてここにいる。その理由に興味を引かれたミラは、「して、何でまた、お主がここにおるのじゃ?」と単刀直入に問うた。

「それはまあ、簡単な話だ」

そう笑ったアーロンは、事の次第を簡潔に語ってみせた。

冒険者を引退後にアーロンが取り組もうとしていた事。それは、若者の育成だった。

何でも、かの本拠地で待機していた際、アーロンは若い冒険者達に乞われ、訓練に付き合っていたそうだ。そして、それを続けるうちに、こういう老後も悪くないという考えに至ったらしい。

「酒の席で、そんな話をちらりと零した事があったんだが。どこからどう伝わったのか。この仕事が終わったら良い所を紹介するって、突然ウズメの嬢ちゃんがな」

結果、その紹介によって、アーロンはアルカイト王国の兵士達の指南役という立場に収まったという事だった。つまり九賢者であるカグラが、ソロモンに話を通したというわけだ。これほど確実で厚遇な推薦は、他にないだろう。アーロンは二つ返事で、アルカイト行きを決めたと言った。

話によると兵士達には、冒険者の頃に培った様々な技術や知識を教え込んでいるそうだ。応用的な魔物との戦い方の他、軍の訓練とはまた違う、サバイバル寄りの戦術や生存方法である。

数十年という実績に裏打ちされた冒険者のノウハウは、それこそ値段のつけられない財産といえるだろう。事実クレオスが言うに、周辺の魔物討伐任務の効率が飛躍的に向上しているとの事だ。

「なるほどのぅ。あ奴も粋な事をしおる」

優秀な人材の確保と同時に、軍の質を向上させる。何と見事な手腕だろうか。ただ、それより何より、ミラは再びアーロンに会えた事が素直に嬉しかった。

「お陰様で、今もこうして充実した日々を送れている。ウズメの嬢ちゃんには感謝しかないな」

そう感慨深げに呟いたアーロンは、嬉しそうに口端を上げて笑った。国もアーロンも得をする理想的な関係だ。ミラもまた、そんなアーロンの様子に嬉しくなり、そっと微笑むのだった。

「さて、という事でだ。ミラの嬢ちゃん。訓練までは、まだ少し時間があるからな。準備運動の仕上げに黒い騎士を貸しては貰えないか」

昔話が終わったのも束の間。アーロンは、その目に挑戦的な輝きを宿しながら上着を脱ぎ捨てる。そして、手にした剣を置くと、立てかけてあったカバンから、愛用の斧を取り出した。

「うむ、よいぞよいぞ。幾らでも貸そうではないか!」

武具精霊の成長に必要なのは、何といっても強者との戦闘経験。そんな現状において、もっとも訓練に相応しい相手からの申し出だ。ミラは、二つ返事で承諾し、召喚術を発動する。

「え? これは、何?」

そこに召喚された武具精霊を見つめながら、エミリアは唖然とした声を上げた。

ミラの挙動から術を発動する兆候がまったく感じられず、余りにも急に現れた事もだが、彼女は何よりその姿に絶句する。召喚術科の生徒達など遠く及ばず。教師のヒナタだけでなく、賢者代行のクレオスが操る武具精霊をも超えると一目でわかるほどの騎士であったからだ。

しかも驚く点は、それだけではなかった。

「こいつは……。流石だな、ミラの嬢ちゃん。あの頃から更に腕を上げたわけだ」

そこに立つ武具精霊を前にして、アーロンは愉快そうに笑う。今回ミラが召喚したのは、ダークナイトでもホーリーナイトでもなく、その複合である灰騎士であったのだ。攻守に優れたその戦闘力は、Aランク冒険者にすら届こうかという程である。

「では、始めようか!」

見ただけで、その力を見抜いたのだろう。準備運動の仕上げなどと言う割に、一気に飛び出したアーロンが纏う気迫は本気のそれになっていた。

アーロンと灰騎士が交差する瞬間、強烈な剣戟が響き大気が揺れる。

「あ……」

一気に膨れ上がった気配に押されるようにして、よろめくエミリア。彼女の目に映るのは、今はまだずっと高みにある光景だ。

「少し近づいたと思うと、ずっと遠くに行ってしまいますね」

エミリアをそっと支えたクレオスは、そこに広がる激戦を見据え、ぽつり呟いた。対してミラはというと、じっくりと戦況を確認しながら不敵に微笑んでいる。

(流石はアーロンじゃな。灰騎士の力を以ってしても、押され気味とは。しかし……これは素晴らしい経験になるじゃろうな!)

アーロンとの訓練は、確実に武具精霊の成長に繋がるだろう。そう確信するミラは、これまで相手がなく試せなかったあれこれをふんだんに盛り込んでいった。

アーロンと灰騎士の戦闘は十数分に及んだ。結果は、膨れ上がった闘気を一気に集束させ、必殺の一撃を見事に決めたアーロンの勝利で終わる。

「今のは耐えられぬか」

「耐えられたなら、お手上げだったな」

それは冒険者時代に数多の猛者を屠ってきたというアーロンの決め技だそうだ。上手く灰騎士に隙を作り、そこに撃ち込んだアーロンの手腕は、正しく熟練の技術そのものといえた。

「随分と強化出来たと思うたが、やはりお主のような強者にはまだ及ばぬようじゃ」

「何を言っている。俺としちゃあ、こんな騎士を息をするように召喚しちまうミラの嬢ちゃんの方が恐ろしい。もう一体追加された時点で終わりだったからな」

一戦を終えたミラとアーロンは、そんな言葉を交わしながら笑い合う。そしてエミリアはというと、そんな二人を、これまで以上に崇敬した眼差しで見つめていた。

ミラの灰騎士とアーロンの全力を賭した戦い。それは、滅多に見られる事のない頂上決戦であった。エミリアが高みを知る良い機会になったともいえる。だが如何せん、色々と過程を飛ばしているので、その戦いの中でどれだけの駆け引きがあったのか、どれだけの戦術が盛り込まれていたのかを理解出来るまでには至らない。よって、見本にはならない一戦だった。

しかし、だからこそエミリアの中に確かな熱が宿った。未知を恐れず果敢に挑んでいける挑戦心こそが彼女の才能なのだ。

と、そうしてエミリアが成長の種を掴んでいた最中の事。当のミラとアーロンは、クレオスに注意されていた。

「えっと……ここまで本格的にやり合うなら、次は外でお願いしますね」

激しく剣を交えているまでは、まだよかった。しかし後半の、必殺技の応酬が始まったところで状況は一変する。そこらの魔物など軽く消し飛ぶであろう一撃の余波が、それはもう凄まじかったからだ。

見ると訓練用の備品やら何やらが、全て飛散してそこらに散らばっていた。しかも半数が破損しているという始末である。加えてクレオスの見立てでは、訓練場に張り巡らされた物理障壁も相当に綻んでしまったそうだ。

クレオスが苦笑気味にそれらを告げたところ、ミラとアーロンは周囲の惨状を前にしてしょんぼり肩を丸め、「うむ」「わかった」と素直に頷き答えたのだった。

そろそろ予定の時間も近づいたためか、散らばった訓練場を片付けていたところで、生徒達がぽつぽつと集まり始める。彼ら彼女らは、その惨状に困惑しつつも、後片付けに手を貸してくれた。

そのため、アーロンの剣術指南は時間通りに行う事が出来た。否、出来るはずだった。原因は、やはりミラだ。紹介する間もなく、生徒が気付いたのだ。今話題の精霊女王ではないかと。

結果、十分ほど質問やら何やらで経過してしまった。途中、調子に乗っていた当事者のミラが、どうにか思い出したように注意する。今は貴重な剣術指南の時間だろうと、その大切さをしっかり説いたのだ。

そのためか、この日の剣術指南の訓練は、いつにも増して身の入った授業となった。

しかし当然というべきか。今日はそれだけで終わるはずもない。アーロンの剣術指南の後、生徒達の要望もあって、ミラの特別授業が始まったのだ。

「よいか。速度も重要じゃが、召喚範囲も忘れてはいかん──」

召喚術の基礎的な事から無数に広がる応用について、格上にも通用する初級の召喚術で出来る事を中心にしたミラの授業。それは、上級どころか最上級相手に幾度となくやり合ってきた事のあるミラだからこその授業であり、気付けばクレオスとアーロンまでも生徒側に立って、その教えを聞いたり、時に質問を飛ばしたりもしていた。

放課後も過ぎた夕暮れ時。最終下校の鐘が響いたところで、ミラの授業もまた終了となった。

「ミラ様、また是非教えてください」

「ミラ様、今日はありがとうございました」

今日の良き日を惜しみながらも帰っていく生徒達。精霊女王などという肩書きのせいか、それともまた別の何かがあるのか。気付けばミラは、男子生徒達から様付けで呼ばれていた。なお女子生徒は皆、「ミラ先生」だ。

「じゃあな、ミラの嬢ちゃん。また機会があったら相手を頼む」

「うむ。こちらこそじゃ」

そう挨拶を交わしてアーロンも城に戻っていった。残るはクレオスと、何だかんだでずっとミラの傍にいたエミリアだけだ。

「ところで、明日の授業予定はどうなっておるじゃろうか?」

ミラは、ちらりとエミリアを見た後、クレオスにそう問うた。

「明日は、いつも通りの授業内容になっております。午後からならば、問題ないでしょう」

今日は予定があったためエミリアの個人指導が出来なかったが、明日はどうなのか。エミリアに時間はあるのか。ミラの言葉に含まれた、そんな意味まで察してクレオスはそう返した。

「そうか。ならば明日じゃな!」

召喚術科について全て把握しているクレオスが問題ないというのなら、それは本当に問題ないのだろう。ミラはその言葉を受けてエミリアに向き直り、「では、明日の午後からでよいな?」と告げた。

エミリアはといえば、ここでようやく先程の二人のやりとりが自分の個人レッスンの事であると気付く。

「は……はい! えっと……」

後日に延期となったそれが思った以上に早く実現したと、エミリアは喜んだ。だが同時に窺うような視線をクレオスに向けた。どうやら本来は、午後から召喚術科の合同授業となっているそうだ。

「気にしなくても大丈夫ですよ。今週からは生徒達の要望が多かったので、同時召喚の基礎について学んでいく予定でしたので」

既に基礎の先まで出来ているエミリアにとっては、少々退屈な時間になっていたかもしれないとクレオスは言う。そして、ミラの個人レッスンの申し出は、そんな時間を有意義に過ごす事が出来るため、有難い事だったと続けた。

「是非、ミラ様から多くを学んでください。そして今後の同時召喚の授業の際には、エミリアさんにも手伝っていただけると嬉しいですね」

最後にそう口にして微笑んだクレオス。それを受けてエミリアは「はい! お任せください!」と、力強く答えたのだった。

個人レッスンは、この第二訓練場で行う事と決まった。使用の手続きなどはクレオスが済ませておくとの事だ。

明日の事も決まり、エミリアが迎えにきた執事と帰宅した後、ミラもまたマリアナの待つ場所に帰る。クレオスは、まだ少し用事が残っているらしい。二、三時間ほどしてから学園を出るそうだ。

塔の自室に戻ったミラは、マリアナ、ルナと共に入浴したり夕飯を食べたりと、とても温かな時間を過ごした。

そうして十分に英気を養ったところで、クレオスが帰ってくる。

クレオスは、彼の私室となっている執務室で準備を整えてから、ミラの下にやってきた。

「では、始めるとしようか」

「はい。よろしくお願いします」

学園での授業とこれは別物である。今は部分召喚の習得を進めているが、この先にはまだ、武装召喚や意識同調といった技も残っている。クレオスがやり遂げなければいけない事は、まだまだ山積みであるのだ。

よって、この日もまた夜遅くまでクレオスの特訓は続いたのだった。