軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

282 学園の今

二百八十二

次の日の朝。八時に起き出したミラは、朝食を摂ってから、早速召喚術の研究を始めた。

次の用事など何も考えず、ただひたすらに召喚術を探究する。これまでも旅の合間合間で研究や実験は行っていた。だが、ここまで腰を据えて行うのは久しぶりであり、今のミラの頭には、これまで出来なかったあれやこれやが次々と浮かんできていた。

「こうすれば《意識同調》の距離を今よりもずっと──」

「ふむ……。このようなところにまで精霊王殿の影響が──」

「なるほどのぅ……。つまりシステムによって上限が設定されていたわけか──」

「ここをこう出来れば、今よりも──」

「そうか、武具精霊には他にも──」

「おお、このような事も──」

ミラは多岐にわたる研究内容をまとめながら、様々な実験を繰り返していく。そうして有益無益を見極めた後、無益の改良点を考察する。

徹底的に追究し、時間を忘れひたすらに打ち込む。けれど、そんなミラを優しく現実に戻してくれる存在があった。そう、マリアナとルナだ。根を詰め過ぎないように。昨日の夜、クレオスに言ったその言葉は、また自分に向けてのものであり、ミラは昼食と夕食の時間には、しっかりと食事の席に着く。そして、食後にルナと戯れ、マリアナと何気ない話題で語らってから、再び研究室へと向かうのだ。

そして八時頃にクレオスがやってくると、彼の指導を始める。

ダークナイトの部分召喚は、相当な難度だ。けれど、流石は賢者代行を任されるだけあり、何もないままでは終わらない。今日の特訓が終わる頃には、昨日よりも明らかに可能性が見えてきていた。

また明日よろしくお願いしますと、自室に戻っていくクレオス。彼の優秀さを心強く感じながら、ミラは入浴タイムだ。マリアナと一緒に入る風呂は、それはもう安らぎが溢れており、ルナの癒しも相まって、ミラは幸せを満喫した。

風呂から上がると、また夜食代わりのスイーツを楽しみ、マリアナと語らい、眠くなったらベッドに入る。

そんな日々が、何日も続いた。毎日代わり映えもなく、似たような時間が過ぎていく。けれどそこには一切の退屈もなく、ミラはこれまでで一番の充実感に満たされていた。

幸せに形があるとしたら、それはきっと身近な人の形をしているのだろう。ミラはそう実感しながら、隣で眠るマリアナとルナを見つめ、そっと微笑んだ。

その日ミラは、朝からクレオスと一緒にアルカイト学園にやってきていた。かつて自身も参加した、術技審査会が開催されると聞いたからだ。

(あの日より、随分変わったという話じゃが。さて、どんなものか楽しみじゃな)

話によると、見栄えばかりだった前とは違い、今はより実戦的な視点で評価されるようになったという。

今回は演者ではなく観客としての参加であるミラは、特に召喚術科の生徒が、どのような術を見せてくれるだろうかと楽しみにしていた。

審査会が始まり、各術科の代表が、この日のために特訓した術の数々を披露していく。そして、ここで一つ、ミラが参加した時との違いがあった。それは人数だ。代表が三人になっていたのである。

クレオスが言うには、より多くの優秀な術士にチャンスを与えると共に、術の多様性を狭めないようにするためだという。

代表が扱う術というのは、いわゆる一つの指標となる。この術が強いといえば、多くがそれに倣い、他の術の発展が停滞するのだそうだ。そのため、得意とする術や方向性の違う三人を代表に選出する事となったわけだ。

確かにあの頃より、ずっと意味のある審査会になっている。とはいえ流石にミラからすれば代表とはいえ、その実力は、まだまだ学生の域の範囲内だ。しかしながら、その工夫や、更に上を目指そうとする向上心ある姿勢は、ミラに初心を思い出させるほどの熱がこもっていた。

(わしも、負けぬように頑張らねばな)

学生術士達の演技を眺めながら、決意新たに燃え上がるミラ。ここ一週間は、横に広げる事ばかり研究していたが、そろそろ上を、超越召喚について本格的に打ち込もうか。

と、そんな事を考えている内に、召喚術代表の番がやってきた。

「おお、あの娘っ子は」

召喚術科の代表として一番に出てきた者は、金髪でツインテールの少女だった。アルカイト王国に戻ってきた日、学園敷地内を通過した際、ちらりと見かけた少女だ。

やはり、どこかで会った事があるような。今回もそう感じたミラは、隣のクレオスにそれとなく訊いてみた。彼女は、どういう人物なのかと。

「えっと、彼女はですね──」

相手がミラだからだろうか。生徒の個人情報だ何だというのは気にする素振りもなく、クレオスは代表の少女について詳しく教えてくれた。

少女の名は、エミリア。オズシュタインの貴族、フローレス家の三女であるという。そして、代表としてここにいる通り、まだ十四歳でありながら召喚術科屈指の実力だそうだ。

「ほぅ。貴族の御令嬢か。なるほどのぅ……」

それで、どことなく小生意気そうに見えるのかと、ミラは心の中で思う。明らかに貴族令嬢に対する偏見まみれだが、事実エミリアは十中八九がそう感じるであろう雰囲気をまとっていた。

だが、続くクレオスの説明によると、その見た目のイメージに反して実に真面目で勉強熱心らしい。しかも、曲がった事が大嫌いだという。

「そして何よりも、彼女が以前にお伝えしました、ダンブルフ様のファンが集う派閥のリーダーです」

「なんと!」

そういえばと、その時の話を思い出したミラ。それは、ダンブルフを馬鹿にされたと、令嬢が他科の生徒に食って掛かっていく話だ。どうやらその時の話に出てきた御令嬢こそが、エミリアという事である。

その証拠とでもいうべきか、そんな話をしている間に始まったエミリアの召喚術披露は、ダンブルフが得意としていたダークナイトの同時召喚であった。

軍勢の通り名にあるように、千体という並外れた数の同時召喚こそがダンブルフを語る上では欠かせない要素だ。そんなダンブルフを敬愛する彼女は、ひたすらそれの特訓に明け暮れているらしい。

「ほぅほぅ。まだ術自体を習得して間もないのじゃろう? それで二体同時とは、素晴らしい腕前じゃな。うむうむ、将来有望じゃ」

先程までの、小生意気そうという評価はどこへやら。まるで授業参観で我が子を見守る親の如く、ミラはエミリアの全てを肯定し始める。

ただ実際に、エミリアの技術は確かなものであった。ミラのように瞬時にとまではいかず、準備に時間がかかる。けれど、それが出来ると出来ないでは、大きく違う。

召喚術には、召喚出来る最大枠数というのが存在する。そして同時召喚というのは、ただ単純に複数の戦力を喚ぶだけではない。複数の武具精霊を一つの枠に収めてしまうというのが、この技術最大の利点なのだ。

学生達ほどの実力ならば、どれだけ多くても三枠が限界だろう。つまり個別に三体ダークナイトを揃えたら、それ以上は召喚出来ないわけである。しかし三体を同時召喚した場合は、あと二枠空く事になる。それだけ戦略の幅も増えるというものだ。

同時召喚に打ち込む彼女には、何かしら教えられる事があるかもしれない。そう感じ、そうしたいと思ったミラは、エミリアが披露する召喚術をじっくりと見つめ、マナの流れや術式の組み上げ具合をよく観察するのだった。

そのようにして、術技審査会は滞りなく終了した。審査員が集まり、各術科の評価を決めていく。その際に、ミラもまたそこに立ち会わせてもらった。

採点結果で、最も高得点だったのは聖術科。召喚術科は六位だ。

エミリアの同時召喚は、それほど評価されずに終わった。技術面では相当なものだが、それをどう活かすかという点を提示出来なかった事が、いまいちとなった理由だ。

それには、ミラも確かにと納得した。採点基準がより実戦的になった事からして、同時召喚を披露するならば、空いた召喚枠数でどう戦略に幅を利かせられるかまで見せる事が重要だと。

それでも召喚術科が六位になったのは、エミリアの他にいたもう二人が、グリフォンやレッドフットポニーを召喚し、移動手段だけでなく騎乗戦の多様性を見せつけたからだ。

まだまだ下位ではあるものの、万年最下位からは脱却した。それもこれも、クレオスと教師のヒナタ、そして生徒達の努力の賜物である。

「しかし、悔しいじゃろうな……」

採点結果と評価内容は、教師から生徒達へ個別に伝えられるという。きっと今頃、エミリアはその事実を聞かされている事だろう。

召喚術科の代表達を労うため、クレオスと共に控室に向かう途中、ミラはエミリアの気持ちを考えていた。同時召喚を習得するため、相当に努力したはずだ。けれど、今回の評価には反映されなかった。代表として舞台に上がったにもかかわらず、そんな結果になったのだ。相当に悔しいだろうと。

「馬鹿! 私の馬鹿! ダンブルフ様と同じ、同時召喚が出来るようになったからって浮かれてた……! これじゃあ駄目よ! このくらいで満足してたらダンブルフ様に笑われちゃう!」

控室の前に差し掛かった時、そんな叫び声が扉の向こうから響いてきた。その内容からして、エミリアの声で間違いないだろう。

「そのような事はない。お主はようやった!」

控室の扉を開けると共に、そう言い放ったミラは、堂々とした足取りでエミリアに迫っていく。突然、女性の控室の扉を開くのはどうかとも思うが、そんな事を気に出来ないほど、ミラはエミリアにその言葉を伝えたかったのだ。

「え? あ……! 貴女は……!」

突然の声に、びくりと肩を震わせたエミリアは、困惑したままミラを見つめると、何かに気付いたように驚きの表情を浮かべた。

「急にすみません、エミリアさん。えっと、彼女が先日お話した、ダンブルフ様の弟子であるミラ様です」

「ああ……やっぱりそうでしたか……」

どうやらエミリアも、先週に学園の敷地内で見た事を覚えていたようだ。そっと様子を確認してから続いたクレオスがミラの事を紹介すると、僅かに喜びの色を露わにしたものの、次にはどこかバツの悪そうな表情を浮かべた。

余程、今回の審査結果を悔いているのだろう。そう直感したミラは、実に素晴らしい同時召喚であったと、エミリアに伝える。

「そう、でしたか? ありがとうございます」

エミリアは少しだけ戸惑いつつも、嬉しそうに礼を言った。憧れのダンブルフの、その弟子ではあるが多少の慰めにはなったようだ。その顔にあった悔いは薄らぎ、僅かな気力が浮かび始める。

しかし、それでもなお、その表情には戸惑いが強く残っていた。そしてその理由は、ミラだった。

「あの……えっと。あの時は、ごめんなさい!」

少し迷ってから意を決したとばかりにそう言って、突然頭を下げたエミリア。対して、今度はミラが戸惑う番となった。

(……あの時とは、どの時じゃろうか……?)

学園で見かけた際は遠く離れていたため、これといった何かがあるはずもない。ではいったい、どの時の事を言っているのだろう。

特に心当たりのないミラは、どうにか思い出そうとして、エミリアをじっと見つめる。すると、先日にふと過った感覚が蘇る。

そういえば、どこかで見た事があるような。見つめ過ぎたため、エミリアが少し恥ずかしがり始めたが、それでも気にせず考え込むミラ。けれども、中々そのイメージが明確にならない。

と、そこでエミリアがポツリと言った。「大陸鉄道で」と。

「お……おおー! そうじゃったそうじゃった。あの渋い老紳士と一緒にいた娘っ子か!」

エミリアが出したヒントで、見覚えがあった正体に気付いたミラは、その時の事をようやく思い出した。

シルバーサイド駅のプレミアムシート専用ホームで、列車から降りてきた少女と老紳士。当時は、老紳士の理想的な渋さに目がいっていたが、ちらりと目に入った少女は、言われてみると確かにエミリアと共通する特徴が幾つもあった。

列車は、オズシュタイン側からホームに入ってきた。つまり、ちょうどあの時、アルカイト学園に向かうエミリアとすれ違っていたというわけだ。

「何ともまた、このような偶然もあるのじゃな」

感慨深げに当時を思い出すミラ。対してエミリアは、そわそわと落ち着きなく、「それで、その……」とミラにちらりと目をやる。

「ふむ、思い出したはよいが……はて、謝られるような事などあったかのぅ?」

初めての出会いは思い出した。しかしその際に、今改めて謝罪されるような出来事でもあっただろうか。ほんの短い間の事だったと記憶しているミラは、その点に、やはり心当たりがなかった。

するとエミリアが、言い辛そうにしながらも、それを口にする。あの時は見られていると勘違いして、突っかかってしまったと。

その言葉でようやく合点がいったミラは、それを笑い飛ばす。この通り、直ぐに思い至らないくらい気にしていない事であるから、エミリアも気にする必要はないと。

「あ……ありがとうございます」

エミリアは、その言葉に安堵して喜んだ。ダンブルフに憧れ尊敬する彼女にとって、その弟子であるミラもまた、尊ぶべき存在であるのだ。しかし、そんな相手に無礼な振る舞いをしてしまった。学園で見かけた日から、ずっとその事を気に病んでいたエミリアは、この瞬間、ミラの……寛容な言葉によって救われたのであった。

「審査会にて、お主の腕前は見させてもらった。なかなかの同時召喚じゃったぞ」

少々話は逸れたが、ミラはそうエミリアを褒め直した。しかし、それだけでは終わらない。

「じゃが、幾つかの点を調整出来れば、もっと良くなるじゃろうな。そこでじゃ! エミリアや。これから時間はあるか?」

そう、ミラはこれから同時召喚のコツを教える気満々で続けたのだ。

ダンブルフの弟子による特別レッスン。願ってもないその申し出が、余程嬉しかったのだろう。それを聞いたエミリアは、たちまちに表情を輝かせた。しかし次の瞬間、何かを思い出したように、はっとして落ち込んだ顔になる。

「今日は……剣術訓練が……」

どうやら、この後用事があるらしい。クレオスが説明を引き継ぐに、ダークナイトやホーリーナイトの剣術を鍛えるため、王城勤めの指南役が週に一度、特別講師としてやってくるそうだ。

これまでは、クレオスのダークナイトを剣術の教師にしていたが、やはり限界もあった。けれど最近、王城入りした指南役が来るようになってから、自分も学べる事が多いとクレオスは言う。

「ほぅ、それは面白そうじゃな!」

つまりは、クレオスのダークナイトよりも凄腕というわけだ。むしろミラは、その訓練に興味を持った。もしかしたら、自分のダークナイトやホーリーナイトの成長も望めるかもしれないと。

精霊王の加護か、はたまた他に要因があったのか。これまで頭打ちとなっていた武具精霊自体の成長限界が、ここ一週間の研究により、更に広がっている事が判明した。簡単にいうと、レベル上限が上がったようなものだ。

今回はそれに伴い、新たな剣術を習得出来るかどうかを見極める好機といえるだろう。

「わしの指導は、一時延期じゃ」

そうエミリアに伝えたミラは、その授業を見てみたいとクレオスに向き直る。何よりも、召喚術の追究が優先だった。

「わかりました。まだ少し時間がありますが、訓練場に向かいましょうか」

ミラの表情から、それらを感じ取ったのだろう。クレオスは即答して、歩き出す。対してエミリアは、「延期……という事は」と、戸惑った様子ながらも、その後に続いた。

かの賢者の弟子による特別レッスン。エミリアは、それを今回限りのチャンスだと思っていたようだ。けれどもミラが後進の召喚術士を、特にダンブルフファンだというエミリアを特別扱いしないはずはないというものだ。

エミリアの特別レッスンは、既に決定事項なのである。しかしエミリア本人は、そんなミラの気持ちなど知る由もない。ただの社交辞令的なものなのか、本当に信じてもいいのか。もやもやしたまま、先を行くミラとクレオスを見つめるのだった。