軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

284 エミリアの特訓

二百八十四

次の日の朝。エミリアの個人レッスンは午後からとなっているため、ミラは午前の間をマリアナと談笑し、ルナと戯れ、召喚術の研究などで過ごした。そして昼前に塔を出ると、マリアナお手製の弁当をワゴンで食べながら、のんびり学園に向かう。

ミラが学園に到着したのは、午後の授業が始まる二十分前。校庭には、束の間の休憩を満喫する生徒達の姿がちらほらと見受けられた。

どうやら、召喚術科以外にもミラの噂は届いているようだ。幾らかの生徒達が、「精霊女王だ」と口々に声を上げる様子が確認出来た。また、耳に入ってくる声から、召喚術に対する生徒達の認識も少しずつ変化してきている事もわかった。

これまでしてきた事と、クレオスやヒナタの努力がしっかりと実を結んできているようだ。それを垣間見られたミラは、ご機嫌な足取りで訓練棟に赴いた。

「おお、もう来ておったか」

まだ予定よりも少し早い時間ではあるが、第二訓練場には既に準備万端整ったエミリアの姿があった。

「おはようございます、ミラ先生。今日はよろしくお願いします!」

余程、楽しみにしていたのだろう。はきはきと挨拶するエミリアの顔は、期待でいっぱいに染まっていた。

そんなエミリアの姿を見て、ミラは考えを改める。召喚術が再び認知されるようになってきたのは、きっと自分達だけの努力ではない。エミリアのように、頑張って取り組む新米召喚術士がいるからこそであると。

「うむ。では、少し早いが始めるとしよう!」

ミラもまた思いを新たにして、エミリアの個人レッスンに取り組むのだった。

レッスンを始めて数時間後。ミラ指導の下、エミリアは、合図してから同時召喚を完了するまでをひたすらに繰り返していた。

「うむ。まあまあ、といったところじゃな。一先ず、これだけの速さならば実戦にも投入出来るじゃろう」

要点を押さえ、独自に研究した理論をふんだんに盛り込んだ、ダンブルフ流の同時召喚術。その基礎を教え込んだ事と、エミリアの才能も相まって、その速度は劇的に改善していた。術技審査会の時とは比べものにならないほどにだ。

「あ……ありがとうございます!」

疲労困憊ながらも、ミラに認められ喜ぶエミリア。そして同時に驚いてもいた。最近伸び悩んでいた事が嘘のようだと。

喜びと驚き。エミリアはその二つを噛みしめながら、今までの悩みが晴れたと清々しく笑う。しかし召喚術の事となると、ミラの厳しさは一気に高まるものだ。

「じゃが慢心するでないぞ。ようやっと最後尾に立ったといったところじゃからな」

そうびしりと釘を刺したミラは、最終的に目指すところはこのくらいだと告げて、同時召喚を披露してみせた。

その際、術を行使する仕草は一切なかった。だが、それでいて正面にはダークナイト二体が瞬時に召喚される。しかもそれが、一度だけでなく二度三度と繰り返されたのだ。

「凄い……」

それはもはや、エミリアにとって想像もつかない領域であった。一度の同時召喚だけでも相当な集中力を要するそれを、ミラは顔色一つ変えず、それどころか予兆すらみせずに行使したのである。エミリアにしてみると、神業といっても過言ではない事であった。

だが、それを前にしたエミリアは一切諦念を浮かべる事なく、ただ子供のように無邪気に驚いた後、早く次の指導をしてほしいと貪欲に求めてきた。

「良い目じゃな。さて、ならばここで一つ、質問をしよう。エミリアよ。お主は、この同時召喚の利点には何があると思う?」

エミリアの目に更なる情熱が宿った。それを確認したミラは、次の指導へ進む前にそんな問いを投げかけた。

「利点、ですか?」

興奮冷めやらぬ様子であったエミリアだが、ミラのその問いで少し落ち着きを取り戻す。そして、暫く考え込んでから答えを口にした。

エミリアが答えた同時召喚の利点。それは、何よりも一回の召喚で複数の戦力を揃えられる事と、一度に頭数を増やせるため牽制になる事、そして召喚枠の節約が出来るといったものだった。基礎的な知識は、やはりしっかりと学んでいるようだ。

「うむうむ。その通りじゃ。しかし、まだ足りぬな」

感心感心とばかりに頷きながらも、それでは正解とまではいえないと続けたミラは、全てのダークナイトを送還してから、少し目立つような仕草で召喚術を行使してみせた。

ミラの直ぐ隣に現れたのは、ダークナイトだ。けれど今回は一体だけであり、エミリアは、はてと首を傾げる。同時召喚の利点について話しておきながら、単体を召喚しただけ。それはいったいどういう意味があるのかと。

だが、それはエミリアの早合点であった。ただ、単体召喚に見えただけであったのだ。

とん、と、エミリアの肩に誰かの硬い手が置かれた。

「え?」

びっくりして振り向いたエミリアは、そこで更に声を上げて驚く。なんとエミリアの背後に、五体ものダークナイトが並んでいたからだ。

そう、先ほどミラが使った召喚術は、確かに同時召喚であった。ただこれまでと違い、一体以外の召喚地点を全てエミリアの背後に設定していたのだ。

「召喚地点の指定は、随分と融通が利くものじゃ。そしてそれは、このように同時召喚と合わせる事で、更に効果を発揮するのじゃよ」

ミラが見せたものは、一度の召喚で一気に形勢を逆転出来る可能性を秘めた技だった。エミリアは少ししてから、ようやく何がどうなったのかを理解し、再び驚愕した。

召喚地点に指定出来る範囲は、術士の技量によって広がっていく。ミラの技量ならば、自身を中心にして半径五十メートルの範囲ならば、どこにでも召喚可能だ。

その技術を使い、敵を囲むようにして召喚すると、あっという間に包囲陣が完成するという寸法である。また、先程のミラのように正面に注意を引けば、退路を塞ぐと同時に不意打ちまで可能となるわけだ。

これこそが、同時召喚に秘められたもう一つの利点である。

「では、早速始めるとしようか」

「は、はい!」

召喚地点の自由度の幅を広げる。これもまた同時召喚には大切な要素であると、ミラは指導を開始した。

初めに確認したのは、エミリアの召喚範囲だ。これはなかなかに優秀であり、十メートルは先に召喚してみせたエミリア。ただ、それは単体召喚での場合だけだ。

「うう……これは……なに? どうなって……あれ?」

十メートル先に同時召喚する。それも特に問題はなかった。しかし一つ条件を加えただけで、エミリアは術自体が失敗するという状況に陥っていた。

その条件とは、召喚地点を手前と奥に分ける、であった。

これまでのエミリアの同時召喚は、どれも二体並んでのものだった。今回の目標は、その片方を離すだけだ。けれど、それだけであるにもかかわらず、エミリアは、今日で最も悪戦苦闘していた。

「ミラ先生ぇ……」

とことん挑戦し続けたエミリアだが、もはや何がどうして失敗するのかすらわからなくなったようだ。項垂れながらミラに助けを求める。

「まあ、初めてならば、こんなものじゃろう」

高い技術が必要になる同時召喚。だが同時召喚などと一言で表しても、その先にはまだ複数のハードルが待ち受けていたりする。召喚地点を別々にする事もまた、その一つだ。

「よいか。これまでは、ただ召喚するだけと大してマナの注ぎ方は変わらぬが──」

先程までエミリアの術式構成を、じっと観察していたミラは、彼女が躓いている部分を明らかにし、その対策を詳細に語った。

その要点は感覚による部分が多く、知識というよりは、経験こそが重要な要素だった。

ミラの指導に従い、その感覚を習得するために、ひたすら繰り返すエミリア。だが流石に時間がかかりそうだ。エミリアはこの日のうちに、それを達成する事は出来なかった。けれど要所要所でミラがしたアドバイスにより、感覚は掴めたようだ。

「もうこんな時間じゃったか。今日は、ここまでじゃな」

最終下校の鐘の音を聞き、ミラはレッスンの終了を告げる。するとエミリアは、名残惜しさをその顔いっぱいに浮かべながらも、それを振り払うように「ミラ先生。今日は、ありがとうございました!」と頭を下げた。

「礼など要らぬよ。わしが好きで教えておるのじゃからな」

熱いくらい学ぶ気があり、真剣なエミリアの姿に、ミラもまた機嫌よく答える。そして、そこから更に「では、また明日、同じ時間にのぅ」と続けた。するとである。

「えっ!?」

疲れ切ったエミリアの顔は、驚きに染まっていた。

その顔を見た瞬間、ミラの脳裏に悪い予感が過った。もしかしたら、厳しく指導し過ぎたかもしれない。明日もだなんて、うんざりしてしまうのではないだろうかと。

だが、それは杞憂であった。むしろエミリアは、今日だけの特別レッスンだと思っていたため、また明日というミラの言葉に驚いただけだったのだ。

「明日も、いいんですか!?」

当の本人はといえば、今までの疲れなどどこへやらとばかりに、輝いた笑顔を浮かべているではないか。

「うむ。お主にやる気と時間があるならば、また明日じゃ」

「あります! どっちもあります! 是非お願いします!」

ミラの言葉に即答するエミリア。召喚術に対する彼女の情熱は本物のようだ。余程嬉しかったのだろう、エミリアは明日も特別な訓練があると、迎えに来た執事に自慢げに話しながら帰宅していった。

(明日は今日の続きと……あとは何を教えようかのぅ)

ミラもまた、明日の予定を考えながら、ワゴンに乗り込み帰路につく。教え甲斐のあるエミリアに、ミラもまた随分と嬉しそうであった。

塔に帰り一段落したところで、クレオスもまた帰還する。となれば今度は、クレオスの特訓開始だ。

と、その前に、最近の日課となっている話を始めた。その話の内容とは、学園の授業などについてだ。クレオスが立てた今後の授業内容を、ミラがチェックするというものである。

また、その合間合間にエミリアの成長具合と召喚術科の授業の進展も語り合った。

「皆、頑張っておるようじゃな。エミリアも、良い模範となりそうじゃ」

「たった一日で、そこまでですか……」

今日から同時召喚について、本格的な授業が始まった召喚術科。流石に成功者はいないが、誰もがそのとっかかりは掴めたという。

エミリアに負けず劣らず、他の生徒達も教え甲斐がありそうだと笑うミラ。クレオスはというと、エミリアの成長ぶりに、いくら何でも早過ぎだと苦笑していた。

同じく、その壁を越えてきたクレオスだからこそ、それがわかるというものだ。話し合いが一通り終わったところで、クレオスもまた自身の特訓に打ち込み始めるのだった。